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949841 B無題 Name 名無し 16/11/23(水)19:29:04 No.39559 del 1月15日頃消えます
伊治呰麻呂の乱とか前九年後三年の役とか奥州藤原氏とかの話をしたい東北スレッド
削除された記事が2件あります.見る
無題 Name 名無し 16/11/24(木)08:51:33 No.39584 del
東北は盆地が多いんだな
無題 Name 名無し 16/11/24(木)10:36:02 No.39587 del
13世紀までコンスタントにアイヌの反乱起こってるし
大和民族が東北完全に征服したのって相当後の話なんだよね
無題 Name 名無し 16/11/24(木)12:39:56 No.39590 del
アイヌやないエミシや
無題 Name 名無し 16/11/24(木)12:54:11 No.39591 del
>13世紀までコンスタントにアイヌの反乱起こってるし
蝦夷をアイヌとイコールで結ぶのは歴史系板としてどうだろうか?
アイヌの成立は北海道内で13世紀頃だしオホーツク文化の存在を無視してアイヌと言うのはね
それに擦文文化も本州は青森県あたりまで
渡島はその擦文文化と本州勢力が混合した青苗文化がありアイヌとして見られていない
無題 Name 名無し 16/11/24(木)12:55:04 No.39592 del
奈良時代は現秋田県の横手盆地の蝦夷は陸奥国府の地道な交渉により多賀城のプレゼンスに入っていた
大野東人による男勝村征討が取りやめになったのは降雪だけではなくそうした実情があったから
これをベースにして後年藤原朝狩による多賀城・秋田城間直通路の開設事業がなった
この当時の東北北部は部族のモザイク
互いに牽制しているので朝廷の庇護に入るものもあった
また、関東以南から流民を含めた開拓団を幾度か送り出している
ただし定着に失敗した村落や蝦夷に襲撃された村落もあった
無題 Name 名無し 16/11/25(金)21:13:33 No.39618 del
なんだか西部開拓みたい
無題 Name 名無し 16/11/26(土)01:43:21 No.39619 del
平安初期までは朝廷軍がきちんと維持されてて
規律の取れた集団戦闘を行ってたし
クロスボウとかも使ってたんだよな
クロスボウは引き金作りに高度な技術が必要だから
朝廷軍が崩壊していくと共に廃れてしまったけど
無題 Name 名無し 16/11/26(土)07:23:45 No.39625 del
>なんだか西部開拓みたい
豊田有恒がまんま西部劇の東北物書いてた
無題 Name 名無し 16/11/26(土)12:23:43 No.39626 del
>蝦夷をアイヌとイコールで結ぶのは歴史系板としてどうだろうか?
>アイヌの成立は北海道内で13世紀頃だしオホーツク文化の存在を無視してアイヌと言うのはね
>それに擦文文化も本州は青森県あたりまで
>渡島はその擦文文化と本州勢力が混合した青苗文化がありアイヌとして見られていない
遺伝学的にも言語学的にも古代日本の東北にアイヌがいたことはほぼ確実なんだけど
無題 Name 名無し 16/11/26(土)17:12:03 No.39629 del
アイヌ語起源地名が頻出するのは秋田岩手以北
蝦夷と呼ばれているからといってアイヌの祖先とは限らない
蝦夷の中にはアイヌ語の祖先だけでなく日本語族の話者もいた
無題 Name 名無し 16/11/26(土)17:43:10 No.39630 del
>遺伝学的にも言語学的にも古代日本の東北にアイヌがいたことはほぼ確実なんだけど
アイヌはオホーツク文化人、つまりニブフのY染色体C2系統が入っているんだが
奈良時代の蝦夷にこれが入っているという論文を出してくれないか
無題 Name 名無し 16/11/26(土)18:05:06 No.39631 del
    1480151106114.jpg-(122404 B) サムネ表示
122404 B
ついでに言うとミトコンドリア遺伝子の研究からもニブフが入っているのが判明している
遺伝子学的にも考古学的にもアイヌは7世紀から13世紀にかけて擦文文化人とオホーツク文化人が北海道で混合し成立した集団だとわかっている
数十年前のアイヌ=蝦夷=縄文人という仮説を前提にして話をする人がまだまだ多いね
無題 Name 名無し 16/11/27(日)06:59:42 No.39648 del
    1480197582310.jpg-(215568 B) サムネ表示
215568 B
>また、関東以南から流民を含めた開拓団を幾度か送り出している
そういえばもののけ姫のアシタカの一族も西国からの落人だっけ
朝廷との戦に破れこの地に落ち延びて500有余年とか言ってたよね
無題 Name 名無し 16/11/27(日)11:37:12 No.39664 del
>そういえばもののけ姫のアシタカの一族も西国からの落人だっけ
あの作品の舞台は中世なので事情が違うね
奈良時代の開墾団は教科書に「百万町歩開墾計画」として書かれている事業によるもの
開墾団は良民奴婢流民関係なく集められ下級役人も参加していたようだ
実際は10万町歩くらいしか開墾できなかった
無題 Name 名無し 16/11/27(日)11:45:44 No.39665 del
>実際は10万町歩くらいしか開墾できなかった
1反で1石とすると100万石ぐらいか
ただ江戸時代と奈良時代じゃ収量も違うだろうしなあ
無題 Name 名無し 16/12/13(火)23:23:37 No.40092 del
中尊寺金色堂には清衡らのミイラがあるらしいな
無題 Name 名無し 16/12/15(木)02:31:49 No.40138 del
山形には即身仏があるし,ミイラを崇める固有の文化とかあったのかな
無題 Name 名無し 16/12/15(木)02:41:36 No.40139 del
即身仏自体は仏教と共に入ってきた物だから
東北固有の文化とはあまり関係ないと思う
東北のほうが腐りにくくて成功しやすかったとかはありそうだけど
長野や岐阜にだってあるしね
無題 Name 名無し 16/12/15(木)04:38:23 No.40141 del
花巻市の鬼剣舞を見てみたい
無題 Name 名無し 16/12/17(土)13:31:57 No.40208 del
>即身仏自体は仏教と共に入ってきた物だから

>長野や岐阜にだってあるしね
もともとミイラ信仰の土壌があったから即身仏が根付いた可能性
岐阜の即身仏は里帰りして岐阜に居るだけだから
無題 Name 名無し 16/12/17(土)13:50:08 No.40210 del
蘇民祭は古いの?
無題 Name 名無し 16/12/17(土)14:33:32 No.40215 del
ミイラの製法を知らず気候的にも適してないのに創意工夫でミイラ作ろうとした結果が即身仏だと聞いた
無題 Name 名無し 16/12/18(日)09:44:11 No.40240 del
エミシがエミシでなくなった(というか呼ばれなくなった)のは鎌倉以降現地豪族の上に東国武士(自称貴族末裔)が君臨してからっぽいけどなぜだろう
普通征服者は現地人見下すよね
無題 Name 名無し 16/12/18(日)14:28:35 No.40248 del
北海道には樺太経由で元が派兵されてたらしいね
苦手な海路が短いので博多なんかに攻め込むより楽なんじゃないか?
無題 Name 名無し 16/12/18(日)18:35:24 No.40253 del
>エミシがエミシでなくなった(というか呼ばれなくなった)のは鎌倉以降現地豪族の上に東国武士(自称貴族末裔)が君臨してからっぽいけどなぜだろう
>普通征服者は現地人見下すよね
東北全員が朝廷と敵対してたわけじゃないしなぁ
敵対してた連中が帰順したら元から仲良くやってた連中と区別付かなくなったんじゃないの
無題 Name 名無し 16/12/20(火)15:26:43 No.40287 del
>普通征服者は現地人見下すよね
労働力は財産だからそんな酷くも扱えまい
被征服側の順応力も高くて細かいことは水に流したんじゃないの

考えてみたら人口密度なんていまよりよほど低いのに
まあなんで昔は戦争なんて流行ってたんだか
地道に開墾してたほうが生産力上がったろうし
広い土地確保しても人手が足りなきゃ持ち腐れだったろうに
無題 Name 名無し 16/12/20(火)15:33:24 No.40288 del
ん?戦争というのは増えすぎたトップを淘汰させる手段なのか?
無題 Name 名無し 16/12/21(水)03:52:20 No.40292 del
戦国時代的なものが終わった後のフロンティア進出だよ
無題 Name 名無し 16/12/22(木)05:56:29 No.40302 del
>エミシがエミシでなくなった(というか呼ばれなくなった)のは鎌倉以降現地豪族の上に東国武士(自称貴族末裔)が君臨してからっぽいけどなぜだろう
>普通征服者は現地人見下すよね
いずれ都に戻れる境遇の人ならそうだろうけどね
東北に配置される人はまずそういう境遇ではない
政争で負けた人とかそんなのばっかだから・・・
無題 Name 名無し 16/12/23(金)07:40:55 No.40316 del
鎌倉武士は領地として与えられたんだから帰る前提ではないな
エミシの武士も農民も普通に扱われたんだろう
政策としてのヤマト扱いだったのかなあ
無題 Name 名無し 16/12/23(金)11:16:26 No.40317 del
>考えてみたら人口密度なんていまよりよほど低いのに
>まあなんで昔は戦争なんて流行ってたんだか
>地道に開墾してたほうが生産力上がったろうし
>広い土地確保しても人手が足りなきゃ持ち腐れだったろうに
やろうとしてもできなかったんじゃね
百万町歩開墾計画なんてのが奈良時代に提案されたけど
すぐに諦めて三世一身法とか墾田永年私財法とかに切り替わったし
地道に開墾すればって言うけど灌漑技術なんて江戸時代とさえ比べられないほど低いし
無題 Name 名無し 16/12/23(金)18:58:01 No.40322 del
スペイン支配下のラテンアメリカでは公式にはインディオへの差別はないことになってたし強制労働もないことになってた
公式の立場と実態が違うこともあったんじゃないか
無題 Name 名無し 16/12/25(日)18:21:29 No.40382 del
日本は困窮歌残ってたりして割と古代から庶民が苦しんでるって話は残ってると思う
残ってる話だけが取り沙汰されてそれ以外が分からんってのはあるかもしれないが
無題 Name 名無し 16/12/25(日)19:27:28 No.40386 del
というか日本は記録魔とか記録好きな民族とか言われるわりに
貴族制度の時代はその記録が身内(貴族)の記述に終始してて
庶民の生活や習俗を記録しようって運動がほとんどないんだよな
中華王朝だと民謡を収集する楽府って組織まであって、楽府がそのまま古典民謡的な詩体を指す言葉になったけど
中国に範をとった律令制の古代日本でこれらの活動が一切ないがしろにされてたのは不思議だ
無題 Name 名無し 16/12/25(日)22:12:16 No.40397 del
>中国に範をとった律令制の古代日本でこれらの活動が一切ないがしろにされてたのは不思議だ
万葉集で力尽きたかな
民話や説話で垣間見ることはできるだろうけど
現実と物語の線引きは困難かな
無題 Name 名無し 16/12/26(月)15:57:25 No.40412 del
防人ソング集なんかもあったり一般庶民もすごく歌を嗜んでたみたいね
記録しておけばすごく面白かったかも
無題 Name 名無し 16/12/26(月)18:18:47 No.40417 del
梁塵秘抄は公文書とは言えないか
それもかなり消失してるらしいけど
衣装なら絵図でそれなりに推察できるし
後は技術面?大工道具とか農具の記録保存?
でも日用使いから外れて余るほどは作って無さそう
無題 Name 名無し 16/12/26(月)20:33:08 No.40418 del
>梁塵秘抄
おそらく庶民に向けて書かれたために中国本土で低俗な物語として顧みられず
佚書となった遊仙窟は輸入品を後生大事に保存していて後世に伝えたのに
逆に日本人が作った庶民の歌集は顧みず散逸させるってのも面白いな
この頃から舶来信仰の雛形みたいなのがあったんだろうか
無題 Name 名無し 16/12/26(月)20:50:10 No.40419 del
>この頃から舶来信仰の雛形みたいなのがあったんだろうか
舶来信仰は大昔からあったろうし
自国品に対して厳しいのもあったろうね
なまじ手前で改良が利く発展途上品なわけだから
もうちょい昇華させてから殿堂入り、でズルズルとか
時代変遷も価値のうちと区切ってみるのも困難で
舶来品が化石なら自国品は生育中のナマモノ的な
無題 Name 名無し 16/12/26(月)20:54:22 No.40420 del
土偶や埴輪、火焔土器なんかが
後世に評価されるようになったのは江戸時代から?
無題 Name 名無し 16/12/26(月)21:07:53 No.40421 del
武具なんかは形見として残されたり
社寺も来歴や権威を示すために色々残したけど
たいがい庶民のものは使い潰すか仕立て直すか、
気がついたら祖形や過程は消失していて
時代の産物としては残し辛かったのでは
無題 Name 名無し 16/12/26(月)21:26:41 No.40423 del
>土偶や埴輪、火焔土器なんかが
>後世に評価されるようになったのは江戸時代から?
なんかへんなのが出るっては思ってただろうけど
復元しての研究は明治以後じゃないかな
ちなみに「芸術」火焔土器は岡本太郎の「発見」(博物館で見て)
無題 Name 名無し 16/12/27(火)00:28:32 No.40427 del
田楽はどれだけ古体残ってるんだろとググってるけど
スレの本旨から脱線してるのかなこれ(ビクッ
無題 Name 名無し 16/12/27(火)00:30:32 No.40428 del
すずめ踊り(仙台
https://www.youtube.com/watch?v=pAn74IE4FvU
無題 Name 名無し 17/03/05(日)19:46:12 No.41815 del
>クロスボウは引き金作りに高度な技術が必要だから
>朝廷軍が崩壊していくと共に廃れてしまったけど
中国南部の少数民族が森にある木だけで簡単なクロスボウを作るように必ずしもそうでもない
無題 Name 名無し 17/03/05(日)19:48:40 No.41816 del
>というか日本は記録魔とか記録好きな民族とか言われるわりに
>貴族制度の時代はその記録が身内(貴族)の記述に終始してて
>庶民の生活や習俗を記録しようって運動がほとんどないんだよな
>中華王朝だと民謡を収集する楽府って組織まであって、楽府がそのまま古典民謡的な詩体を指す言葉になったけど
>中国に範をとった律令制の古代日本でこれらの活動が一切ないがしろにされてたのは不思議だ
勘違いしてる人いるけど貴族が繁栄して日記とか残すようになった時期は
律令制なんて崩壊した後なんだわ
無題 Name 名無し 17/03/06(月)14:07:46 No.41828 del
>勘違いしてる人いるけど貴族が繁栄して日記とか残すようになった時期は
>律令制なんて崩壊した後なんだわ
大衆文化に限らず記録文化の素地すら未発達だったということか
無題 Name 名無し 17/03/06(月)19:55:57 No.41830 del
>大衆文化に限らず記録文化の素地すら未発達だったということか
釈日本紀が安斗智徳日記とかから引用してるから律令制以前から無いことはないんだろうけどねえ
現代まで残ってないのが
無題 Name 名無し 17/03/06(月)21:21:50 No.41833 del
そもそも日記を書くにしても昔は紙は貴重だし木簡や竹簡に書くと場所を取るから保管しづらいし
無題 Name 名無し 17/03/07(火)00:21:52 No.41834 del
昔は記録を残すという概念が希薄だったとか
木簡の再利用跡があって何度も再使用されていたとか
そんな記事を前に見たけどマイナー説だったのかな
無題 Name 名無し 17/03/07(火)04:47:47 No.41835 del
>昔は記録を残すという概念が希薄だったとか
>木簡の再利用跡があって何度も再使用されていたとか
>そんな記事を前に見たけどマイナー説だったのかな
いや木簡に限らず紙だって一つの文書に利用した後に別の内容を裏に書いてたりして再利用してるし
昔は記録を残す概念が希薄というのも間違っちゃいないだろう
昔というのが具体的に何時を指すかは問題だけど
無題 Name 名無し 17/03/07(火)19:38:02 No.41850 del
今のゲームのサブカルチャーもここ数年で記録保存の動きが出てきたけど
それまではプレミアついてても社会的にはゴミ扱いだったよね
無題 Name 名無し 17/03/15(水)00:32:43 No.41906 del
>中国南部の少数民族が森にある木だけで簡単なクロスボウを作るように必ずしもそうでもない
少数部族の個人個人が近隣との揉め事に使う程度で必要な武器と
古代とは言え軍団が制式に大量装備して場合によって外国との戦闘も想定している武器とは
求められる威力や精度耐久性が違う
無題 Name 名無し 17/03/15(水)01:21:08 No.41907 del
>少数部族の個人個人が近隣との揉め事に使う程度で必要な武器と
>古代とは言え軍団が制式に大量装備して場合によって外国との戦闘も想定している武器とは
>求められる威力や精度耐久性が違う
この時期って武器は各自で調達して持参とかやってた頃だぞ
制式採用って概念自体ない
無題 Name 名無し 17/03/15(水)08:49:26 No.41911 del
律令時代なら武器の規格や配備数は制定されてたんじゃないの

日本の場合
http://ci.nii.ac.jp/els/110004686271.pdf?id=ART0007419907&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489534782&cp=
無題 Name 名無し 17/03/15(水)21:47:37 No.41924 del
上の論文の通りだとすると努は兵士が私的に持ち込むのが禁止されている武器だから
制式化された努があってそれが兵士に支給されているんだな
無題 Name 名無し 17/03/16(木)01:27:48 No.41929 del
>今のゲームのサブカルチャーもここ数年で記録保存の動きが出てきたけど

ある程度社会的価値が認められないと
記録しておこうという機運が高まらないのだと思う
映画が使い捨ての時代なんて原版の扱いなんて雑で
マスターを切り張りして短縮版や総集編を作ってたし。
無題 Name 名無し 17/04/02(日)22:21:52 No.42276 del
>エミシがエミシでなくなった(というか呼ばれなくなった)のは鎌倉以降現地豪族の上に東国武士(自称貴族末裔)が君臨してからっぽいけどなぜだろう
それ以前から公民と蝦夷の区別は曖昧になってた
鎌倉時代になるとさらに蝦夷の和人化・公民化が進んで
区別する意味がなくなったんだろう
無題 Name 名無し 17/04/20(木)20:18:47 No.42473 del
前九年の役、大河ドラマの炎立つだと源氏がかなり悪役で描かれてたけど面白かった
源平の話になると微妙だったけど
無題 Name 名無し 17/04/20(木)23:19:16 No.42476 del
実際かなりあくどいよね。
源氏の一方的な都合だけで無理やり因縁つけられて
それにちょっとだけ犯行の素振り見せただけでボコボコにされたんだし。
無題 Name 名無し 17/04/20(木)23:54:29 No.42477 del
>クロスボウは引き金作りに高度な技術が必要だから
>朝廷軍が崩壊していくと共に廃れてしまったけど
俘囚送還とかの影響だと思ってる

>この時期って武器は各自で調達して持参とかやってた頃だぞ
>制式採用って概念自体ない
銅剣の時代から兵器類は一箇所に集めて管理されてたから、神社やなんかの跡から大量に出土するんだと思うが?
無題 Name 名無し 17/04/20(木)23:59:40 No.42478 del
>勘違いしてる人いるけど貴族が繁栄して日記とか残すようになった時期は
>律令制なんて崩壊した後なんだわ
「急急如律令」が呪文としてメジャーな理由
書簡を作ること自体が公的行為、命令行為とみなされ呪詛として処罰される危険性もあった
無題 Name 名無し 17/04/23(日)10:05:46 No.42487 del
>勘違いしてる人いるけど貴族が繁栄して日記とか残すようになった時期は
>律令制なんて崩壊した後なんだわ
そういや平安時代は月に1000件くらいの裁判を処理してたとか記述があるらしいけど
肝心の裁判記録自体は残ってるんだっけ?
無題 Name 名無し 17/04/25(火)15:29:57 No.42511 del
書き込みをした人によって削除されました
無題 Name 名無し 17/04/25(火)15:30:29 No.42512 del
>律令制なんて崩壊した後なんだわ
律令制の崩壊した時期って具体的にどの時期?
無題 Name 名無し 17/04/28(金)22:52:42 No.42533 del
>律令制の崩壊した時期って具体的にどの時期?
形式的に最後っていうと明治期だろうけど
普通は延喜式辺りで終了じゃね?
無題 Name 名無し 17/04/28(金)23:46:01 No.42534 del
書き込みをした人によって削除されました
無題 Name 名無し 17/04/28(金)23:47:03 No.42535 del
>普通は延喜式辺りで終了じゃね?
延喜式の成立10世紀から六波羅政権成立の12世紀で200年もあるけどな

>形式的に最後っていうと明治期だろうけど
ところがどっこい帝国憲法、及び現行憲法の1条の根本的な事が
養老の儀制令1条に書いてあって、形式的には続行してる
無題 Name 名無し 17/05/01(月)22:16:19 No.42560 del
>延喜式の成立10世紀から六波羅政権成立の12世紀で200年もあるけどな
律令制は墾田永年私財法で終了かなあ
無題 Name 名無し 17/05/03(水)00:31:03 No.42566 del
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45148 B
本文無し
無題 Name 名無し 17/05/16(火)21:49:04 No.42785 del
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1046873 B
坂上田村麻呂が主役のラノベが発売されてたね
田村麻呂黒人説とか日ユ同祖論とかキリスト教伝来説とかごっちゃに混ぜ込んだコメディだったけど
無題 Name 名無し 17/05/16(火)22:04:22 No.42786 del
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222667 B
バッカおめえ田村麻呂さんつったら阿弖流為2世だろ
無題 Name 名無し 17/05/18(木)12:58:38 No.42825 del
ものすっごい狭義にすると
日本初の本格的な律令法典である大宝律令が701年で
墾田永年私財法で律令制の根幹原則である公地公民が崩壊したのが743年なので
実質40年ちょっとなのか律令時代
無題 Name 名無し 17/05/19(金)02:00:45 No.42833 del
>律令制の根幹原則である公地公民
この考えって戦後レジームのひとつだと思うんだよなあ
エジプトの奴隷が強制労働させられてたってくらい乱暴
無題 Name 名無し 17/05/19(金)09:02:36 No.42840 del
>この考えって戦後レジームのひとつだと思うんだよなあ
>エジプトの奴隷が強制労働させられてたってくらい乱暴
どちらかというと戦前のイデオロギーじゃね
大政奉還や明治憲法を補強するような
無題 Name 名無し 17/05/19(金)19:25:06 No.42845 del
勝負平・・・なんであんな小山の上で戦ったのかと思ったら
今の平地は当時は沼地だったから
無題 Name 名無し 17/06/23(金)05:35:49 No.43803 del
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198363 B
>No.42566
これ鹿島神宮に奉納されてるんだっけ
無題 Name 名無し 17/06/26(月)06:45:02 No.43843 del
>実質40年ちょっとなのか律令時代
年貢を徒歩で都まで運ばせるのがたいへんすぎて
みんな疲弊しすぎてしもうたんやな
どう考えても無茶な制度すぎる…

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