顔が怖いし、話してもつまらない男。接客業に向いていない。そんなの、俺だって自覚している。変われるものなら、変わりたい。けれど、簡単に変われるのなら苦労しない。  見た目も、話が下手なのも変えられないのならば、せめてお客さんに提供するラーメンだけはまともなものを出さなければ。俺の取り柄は、それしかないから。 「へえ、店長は牙虎くんって名前なんや。かっこええなあ。あ、ちなみにワイは猪頭 號っちゅーもんや。これからもこの店に通い続ける予定やからよろしく頼むで。店長」    閉店間際に来て、いつもチャーシュー大盛りラーメンを注文してくる、猪獣人のお客さん。  無愛想な俺に積極的に話しかけてくる彼を、正直なところ変わり者であると思った。 「いやー、今日の仕事はごっつ大変やったわあ。でも、店長のラーメンを食べるのを楽しみにして乗り切ったで!」  来店すると、気の利いた返事もできない俺にいつも話しかけてくれる。 「店長って子供がおったんか!? それも男の子かあ。きっと、店長に似て男前に育つやろなー」  気がつけば、俺は彼に何でも話すようになった。仕事の事も、私生活の事も。  俺が話すと、彼は笑顔で相槌を打ってくれた。  こんな俺を、號さんは認めてくれている。そんな気がして、俺は嬉しかった。  §    数日ぶりに號さんが来店した日のこと。 「って、なんやこれ」  俺が皿洗いをしていると、背後から號さんの声がした。振り向くと、彼はスマートフォンを眺めているようだった。 「……どうかしましたか?」  俺がそう問うと、彼は何でも無いと答えた。  何故だろう。なんとなく俺は、彼に隠し事をされたような気がした。  ……お客さんの事情を詮索するのは良くないな。皿洗いに集中しよう。  俺がそう思って間もなく、おかしな事が起きた。 「んっ……? ぐ、うぅ、おおおおぉぉっ!?」  突如、全身に電流が走るような感覚が俺を襲った。  特に、尻から腹にかけてその感覚が強い。何だ、これは。訳が分からない。怖い。立っていられない。 「牙虎くん、どうしたんや!?」  號さんが、俺の元に駆け寄ってきた。心配しているようだ。大丈夫だと、言わなければ。……言わなければ、いけないのに。 「うあっ、あっ、あああぁっ!!」  口から漏れるのは、情けない声。  いや、漏れたのは声だけじゃない。股間が、熱くて、ぬるぬるする。  ……俺は、漏らしてしまったのか? 「うあっ、俺、何で……っ!? いやだ、見ないで、くださ……っ!」  號さんに、見られてしまった。俺が無様に、精液を漏らす姿を。  嫌だ。何で。こんな姿を見られたら、嫌われてしまう。せっかく、気兼ねなく話せる相手ができたのに。大切なお客さんの前で、俺はなんて事を。  「落ち着くんや、牙虎くん。大丈夫。大丈夫やから」  温かいものが、俺の身体を包んだ。  少し遅れて、気づいた。號さんが俺を抱きしめてくれたのだと。 「きっと働きすぎで疲れただけや。疲れた時に身体がおかしくなるのは良くある事やから気にせんでええ」  ……本当に、そうなのだろうか。分からない。  でも、號さんに抱きしめられると、安心する。親父がまだ生きていた時に、抱っこされた事を思い出す。 「すみませ……號さん……っ!」  気を抜くと、声をあげて泣いてしまいそうだ。これ以上、みっともない姿を號さんに見せたくない。我慢、しないと。 「今日は早めに休むのがええわ。また明日、ラーメンを食いに来るからな。それまでにしっかりと体調を整えておくんやで?」 「はい……!」  號さんが、また明日も来てくれる。  良かった。こんなみっともない醜態を晒したのに、俺を見放さないでくれるようだ。  ……明日は、今日以上に美味いラーメンを出せるように頑張らなければ。俺が號さんにできる恩返しは、美味いラーメンを出す事。それしかないのだから。 【了】