僕──虎見 凱(とらみ がい)は、親から受け継いだベル・ドゥ・ジュールという名の喫茶店を経営している。  この店名はフランス語であり、和訳すると昼顔という意味になるそうだ。父さんが昔観た映画から拝借した名前とのこと。僕自身はその映画を観た事は無いから、なんかオシャレな響きの店名だなあという感想しか抱いていない。 「今日は来るかなあ」  現在、十四時を過ぎた頃。ランチタイムを過ぎた店内にお客さんは居ない。  最近、この時間帯によく訪れてくれる竜人のお客さんが居る。そのお客さんの名前は巽屋 流斗(たつみや りゅうと)くん。読書が好きな大学生だ。  ティーカップを拭きながら巽屋くんの事を考えていると、タイミング良く彼が入店してきた。この偶然に運命のようなものを感じ、思わず口元が緩んでしまう。おっと、だらしない顔を見せちゃいけないな。しっかりとおもてなしをしなくちゃ。  「やあ、巽屋くん。いらっしゃい」  店内に入ってきた巽屋くんは小さく頭を下げた。  巽屋くんは凛々しい顔立ちの竜人だ。十九歳の大学生らしい。まだ二十歳前だなんて、若いなあ。成人式を十六年前に済ませた僕みたいなおじさんには若さが眩しく見える。 「こんにちは。今日も、ケーキセットをお願いします」 「今日のケーキはモンブランだけど、飲み物はどうしようか?」 「凱さんにお任せします」 「了解。アッサムティーを用意するね」  僕が作るモンブランは洋栗のペーストとカスタードクリームの味が目立つ作りになっているから甘さが強い。だから、コクがあるアッサムティーと相性が良いんだよね。 「ふんふふ〜ん」  お湯を沸かしながらティーポットに茶葉を入れる。沸騰直後の熱々のお湯を一気にポットに注ぐのが美味しい紅茶を淹れるコツだ。しっかりと沸騰するまでに少し時間がかかるから、今のうちにモンブランをプレートに乗せておこうっと。  ……モンブランの準備ができてから少しして、ヤカンがしゅんしゅんと音を立て始めた。そろそろ良さそうだ。  火を止め、ティーポットにお湯を一気に投入。それから一分ほど待てば美味しい紅茶のできあがりだ。  一分ほど待つ間、手持ち無沙汰なので巽屋くんに視線を向けた。  ──彼は、カウンター席に座って熱心に本を読んでいる。  真剣な表情で本を読む彼を見ていると、胸が疼いた。  僕は、誰にも言えない欲望を胸の内に抱えて生きている。  切っ掛けは数年前、満員電車に乗った時に痴漢された時だった。僕みたいな厳つい虎獣人のお尻を乱暴に触ろうとするヒトが現れるなんて思わなかったし、その時はただひたすらに驚いた記憶がある。  満員電車から降りる時に振り向くと、視界に入ったのは竜人の男の姿だった。それ以降、僕は竜人を見ると変な気持ちが湧き上がるようになってしまったんだ。  ──僕は、巽屋くんのようにかっこいい竜人に乱暴に扱われたいという欲望を抱いている。あの時、満員電車に乗った時に受けた仕打ちのせいで、僕はおかしくなってしまったらしい。  叶うのならば巽屋くんに乱暴されたいし、性欲の捌け口になりたいとすら思っている。  けれど、僕は厳ついうえにおじさん。若くてかっこいい巽屋くんが僕に欲情する事なんてあり得ないだろう。  ……くだらない事を考えるのはやめないとね。丁度、紅茶の飲み頃になったし提供しよう。 「お待たせしました。洋栗のモンブランと、それによく合うアッサムティーです、ってね」  モンブランが乗ったフレンチプレートとアッサムティー、そしてデザートフォークを巽屋くんの前に置く。彼のお口に合うと嬉しいな。 「いただきます」 「はい、どうぞ」  巽屋くんはフォークでモンブランを少しすくい、口に運んだ。直後、彼の口元が緩む。 「んむっ、美味しいです」 「お口に合って良かった」 「凱さんが出すケーキに間違いはないですね。いつも美味しいです」 「へへっ、そう言ってもらえると嬉しいな。早起きして作った甲斐があるよ」  巽屋くんは甘い物が好きなようだ。いつも笑顔でケーキを食べてくれるから、嬉しくなる。もっと、彼が喜ぶ顔を見たいな。 「そうだ。作りすぎたからもう一個食べてよ。もちろん、サービスだからね」 「そんな、悪いですよ」 「若者が遠慮しない! というか、食べてくれると助かるんだよね。余ったケーキを食べすぎたら、僕みたいなおじさんはあっという間に太っちゃうからさ」  作り置きしていたモンブランをトングで掴み、フレンチプレートの空きスペースに置く。実際、ちょっと余りそうだったから彼がもう一個食べてくれると助かるんだよね。 「すみません。ありがたく、頂かせてもらいます」 「はいどうぞ」  巽屋くんは笑顔で、二つのモンブランをあっという間に平らげた。若さを感じる良い食べっぷりだ。 「……ごちそうさまでした」  はい、ありがとうございます。なんて言った後、僕は空のフレンチプレートを片付けた。  その後、アッサムティーを飲みながら読書する巽屋くんの姿が視界に入ったので、思わず僕は質問をしてしまった。 「今日はどんな本を読んでいるんだい? 巽屋先生」 「先生はやめてください」 「将来、国語の先生になるんだろう? だったら今のうちに呼ばれ慣れていた方がいいよ。先生」  彼は国語の先生になりたいという夢を僕に語った事がある。先生を目指すのって大変そうだし、凄いよなあ。 「これでもし先生になれなかったら恥ずかしいですよ……」 「だったら、絶対になりなよ。なれたら問題なし!」  巽屋くんは頭が良さそうだし、絶対なれると思うんだよね。 「……で、改めて聞くけど、どんな本を読んでいるんだい?」 「……ちょっと刺激的な内容の本ですね」  刺激的。その言葉から想像できる内容は暴力的。もしくは……。 「エッチな本ってこと? 先生も男だねえ」 「いや、エッチな本というわけでは無いですよ! 確かに官能的な描写もありますが、そこは本筋ではなく……」 「気にしないで。男ならエッチなものに興味を持つ方が健全さ。うん。……ごめんね、読書の邪魔をして。僕は仕事に戻るから、先生はゆっくり本を楽しんでね」  冗談のつもりで言ったけれど、どうやら本当にエッチな描写がある本だったらしい。  巽屋くんがエッチな描写がある本を読んでいるという事を認識した瞬間、僕の身体がかあっと熱くなって股間に血が集まった。  ダメだ。片付けとディナータイムの準備に集中して気を逸らさないと。  § 「ふう。今日も乗り越えられた」  閉店時間を過ぎたので、僕は店の掃除を開始した。箒で隅々まで綺麗にしないと。 「……おや?」  カウンター席の近くを箒で掃除している時に小さな何かが落ちているのに気が付いて、僕はそれを拾い上げた。 「これは巽屋くんの……」  間違いない。これは彼が愛用しているハンカチだ。  ──僕の中で、良くない欲望が膨れ上がる。 「……んっ」  気がつくと僕は、彼のハンカチを鼻に当てて匂いを嗅いでいた。  洗剤の香りの中に、ほんのりと彼の体臭が混ざっている。それを嗅いでいる内に、僕のズボンが徐々に窮屈になっていった。 「はあっ……はあっ」  窮屈なズボンをボクサーパンツごと取っ払った後に再び彼のハンカチの匂いを嗅ぎながら、片手をお尻に伸ばした。  お尻の割れ目に手を入れ、人差し指と中指で穴をぐにぐにと弄る。そうするとあの時の満員電車でされた事を思い出し、とても興奮してしまう。 「巽屋くん、巽屋くん……っ!!」  彼の匂いを嗅ぎながら行う自慰行為は、頭の芯が痺れる程に気持ちがよかった。こんなの最低だと思うのに、手が止まらない。おちんちんの先から透明な汁が流れて、床にぽたぽたと落ちていく。 「凱さん」 「えっ!?」  まさか、そんなはずはない。そう思って振り向くと、そこには巽屋くんが立っていた。  顔から、さあっと血が引いていくような感覚に襲われる。 「巽屋くん……ち、違うんだ、これは……!」 「……何が違うんだ?」  巽屋くんは笑っている。けれど、ケーキを食べる時のような穏やかな笑顔では無い。まるで、獲物を見つけた狩人のような……。 「知らなかったな。凱さんが俺の匂いを嗅ぎながら肛門を弄って自慰に耽る変態だったなんて」 「ご、ごめんなさい……!」 「謝らなくていい。むしろ、裏の顔を晒してくれた事に感謝したいくらいだ。これで、俺も気兼ねなく裏の顔を晒せるようになったからな」  いつもと違ってやや荒々しい口調で話す巽屋くんの声が、僕の身体を震わせる。 「た、巽屋くん……? 何を……」  僕の前に立った巽屋くんは、ズボンを勢いよく下ろした。  ──巽屋くんの股間部にある割れ目から、とても太くて大きなおちんちんが飛び出している。 「これが欲しいんだろ?」  巽屋くんは自らの手で肉棒を握ってから上下に揺らした。まるで、僕を誘うように。 「しゃぶれよ、変態」 「ぼ、僕は……」  これは夢なのだろうか。巽屋くんが、僕みたいなおじさんに欲情するわけない。でも、彼のおちんちんから蒸れたエッチな匂いがして、それが僕の鼻腔をくすぐり続けている。  ──夢でも現実でもどっちでもいいか。咥えて、堪能したい。巽屋くんのおちんちんを。 「んむっ……」  巽屋くんのおちんちんを、一気に根本まで咥え込む。汗と我慢汁が混ざったようなしょっぱい風味が、口の中に広がった。 「んっ、んんっ……!!」  彼を全て味わいたい。そう思った僕は、必死で彼のおちんちんに吸い付いた。 「今までどんな事を考えながら接客していたんだ? ずっと俺を邪な目で見てたのか? ああ?」 「あむっ、うん……ずっと、巽屋くんのおちんちんが、んんっ、欲しかった……!」 「喋るかしゃぶるかどっちかにしろ。はしたないな」 「ごめん、でもっ……んあっ、巽屋くんのおちんちんが、んむっ、美味しすぎて……っ!」  荒々しい口調で僕に語りかけてくる巽屋くんからは、普段とは違う魅力を感じる。少し怖いのに、それが良いと思ってしまう。どうやら僕は、さっき彼が言ったように変態であるようだ。 「んぐうっ!?」  巽屋くんは僕の頭を掴み、おちんちんを喉奥まで乱暴に突き立ててきた。そして、おちんちんが引き抜ける寸前まで腰を引いたかと思うと、再び奥に突き立てて僕の口内を蹂躙してきた。 「んぐっ、んっ、んんんっ!!」  おちんちんが僕の口内で激しく動いて、苦しい。なのに、僕はそれに興奮している。嬉しいと思っているんだ。 「まずは一発、口の中に出してやる! 全部飲めよ!」  巽屋くんがそう叫んだ直後、彼のおちんちんが僕の口内で激しく震えた。そして、熱くてどろどろとした液体が僕の口内に注がれる。  濃厚な精子の匂いが口内から鼻腔を通り、脳天を貫いた。僕のおちんちんがびくびくと震えて、彼が放ったのと同じ液体を吐き出してエプロンを汚しているのがわかる。 「んぐっ、ぐっ、んっ」  彼が放った精子は苦くてえぐみがあるのに、とても美味しいと感じるから不思議だ。もっと、もっと飲みたい。彼の体液を体内に取り込みたい。 「かはっ、はっ、はあっ……」  射精を終えた巽屋くんは、僕の口からゆっくりと肉棒を引き抜いた。  夢みたいな時間だった。まさか、巽屋くんのおちんちんと精子を味わえただなんて……。  想像もしていなかった事が次々と起きてキャパシティがオーバーしたせいか、僕は酩酊感にも似た感覚に襲われて床に寝転んでしまった。 「……まさか、これで終わりだなんて思っていないよな?」 「うあっ、ああっ……!」  巽屋くんは、僕のお腹に乗って胸を揉んできた。指先が乳首を掠める度に、身体がぞくぞくする。  ──このままおっぱいを弄られるのも悪くない。けれど、僕がもっと感じる場所は一つ。 「巽屋くん……! 良かったら……」 「お尻も弄ってほしい、だろ? 凱さんは分かりやすいな」  やっぱり、巽屋くんは頭が良いな。僕が考えている事はお見通しのようだ。  巽屋くんは僕の太ももを押して、大きく開脚させた状態でエプロンを捲ってきた。  ああ。今、僕は精子まみれのおちんちんとさっきまで指を入れていたお尻の穴を彼に見られているんだ。  恥ずかしい。なのに、興奮してたまらない。 「肉棒も肛門もぐちょぐちょに湿ってるじゃねえか。マゾ虎が」  普段の彼からは考えられない厳しい言葉を投げつけられ、僕の理性はさらに削れる。  僕は、ずっとこれを望んでいたんだ。巽屋くんに、乱暴に扱われる事を。 「は、早く、巽屋くんのおちんちんが欲しい……っ!」 「そうか。なら、その前に答えろ。いつから、俺を思って自慰行為に耽っていたんだ?」 「い、一年前、初めて見た時から君をかっこいいと思っていて……それで……っ!」  僕のお尻に、巽屋くんの硬いおちんちんが当たっている。彼が力を込めたら、呆気なく入ってしまうだろう。それを想像するだけで、僕の身体は歓喜で震える。 「んあああああっ!!」  ついに、僕をこじ開けて彼のおちんちんがずぶずぶと入ってきた。  痛みは、全く無い。快感と幸福感が僕の身体を駆け巡る。 「絡みついてきやがって。肉棒を尻にぶち込まれた事がそんなに嬉しいのか?」 「うんっ、嬉しいっ……! 巽屋くんのおちんちん、大きくて、気持ちいいよおっ……!」  中をごりごりと抉られる度に、目の奥がチカチカする。お尻におちんちんを入れられる事がこんなに気持ちいいなんて知らなかった。気持ち良過ぎて、身体の震えが止まらない。 「遥かに年下の雄にちんぽをぶち込まれて善がるなんて、恥ずかしくねえのか! オラッ!」 「んあっ! はっ、恥ずかしいよ……! んうっ! でも、気持ちいい……っ! があっ! 頭が、おかしくなりそうだ……!」 「じゃあ、俺の肉棒の事しか考えられないようにもっとおかしくしてやるよ!」 「あがっ、んっ、あああっ!!」  射精が止まらない。おちんちんが壊れてしまったかのようだ。  もっと出したい。もっと気持ちよくなりたい。 「腹の中に出すぞ! 俺の精液で、お前の体内を征服してやる!」 「出してっ、巽屋くんの精子で、僕をいっぱいにしてくれえええぇっ!!」  巽屋くんも最高に気持ちよくなってほしい。そして、僕のお腹の中を精子で満たして体内を蹂躙してほしい。 「うおおおおっ!!」  巽屋くんは叫びながら、僕の体内に精子を放った。僕の中で、彼のおちんちんがドクンドクンと脈打っているのが分かる。 「うあっ、熱い……! 巽屋くんの精子、熱いよおっ……!!」  彼の欲望で僕の中が染め上げられていく。でも、まだ足りない。もっと沢山注いで欲しい。僕の中を巽屋くんで満たしてほしい。 「抜かずに何度も出してやるよ……っ! 俺の精液で、腹をパンパンにしてやる……!」  僕の願いが通じたのか、巽屋くんは硬さを保ったままのおちんちんで僕の中をごりごりと抉り始めた。  ──それから先の事は、正直よく覚えていない。けれど、強い快感と幸福感は脳に強く刻まれた。それだけは、確かだ。  §  夢のような時間を過ごした後も、現実的な日常は続く。  変化に乏しい日常も、僕は嫌いじゃない。それがあるから、夢のような時間がより輝くと思うから。 「やあ、いらっしゃい。巽屋くん」 「こんにちは。今日も、ケーキセットをお願いします」  巽屋くんと身体を重ねてから、一ヶ月が過ぎていた。昼間、この店で彼と顔を合わせる時の関係性は以前と変わらない。僕はお店の主人として料理とお茶を提供し、巽屋くんはそれを飲食する。それだけだ。 「……先にこれ、どうぞ」 「どうも」  僕は注文を受けた後、小さな包み紙に入ったチョコレートを巽屋くんに提供した。 「……お返しは、夜にしますね」 「うん。楽しみに、待ってるよ」  以前と変わらないのは、昼間の関係性だけ。最近は巽屋くんと夜に会う事が増えた。  どうしても身体が疼いてたまらない時、僕はチョコレートを彼に提供してそれをアピールする。それを彼が受け入れてくれたら、夜にお返しを──セックスをしてくれる。いつしか、そんな決まりが僕たちの間にできていた。  客観的に見ると、この関係は健全なものではない。僕のようなおじさんが巽屋くんのように若くて未来がある子と何度も身体を重ねるなんてあってはならない事だ。分かっている。分かっているのに、やめられない。 「今日のケーキはチーズケーキだよ。飲み物はいつも通りおまかせかな?」  今すぐにでも服を脱ぎ、彼のおちんちんをお尻で受け入れたい。そんな気持ちを抑え込みながら、この喫茶店の主人として振る舞う。 「はい。お願いします」 「了解。少々お待ちください、ってね」  僕はもう、彼から与えられる快楽が無い生活なんて考えられない。もし彼が僕を性の捌け口としか思っていないとしても、それでいい。僕はもう彼のモノで、どう扱われても良いと思っている。  不健全な関係の先に何が待ち受けているのか、分からない。ただ、僕は願う。一秒でも長く、彼との繋がりを維持できますようにと。   【了】