スーツ姿のまま朝食を作る。それが私──虎本 秀一(とらもと しゅういち)の日課となっていた。  私一人であるならば適当な朝食でも構わないのだが、息子と二人暮らしであるためそういう訳にはいかない。 「ふむ。こんなものだろう」  今日の朝食はベーコンエッグとトースト、それにサラダとコンソメスープだ。  朝食を作り終えた後、一人息子──浩二の部屋に向かう。小学二年生になったばかりの我が息子はとにかくよく眠る。私が起こさなければ、間違いなく学校に遅刻するだろう。寝る子は育つというが、これは少し困りものだ。 「浩二。朝食ができたから起きなさい」 「う〜ん、あと五分だけ……」 「ダメだ。冷める前に食べなさい」  少し可哀想だが、布団を剥ぎ取った。 「まだねみぃのに! 父さんのバカ!」  浩二は尖った歯を剥き出しにして抗議の声を上げた。だが、目はつぶらで全く怖くない。  どちらかというと、浩二は優しい顔つきだった妻に似ている。目付きが鋭くて厳つい虎獣人である私とは正反対だ。優しい顔つきの方が他者と交流しやすいだろうから、私に似なくて良かったと思う。 「遅刻して先生に怒られたくないだろう?」 「それはそうだけど……」 「なら、顔を洗ってからリビングに来なさい。今日は浩二が好きなベーコンエッグを用意したぞ」 「マジ!? やったー!」  好物が用意されているのを知って満面の笑みを浮かべる浩二を見ると、つい私の口元も緩みそうになる。調理は大変だが、この笑顔を見たら疲れも吹き飛んでしまうな。  § 「いただきます」 「いっただきまーす!」  浩二と向かい合う形でダイニングチェアに腰掛け、食前の挨拶をしてからスープに口をつけた。  ……うむ。薄すぎず濃すぎない、丁度良い塩梅のコンソメスープである。一緒に煮込んだソーセージや玉ねぎとの相性も抜群だ。 「テレビテレビ〜」  私は普段、食事中はテレビを消すようにと言っているのだが、浩二がお構いなしにリモコンを操作してテレビを点けてしまった。まったく、困った息子だ。 『近頃、Uエストラス症候群になる成人男性が急増しており──』  テレビから、そんな音声が流れた。朝のニュース番組が、近頃国内で蔓延している奇病について報道をしているようだ。 「最近よく聞くよなあ、このゆーなんとかってやつ。どんな病気なんだろ」  Uエストラス症候群。それは成人男性のみが罹る奇妙な病気だ。Uエストラスウイルスという病原体により飛沫感染するらしい。特に、三十代の男性は罹りやすいとか。私は、現在三十三歳。ちょうど罹りやすい年代だから気をつけなければならない。 「……これは大人しかかからない病気だ。浩二は気にしなくて良い」  奇妙な病気は、症状や治療方法も奇妙だ。罹患すると、性欲が異常に高まり極度の興奮状態に陥るとのこと。最悪、発狂して死に至るそうだ。  自然寛解はしないため罹患したら治療を受ける必要があるのだが、その治療方法がとんでもない。Uエストラスウイルスに対する抗体を生まれつき持ったUEケアラーと呼ばれる男と交わり、直腸内に直接精液を注がれなければ寛解しないそうだ。男同士で性的な接触をせねばならないなんて、想像したくない。 「父さんがそのなんとかって病気になったらどうしよ」 「私の事を心配してくれるのなら、ちゃんとこまめに手洗いうがいをしなさい。老若男女問わず罹る可能性がある怖い病気は世の中に沢山あるのだからな」 「はいはい」 「はいは一回だ」 「は〜い」  本当に分かっているのだろうか。なるべくなら病気になってほしくないのだがな。 「……む」  病気の話をしたからだろうか。少し、身体が熱っぽいような気がする。頭痛や喉の痛みは無いから大した事は無いと思うが……。 「なんかこえぇ顔してない?」 「気のせいだ。ほら、早く食べないと遅刻するぞ」 「やべっ!」  浩二はベーコンエッグとトーストを食べ終えた後、スープを一気に飲み干してからランドセルを背負って家を飛び出して行った。サラダは綺麗に手付かずのままだ。 「野菜もしっかりと食べてほしいのだがな……」  私は浩二の分のサラダまで平らげてから食器を全て洗い、玄関に向かった。 「行ってくる」  靴箱の上に置かれているフォトスタンドの中で微笑む妻──佳奈美に挨拶をしてから、職場である銀行に向かう。それもまた私の日課である。  佳奈美は生まれつき身体が弱く、二年前にこの世を去った。彼女と居られた時間は短かったが、思い出はしっかりと胸の中に残っている。佳奈美の体調が良い時に幼い浩二と共に様々な場所へ遊びに出掛けたのは、生涯忘れる事はないのだろう。 「……浩二が立派になるまで、私が頑張らねばな」  やはり、少し身体が熱っぽくて体調がおかしい気がするが泣き言は言っていられない。何かあった時のために常に持ち運んでいる市販の風邪薬を飲めば、すぐに良くなるはずだ。    § (情けないな……)  結局、市販薬の効果は出ず、職場で熱発した私は半日有休を取って総合病院を訪れた。そして、診察室の中で獅童 幸春(しどう ゆきはる)という名札を付けた白衣姿の太った獅子獣人の医者に、 「Uエストラス症候群ですね」  と、無慈悲に宣告されてしまった。 「……何かの間違いでは?」 「残念ながら、検査の結果はバリバリ陽性です。早急に治療が必要ですよ」 「私は、ただの風邪だと思っていたのだが……」 「虎本さん。ちょっと下品な言い方をして申し訳ないのですが、今物凄くムラムラしていません?」  図星であった。診察椅子に前屈みに座って誤魔化しているが、私の陰茎は今硬くなっている。興奮してカウパー液が出ているのだろう。パンツが湿っている感触もある。  それでも、Uエストラス症候群であると認めたくなかった。ただ、高熱が出たせいで身体がおかしな反応をしているのだと、思い込みたかったのだ。 「……どうやら、ムラムラしているようですね。早めに治療しないと、大変な事になりますよ。早速、準備しましょう」 「ま、待っていただきたい。治療をするという事は、その……」 「まあ、気持ちは分かりますよ。虎本さんは結婚されてお子さんも居るようですし、男と交わるのに抵抗感があるんでしょう?」  問診票に家族構成を書く欄があったので、それにしっかりと目を通したのであろう彼は私が既婚者であるのを知っていた。 「……はい。妻には先立たれた身であるが、不貞行為はしたくない」 「しかし、このままだと性欲を抑えきれずに大変な事になりますよ。治療しなければ、発狂して死に至ります。そうなれば置いていかれたお子さんは悲しみますよ」 「ぐっ……」  男と交わるのを、受け入れるしかないのか。  本当は、受け入れたくない。しかし、一分、一秒ごとに身体の火照りが強くなり性欲が増しているのを感じる。このまま何もしなければ、やがて理性を失ってしまうのだろう。 「安心してください。あくまで治療ですので、不貞行為にはなりません。虎本さんはただベッドに横になるだけで大丈夫です。あとはUEケアラーである僕に全てお任せを」 「……先生が、UEケアラーなのですか?」 「ええ。僕はUエストラス症候群の患者さん専門のドクターです。今までに数えきれないほど治療をしてきているのでご安心を。痛い思いをさせず、まるっと解決してみせます」  獅童先生は笑みを浮かべながら自らの胸をドンと叩いた。その際に彼の豊満な腹が揺れ、それを見た私は思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。  やはり、私はおかしくなっているらしい。太った中年男性である彼を見て、性的に興奮してしまうだなんて。 「……っ!」  まずい。息苦しくなってきた。このままだと、取り返しがつかない事になる。本能的にそう察してしまった。 「急がないといけないですね。すぐに治療を始めます。良いですね?」  私は、獅童先生の言葉に頷くしかなかった。息子を──浩二を残して逝くわけにはいかない。だから、許してくれ。佳奈美。  §  診察室の奥には大きなベッドが置かれており、獅童先生に抱き抱えられてそこまで運ばれた私は、仰向けに寝かされた。 「それでは、ズボンを脱がします」  カチャカチャとベルトを外す音が響いた後、彼は私のズボンを下着ごとゆっくりと剥ぎ取った。  思わず、視線を下に向ける。すると、外気に晒された私の陰茎がカウパー腺液を垂れ流しながらびくびくと揺れているのが見えた。  ……羞恥で、頭がおかしくなりそうだ。 「まず、ローションを塗った指でお尻の穴をほぐしていきますからね。力を抜いてください」  獅童先生の人差し指が、透明で粘り気がありそうな液体で濡れている。 「うぐっ……!」  私の肛門に、獅童先生の太い指が挿入された。凄い圧迫感だが、痛みはない。だが、変な感覚がある。 「ま、待ってほし、あっ、があああぁっ!!」  突如、下腹部の辺りがびりびりと痺れるような感覚に襲われた。直後に私の肉棒が何度も激しく震え、精を吐き出してしまったのが分かった。  ……私は、尻に指を挿入されただけで射精してしまったのか。情けなくて泣きたくなってきた。 「不安にならなくて大丈夫ですよ。Uエストラス症候群にかかった方はみんな同じです。気にせず、好きな時に好きなだけ射精しちゃってください」  そういうものなのか。少し、気が楽になった気がする。 「……それじゃ、お尻の穴をゆっくりと拡げていきますね」  私の中を掻き回すように、先生の指が動き始めた。ぐちゅぐちゅと湿った音が響くのに合わせて、私の下腹部が痺れる。きっとこれは、快感なのだろう。 「ぐっ、うぅ、んっ、んんっ……!」  まるで、ずっと射精しているかのようだ。先生が指を動かす度に、気持ち良くて情けない声が漏れてしまう。一児の父としてあるまじき姿である。そう思うのに、耐えられない。 「指を増やします」  宣言通り、先生は挿入する指の数を増やしたようだ。圧迫感と快感が、さらに増す。 「ぐるっ、がっ……うおおおぉぉっ!!」  快感に抗えず、私は再び精を吐き出してしまった。特有の臭いがさらに濃くなり、鼻を衝く。  ──気持ちいい。もっと、もっと私の中を掻き回して欲しい。もっと、気持ちよくなりたいんだ。 「んあっ、がっ、申し訳、ない……っ! 腰が、勝手に……!!」 「良いですよ。我慢せず、好きなように動いて気持ち良くなっちゃってください」  気がつくと私は、より強い刺激を欲して浅ましいケダモノのように腰をへこへこと動かしてしまっていた。  止まらなければと頭では思うのに、動きを止められない。もっと気持ち良くなりたいという欲望が、私を突き動かす。 「ひぐっ、んあぁ……っ!」 「かなり柔らかくなってきましたね」  先生は二本の指で私の肛門を左右に押し広げた。妻にも晒した事の無い秘部をまじまじと見られ、私の頬が熱くなる。 「ちょっと失礼」 「うあっ!」  先生は私の肛門からゆっくりと指を引き抜いた。刺激を失った瞬間、私の身体の火照りが強くなる。早く、また刺激が欲しい。 「そろそろ、“これ”を挿入しても大丈夫そうですね」  いつの間にか、獅童先生は自らのズボンを脱いで下半身を曝け出していた。彼の陰茎は勃起しており、先端からカウパー腺液を垂れ流している。  ああ、あんな太いものが今から私の中に入るのか。  そう思った瞬間、私の肛門がヒクついた。早く、挿入してほしい。ぐちゃぐちゃに、掻き回してほしい。 「っ……!」  ──私は、何という事を考えているのだ。これでは、欲に溺れたただの色情狂では無いか。浩二に合わせる顔がない。 「虎本さんの身体が刺激を欲してるのはUエストラス症候群のせいです。だから、気に病まないでくださいね」  滲む視界が、優しく笑う獅童先生を捉えた。どうやら、私の考えている事は彼に全てお見通しだったようだ。 「さあ、本格的な治療を始めましょう」  私の肛門に、獅童先生の太い陰茎が突きつけられる。  もう後には引けない。しっかりと治療を行い、克服せねば。この行為は、浩二と共に生きていくためだ。  せめて、歯を食いしばって理性を保つ努力をしよう。これ以上、欲に溺れた浅ましいケダモノのようになる訳には…… 「んおおおおおぉっ!?」  先生の陰茎が肛門を押し広げて侵入してきた瞬間、凄まじい快感が私の全身を駆け巡った。 「うあっ、が、ああああぁっ!!」  射精が止まらない。自らの意思で止めるのは不可能だ。こんなの、理性を保てる訳がない! 「今からより強い刺激を与えますので、心の準備をしてください」  獅童先生は私の腰を両手でがっしりと掴むと、激しく腰を動かし始めた。 「あがっ! や、あっ、壊れる、壊れて、しまううぅっ!!」  先生の陰茎が直腸をごりごりと抉る度、押し出されるように精液が止め処なく溢れ出る。脳が常に射精の快感を認識していて、おかしくなりそうだ。 「大丈夫! 大丈夫ですからね!」  先生の励ましの言葉が、どこかに飛んでいってしまいそうな理性を辛うじて繋ぎ止めてくれた。  早く終わってくれ。そう思うのに、終わってほしくないという気持ちもある。 「ううっ、んっ、ああっ!!」  ──肛門に陰茎を挿入されてからどれだけの時間が経っただろうか。数分なのか、数十分なのか……。時間の感覚が、狂っている。一体、いつまでこの地獄のような快感は続くのだろう。 「もう少しで治療は終わりますからね! 頑張ってください!」  その言葉の直後、先生の腰の動きがより激しくなる。 「うあっ! がっ! んぐっ! うううぅっ!!」  どうやら、彼の射精の時は近いようだ。私の中で、彼の陰茎が徐々に肥大していくのが分かる。 「虎本さん! 中に出しますからね!」  ずん、と一際強い衝撃を感じた。最奥まで陰茎が突き入れられたのだ。それを理解した直後、私の中で獅童先生の陰茎がどくんどくんと脈打ったのが分かった。 「あっ、ああ……っ!!」  腹の中に、じわじわと熱が広がる。彼の精液が中に注ぎ込まれているのだろう。 「ふぅ、ふぅ……っ!」  射精の最中、先生は荒い息を吐きながら私を強く抱きしめてきた。 「ぐっ、んうううっ!」  先生の身体に陰茎を圧迫されながら、私は何度目になるかも分からない射精をして彼の身体を汚してしまった。  ──充足感が、胸を満たす。今、私は獅童先生に抱きしめられて心地良いと思ってしまっている。こんな事を考えてはいけない。そう、頭では理解しているのに……! 「……可愛かったですよ、虎本さん」  そう、先生に耳元で囁かれ、私の身体がかあっと熱くなる。これは病気のせいだろうか。それとも──。    §    治療を終えて帰宅した私は、すぐに自室へと向かいベッドに倒れ込んだ。 「はぁ、はぁ……っ!」  UEケアラーの精液を体内に取り込めばUエストラス症候群は治る。事実、熱は下がって獅童先生も治療は完了したと言ってくれた。それなのに。 「どうして、ここが疼くんだ……!」  気がつくと私は裸になり、湿った肛門に指を挿入して自慰を始めていた。私の中にはまだ獅童先生の精液が残っており、指を出し入れする度にぐちゅぐちゅと湿った音が響いた。 「んおっ、あっ、んう……っ!!」  気持ちいい。けれど、物足りない。もっと太いものが欲しい。獅童先生の、太い陰茎が──。 「ううっ……」  この身体の疼きはきっと、Uエストラス症候群のせいではない。私の内に秘められていた欲求なのだろう。  こんな欲求、表に出るべきではなかった。しかし、もう抑える事はできそうにない。 「浩二、佳奈美……っ! すまない……!」  男の陰茎が欲しくてたまらない、父親失格のケダモノ。それが、私の本性だったようだ。  きっと私は、近いうちに救いを求めて再び向かうのだろう。彼が居る病院へと──。   【了】