アレナ・グラック [村内]
強くなる為に必要なものは幾つかあるが、その内の一つはチャンスを見逃さないことだとアレナ・グラックは考えている。
アレナ・グラック [村内]
例えば戦い方のヒント。未だ知らぬ流派。より強い武器や、それを製造できる職人とのコネクション。
些細なものであっても、薄い可能性であっても検討はしてみる。そもそもダークドワーフは地上に大して伝手を持たない。やるだけやってみる、そう言う姿勢が大事だと思っていた。
そう、それが……隊商を護衛して訪れた、何の変哲もない普通の村だったとしても、だ。
アレナ・グラック [村内]
「お待たせ、ジルちゃん」
村人との談笑を終えた少女が軽く手を振る。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「お帰り、アーちゃん。面白い話は聞けた?」
適当な場所に預けていた身体を起こして手を振り返す。
アレナ・グラック [村内]
「あんまり。普通の村だね、特に冒険者の痕跡がある訳でも無いし……」
戦士にしては華奢な手だった。手と言うか、体全体が。筋肉質な者が多いダークドワーフと言うよりは、どちらかと言うとハイマンあたりにも見えるだろう。
相応に中身の詰まっている青年と並ぶと、余計にその様に見える。
アレナ・グラック [村内]
「ただ、これからもそうじゃないとは限らない。物の行き来はある訳だし」
「どうせ暇だし、恩を売って有益な相手だって認識して貰っちゃおう」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「売り得だしね、顔と恩は」
一方、少女の隣に並ぶ青年の方は陰気な雰囲気を纏っている。少女が隣にいる今でこそ、表情には笑顔が薄く浮かんでいるがそれでも目は伏し目がちだ。
アレナ・グラック [村内]
「と言う訳で、そこの隅の家のおばあちゃんが腰をやっちゃったらしく」
「刈る人がいなくなって草が無節操に生えてるあたりの位置を仰せつかりました」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「雑草刈りか……新鮮でいいね」
穴蔵暮らしには縁遠い作業だ。
アレナ・グラック [村内]
「あそこロクに草生えないし生えてもなんかろくでもないのばっかりだからね……」
預けていた体を立て直して横に並ぶと、青年の顔の位置は少女よりも少し上に来る。
アレナ・グラック [村内]
僅かに見上げるような形。伏した目の先からは、その昔と変わらない瞳の色も良く見えるけれど。
……昔とは、やっぱり違う。それは私も、そうだけど。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「アーちゃん?」
呼び名だけが、昔と変わらない。瞳を覗き込んでいる。
アレナ・グラック [村内]
「アレナで良いって言ってるのに。いや、良いけどさ、全然」
アレナ・グラック [村内]
「なんでもないよ。行こ、ジルちゃん」
先導するように先を行く。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「うん、アーちゃん」
少し後を付いて行く。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
幼馴染────と言っても一緒に遊んでいた期間はごくわずかだ。その頃はどちらも幼かったから、身体的な差なんてものはなにもなくて。
自分の身体と比べて随分と細いアーちゃんには密かに心配もしている。勝手な話でもあるが。
アレナ・グラック [村内]
そう、身体的な差は少ない時期だった。自分が他のダークドワーフと比べて細身で、戦士としての素養に相対的に欠けることもまだ露見してはいなかった。
後ろを付いて来る気配は昔のそれにも似ているけれど、その足取りの確かさが違う。
アレナ・グラック [村内]
ジルちゃんは妖精に良く良く気に入られる子だった。後ろを歩いていたらいつの間にか妖精のいたずらでふらっと姿を消していたこともあった。
だから私は目が離せなくて、この危なっかしい子を守らねば……だなんて、今思えば分不相応なことを思ったりもしていたのだけれど。
アレナ・グラック [村内]
……がっしりしたよなぁ、と思う。見ない内に随分と。
地に足が着いていて、それは良いことだけど。表情は憂いを帯びて、活発さは鳴りを顰めて。
アレナ・グラック [村内]
ざかざか足を進めていく。視界に入れば、もう先導はいらない。
アレナ・グラック [村内]
「うーん」
「話には聞いてたけど、これはまた随分茂ったね……」
自分の背を越しそうになっている青草の葉を見て感嘆する。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
生い茂る草と並んで立つ。自分達がドワーフである。ということを加味してもこれは長い。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「アーちゃんが見えなくなっちゃいそうだね」
目線位の高さか。
アレナ・グラック [村内]
「あは、埋もれちゃうって?大丈夫だよ」
「ばーっと刈っちゃおう。特に危ないものもないらしいし」
大きく伸びた草の根本の付近を掴んでブチィと引き抜く。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「そうだね、その方がアーちゃんを見逃さずに済むし」
ぶちぶちぶち。両手で同時に草を引き抜いていく。
座り込むと本当にお互いの姿が視認できなくなる。
真っすぐ進むのではなく、弧を描くようにして引き抜き視界の確保にも努める。
アレナ・グラック [村内]
「な、なんかむずがゆいな……いや、良い。良いんだけど」
ぶちぶちと引き抜いた背の高い草を地面に倒していきながら。
アレナ・グラック [村内]
「良いんだけどこう……過剰じゃない?心配が」
「別に見失っても声出せば分かる距離だよ全然」
アレナ・グラック [村内]
「なんなら火付けるか剣振れば一発だしさ」
気にし過ぎ……いや、気にし過ぎなのは私の方?
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「アーちゃん細いから……吹けば飛んでいっちゃいそうなくらい」
ぶちり、ぶちり。喋りながらも手は止めない。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「ずっと手を掴んでいるわけにもいかないし……」
アレナ・グラック [村内]
見逃さないようにすること自体はまあ集団行動としてそんなにおかしなことじゃないし、その一言一句にやりすぎじゃないのと言葉を連ねてる私の方が過剰反応だった……
アレナ・グラック [村内]
訳では全然無かった。
アレナ・グラック [村内]
「そりゃジルちゃんほどは重くはないけど風に飛ばされるほど軽くも無いって」
「分かってるでしょ私の体の重さは―」
鍛錬も兼ねて打ち合ったりしてるんだからさ。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「重さも、強さも、知ってるけど」
「心配は心配。別な事」
信頼もしている。信用もしている。けれども不安に思う心を止められないのは……。
アレナ・グラック [村内]
「んん、もう」
ガギ、と金属が擦れるような音と共に抜剣。
アレナ・グラック [村内]
「動かないでね、ジルちゃん」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「ん」
ぴたり、と草を引き抜く動作の途中で静止する。
アレナ・グラック [村内]
ざく、と先端を地面に差し入れて
力を込める。れっきとした前線を張る冒険者の力を。剣が纏う炎の力が、地中の根を触れざまに焦がして。
アレナ・グラック [村内]
ぐるり、と回転しながら一薙ぎ。
背の高い草が土に釣られて倒れ伏し、視界が一気に開ける。
アレナ・グラック [村内]
「……それで言ったらさ」
回転したことでジルドの方を向いたアレナが、気まずそうに。
アレナ・グラック [村内]
「私だってジルちゃんのことは心配なんだけど?昔とは随分変わったけど」
「今は今で……一人でどこかに行っちゃいそうな顔、良くしてるし」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
ぽり……かるく、頬を指で掻く。思い至る節はある。話す気にはならない。
アレナ・グラック [村内]
「けどジルちゃんだって普段からそう言うこと言われたくはないだろうなーもう17の男の子だもんなーって」
「思ってるから……言わないでいてあげてるだけなんだからね?」
アレナ・グラック [村内]
「まあ……だから……別に、嫌とかじゃないんだけど」
「あんまり言われると私も恥ずかしいと言うことは分かっていただきたい」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「…………………………」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「ごめん」
アレナ・グラック [村内]
「良いよ」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「…………ありがとう、アーちゃん」
アレナ・グラック [村内]
「何に対してかなそれは、ジルちゃん」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「聞かないでいてくれること。嬉しいとは思っていてくれていること」
アレナ・グラック [村内]
「そこは、お互い様だし」
アレナ・グラック [村内]
「まあ」
「うん、どういたしまして」
アレナ・グラック [村内]
ふぅ、と息を吐いて。
……なんだろうな。これ。
アレナ・グラック [村内]
強くなる為に旅をする。同じ目的を持っている。
一人よりも二人の方が効率的。幼馴染で気心も知れているし。
アレナ・グラック [村内]
地上に出て、たまたま、本当にたまたまジルドと出会って、行動を共にするようになったことには
そう言う打算があった筈で、実際それは上手く行っている筈、なんだけど。
何か、落ち着かないような。そんな心地があるのは何故だろうか。
アレナ・グラック [村内]
「……草、片付けようか」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「……うん」
アレナ・グラック [村内]
よく考えたら地面ごと草を引き倒すのも別に許可は取っていない。どうかOKでありますように。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
アーちゃんは……どうして地上に出て来たのだろう。そのあたりの話はまだしていない。
少なくとも、こちらからその話を提案するということは、なくて。
話したくないし、聞かせたくないような話だからだ。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
自分の事情を話したくないのに、あちらの事情は聞きたいというのは浅ましくて。自分でも内心、嘲るのを止められないけれど。
アレナ・グラック [村内]
「急がないとだ。早くしないと寝るの遅くなって起きるのも遅れて出発に差し支えるかもだし!」
努めて明るく言う。何も……何も、悪いことはしていない筈だ。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
アーちゃんは……無理をするような性格ではなかった。今も、そのままだと思う。
自分と同じような憂き目にはあっていないだろう。というのは安心のできるところで。
ぶちり、ぶちりと抜く速度をアーちゃんの言葉に応じるようにあげる。
アレナ・グラック [村内]
対等な協力関係ではあるのだし。仮にその天秤がひっそりと、少しだけ私の方に傾いているとしても
それは……まあ。利用される方が悪い。
アレナ・グラック [村内]
聞かないでいてくれることは都合が良いことなのだから、この距離感を保てるならばそうするに越したことは無い。
だから、私からジルちゃんの事情に踏み込むことは、何の得も無い筈で……
アレナ・グラック [村内]
それなのに、その顔に滲む憂いを崩したくなるのは、何故なのだろう。
アレナ・グラック [村内]
残った草を抜いて、倒れた草を拾って、それを繰り返して。
如何に生い茂った草と言えども冒険者二人がかりならば大した敵ではない。
アレナ・グラック [村内]
「よーしっ、これでー……完了!お疲れジルちゃん!」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「うん、お疲れ様、アーちゃん」
アレナ・グラック [村内]
すっと手を挙げる。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
あげかけて、緑の汁が付いた手を確認するとしっかりマントで拭いてからアーちゃんの手の位置に合わせて挙げる。
アレナ・グラック [村内]
それを見て気が付いて一旦手を下げて乱雑に衣服の布で手を拭いて。
再度挙げ直して、少しだけ勢いを付けて
アレナ・グラック [村内]
達成感を共有するように、ぱしりと触れ合わせた。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「……………………」
なんとなく。気の迷いと言ってもいい。少し、触れた手を、握ってみたくなった。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
ぎゅ……。
痛めることのないように、握ると言うより包み込むような。
アレナ・グラック [村内]
荒れた手だ。あまり気を使っていない、武器を振るうことに慣れた冒険者の手。
同じ冒険者の手でも、ジルドのものとは違う。扱う武器の違いに加えて
性別の差。そして経験の差。細い指、それに反してハンマーの握りや金床との摩擦で硬く厚くなった掌。
アレナ・グラック [村内]
「……………」
気の迷いだ、これも多分。
離して、とまで言わずとも。どうしたの、と聞けば離してはくれるだろう。
何故か聞く気になれなくて、相手の手を確かめる。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
ジルドの手もまた、荒れている。長年握った剣により、剣だこが出来ている。
そして水場仕事を長くしているため、あかぎれてもいて。
ただそれは、鍛冶屋の手ではない。戦士の手と、生活を自分の手で送っていることが分かるだけの手。
アレナ・グラック [村内]
出会って、離れてから、今まで。何を積み重ねて来たんだろう。
それが垣間見えるようで、具体的なことまでは分からなくても。
すり、と掌で掌を撫ぜる。
アレナ・グラック [村内]
「またちょっと、強くなったかな」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「アーちゃんもね」
掌同士が合わさって撫でられるのは、何故だか心もざわざわする。
アレナ・グラック [村内]
「村の人に報告して来るから、先に帰って待っててよ」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「ご飯、作ってるね」
アレナ・グラック [村内]
「いつもありがと。で、多分出来た頃に戻るから」
「洗いもの終わったら、手、貸してよ」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
あまり、盛況な村ではない。調達出来た食材は少なめだ。けれど新鮮な野菜と、卵は購入出来た。今日はスープと……卵は何に作ろうかな。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「うん、いいよ」
考え事をしつつ。それ故に何に、とは聞かずに頷く。
アレナ・グラック [村内]
「いつもやって貰ってるんだし」
「草潰して塗るくらいはね」
アレナ・グラック [村内]
あかぎれが気になったらしい。
そう、つまり今のは……現状の確認であり、野伏的観点からの掌チェックだ。
アレナ・グラック [村内]
他意はない。筈。多分。
ぱ、と手を離して。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「怪我、してないよ?アーちゃん」
あかぎれはいつものことなのでもう気にしなくなっている。手当が必要だと認識をしていない。
こてん、と頭を傾けて疑問符を表情に出す。
────昔は、よくしていた。
アレナ・グラック [村内]
「いや……染みたりするでしょ」
昔とは図体も風体も、纏う雰囲気も変わったのに
アレナ・グラック [村内]
時折見せる優しい顔と、無垢な仕草に面影があって
それが今の様子と合わさると、なんだか不思議な心地になる。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
沁みたり……ああ、手のことか。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「慣れっこだから」
大丈夫と言いたいらしい。
アレナ・グラック [村内]
「だーめ。慣れてても痛むものは痛いでしょ」
「決定事項なのでジルちゃんには断る権利はないの」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「……そっか」
アレナ・グラック [村内]
昔は良くしていた物言いだ。自分より小さく、弱いと思っている相手に対する。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
へら、と表情を崩して、笑みを見せて。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「アーちゃんは優しいね。昔と一緒で。変わってない」
アレナ・グラック [村内]
「そんなことも無いと思うけどな?」
優しい、と言う感覚は、いまひとつ良く分からない。
昔は……優しかったのだろうか?今は?
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「ううん、アーちゃんは優しいよ」
互いが、蛮族領にいたことは互いの秘密だ。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「だって蛮族領なら、しなくてもいい怪我の治療なんか、誰もしてあげようとしないよ」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「壊死するようなのは、弱くなるからするけどさ。沁みる、程度なんか気にしない」
アレナ・グラック [村内]
「……まあ、そうだけど」
「料理って、繊細な作業じゃん。私はあんまり、得意じゃないけど」
アレナ・グラック [村内]
「別の繊細な作業なら、覚えはあるし。そっちは」
「ちょっと沁みて痛い、とかその程度でも完成品の出来に関わるから……」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
くすり、とまた笑った。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「蛮族は、料理の質が悪かったら、作った人を殴るか殺すかするだけだよ。そうだったでしょ?」
「優しいよ、アーちゃんは。大丈夫」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「人族領域だと、それは結構、普通なことらしいけど。僕たちは過ごして来た環境が違うから、分かりにくい気持ちも、分かるけど」
「大丈夫だよ」
アレナ・グラック [村内]
「……あり、がとう?」
困惑の混ざった瞳で、見上げて。
ジルド・レイザーゲイル [村内]
穏やかな感情の瞳が、アレナを見つめている。
アレナ・グラック [村内]
落ち着かない。大丈夫って、何が?
軟らかくて弱弱しいものが大きくなっていくような感覚と、パズルのピースが嵌まっていくような感覚が同時に存在している。
アレナ・グラック [村内]
……或いは、この感覚の先に
私の求める答えが、あるのだろうか。
アレナ・グラック [村内]
「じゃ、また」
ジルド・レイザーゲイル [村内]
「うん、また」
アレナ・グラック [村内]
離した手に僅かに残る、気配の残滓を感じながら
ジルド・レイザーゲイル [村内]
小走りで帰っていく。はやく調理に取り掛からねば。
アレナ・グラック [村内]
た、と村人の家へ少女の背中が駆ける。
暫くの問答と、作業の後に──
同じ所へ、帰るだろう。