今も覚えてる。 心を震わせたあの景色。 2人で忍び込んだ、誰もいないレース場。 黄金色の朝日に映える、深緑のターフ。 ―――私が生まれ変わった世界。 振り返り私は誓う。 「次はきっと私が貴方を―――」 編み込んだ髪の乱れがないかチェック。 次に左耳のリボンを直す。 身だしなみを整えていると視線を感じ、振り返る。 そこには不安顔の幼馴染のトレーナー。 優しくてどこか頼りない、いつもの顔が私を安心させてくれる。 大丈夫だよと、そっと彼の手を両手で包むように握り、私は微笑む。 こういう仕草が、周りには優等生っぽく見えるらしい。 そんなつもりないんだけどなぁ。 男の子を勘違いさせちゃうよとも言われる。 それは……相手によるかも……。 レース前の控室。 ここまで本当に色々あった。 憧れの学園に入ったのに、デビューで思いっきり出遅れてしまった。 それは、私にとっては深く長く気持ちが沈ませる"傷"になった。 ずっと底にいた。 光も風も届かない、先も見えない闇。 このまま全てを投げ出してしまいたいと思うほどに。 白い病室の景色は, 少しずつ私を追い詰めた。 冬の気配を感じ始めた、ある日。 トレーナーは私を車に乗せてある場所に連れてきた。 観客もウマ娘もいない京都競馬場。 がらんとしていていつもと少し違う光景が怖かった。 暗い地下バ道を靴音だけが響く。 長い道を抜ける。 眩しい日差しに目が痛い。 瞳を開くとあったのは原風景。 いつの間にか失っていた私の走る事への渇望があった。 自然に、少しずつ。 徒歩から駆け足、そして風を切るように。 走り出した。 ただただ、美しいと思った。 走りながら瞳から涙がこぼれた。 溢れる光と吹き抜ける風を受けて、あの日私は生まれ変わったんだ。 意識が現実へと戻る。 芝を踏み分けて進む。 パドックへ向かう途中、見慣れたウマ娘が待っていた。 のんびりした物腰の柔らかい仕草と表情。 同性だというのに少しドキリとする。 どこか感じる、魔性にも似た魅力。 「ライバルとして負けないからね」と微笑む彼女。 もう2回も勝っといて、まだ勝つという彼女の貪欲さに呆れて少し笑ってしまった。 彼女の方こそ優等生だと思うのだがこういう一面を知ってるとそれも怪しくなる。 まあ、私はやっぱり優等生とは違うんだろうな。 編み込んだ髪を解いた。 開放感が心地良い。 赤く長い長い髪が風に揺れる。 うん。 こっちの方が私にはぴったりだ。 ゲートが開くまで数秒。 誓いを思い出す。 あの日の彼との尊い約束を。 この景色は誰にも譲らない。 この熱く、赤く燃えたぎる欲望こそが私。 ブエナビスタ"素晴らしい景色"を超えて二人だけの世界にたどり着くために。 まだ彼が見たことのない眩しい世界へ。