〔14〕「RiNG」 ーーーーーーーーーー 今日の授業は6限までだった。 立希ちゃんはバイトで、海鈴ちゃんも用事あるって言って帰っちゃったし。sumimiのお仕事が18時からだからちょっと暇だなあ。こんな時は羽沢珈琲店にでも…いや。たまには立希ちゃんがバイトしてるところを覗いたりなんかしちゃったりして? よし決めた。ひさしぶりにRiNGに行こう! 〜〜〜 いたいた。いつもどおりカウンターで…なんか暇そうにしてない?微妙な時間帯でそんなにお客さんいないからかな。 よ〜し目の前に座っちゃおっと。 立希ちゃんカフェラテとクリーム白玉ぜんざいくださいな。 「うわっ三角さんか。びっくりした」 暇そうだね。いつもこんな感じ? 「混み始めるのは17時過ぎくらいからかな。一応マシンのメンテしたり野良猫の相手したり、いろいろあるけど」 マシン…後ろにあるマルゾッコのエスプレッソマシンの事かな? 業務用のマシンって憧れちゃう。キッチンが無限に広ければ置きたいところだけど…私そんなにエスプレッソ飲まないし、それこそメンテナンスが大変だから持て余しそう。 おとなしくマキネッタで我慢しておこう。 「ラテとクリーム白玉ぜんざいね。白玉溶かすからちょっと待ってて」 ありがと。ゆったりでいいよ。 手際よく作業を進める立希ちゃんの姿を改めて観察してみる。RiNGの制服はシンプルだけど、立希ちゃんみたいなメリハリのある体型がよく映えるよね。私もここでバイトしてみたいな〜。パスパレのイヴさんも羽沢珈琲店でバイトしてるし私も…いやぁ今以上に忙しくなっちゃうのはキツいかな。 そんな事を考えていたら、サンデーグラスに可愛く盛り付けられたクリーム白玉ぜんざいが差し出された。 「先に出しとくね。ラテも今やるから」 わーいさくらんぼが載ってる。赤白黒のコントラストがパトカーみたいで素敵だね。 あっそうだ。立希ちゃんラテアート練習してるとか言ってたよね?なにか出来るようになった? 「ラテアート?うーん崩さずできるのは基本的な…ハートとかリーフくらいかな」 じゃあさ、ハート描いてよハート。 「まだお客さんに出した事はないんだけど…う〜ん…まあいいか」 立希ちゃんはしぶしぶ了承しつつカフェラテの準備を進めていく。マシンをとカップを予熱して、挽いた豆をバスケットに入れてタンピング。その仕草になんとなくフェチズムを感じるのは私だけかな…ほら背筋がキュッと伸びるのがさ…ごめんなさい。 フィルターホルダーをマシンにセットしたらあとはスイッチを押すだけ。抽出している間に隣のノズルでスチームドミルクをこしらえて準備完了。クレマの浮いたエスプレッソにやさしくミルクを… ── 気配。うわっ!いつのまに隣に楽奈ちゃん座ってた!? 「なにしてるの?」 え…普通にお茶してるだけだけど。 あっほら楽奈ちゃんラテアートだよ。立希ちゃん上手だよ? 「ふーーーん」 なんかプレッシャーを感じる。立希ちゃんに粉かけてるように見えちゃったかな? 「まあまあ、かな。どうぞ」 お〜すごいや。カップの真ん中に綺麗なハートマークがひとつ。 ほら楽奈ちゃんハート。え?無視? 「わたしのは?」 「うっ」 「わたしも」 「あ…はい」 今のやり取りで抹茶ラテ(ラテアートつき)の注文が完了したらしく、立希ちゃんは急かされるように抹茶を点てはじめた。あとはカフェラテと同じくミルクで模様を描くだけ…なんだけど、今回は薬匙と爪楊枝まで使って、デフォルメされたかわいい猫の顔を表現してみせた。確実にハートより手間をかけてる。 っていうかこれぜったい楽奈ちゃん用に隠れて練習してたよね?愛だなあ。 「ほら。これでいい?」 「……」 めずらしく得意そうな表情で力作を提出した立希ちゃんに対して、なぜか不満気な楽奈ちゃん。自分のカップと私のカップを見比べて、ぷくりと頬を膨らませた。 「ちがう」 「え…なに?コーヒーがよかったの?」 「ちがう。模様、わたしもハートがよかった」 「はあ?」 どうして?猫ちゃんかわいいよ? ハートより難しそうだし、手間も時間もかかってたし。 「嫌。わたしもハートがいい」 「そう言われても…う〜ん…仕事中だし」 その言葉の意味が一瞬わからなかったけど、すぐに理解した。生真面目な立希ちゃんのことだから(ラテアートといえども)恋人にハートマークを贈るなんてアツアツホットなバカップルしぐさを仕事中に見せるのが嫌だったのだろう。それならリーフにでもすればよかったのに、気合を入れて猫にしてしまうあたりがちょっと抜けているというか…仲がよろしいことで。 「ハート。かいて。ハート!」 「勘弁してよ。また今度n」 「や!!いまやって」 「えぇ〜…」 そんな立希ちゃんの気持ちに納得できないのか、楽奈ちゃんはなおも催促している。 「なんでかってに、ほかの女に…ふっ…ぐっ」 「ぅわっえッ!?」 最終的に立希ちゃんをまっすぐ見据えたまま、大粒の涙をぽろぽろこぼし始めてしまった。 立希ちゃんは突然の出来事に慌てふためき、私は声を押し殺すように泣く楽奈ちゃんにわけもわからずひたすら謝ことしかできない。 結局立希ちゃんはラテアートやパフェの飾りのチョコレート、パンケーキのホイップなどなど…出来うるかぎりのハートマークを楽奈ちゃんに捧げてなんとか許され、私はその様子を見せつけられながらカフェラテとクリーム白玉ぜんざいを飲み込んでいた。 ちなみに…立希ちゃんがパンケーキ用のホイップを冷蔵庫に取りに行くタイミングで、楽奈ちゃんは先ほどまでの涙が嘘だったかのようにけろりとしたポーカーフェイスで、 「りっきー、あげないよ」 と私を牽制した。いやそんなつもりじゃ…あっごめん。すみませんでした。気をつけます。 今後ラテアートのハートマークは封印され楽奈ちゃん専用となることだろう。 しかしまあ、楽奈ちゃんが女の武器を使いこなすタイプだったとは。人は見かけによらないなあ…怖い怖い。 立希ちゃんがんばれ。お幸せに。 ーーーーーーーーーー 「楽奈ちゃん、意外と嫉妬深いでしょ」 帰り際、レジに立っていた戸山先輩に話しかけられた。どうやらカウンターでの私たちの様子を見ていたらしい。 「このまえAfterglowのメンバーが揃って来た時なんか凄かったんだよ〜?立希ちゃんデレデレだったから、楽奈ちゃんずーっと爆音でギターかき鳴らして威嚇して」 髪の毛を逆立てながら自分の縄張りを主張す様子が目に浮かぶ。 楽奈ちゃんもがんばれ。お幸せに!