「大戦乱」嘘第三部 Ev3-1 一方その頃…… 「……というわけで、旦那様はオルカ号で日本へ向かわれました」  レモネードアルファが報告を終えると、リモート会議用モニタの向こうから一斉にため息が返ってきた。 《閣下はどうしてこういつまでもフットワークが軽いのか……そろそろご自分の立場というものをだな》不屈のマリーが額に手を当ててうめく。 《司令官の手を煩わせるとは、ロクのエラー者め》アルバトロスが冷然と毒づく。 《一日くだされば、随行部隊を編成したのに……》  ラビアタまでが眉間に深い皺をきざみ、デスクについた無敵の龍が苦笑いをした。 「その一日が命取りになるかもしれん、という状況だったのは確かだ。小官も同意した作戦だ、そう責めないでくれ」 「クノイチチームと魔法少女チーム、それにスカイナイツとアーマードメイデンのオルカ直属部隊が同道しています。ドクターさんはじめ技術班の皆さんと、もちろんコンパニオンも。大部隊とは言えませんが、よほどのことがない限り十分な戦力かと」  レモネードベータが人員リストをめくって確認するのへ、龍は頷いて後を引き取る。 「とはいえ万が一に備えて、日本へ派遣する艦隊の準備もしておく。カレー周辺のキャノニアとホード、それにAGS師団から引き抜かせてもらいたいが、どうか?」 《カレーなら今キャノニア第2中隊と第13中隊がいる。話を通しておこう》 《クイックキャメル241がいるはずだ、あいつを部隊長にして人を集めさせてくれ。休暇中だが、司令官絡みなら嫌とは言わないだろう》 《15分以内に編成案を送信する》 《ヴァルハラも第7中隊がダンケルクにいる。明日の昼までに向かわせよう。ホッカイドウなら私達の雪中装備が役立つだろう》  龍がかるく会釈をして隣へ目配せをすると、代わってアルファが口を開く。 「アルマンさんもオルカに随行しているので、秘書室はしばらく私とベータで回します。業務に支障は生じないと思いますが、ただ南欧にいるエルブンとビスマルクの戦闘部隊。こちら、ラビアタさんにお任せしてよろしいですか」 《問題ありません。皆さんよくやってくれていますし、こっちにはランバージェーン准将もいます》南欧方面の制圧作戦を担当しているラビアタが微笑んだ。 《ちょっと待って。もしかして私も指揮官の頭数に入ってる?》 《いずれ経験することですし、今やっておいて損はありませんよ》 《経験したくないんだけど!?》 「ブラッ……もとい、ナースホルン少将とウロボロス少将が不在なので、アーマードメイデンとスカイナイツは一時的にキャのニアとドゥームに預ける形になる。指揮をよろしくお願いする」 《任されよう》 《はいはい。でも、こんなことが毎度続くようじゃ困るわよ》 《同感です。ご主人様には一度、釘を刺す必要がありますね》  アーセナルとメイ、それにラビアタがそろって頷くのへ、龍とアルファも深く頷き返す。 「それについては、ひとつ考えがあります。いま、皆さんの端末にお送りした資料をご覧下さい」  しばしの沈黙のあと、モニタの向こうで、七対の肉食獣の眼がぎらりと光った。 《…………ほう?》 「…………!?」  ふいに悪寒が走った。反射的に前後左右を見回したが、もちろん誰もいるはずがない。 「御屋形様、どうなさいました?」 「いや……風邪ひいたかな」  何だろう……何か、恐ろしい企みが知らないうちに進んでいるような……。 「こんな寒いところにいつまでもいらっしゃるからです」ブラックリリスがふくれ面をする。「今日はお休みになってはいかがです? あんなドームに毎日おいでにならなくても……」 「ごめんリリス。でも、明日も来るよって昨日言っちゃったからさ」俺は鼻をこすって、倉庫に積み上がった物資類を見上げた。 「さて、今日のお土産は何にするか。甘いものも毎日続くと飽きるよな」 「甘いもののあとはしょっぱいものでござる!」ゼロがさの自信ありげに宣言した。 「ん。ポテチ……最強。みんな好きになる」  カエンも同意する。そんな娘二人をエンライが冷然と睨む。 「そうですね。現にここに、いくら言ってもやめられないくノ一が二人もいるのですからね」 「い、いやそれは……」 「いい機会です。あなたたちの隠しおやつも支援物資に入れてしまいましょう。この壁のパネルの裏でしたね」 「なんで知ってるでござるか!?」 「母を甘く見るものではありません。困っている同胞のためなのです、嫌とは言わせませんよ」 「は、母上……そのわさびゴーヤ味だけは……! もう生産してないやつ……!」 Ev3-2 ノボリベツよいとこ一度はおいで  ノボリベツ郊外の林の中にひっそりと建つ、大きな矩形の建物がある。  周囲を木々に囲まれているが、正面扉の前だけは整地されて広場になっている。その広場に、ジェットエンジンの音を響かせて数人のバイオロイドが降下してきた。 「うわー、懐かしい。そうそうこんなだった、こんなだった」 「ほんとに無事だあ。よかったー」 「油断するなよ、ヒヨコ達」ウロボロスがたしなめる。「特異体が本当に一体だけとはまだ確定しておらん。ロク殿が不意を突かれたほどの相手じゃぞ」 「まことに面目ございません」  スカイナイツの後を追って、真新しい白い翼のロクも降下してくる。 「いやいや、ロク殿を責めたつもりではなくてな」 「特異体どうしが一緒にいることは、性質からいってまずないけどね」  ロクの背中から、ドクターとスターリングがひらりと飛び降りる。「でもまあ、アルタイトなしで活動してる特異体がいるなんて思わなかったし、先入観は禁物か。気をつけてね、みんな」 「うむ。リンティ、ハルピュ、哨戒を頼むぞ。二時間たったら交代じゃ」 「はーい」  シデンと特異体の一件ですっかり後回しにされていたが、そもそもロクがはるばるホッカイドウまでやって来た目的はセントオルカ号の回収である。司令官がシデンの説得のためDドームに日参している間に、ロクとスカイナイツ、それにドクターら技術班でそちらを片付けることになった。 「電気は生きてるね、よしよし」  入り口脇のキーパッドを叩くと、重い音とともに扉が開いていく。埃っぽい空気の中へ陽光が斜めに差し込み、白銀色の物体がぎらりと光をはね返して輝いた。 「セントオルカ! 会いたかったよー!」ドクターが駆け寄って頬ずりする。小さめのヨットのような形をしたそれは、飛行船のキャビンであった。 「これがセントオルカ号かあ。ずいぶん小さいのね」 「そっか、スレイプニールは見るの初めてだっけね。これはキャビンよ。エンベロープはほら、あそこに畳んであるでしょ」 「えんべろーぷって?」 「ガスを入れる風船部分のことです。うわあ飛行船……本物の飛行船だあ……」  説明しながらスターリングもドクターと一緒になって、惚れぼれと銀色の塗装をさする。 「本物って、あんたハーカにずっと乗ってたんでしょうが」 「そうなんですけど、ハーカ以外の飛行船を見るのが初めてで……」 「これはずっと小さいし、真空飛行船でもないけどね。でも元がブラックリバー製だから規格は共通してて、いろんなテストとかに使えると思うんだ」 「それでこれ、どうするんだっけ。自力で飛ばすんだっけ?」 「最初はその予定だったけど、もうオルカがそこにいるんだから必要ないよ。解体して積み込んじゃおう」  ようやく満足して頬を離したドクターが持参の大きなトランクを勢いよく開けると、山のような工具を収納したラックとアームが砲塔のように飛び出してきた。 「私とスターリングお姉ちゃんと、ロクお兄ちゃんがいればすぐ終わるよ。スカイナイツは休んでて」 「ふむ、では儂も哨戒に出ておくかの」 「……あ!」  きびすを返しかけたウロボロスを、何かに気づいたブラックハウンドが慌てて呼び止めた。 「ううん、私が行きます。ウロボロスとスレイプニールは休んでて」 「む? しかし……」 「グリフォンほら、あれ、あれ」 「……ああ!」グリフォンもぽんと手を打つ。「オッケー。二人とも、いいとこ連れてったげるよ」 「いいとこって?」 「いいからいいから」 「わっはーー!」  スレイプニールの歓声とともに、大きな水しぶきが上がった。 「こら、飛び込むんじゃない!」 「いいじゃない、私達以外誰もいないんだし! うわー広い広い、泳げる!」 「泳ぐのもダメ! まったく……」  グリフォンが腕組みをする。スレイプニールはまったく気にした様子もなく、広い湯船の端から端へバタ足で泳いでいる。  ノボリベツ郊外にある、広大な洞窟の内部に広がる天然温泉。セントオルカ作戦の時に見つけて整備した場所だ。当時据えつけた照明や脱衣所は、あれから四年あまりが過ぎても多少かび臭くなった程度で無事残っていた。 「私が合流する前に、みんなこんないいところへ来てたのね。ずるい!」 「ずるくない。戦隊長の合流が遅れたのは、一人でバカなことやってたからでしょうが」 「バカなことじゃないもん! 大事だったもん!」  騒がしいスレイプニールとは対照的に、 「うい゛~~……おふ~~…………たまらんの、これは……」  ウロボロスは肩まで湯に浸かったまま、ずっと動かずにうめき声を上げ続けている。 「ウロボロス、おばあちゃんみたい」 「実際ばあちゃんじゃからの」ざぶ、と顔を洗って天井をあおぐウロボロス。「じゃが、これは過去に生きたどの儂も知らんかったわい。話に聞いたことはあったがなるほど、温泉というのはこういうものじゃったか……はあ~~、極楽極楽……」  広く開いた洞窟の口から時おり冷風が吹き込んできて、立ちこめる湯気を散らす。上体を湯から出して風を浴び、眼下に広がる山肌と、その先のノボリベツの街並みを眺めながら、ウロボロスは目を細めた。 「これほどの景色を儂らだけで独り占めとは、もったいないくらいじゃ。フレズも呼んであげればよかったかのう」 「あいつは今Dドームに夢中でしょ。呼んだって来やしないよ」  苦笑するグリフォンの背後から、ぺたぺたと足音が近づいてきた。 「やっほー、お姉ちゃん達」 「早いわね、ドク……」振り向いたグリフォンは目を丸くした。「……え!? ドクター? よね?」  すらりと伸びた手足、むっちりと豊かなプロポーション、グリフォンよりも高い上背。しかし、よく動く大きな目と悪戯っぽい笑顔が確かにドクターそのものである彼女は胸を張ってびし、とVサインを出す。 「急速臨時成長薬、マーク3!」 「びっくりした……解体はどうしたのよ?」 「もう終わったよー。積み込みはロクお兄ちゃんとスターリングお姉ちゃんに任せちゃった」  どぼんと飛び込んできたドクターに、ウロボロスも驚いた顔をする。 「なんと、お前さんドクターちゃんかえ。大したもんじゃのう」 「お姉ちゃん達とお風呂に入るときは、何かと張り合えるこっちの体の方がいいんだよね~」ドクターはニヤニヤ笑いながら、湯に浮かぶバストに手を添えて意味ありげに持ち上げてみせた。 「そういや、その薬初めて使ったのもこの街だったわね」 「そうそう。あの時はさー、温泉でお兄ちゃんと~って気合い入れてたのにお兄ちゃんは倒れちゃうし、レオナお姉ちゃんやらオードリーお姉ちゃんやらに先を越されちゃうし」 「ええ……あの時ってそうだったんだ?」 「なになに、何の話?」 「この前ここに来た時、色々あったって話よ」 「確かにこれだけ広い温泉なら、色々使いではありそうじゃがの……」あたりを見回したウロボロスが、ふと何かを思いついた顔になる。 「のう、ヒヨコ達。すまんが、風呂から上がったらすぐ出撃準備じゃ。このあたりを徹底的に掃除するぞ」 「え、何? どしたの?」 「もしかして……」 「うふふ」ウロボロスは眼を細め、意味ありげに笑った。「指揮官級専用の連絡網で、ちょっとした仕事を頼まれていたのを思い出してのう」 Ev3-3 スリー・ピーシズ・オブ・ケーキ 「は、腹が……減った…………」  雪原に倒れ伏した一人の少女を、三機のAGSが見下ろしていた。 「だからちゃんと補給に戻れと言ったであろうが。際限なく暴れ倒しおって、食卓につきたがらん子供かお前は」 「電圧低下ではなく、腹が減ったという感覚にちゃんと変換されるのだなあ。ますます興味深い」 「電池食べます?」 「そんな小物で我の腹がふくれるか……」タイラント……アザズによって少女のボディに換装されたタイラントは大きな尻尾で力なく雪を叩き、ふるえる手を伸ばす。「ケーキ……ケーキを……」 「残念ですが、ハッピー。ケーキはもうしばらくお預けです」  ゴルタリオンのわきの下から現れたバニラが冷然と告げる。 「ご主人様がドームのバイオロイド達に大量のスイーツを差し入れなさったせいで、材料が切れました」 「なん……だと……」  細い腕が、力なく雪の上に落ちた。  トマコマイ港。  コロッサスプロトタイプとの戦いを終えたオルカは、安全確保と物資探索をかねて、あらためて周辺地域の制圧にとりかかった。  戦い足りないとしきりにぼやいていたタイラントが大喜びで出撃したと思ったら、突如ぱったり倒れたのがついさっきのことである。 「そもそもケーキでは補給になりませんよ。官能センサーで満腹感は発生しますが、得られるエネルギーはごくわずかです」点検を終えたアザズが、尻尾のハッチをぱたりと閉じた。 「なん……だと……」タイラントは先ほどと同じ言葉を弱々しく繰り返す。 「だいたい、なんでバッテリーが空になるのだ……まだ戦い始めてから三十分もたっておらんぞ……」 「そのボディの戦闘モードでの連続稼働時間は25分くらいですから」 「なん……」もう最後まで言い切る気力もない。 「私も随分悩んだのですが」  アザズは心底残念そうに、頬に手を当ててうつむいた。「すべてを満足させるのはどうしても不可能でした。ここまでダウンサイジングした上で火力も下げないとなると、燃料電池の容量を犠牲にするしかなかったのです」 「ふざけるな……元の体に戻せ……」 「元のボディはヨーロッパに置いてあるので、帰ってからなら」 「ぐぐぐぐぐ……」 「ハッピー、いいかげんになさい」  バニラがあきれ顔で、雪に埋もれたタイラントのお尻をぴしゃりと叩いた。「ここで駄々をこねていても何も変わらないでしょう。さっさと補給を受けてきなさい。アルフレッド、運んでください」 「私、有機体は触れないものでして」 「どれ、拙者が」 「待て、お前の手つきは妙にいやらしくていかん。吾輩が運んでやる。どっこらしょ」 「すみません、ゴルタリオンさん」 「なんで私には命令するだけで、ゴルタリオンには礼を言うのです……?」 「我を戻せえ……返せえ……」 「はいはい。元に戻るにしても、ケーキを食べてからがいいでしょう?」  タイラントの小脇にぐんにゃりと抱えられたタイラント。その小さな手を握って、赤子をあやすようにちょいちょいと動かしながらバニラは雪道を先に立って歩いていった。 「ケーキ……」 「で、では! TV版の41話でクノイチ・ハガネさんが1カットだけチラ見えしていたのはミスではなく、実は生存しているという裏設定のための伏線だったのですね!?」 「そうだと思います。実際に出演してた12号がそう言ってましたから……」 「そうですかそうですか! そうですよねえ! 私の考察は正しかったんだうっひょおーーー!!」  奇声を上げながら携帯端末にメモを取りながらくるくる回るフレースヴェルグを、少し離れたところから気味悪げに見やってファフニールは隣の薔花にささやいた。 「あの子ここに来るとずっとあの調子で怖いんだけど……あれ、ほっといて大丈夫なやつ?」 「あー、あれはなんかそういうイカレた奴だから、ほっといて大丈夫なやつ」 「そうなんだ……」  言うまでもないことではあるが、エンプレシスハウンドの隊員は概して友達を作るのが苦手である。コロッサスを無事退治しオルカ大歓迎ムードのドーム内にあっても、なんとなく日当たりの悪いあたりにたむろってしまっている四人に、とことこと駆け寄る人影があった。 「あ、あの! コロッサス戦ではありがとうございました」 「ん? ああ……アンタか」  日焼けした肌と色の抜けたピンクブロンドの髪、大きな盾。ストライカーズのランサーミナは目を輝かせて薔花に詰め寄る。 「ワイヤー、本当すごかったです! 攻撃にも防御にも移動にも使えるなんて、便利だし強いし何よりカッコいいです!」 「え、まあ……おお」  決まり悪げに首筋をかく薔花を、チョナがニヤニヤとつついた。 「褒められ慣れてないもんだから照れてる」 「うっせぇ」 「そういう貴女はチョナさんですわね! 見事なナイフさばきでしたわ」  もう一人のストライカーズ、プランクスター・マーキュリーがチョナの手を取り、ぶんぶん振り回してから何かを握らせる。 「私マーキュリーと申しますの。お近づきの印にこちらをどうぞ!」 「ありがと」  手を開いてみると、黒っぽく干からびたイモムシのようなダンゴムシのようなものが数匹、糸で束ねてあった。 「ホッカイドウにしかいないオオルリオサムシの幼虫の干物ですわ。刃物が錆びないおまじないです」 「…………」 「すげえ、チョナが反応に困って固まってら」 「すみません。あれで悪気はない子なので……」 「プロフィールは読んでいる。問題ない」  ぺこぺこ頭を下げるティアマトに、ワーグは鷹揚に応じた。 「ティアマトだったな。ブラックリバーのXナンバーの」 「はい。あの時はお世話になりました」ティアマトはもう一度頭を下げる。「ワーグさんの援護はとても戦いやすかったです。私はいまだに連携が苦手で……」 「私は隊長機として作られたから、多少はそういうこともできるというだけだ。そちらの剣技も見事だった」 「あ、ありがとうございます! 複剣使いはオルカにも少ないので、よければ今度模擬戦をお願いできませんか」 「いいだろう。こちらも学ぶことがありそうだ」 「……ハクアちゃん、これ食べる?」  わいわいと騒がしいハウンドとストライカーズの面々の中、ぽつねんと立ち尽くすのはファフニールである。 「ねえ、なんで私のことは誰も褒めないの?」 「テスラテールが、所在なげにさすらってーる……なんちゃって」いつの間にかひっそり現れたウルが、雄大なテスラテールをそっとさすって呟いた。 「気の利いたジョークなんかでごまかされないわよ!」 「気の利いたジョークって」 「ウルはちょっとその、センスが独特で……」ミナが慌ててフォローに入る。「ファフニールさんの飛び蹴りもすごかったです。素手でコロッサスにダメージを入れられる人がいるなんて思いませんでした」 「でしょ!」とたんに笑顔になるファフニール。「この私のジュピターは本当にすごいんだから。まああの時はちょっと死ぬかと思ったけど!」 「尻尾の装甲が翼に変形するの、かっこいいよね」遅まきながらウルもフォローを入れる。 「でしょでしょ!」さらに得意げに胸をそらすファフニール。「なんでああなるのかよくわかんないけど、滞空時間が伸びて便利なのよね」 「尻尾が翼に変形する飛び蹴り……これがほんとの尾ー羽ー変ドキック……」 「あっははははは! ホントにあなた最高ね!」  あっさり機嫌の直ったファフニールはぶるんと尻尾を揺らして、「気分がいいわ、ケーキでも食べましょ! 司令官が持ってきたって言ってたわよね」 「あれ、ここの連中への差し入れでしょ。勝手に食べていいの?」 「ちょっとくらいいいわよ。ダメっていうなら、ここの連中も一緒に食べればいいじゃない」  そう言うとファフニールは、まだ回っているフレースヴェルグとクノイチ達の方へすたすた近づく。 「あんた達! 食堂にケーキがあるらしいわよ。食べに行きましょう!」 「えっ、ケーキ? いいんですか?」 「あ、そういえばそんな話でしたね。では続きは甘い物を食べながらでも」 「決まりね! ほら行くわよ!」  尻尾をふりふり先頭に立って歩き出すファフニールの背中を見て、薔花がぼそりと呟いた。 「バカニールのああいうとこ、勝てないって思う時正直あるわ」 「わかる」 「何してんの! 行こうってば!」 「こ、これが……三安産業の最高級パティシエ、アウローラさんのイチゴホイップケーキ……!」 「天国……口の中が天国だよお……」 「こんなの知ったらダメになっちゃう……」  Dドームの食堂で、幸せそうに悶絶するクノイチ達。テーブルの向かいにはポックル大魔王とサレナが傲然と肩をそびやかし、邪悪な笑みを浮かべている。 「ク、ク、ク……オルカに来れば毎日これが食べられる、と言ったら……どうする?」 「大魔王よ、毎日は言い過ぎだ。お給料の都合もある……そうだな、一週間に一度がせいぜいであろうな」 「週一……! 週一でこれが……!?」 「何やってるんですか、二人とも」  マジカルモモに肩を叩かれ、ポックルは途端に素の顔に戻った。 「いえその、白兎がいないので久しぶりに大魔王モードの練習を……」  恥ずかしげに頬をかくポックル。サレナはそっとモモの側へ寄って耳打ちする。 「というかですね、ここの皆さんずっと言ってるじゃないですか。『私たちはオルカに行ってもいいから、シデンさんを元に戻してほしい』って」 「ですね」モモもひそひそ声で答える。 「オルカに来るのがなんだか身売りか何かみたいに思われるのは心外なので、エンターヴィランズの先輩としてオルカのよさをアピールしておかなくてはと思いまして」 「なるほどー。それは確かに」モモは深くうなずいて、ポケットから携帯端末を取り出した。 「じゃあモモからも。司令官さんのセクシー写真集とか、どうですか?」 「に、人間様の!?」 「セクシー!?」 「公式写真集もありますし、非公式に流通してるのもあるんですよ。ほらこれなんか、すごいでしょ」 「うわ、筋肉すっごい……ええ!? これモモさんですよね!? こんな所でこんなこと……」 「こ、こんなポーズで……だって、これじゃおヘソのあたりまで……えええ~!?」  数分後。 「失礼なこと言ってすみませんでした……」 「オルカに合流したいです……させて下さい……」  テーブルに額が付くほど頭を垂れるクノイチ達を前に、魔法少女と大魔王とラスボスは勝利のハイタッチを交わす。  ちょうど食堂へ入ってきたエンプレシスハウンドとストライカーズが、それを不思議そうに見て、そのまま通り過ぎていった。 Ev3-4 第二次セントオルカの秘密作戦 「おお……おおお~~…………!」  お湯に身体を沈めていくにつれ、大きな胸が浮力を受けて浮かび上がる。最終的に顔の前に島が二つ浮いているような状態になったシデンが長いうめき声を上げるのを、眼福なような微笑ましいような気分で俺は眺めていた。 「うふう~~……」 「温泉は初めて?」 「何度か入ったことはあるが……撮影じゃったからの」ゆったりと身体の力を抜き、冷たい夜風に目を細めるシデン。「普通に入るのは初めてよ。しかしううむ、これは……ノボリベツが湯どころというのは知っておったが……」 「こっちの方まで遠出することもあったんだろ? ついでに入ったりはしなかったの?」 「遠出するのは狩りのためじゃ。温泉につかるために鉄虫と戦うなどという酔狂は、お主らしかやらんわ」シデンはおかしそうに笑って、耳についた湯の滴をぴこぴこと払った。  セントオルカの回収も終わり、シデンのリミッターも解除して、無事オルカに合流してくれることになった。  用はすべて済んだから明日にでもヨーロッパへ帰ろう……と思っていたのだが、 「司令官、温泉よ温泉! せっかくここまで来たんだから、温泉に入っていかなきゃ!」  スレイプニールの熱烈なアピールで、急遽もう一日滞在を延ばすことになった。 「特異体が潜んでいたような場所に、ご主人様をお連れするなんて……」  リリスは渋い顔をしていたが、スカイナイツとアーマードメイデンがわざわざノボリベツまでのルートを念入りに制圧してくれたと聞いては断るわけにもいかない。それに確かにここの洞窟岩風呂温泉は最高だったと、俺も言われて思い出した。  あの頃はオルカもまだまだ小さく、今回連れてきた中にもノボリベツを知らない隊員は大勢いる。ゆっくり温泉で身体を休めてもらうために一日使うのは、悪くないアイデアだ。 「お気に召したようでございますね、初代様」 「うむむ……体が湯の中へ溶け出していくようじゃわい……」  今回大活躍だったクノイチ達も、セントオルカの時にはいなかったメンバーだ。ぜひ俺と一緒に湯治をというので来てみたのだが、まさかシデンもいるとは思わなかった。つい一昨日まであんなに頑なだったのに、ずいぶん打ち解けてくれたようで嬉しいかぎりだ。 「あちち……擦り傷にしみるでござる」 「打ち身にも……」  ゼロとカエンは少し離れたところで、気持ちいいような痛みに耐えているような、なんともいえない顔で湯に身体を沈めている。二人は昼間、治療を終えたシデンのリハビリがてら指導を受けていたらしい。 「やはり、初代様にしごいていただくのが一番しっくり来ますね。娘達も喜んでいましたし」 「喜んではないでござるぅぅ……」 「でも昔みたいで、懐かしかった……」 「儂も懐かしくて、つい力が入ってしもうたわ」シデンは首をこきこきと鳴らした。 「しかし、二人とも本当に強くなったの。伝説が撮っていた頃の、どのテイクのゼロとカエンよりも今のお主らはずっと強い。そこは自信を持ってよいぞ」 「えっへへへ」 「ふふふふ」ゼロとカエンが嬉しそうに笑う。 「じゃが慢心はするなよ、上には上がおる。例えばあのワーグというちっこいのなど、相当の使い手と見たぞ」 「ぐっ……しょ、精進するでござる」  さすがシデン、鋭い。日本へ発つ前、ゼロが模擬戦でワーグに完敗していたのを思い出して俺は少し笑ってしまった。 「それにしても……」  クノイチ達はみんな、温泉が実によく似合う。ここが日本だからなのか、湯に浸かっていても、岩に腰かけて体を流していても、仕草やたたずまいがなんとも様になっていて、まるで映画の一シーンのようだ。 「うふふ、御屋形様。お考えになっていること、わかりますよ」  ざぶ、と湯を揺らして、エンライが頭より大きなおっぱいを腕に押しつけてきた。 「おいおい……」  気づけば反対側からゼロとカエンが同じように寄り添ってくる。俺は両腕をおっぱいに固められてしまった。 「これが映画の一場面なら、次にくる場面はもう決まっておりましょう?」 「こら、シデンが」  見てるぞ、と言おうとして俺は黙った。そのシデンまでがニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべて、正面から近づいてくるではないか。  と、その時、 「おー、始まってる始まってる」 「お邪魔します」  背後から聞き慣れた声が降ってきた。  ナースホルンとブラッディパンサー。その後ろにカリスタ、イオ、スプリガン。アーマードメイデンが勢揃いで入ってきたのだ。もちろん、全員タオル一枚の入浴仕様で。 「ふーん、おっぱいに囲まれていいご身分ね」 「し、司令官様、こんばんは……」 「今日は久々にレポーターじゃなく、素顔のスプリガンで参上でーす」  助け船が来たかと思ったのだが、シデンもエンライも驚いた様子はない。湯船のへりに追い詰められた俺のすぐ横まできたナースホルンは、しゃがみ込んでささやいた。 「司令官。パンサーに聞いたんですが、あのプロジェクトオルカの後、スカイナイツ全員を集めてご褒美をあげたそうですね?」 「えっ!? いや、それは、まあ……」 「私らも今回頑張ったことだし、ご褒美をいただく権利はありますよね?」なまめかしく笑うナースホルン。 「司令官、申し訳ありませんがそういうことですので……」ブラッディパンサーがいつの間にか反対側に来ていた。  これはつまり、アーマードメイデンとクノイチ達はグルだった……!? 「私達だけじゃないですよ。スカイナイツも後から来ます」  嘘お!? 「まあまあ皆様、お待ちくださいませ。まずは私どもが先手をいただきます」  エンライとシデンが、ざぶりと湯を揺らして立ち上がった。ナースホルンとパンサーがすっと下がる。 「おっと、失礼。それじゃ、ニンジャのお手並み拝見といこうか」 「せっかくの機会じゃ。門外不出のムラサキ流淫術、拝んでゆくがよい」 「…………!」  こうして、コロッサス戦に勝るとも劣らない、負けられない戦いが幕を開けたのだった。 Ev3-5 第三次セントオルカの秘密作戦 「旦那様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」  深くお辞儀をして出迎えてくれたアルファに、俺はかるく手を上げて答えた。まだ身体の芯に疲れが残っている。  ノボリベツ温泉を皮切りとした隊員達の攻勢は、帰途のあいだも終わらなかった。魔法少女チームにコンパニオン、アザズ・エタニティ・ドラキュリナのトリオに、しまいにはDドームのクノイチ軍団まで……結局、行程の半分以上寝室にいたような気がする。  というわけで、しばらくはゆっくり過ごしたい。一月近くもヨーロッパを留守にしていたのだ、さぞ仕事がたまっているだろう。ワクワクしながら携帯端末を受け取る。 「実は、旦那様に特別にお願いしたい仕事がございます」 「!?」  おいおい、嬉しい言葉を聞かせてくれるじゃないか。端末を起動すると、新着タスクを表す大きな「!」マークが表示された。 「ふむふむ、スペシャル・タクティカル・コンフォート・ミッションね……」名前からしてものものしい。コンフォートって何だっけ。  業務内容の最初のページにはマリー以下、スチールラインの隊員十数名のリストが並んでいる。東欧方面を担当しているスチールラインから、負傷者と功労者を連れてマリーが一時帰投しているらしい。ついては彼らの功績を賞し、労苦をねぎらってあげてほしいとのこと。  主な業務エリアは……寝室。 「……これは………」  思い出した。コンフォートというのは「慰安」という意味だ。  リストは何ページも続いていた。初日はスチールライン。二日目にドゥーム。その翌日はホード。また翌日はバトルメイド。ヴァルハラ。キャノニア。エルブンズ。ホライゾン。工兵部隊……。  アルファとアルマンがこの上ない笑顔で俺を見ている。  この時になってようやく、俺はあのノボリベツ温泉からの日々がすべて、周到に組み上げられた秘密作戦の一環だったことに気づかされたのだった。 「……先に、食事をしてからでいいかな?」 「もちろんです。ソワンさんがとびきりの特別メニューを用意して待っています」 「特別メニューか……」  どのへんが特別なのか、聞かなくてもわかる。おそらく、これからの俺にはそのメニューが必要だろう。俺は覚悟を決めて食堂へ向かった。  その後。  人類抵抗軍総司令官のプライドにかけて、俺は全員を満足させることに成功した。たぶん、そう思う。少なくとも隊員達は一人残らず、笑顔で元気いっぱいに前線へ戻っていった。 「最高の時間でした……でもどうか、もう私達を置いて地球の反対側へ行ったりはなさらないでください」 「はは、すまん。気をつけるよ……」  リストの最後にあった、極東派遣艦隊のために招集されていた(けれど結局無駄足になってしまった)隊員達を送り出し、執務室へ戻った俺はがっくりと椅子へ崩れ落ちた。  疲れた……。いや決してイヤだったわけではないしむしろ俺も十分いい思いをしたが、それはそれとして疲れた……! 「邪魔するぞ、小僧」  どれくらいそうしていただろう。放心していた俺はドアの開く音で我に返った。ゼロ、カエン、それにシデンが目の前に立っている。すべての始まりとなったノボリベツの温泉を思い出し、俺は一瞬身構えた。 「そう怯えた顔をするな。よほど絞られたと見える」  シデンがクックッと笑う。まあ確かに絞られはしたが……。 「仕事……探しに来た。殿、忍びのご用命……ない?」  仕事? そんなこと言われても急には……だいたい、みんな大変だったんだから休んでればいいのに。 「十日も休んでおれば十分じゃ。これ以上ぐうたらしておっては技が鈍ってしまうわ」  十日……そうか、もうあれから十日もたったのか。時間の感覚がなくなっていたな。 「この十日。オルカを、この街をゆっくり見せてもらった。おぬしがここで何をしてきたか、どのような存在なのか、少しはわかったつもりでおる」  ようやく頭がはっきりしてきた俺の前に、シデンはかがみ込んで、そして深く、深く頭を下げた。 「すまなんだ。儂が徒におぬしを疑い、意地を張ったばかりに、無駄な時間を使わせたの」 「……無駄な時間なんかじゃなかったさ」  俺はシデンの肩に手を添えて立ち上がらせた。百年を生きた彼女の気持ちがわかる……なんてことは言わないが、想像はできる。あれは、きっと必要な時間だったのだ。 「だから、無理に仕事をしようなんて思わなくても……」 「いや、それは別の話じゃ。色々と物入りになって、余分のツナ缶が欲しくての」 「えっ」 「ここは実にいい所じゃ。特にオードリーという娘っ子の店がよい。ハイカラな服も靴も髪飾りもなんでも揃っておる。久々にギャルの血が騒いでしもうたわ」  ……ギャル?  そういえば、フレースヴェルグにそんな話を聞いたのを思い出した。妖怪の血を引くシデンは変化(へんげ)の術でどんな姿にもなれるが、ギャルを研究し、ギャルになるために今の姿になったんだとか。妖怪云々はただの設定としても、ギャル好きなのは本心かららしい。 「拙者達もおこづかいを稼がないといけないのでござる。母上におやつを没収されてしまい……」  なるほど。各々事情があるのはよくわかった。しかし申し訳ないがそもそも、個々の任務の割り振りは俺の領分ではない。 「軍本部に行けば、護衛要員の募集とかあるんじゃないかな」  シデンは拍子抜けしたような顔をした。「頭(かしら)のところに直接来れば、何かしら内密に片付けたい汚れ仕事の一つもあるかと思うたが」 「時代劇の見過ぎだよ」俺は思わず笑ってしまった。「オルカにそんなものはないし、もしあっても秘書室か080機関の管轄だ。俺はみんなが作ってくれた神輿の上に座ってるだけさ」  軍事も内政も、その道のプロが今のオルカにはずらりと揃っている。素人にすぎない俺がわざわざ決定しなくてはならないことなど、実を言えば大してないのだ。そうじゃなければ、こんなに仕事がなくてつらい思いをするもんか。 「民草とて、担ぐ神輿は選ぶものよ。自覚があるのは、よい神輿じゃ」  シデンはふしぎに優しく微笑んで、そんなことを言った。 「……あなた達! 初代様まで! 御屋形様を煩わせてはなりませんと言ったでしょう!」  と、廊下の向こうからエンライの声が聞こえて、三人がぎくりと身をこわばらせた。 「おっといかん。それでは、軍本部へ行ってみるとしよう」 「実力は俺の折り紙付きだって言っていいよ」 「そうさせてもらおうかの。では、御免!」  シデンは懐からピンポン球のようなものを取り出して、床に叩きつけた。とたんにもうもうと煙が湧き上がり、換気扇に吸い込まれたと思うと、もうそこには誰もいなかった。 「あの方は本当にもう……御屋形様、お騒がせして申し訳ありません」  エンライが早足に部屋の前を駆け抜けざま、ぺこりとお辞儀をしていく。俺はベッドに横になって、消える間際のシデンの笑顔を思い出していた。優しく、楽しげな笑顔を。  無限とも思えるあいだ鳴り響いていた雷はようやく収まり、あたたかな春の空が見えてきたようだった。 End