持っていないことは苦しくない。知らないのだから。 ただ、一度手にしてしまうと、それを手放すのは苦しすぎる。 私にとって母親とは、そういうものだったのかもしれない。 ━━━━━━━━━ ほむらと天沼矛に行き鏡花を助け、そして…鏡花が出頭してからひと月が経った。 「うわ〜…なにこのCG、いくらなんでもやっつけ仕事すぎるってw」 最初こそ泣きじゃくっていたほむらだったが、流石にずっとそうってわけでもなかった。 「──────ぷはあっ…!あれ…もう飲み切っちゃったか…」 ほむらの就職先は文字通り吹っ飛んじまったが、しばらく金の心配をする必要はなさそうだった。 というのも、鏡花はFE社から受け取っていた給料をロクに使わず、大半をほむらの名義の口座で貯金やら資産運用やらに回していたからだ。 2人の話を横で聞いてた分だと、鏡花はこの20年近くを研究のみに費やしていたらしい。会社の金で研究できるんだから、そりゃ自分の給料を使うタイミングもほぼ無くなるわな。 普通、犯罪者の口座ってのは差し押さえられそうなモンだが、彼女が色々と手を回したのか、それとも会社が吹っ飛んで金の流れを追えなくなったのか、とにかく俺たちが自由に使える状況にあった。 正直、これだけの金と錬金術の力を使えば、デジタルワールドにでも潜伏しながら余裕で逃げ切れただろう。 それをしなかったのはなんでか、なんて…人間じゃない俺にも、多少はわかった。 「さっきから何難しそうな顔してんのシャウトモン?」 ほむらは態度こそ前に戻り、何事もなかったかのように過ごしている。 が、この一ヶ月ロクに外に出ることもせず、やることと言えば映画を見るか酒を飲むか…その両方か… 「ちょっと聞いてる?」 何か歌ったり弾いたりしてみろと勧めても、やる気が出ないとか、気分が乗らないと言って断る。 …音楽を奏でるってのは、案外気力みたいなモンを使う。 今のほむらはただ徒に時間を浪費することしかできない、腑抜けた状態になっちまっていた。 「ねえってば!」 「ん?お、おう…どうしたほむら?」 「どうしたって言いたいのこっちなんだけど…さっきから黙ってさ。」 「考え事だよ。…なぁほむら「私なら大丈夫。だいじょうぶだから。」 言おうとしたことがわかったのか、俺の声を遮って、彼女はそう言った。 「大丈夫なわけねえだろ!」 それを遮り返すように俺は叫ぶ。 「だったらどうして今だにそんな腑抜けたツラしてんだよ!」 「………」 「大丈夫じゃねえことぐらいわかる。お前が今抱えてる辛さがどういう辛さかなんて俺にはわかんねえが…お前が辛いってことはわかる。」 「…関係ないじゃん。」 「関係ねぇわけあるか!俺様はお前のパートナーでバンドメンバーだ。それに…お前のこと頼まれちまってるからな…鏡花に。」 彼女の体をそっと抱きしめる。頭でも撫でてやりてぇところだが…シャウトモンの姿じゃ身長が足りねぇな… 「……鏡花さんが…お母さんがさ、出頭したのってさ…ちゃんと裁かれるためじゃん。悪人が悪人のまま逃げ続けるところを…私に見せたくなかったんだって…わかってるけどさ…」 ほむらの声が震え始める。 「わかってるけど…やっぱり一緒に居たかった…。………ねぇ…私…どうすればいいんだろ、シャウトモン…。」 俺はその問いに答えられなかった。 デジモンに家族なんて普通はいねぇ。ましてや俺はデジタルワールドにいた時のバンドメンバーとはことごとく喧嘩別れだ。こういう関係のことで言ってやれる言葉を、俺は持っていない。 …何も言えずしばらく黙ったままでいると、彼女はいつの間にやら寝息を立て始めた。 俺はほむらをベッドまで連れて行き、横たわらせる。 「…よく寝てやがる」 どうにか元気づける策を練る必要がある。悔しいが、俺様だけじゃそろそろ限界、そう感じざるを得なかった。 「しばらくは起きねえよな…」 俺様だけでダメなら、人間の力を借りるしかねえ。 「悪く思うなよ…」 彼女の手を取り、こっそりとスマートフォンに指紋を読み込ませ、ロックを解除する。 「さて…ほむらの知り合いはっと…」 俺はメッセージアプリを起動する。 「…………元彼ばっかりだな…」 やたらと男の名前が多いと思ったらこれだ。 この辺は役に立たねぇだろうな… じゃあ同性はというと…こっちはこっちで揉めた様子がやたらと多い。どうも男関係のようだ。 こっちも役に立たなそうだな… 「お、コイツなら…?」 俺はその中に一つ、見覚えのある名前を見つけた。 桜島燈夜。俺も会ったことがある奴だ。コイツとほむらは仲が良かった筈だし、きっと元気づけるのに… ──────そう言えばコイツ、あの会社の人間だったな… となると死んでるかもしれねぇし、生きててもサツから逃げるので精いっぱいって所だろうな… 「……次だ次。」 とは言ったものの、あんまりこういう時に役立ちそうなやつ…いねえな。 「お前…弱みを見せられるような相手、いなかったんだな。」 思わずほむらの寝顔を見ながら呟いていた。 「となると…こいつ…か」 刑部令善。この前のクリスマスの時にほむらがデートしてたはずだ。俺はこいつのことよく知らねえが…調べてみると探偵らしい。 …こいつに賭けてみるか。 ━━━━━━━━━ 「刑部令善。そう、テメェだテメェ。……色々あってほむらが腑抜けちまってる。悔しいが俺様だけじゃ元気付けるにも限界があってな。祭りの日にはなんとか連れて行くから、なんとか上手く元気にさせてやってくれ。あ、バックれたり下手こいたら俺様がテメェのドタマをベレンヘーナでぶち抜いてフッ飛ばしてやるからな。」 刑部令善がベルゼブモンからそんな脅迫まがいの頼みをされることになったのは、その翌日のことであった。