黒「」_03 1.食事にするか…… 2.風呂に入れるか…… 3.それとも…… dice1d3=3(3) -4- そもそも人間を飼育するなど、黒死牟にとっては埒外の行動なのだ。 無理に引き取った手前やるしかないのだが、何故あの様な主張をしてしまったのか今となっては自分でも分からない。 かつての縁が思考を狂わせたとしか言いようがない。どうしてか「」を他の者のもとへ行かせてはならないという薄ら寒い予感が過ぎったせいだ。 眼下に眠る「」は目覚める兆しを見せない。 これの世話をするにしても何をすれば良いというのか。赤子ならいざ知らず、起き上がってしまえば食事なり睡眠なり己で始末くらい付けられように。 十二鬼月全体を見ても、今まで人間を駒として利用するため手元に置いていたという鬼が存在しなかったわけではない。 実力を示して上弦の座に居続ける黒死牟と異なり、力こそ劣るが人の社会に潜り込んで動くことに長けた鬼は他にいる。 例えば、こういった人間の管理に慣れているのは──。 「困っているなら、俺にしてはどうかなぁ?」 背後から聞こえた軽薄な声に眉間を顰める。気配そのものに気付きはしていたが、思考の妨げになることは明白だと意識の外へ排除していた。 「……何用か」 「いやあ無惨様の命を受けてね! やはり鬼にも向き不向きというものがあるじゃあないか、黒死牟殿には荷が重いと判断されたのかあの人間を見張る役目を俺に代われと仰るんだよ」 黒死牟の薄い眼輪筋がぴくりと強張る。知ってか知らずか朗らかな調子を変えぬまま童磨は話し続ける。 「別に黒死牟殿の何が不足しているとか言いたいわけではないんだ、こう見えても俺は折り紙付きの実力者である上弦の壱に常々敬意を表し心服さえしているんだぜ。だが日々を研鑽に費やし忙しいであろう其方に対して、此方は家畜を大勢囲えるだけの広い檻を持っている。面倒があればうちの信者を使えばいい。ホラ、折角ある資産はうまく活用してこそ価値があるというものだろう?」 そう言われてしまえば反論する余地などない、そう頭で理解していても、どうしてかその語り口と発言の節々には癇に触るものがあった。 「童磨よ……」 「おっと、もしや家畜扱いが気に触ったか。聞いた話じゃこの人間、かつての継子だそうじゃないか。いやあ師弟愛とは実に素晴らしいものだね! こうして時を経て形と種族を変えようと断ち切れない美しい繋がりだ。おっと、剣士に向かって断ち切れないとは不躾な発言だった、訂正してお詫び申し上げよう」 「去ね……さもなくば……その無駄口を削ぎ落とす……」 鬼狩りの剣士を前にした場面ですらここまでの圧を放ちはしない、それほどの殺気だ。 凄みを帯びた低音から引き際を読み取ったか、童磨は半歩ほど距離を取り芝居がかった仕草で礼をしてみせる。 「いやはや手厳しい、膾切りにされる前に退散するとしよう! それではこの人間は俺が丁重に預からせていただくよ」 拾い上げるように「」の手を取ると、童磨は生気なく横たわっていたその身体を事もなげに抱え、黒死牟に向けてニタリと微笑んだ。 「しかし、こうも人のような見てくれだというのに味が伴わないとは不思議だね? この頸の皮なんて一撫ですれば簡単に裂けてしまうような薄さじゃあないか。いっそ剥いでしまって別の血肉を詰めてしまえば皿としての美的価値は生まれそうなものだが、豚の腸詰めよりは品のある発想だと思わないかい。もしくは味の改善が果たされた際のおこぼれでも期待すべきか?」 そう言ってツゥと首すじをなぞる爪は、悪戯書きでも残すようにゆっくりとでたらめな引っ掻き痕を描いていく。 「黒死牟殿は味わったことがあるかい? 皮を食い破った瞬間に溢れる肉汁はきっと垂涎ものに違いないね。長いこと放りっぱなしで寂しかったろうに、その身の芳醇な香りをちっとも損なうことなく待っていてくれたものだから、抑圧された食欲を解放して容赦なく牙を突き立てるひとしおの快感や舌触りの滑らかさは堪らないだろうよ! ──ああ、腸詰め肉の噺だぜ。実は信者達の語る噂を聞いて西欧食に興味が湧いてねえ……」 適当に弄んでいた指を顎に添えると、童磨はまじまじと品定めするように「」へ顔を寄せて虹彩を光らせた。 「………………貴様は」 「安心してくれたまえよ、これが食えたものでないというのは勿論知っているさ。あのお方がこの屍肉を美味しく調理する方法を思いつくまでの間、俺がちゃあんと守ってやるぜ? 御二方の信頼に応えるためにも大事に大事に可愛がってやらなきゃなあ」 黒死牟が沈黙しているのを見遣ると、童磨は気が済んだのか悠然と背を向け「」を抱き上げたまま歩き出す。 寒々しい闖入者がそのまま去っていく様子を引き留めるだけの理由が見出だせなかった。 -???- 空の天板にも届かんばかりの建築物が辺り一帯に立ち並ぶこの街で、その中でも群を抜いて高いのがこの場所だ。 人混みの喧騒から逃れ、余計な遮蔽物を収めることなく月を眺めるのに適した穴場は此処をおいて他にない。 殆ど手ぶらで訪れた最上階は吹きさらしになっており、日によって幼い子供の体躯ならば飛ばされかねないほどの強風に煽られることもある。 それを防止するために高く頑丈な手すりが設置されてはいるが、成長期を迎えてから無駄に伸び続けているこの背丈にしてみればちゃちな張りぼて同然で、その先の景色を何ら妨げることはない。 気象予報の通りに今の時間は風も落ち着いて、澄んだ空気の中で満ちた名月を拝むことが出来るだろう。 そんな思いで訪れた塔の天辺に、一人佇む女の背中があった。 月明かりに照らされる女は、何をするでもなくその光源を眺め続けている。 先客の存在を考慮しておらず、時間を改めるべきか迷ってまごついているところを気付かれたらしい。 振り返った横顔はしばらく茫然としていたが、やがて薄く微笑むと、見知った客人を迎えるように余裕ある動作で此方に手招きをしてきた。 昔からこの場所の景観に対して特別感を抱いていただけに、漠然とした苛立ちを覚えてしまう。向こうにとっては理不尽な感情かもしれないが、先を越した此方が優位とでも言うような態度が気に食わなかった。 それでもつまらないプライドのために立ち去りはせず、その代わりにフンと鼻を鳴らして己の中での手打ちとする。 他人の気配に興が削がれようと、目当ては変わらず眼前に広がる中秋の空なのだ。構うものかと踏み出して隣に並べば、そんな内面を見透かすように小さく笑う声がした。 「──また、会えましたね」 文句の一つでも言ってやろうと顔を向けた矢先にそんなことを言われたのだから、毒気を抜かれるのも詮無いことだった。 「……初対面だろう」 「ふふ、そうですか? 私は随分と懐かしく感じたもので」 俺の四半世紀にも満たない人生に於いて、間違ってもこのようにおかしな女と知り合った覚えはない。 それなのに、その言葉がどこか腑に落ち納得しかけている自分がいた。懐かしいという感覚が目の前の女に対して相応しいと思えるのは、馴染みのある不変の月光がこの場を照らしつけているせいだろうか。 「じゃあ、いっそ久しぶりということにしてしまいましょう。この頃お変わりありませんか?」 「……は?」 いい提案を思いついたとでも言うように柔く手を叩き、女が笑う。 「やっぱり、こうも背が高いとお腹も減るんじゃないですか? 普段のご飯はどうしてます?」 「いや……適当に……。足らなければ外で……」 「ちゃんと食べているならいいですけれど、外食ばかりにならないように。手間かもですが作り置きを用意しておくと便利ですよ。しっかり食べた分は運動していますか?」 「……待て、何故お前にそこまで教える必要がある」 止めなければ際限なく質問責めされそうな勢いだ。物静かに微笑をたたえていた女から先ほどまでの雰囲気が霧散して、どうにも調子が狂わされる。 「貴方の近況を知りたいだけですよ、老婆心ながら心配しているんです」 「老……? 急にあれこれ尋ねてくるな、母親でもあるまいに。月を見に来たのではないのか」 「ええ、見ていますよ」 その割に此方から目を逸らそうとしない。月が狂気を招くと言うのが嘘偽りない逸話なら、たちの悪いこの軟派女はきっとそれに当てられたに違いない。 「なら、黙って見ていればいい」 「あら、折角ご一緒が出来たのに」 不服そうにまた空を見上げた女は眩しげに、しかしやけに機嫌よく目を細めていた。 「なら、私だけ喋りますね。相槌はお好きな時に打ってくださればいいですよ」 それからは呆れた物言いに従いながら、秋風と独り言が右へ左へ流れていく奇妙な月見を楽しんだ。 口座の番号でも聞き出して怪しげな商売に利用するのかと訝しんだのも杞憂で、尋ねてくるのは朝起きられるか、日の光を浴びているか、まめに掃除をしているか、家族仲はどうか、などといった何の面白みもない世間話だ。 時折、気まぐれに言葉を返してやっても、気を良くするどころか知ったような口で説教じみた話題に発展したのが鬱陶しくて、続く追及には無視を決め込んだ。するとまた別のつまらない話題が始まり、そろそろ答えてやろうという気が何とは無しに湧いたところで返してみせる。 よく喋る癖に自分のことを何一つ語らない女は、何がそんなに楽しくて赤の他人の近況など聞きたがるのか。心当たりはやはり無いが、此方にとっても今この一時はそう退屈なものでもないように感じられた。 そういった応酬を途切れ途切れに続けていると夜も更けていき、いつの間にか月も傾いている。 雲の翳りをきっかけに、もしくは語り倒して満足したのか、此方が何か言うより早く隣の女が踵を返す。 「それでは、お邪魔しました」 元気そうでよかった、そう締めくくって女が会釈する。今までの口数多さが嘘のようにあっさりとした挨拶に思わず目を剥いた。 何かあるからここまで付き合わせたのではないのか? 呆気のない別れに納得いかないままの此方を気にせず立ち去ろうとする女の背中をただ見ているしかない。 乾いた風が互いの髪を靡かせた。月明かりが女の髪留めに反射して白く煌めく。 どうしてか、その背を追わなければならない気がした。 何の謂れがあって? あの女を呼び止めるに足る理由が思い浮かばない。 そもそもが理解の範疇を越えた埒外の世界から現れた存在だ、どんな理屈を捏ねようと此方の意図に従って動くとは思えない。 離れていく姿は月の明るさでいつまでも鮮明に見えて、それでも階下に向かって一歩一歩、確実に遠ざかっている。 「」。 らしくもなく声を張ったが、結局何を叫んだのだか自分でも覚えていなかった。 咄嗟に口走るにしてもどうせ自分のことだ、大して気も利かない白ける一言だったに違いあるまい。 ならばいっそ聞き逃してくれた方がマシだというのに、恥を晒した甲斐あってか、あの女は耳ざとくもその歩みを止めていた。 静かに振り返ったかんばせは再び月光を浴び、その白さに目が眩む。 羞明から細めた目で捉えたその表情は意外にもキョトンとしていて、しかし次第に、はにかんだ笑みへと変わっていった。 今になって予報外れの強風がこの背を押し出す。何やら、今までにない気分だ。 −終− オマケのランダム封入特典EDスチル(3) fu5651616.png 毎年約束もしないのに十五夜にだけ現れる謎の年齢不詳人外お姉さんで若者の脳を焼きたい性癖に忠実になった結果の代物です。終盤の玄弥コミュみたいな素のいたずらっぽさが年齢逆転によって存分に発揮されればいいと思います。 遥か未来なんだから地獄で刑期終えてきた巌なんとかさんがシャバに存在しててもええやろ。ええよな? 人外お姉さんとのコミュ進めるうちに昔の男(お前や)の気配を感じてけおったり、これまで長生きしてきた目的を果たしたお姉さんが人化薬を服用しようとして寿命どうなるの問題にぶち当たったりもするでしょうが、一回地獄の炎に焼かれて更生した後の兄上ならまあ頑張って乗り越えてくれるんじゃないかと信じておりますよ。そういう怪文書って何処に行けば読めますか?