デジタルワールドでもリアルワールドでも、サバイバルに必要なことは変わらない。 その日も選ばれし子供達の何人かが食料を確保する為、野営地の近くの森に分け入っていた。 「あれー…前来た時はこの辺にデジ肉が生えてたんだけどな…セヨン、そっちはー?」 そう仲間に話しかけたメガネの少年の名は、弦巻昌宏。 彼はパートナーであるソーラーモンリペア用の装備の作成に行き詰まり、気分転換を兼ねて採取に来ていた。 「うーん…こっちもなさそうカモ…」 そう答えたのはチェ・セヨン。昌宏と仲の良い少女の一人である。 他にも何人かの子供達が森に入っていたが、この辺りにいるのはこの二人だけであった。 「向こうの方に行ってみたらどう────…アレ?」 彼女が昌宏に話しかけようと振り返ると、そこには誰もいなかった。 それどころか、一緒に来ていたはずのルクスモンも見当たらない。 「……マサヒロ…くン?……ルクスモン…?」 不自然なほどに静まり返った周囲にセヨンは幾分かの恐怖を覚えながら、懐のデジヴァイスに手を伸ばしていた。 「─────!ダレ!?」 気配を感じて振り返った彼女の目の前にいたのは、 「ちょっとどうしたのさ、そんな怖い顔して?」 昌宏だった。 「急にいなくなったから心配したよ」 「よかった…てっきり何か襲って来るんじゃないかと思っテ…ホラ、みんな見当たらなかったカラ…」 「確かに。でもこれなら多少騒いでも…みんなに気づかれなさそうだね。」 彼はそう言うと、セヨンの手首を掴み、逃げ場を無くすかのように近くの木の幹に押し付けた。 (どっどどどどうしよう…!今私、マサヒロくんに壁ドンされちゃってる!?) 緊張と困惑と興奮で黙ってしまうセヨン。そんな彼女をよそに、彼はどんどんと顔を近づける。 「ちっ…近いよマサヒロくん…!」 「気にしないで。さぁ、目を瞑って…ただ受け入れるんだ…」 唇同士がいつ触れ合ってもおかしくない距離から放たれる、甘い囁き。 セヨンはその囁きに従い目を瞑りそうになったが、あと少しと言うところで彼を蹴り飛ばした。 「っってえ…!なにすんだよ!」 苛立った様子で叫ぶ相手に、彼女は怯えと怒りが混じったような様子で問いかけた。 「何デ…なんでメガネに度が入ってナイの…?」 「はぁ…?度?」 先ほど顔が近づいた時、彼女は気づいてしまった。 想い人と同じ顔をした相手の眼鏡の向こうの景色が、"歪んでいない"ことに。 それはつまり、その眼鏡に度が入っていないことを意味する。 昌宏が眼鏡がなければまともに動けぬ程の近眼であることを、セヨンは非常によく知っていた。 仮に何らかの理由で視力が回復したとしても、伊達眼鏡などかけるはずもないことも、よく知っていた。 「お前は…誰だ!」 「ハァ〜……そうか、メガネか…」 彼はさぞかし面倒だといった様子で眼鏡を取ると、無造作にそれを投げ捨てた。 「せっかく夢見心地のまま食ってやろうと思ったのに…全く面倒な人間だなぁ!」 そう叫びながら自らの体を引き裂くように爪を立てる。 「やっぱりニセモノ…デジモンだったンダ…!」 テクスチャの剥がれた向こうから現れたのは、赤い狼のようなデジモン”ファングモン”だった。 「俺は獲物のアタマの中を覗いて、その願望通りの姿になってやれるのさ。本物って信じたままだったらもっと楽に死ねたのになぁ!」 彼が吠えるのに連動して霧が濃くなり、周囲の森の景色が赤く染まりだす。 「ここは俺が作った隔離空間。何もかも俺の思い通り、そして俺以外は自由に出入りできねぇ。つまり…お前は逃げられねぇ、助けもこねぇってことだ。」 ファングモンは下卑た笑みを浮かべながらそう告げ、目の前の少女が絶望の顔を浮かべるのを待ち構え、舌なめずりをする。 しかし、奴の思い通りにはならなかった。 「デジソウル、チャージ!」 セヨンはデジヴァイスicを構え、デジソウルを込める。 そしてそれを懐から取り出したデジソウルガンにセットし、銃身から一直線に敵を見据えた。 「ワタシの心を覗いた事モ、マサヒロくンの姿を勝手に使った事モ、どっちも許サナイ!」 「ほーう…戦う手段を持ってやがるのか…まァ…多少歯応えがあったほうが美味ぇからなぁ!」 ───────── 一方その少し前。 「マサヒロ!アレを見ろ!」 「!?あれって──────」 昌宏とソーラーモンリペアはというと… 「袋麺の木だ!!!」 大収穫のさなかであった。 「麺など久しぶりであるな…」 そこそこの高さの木から、まるで果実かのようにパッケージごとなっている袋麺。 リアルワールドではまずありえない光景だが、ことデジタルワールドにおいてはそれほど異常なものではなかった。 「保存性もよいし…これだけあれば次の目的地まで食料に困ることはなさそうであるな。」 「俺だけじゃ流石にとりきれないし……みんなも呼ばないとな」 そう呟いたところで、彼は違和感を覚えた。 「…ソーラーモン、セヨン…どこだろう?」 「そういえば先刻から気配がない…不自然であるな。」 そんな二人の元に、セヨンのパートナーであるルクスモンが駆け寄る。 「おぉ、噂をすれば───と言う奴であるな。ルクスモン、セヨンはどこであるかの?」 「それが…さっきから急にセヨンがいなくなって…!マサヒロのところにいればよかったんだけど…!」 息を切らしながらそう話したルクスモン。 「戦いに備える必要がありそうであるな。」 「わかってる。 それを聞いた二人は、少なくとも厄介な事態が起きていることを察した。 「…トライデントアームVer0.02、起動!」 昌宏がクロスローダーをポケットから取り出すと、上部が展開し、内部のV字のマークが輝いた。 そこからいくつかに分かれたパーツが現れ、かつてソーラーモンリペアの左腕があったであろう位置で組み上がっていく。 「ブートアップ!ソーラーモンリペアⅡ!」 ───────── 「オイオイどうした人間?そんな大層な銃の割にはタマがかすりもしてねえぜェ!?」 ファングモンは敏捷性に優れたデジモンだ。 いくらセヨンがエイムに長けているとはいえ、ただの人間の反応速度では勝ち目がない。 その上、この空間内では視界を阻むように霧が辺り一面を包んでいた。周囲の地形把握を満足にできないこの状況の中では、得意の戦術も活かしようがない。 (この中じゃ勝てない…!どうにかして抜けださないと…) そうして姿勢を低くしながら息を潜めるセヨン。 「お前の次は誰を食ってやろうかなァ〜…あの歌ってたガキにするのも悪くねぇ。アイツにも食うのに邪魔なメガネが付いてるが…粉々に割ってやったらきっと綺麗だろうよォ!」 そう煽りながら、ファングモンはゆっくりと彼女を追い詰めて行った。 (ヒカゲさんのことまで…!) 相手の発言に憤りを覚えながらも、セヨンはスマートグラスを使い、必死で周囲のフィールドをスキャンしていた。 (どこかに割れそうなところがあれば…!) ───────── 「ふむ…やはりセヨンの気配は掴めんな…」 「ボクにも全然気配が…」 「むしろ気配が…なさすぎるのか…?」 セヨンを探し、森の中をルクスモンたちと歩き回っていた昌宏。彼は何かに気付いた。 「ソーラーモン、ルクスモン、セヨンの気配も残り香も全くないところを探して。」 「真逆を行く…と言うことか?」 「ああ。さっきまでずっと一緒にこの辺にいたのに、何も掴めない方がおかしい。きっと一番何もないところに…セヨンを連れ去った元凶がいるはずだ。」 数分後。 「こっちです!」 「これは…壁…であるか?」 彼の推理通り何もない方へ向かっていった結果、ルクスモンはノイズがかった見えない壁のようなものを見つけた。 「通り抜けられる…けど…いつの間にか元の場所に戻ってきてる…?」 「ここに何か、妙な空間ができているようであるな。」 「よし、ソーラーモンリペアⅡ、この壁に思いっきり攻撃だ!」 ───────── 「泳がすのにも飽きてきちまったなァ…そろそろシメるか…」 (どうしよう…ヤツがこっちに…!……アレって!) ファングモンが本格的に少女を喰おうとした時、セヨンのスマートグラスが、空間の一部が急に弱くなり始めていることを伝えた。 それを見た彼女は銃のスコープを起こし、フォアグリップを倒した。 その動作に連動して銃身が長く伸び、デジソウルガンは狙撃用のモードSに変形する。 「はぁぁぁっ!」 セヨンは引き金を引いた。 デジソウルが変換された、文字通り魂がこもった弾丸が彼女の計算に乗り、寸分の狂いもなく目標に向かう。 そして、弾丸が空間の綻びに直撃すると、その周囲の景色が波打つように乱れてから、ガラス細工が砕けるように崩れていった。 「クソっ!せっかく作った狩場が!良くも…食うとこは減っちまうが…テメェには痛い目見てもらうぞ!ブラストコフィン!」 「危ないセヨン!クラウドバリア!」 ファングモンの放った衝撃波があと少しで少女に直撃すると言うところで、ルクスモンはなんとかバリアを貼ることができた。 「セヨン!」「セヨン!無事であるか!」 「ルクスモン…マサヒロくン…!」 駆けつけた仲間たちを見て、肩から力が抜けるセヨン。 「チッ…せっかく分断してゆっくり喰おうと思ってたのによ…!」 「ファングモン…であるか。あの妙な空間を作るような力、あやつにはなかった気がするのだがな。…まぁよい。マサヒロ、手早く決めようではないか。」 「わかってる。セヨン、まだやれる?」 彼女はそれに答える代わりに、デジソウルガンのグリップを元の位置に戻した。 すると銃身が開き、最大出力のモードKに変形する。 「よし、ソーラーモンリペアⅡ!動きを止めるぞ!」 「ぬぉぉぉっ!!デミ・トライデント!!」 トライデントアームが飛びかかるファングモンの横腹を突き刺し、半ば無理矢理に動きを止めた。 「セヨン!」 「狙い撃ツゼ!」 上下に開かれた銃身の間をバチバチとエネルギーが迸ると共に、銃弾が空気を切り裂く。 周囲に音が響く頃には、既にファングモンの体は撃ち抜かれた後だった。 「がッ…ゲはぁっ…ク……ソ…!もっと…ウマい…にんげ───── コアを砕かれたその体は、末端から雑多なデータと化して分解していき、消え去っていく。 昌宏はその残滓から、壊れた何かを拾い上げた。 「これって…」 バンドの部分はボロボロになり、ブレスレットとはとても呼べない見た目になっていたが、 それは紛れもなく、シエルやゲキ、それに仁亜が使っているデジヴァイス… 「バイタルブレス…」 それの成れの果てであった。 彼が試しにそれの横にあったボタンを押してみると、壊れ切っていなかった壁の残りも消滅し、この隔離空間は完全に崩れさった。 このファングモンは、飲み込んだバイタルブレスの機能を自分の力の一部としていたのだ。 「きっと…ワタシたちより前に襲われたダレかの…マサヒロくン、それ…どうするノ?」 「捨てていくわけにも行かないし…持って帰るよ。」 「……使ってやるのも、何かの供養というヤツであるかもしれんな。」