指に霜の降りる冷たい肌――人間離れした白い皮膚。なのに、唇だけは焼けるように紅い。 黒い髪は闇の中に融けていく。熾からの僅かな光だけがゆらゆらと彼女を照らす―― 私の視線は自然と、唯一つ色鮮やかな唇に吸い寄せられていく。 紅い花びらは私の視線に気づいてさえ微動だにしなかったが、少女はゆっくりと体を起こし、 重ねていた手を、私の首へ沿える――ひやり、ぞわり。背中がぶるりと震えだす。 ただでさえ時代錯誤な、地味な柄の和服。どう見てもそれは防寒に適しているとは思えない。 まして壁一つ隔てた外は、上下もわからなくなる白い嵐が絶え間なく吹き荒んでいるのだ。 半死半生の体で駆け込んだ山小屋にそんなものがいれば、死ぬ前の幻か何かと思うだろう。 だが冷たい指先の――なだらかに首筋をなぞる感触は、とても嘘とは思えなかった。 まして、突然に重ねられた唇は、そのまま氷の塊を当てられたかのように一層冷たく、 けれど身体は冷えるどころか、ぽかぽかと暖かくなっていくようにも感じられるのだった。 顔を離した少女は、無言のまま笑った――これが最期に見る光景なら、悪くないと思った。 年の頃は第二次性徴をようやく過ぎた頃だろうか、と大学での講義を振り返りながら考える。 一人で冬の雪山に登るなどと、無謀なことをしたものだと、他人事のように己を嗤ったのち、 そんな彼女の指先が、服の隙間を縫うように入って――こちらを脱がせてきていることに、 今更、自分の置かれている現状を思うのだった――気付けば服の前半分は開かれて、 氷点下の空気に晒されている。にも関わらず身体は冷えるどころか、熱さえ持ち始めたようで、 これが矛盾脱衣か――いや自分で脱いだわけでも――そんな取り留めのないことを考え出す。 少女は自身の着衣をほんのりはだけ、白い肌をその隙間から顕わにさせた。 起伏のない身体、なのに、ぞっとするような色気を持った、妖しげな肢体。 それを、当然のように私の上に覆い被せ、また紅い花が私の頬の上に咲く。 あっ、という間に彼女は自ら腰を沈め――こちらの反応を見ながら、腰を上げては降ろす。 外の吹雪の音は聞こえず、にゅちり、にゅちりと、幼い膣内に滴る体液の音だけが在る。 もし彼女が幻影なら、私の死体を見つけた人はさぞや失笑するだろう――そんな風に思いながら、 ただ身体の命ずるままに、私の性器はどろりと温かなものを吐いていた。 少女はようやく表情を崩し――膣内のものの存在を確かめるように手で下腹部をさする。 そしてまた、私の唇に小さな唇を重ねたのち、腰をくねらせながら、二度目をねだるのだった。 死の前の夢ならば、すぐに醒めて真の眠りに就くはずだと思った――だがそれは訪れず、 何度目かの精を吐き終えた私の衣服を整えると、彼女はそっと私に椀を差し出した。 湯気の立ち登るその汁物は、やはり嘘のものとも思われず、現実のものとして喉を通る。 分厚い雪に閉ざされた窓からは日も差さず、無論時計などもこの小屋にはない。 登山中、寒さのあまりに電池の切れた携帯も何もかも、すっかり止まってしまっている。 昼なのか夜なのか、冬なのか春なのか、生前なのか死後なのか――判断する材料は何もなく、 ただ少女が身体を求めてくるかどうか、というその一点だけで、私は時間の経過を測った。 行きずりの男に肌を重ねてくるのだから――彼女はさぞや経験豊富なのか、と思えば、 その拙い腰使いといい、初めての時の赤い雫といい、無垢で未経験な乙女であるらしかった。 もし、この存在が私の妄想の産物であるなら――都合のいい女体を求めた結果であるなら、 その発育のなさにおいて、己の深層にある童女趣味を突き付けられたようで不快であったが、 実際、私と彼女の身体の相性はすこぶる良いようだった――されるがままでは沽券に関わると、 私が自ら攻める側に回った際、少女の冷たくも整った表情は崩れ――不安感と期待に満ちた、 酷く淫猥な形をとって私の前に描き出されたのだ。私が一層興奮したのは言うまでもない。 そして今更になって、彼女の存在を――幼心によく聞いた、件の怪異と結び付けたのである。 誰かに君のことを話せば、俺を殺すか、と囁いた――少女は顔を赤くしながら首を横に振った。 代わりに鈴のなるような声で――どこにもいかないで、と縋り――背を抱いてくる。 なんと愛らしいことだろうか。たとえここに死ぬまで囚われたとして――些末なことに思えた。 小屋の外は相変わらず、一向に吹雪の止む気配もない。数歩先さえ白飛びして何も見えず、 勇気を振り絞って足を踏み出そうものなら、その前に服の裾を彼女に掴まれて止められる。 心配そうな表情で腹部を撫でる身重の少女を見捨てて外に出られるはずもなかった。 この狭い世界の内外は、辿り着いた時からずっと時間が止まっているように変化がないのに、 ただ彼女の腹部だけが少しずつ、少しずつ大きくなって――今では、既に安定期を越している。 彼女の身体を貪ることの他に、私にできることはなかった――そうでなければ、 細く小さな身体に不釣り合いな胎をした彼女を支えるように膝の上に座らせ、 張って辛そうな腹部を撫でてやったり、ほんの少しだけ嵩を増した胸を揉んでやったりと、 結局、この小屋の中に唯一存在する私以外のものに触れるしかない。 身重でありながら、少女は私を求める――腹を実に重そうに振りながら腰を躍らせ、 私の性器がただでさえ浅い膣内をごりごりと子宮口まで掘り穿つのに歓喜の声を上げる。 自分の中に、こんな嗜虐的な変態嗜好があったのかと頭を抱える一方で、 より彼女の肉体に溺れていく己の姿を否定できない――どうして、こんなに心地よいのか。 完結した世界の中で一対の雌雄としてひたすら交わり、互いの境界をも見失っていくうち、 自然とそこには、第三の生命が生る――これは生物の道理というものだ。 ひんやりと冷たい皮膚に覆われながら、彼女の内に眠る生命は熱く、母の肉体を融かす。 赤ん坊が大きくなればなるほどに、少女はより激しく、頻繁に私を求めてくるのである。 私自身もまた、その誘いを断れるだけの強さはどこにも残っていなかった―― 生まれたのは、彼女に瓜二つの冷ややかな肌をした女の子だった。 だが顔のところどころに、鏡の中で嫌になるほど見つめてきた部位を見つけるのは難しくない。 やはり無口なまま、僅かに口角を上げて娘に授乳する彼女の姿は、確かに、“母”のそれである。 同時に、授乳によって自然と疼いた肉体をぶつけてくる時の淫蕩な微笑みは、依然“雌”だった。 乳房ごと一口に咥えられそうなその先端の、ほんのり黒くなった乳首を口に含むと、 彼女のどこにそんな熱があるのか、と思うほどに、人肌に熱された母乳がたらたらと垂れる。 それを吸うと――大きな赤ん坊に向けて、少女はなんとも嬉しそうに笑うのだった。 そんな顔をされては、こちらとしても許すわけにはいかない。男の面子をかけて、 優位に立ったと思っていそうなこの雌に、立場というものをわからせてやらねば。 三人産んでもなお、少女の肢体は細く、薄い。冷たい肌のその中に、どうして生命の宿るのか。 ただ乳首の色濃さだけが、彼女が経産婦であることを示す証である。 なにせ、娘たちと並んだところで背丈も顔つきもほとんど変わるところはなく、 一度裸になってしまえば、判断するための材料がなおさら希薄になってしまうのだ。 だが私は彼女を、娘たちと見間違えたことはない――乳首の色を抜きにしたとしても、 飽きるほどに抱いた身体の線は、もう目をつぶっていても指が再現可能なぐらいだ。 ほんのりと丸くなった尻も、出産のたびに死にそうな思いで開いてきた骨盤もまた、 男を知らない娘たちと隔絶した色気を持っている――というのは贔屓目だろうか。 子どもたちが見ている前で少女はいそいそと服を脱いでこちらに目配せをし、 反応を返さないでいると、ほんのりと頬を膨らませて押し倒してくる。 冷たい舌をこちらの舌に絡ませて――雪解け水のような唾液を流し込んでもくる。 四人目を宿して膨らんだ腹を、こちらの下腹部に擦り付けながら勃起を促し―― いざ勃つと、にやにやしながら指先を絡めてこちらの節操なさを責めるのだ。 そうなったが最後、足腰立たなくなるまではめ潰されるのは自分自身だとわかっているくせに。 母親がそうして乱れる様を、子どもたちは目を逸らすでもなくじっと見ている。 そして父親に興味を持って触れようとした途端、少女は厳しい顔つきでそれを止める。 この人は自分のものだ、欲しければ自分で探しなさい、そう諭すかのように。 小屋の外にはまだ吹雪が吹いている。