朝、リビングで起きる、流石に女性と同じ部屋と言う訳にはいかない。最初は玄関近くでもいいと言ったがお風呂が近くて邪魔だしキッチンだよ、と、言われてしまえば逆らえるはずもない。  温くなった缶コーヒーをバッグから取り出し飲む、別にブランドの好みは無いがブラックの苦いのは寝ぼけている頭を覚ましてくれるきがして少しだけ好きだった。飲みきった後はキッチンに行き、水で中を洗ってから缶ゴミの中に放り込む。  リビングに戻り布団をたたむ、本当は寝袋を持ってきたのだが、今は布団まで提供されている、公僕がここまでされても良いのだろうか、と思いつつ、秒で順応したシスタモンまでねんり側に加わったためどうにもならなかった。  女性との共同生活というものは思った以上に何か混乱を産むものではなかった、考えすぎていた可能性もあるが、大和にとってそれは安心できることだった。  何よりありがたいのはねんりの態度だ、顔というものに頓着しないということはないらしい、ちゃんと美的なセンスはある。だが、自分の顔が、あるいは自分がどのように見られやすいかと言うことを熟知している、怖い人あるいは反社の人、本当はただの警察官でしかないはずなのだが。 『え、でもぉ~大和さんちゃんと清潔感会って綺麗にしてるから大丈夫かな~って…あ、でもぉ…もうちょっと声が大きくても良いとおもいま~す』  痛いところを突かれた、と思いつつも難しいと分かっている、怖い顔の男が大声を出せばどうなるか、事案の出来上がりだ、それが嫌で段々と声が小さくなっていった以上、今更戻るというのは難しい。…認めたくはないがカス…シスタモンが正しく翻訳してくれている時は小さくつぶやいているだけでも何だかんだ意思疎通はできるからだ。 「ねー、ねー、大和様、スマホ見てないでねんり様にアタックかけるべきではっ!?素晴らしいママ味溢れる女性がいるのに目をつぶっているなんて!ガッデムっ!」  ガッデムじゃないしママ候補とも思ったこともない。  現在大和は警察を表向き休んでいることになっていた、実際には特殊任務を課せられている、護衛もそうだが相手がストーカーである以上近くに出没する可能性を考慮して、捜査への協力と言うことだ。警察から公務用に支給されたスマートフォンは特殊加工されたもの、内蔵されているアプリは対デジモンやデジタルワールドの捜査に特化したものだ。  現在使っているアプリは主に周囲の特殊電磁波、デジタルワールドからの反応であるデジタルウェーブを拾い上げることができるものだ、周囲にいつ何時犯人(仮)が現れるか分からない以上警戒を怠る訳にはいかない。周辺電波キャッチ、朝は特に怪しいものはない、ありがたいことだ、平和が1番だ。とりあえず息をつく、音がする、扉の開いた音だ。 「おふぁよぉございま~」  家主であるねんりが起きたのは流石に分かる、挨拶を返そうと視線を向けて固まった。 「ね、ねんりさっ!?」 「あら、大胆」  下着姿だった、それも黒の、刺激的な。やや透けている上に肌の色が見えそうで色々と際どい。 「…あ!そうだ~大和さんごめんね~すぐ着替える~~」  何かを答えようとして口がぱくぱくと開いてフリーズ、金魚にでもなった気分だ、扉が閉じて戻っていく姿を、微動だにせず見送り、 「大和様『汝姦淫すること無かれ』ですよ?」  いきなりもっともらしいことを言うシスタモンだがさっきまでもママ言っていた姿はどこに行った、ため息。 〇  ねんりはパジャマも好んでいる、しかし同時に下着で寝るのが嫌いと言う訳でもない、あるいは全裸でも。気分で適当に変えているというのが正しい、だからナイトブラとパンツで寝たのは偶然だったと言える、男性相手にどうこう、と言う感覚は無い。そもそもねんりは自分がAV女優だからこそ体の価値をある程度考慮していた、撮影に参加すればお金になるということは間違っても安売りしてはいけないと考えている。 (んー…びっくりさせちゃったなぁ~…でも)  ほんの数分前の事を思いだす、驚き赤くなった大和の顔だ。本当の意味で初心だった、そう言う設定の男優もいるがどうしても手慣れた手つきや態度が少し出てくる、処女ではない女性が処女のように振舞ってもわずかに気配が出る様に、それは男性も変わらない。  そういう意味では本当にピュアな男なのだな、と、思ってしまう。あんな少年のような顔の男性を見たのはいつ以来だったか、もとよりねんりは男性に性的な欲求を向けられやすい、ある程度身体が育ってからは特にその傾向が強くなっていた。必ず付随する、欲望の目、それが感じられない。 (ちょっと良いもの見れたな~)  きっと見る事も出来なかったであろうと思えた顔が見れたのは素直にラッキーと、ちょっとだけ思えた。  着替え終わりリビングに戻れば大和が土下座で迎えてくる、責任感の強い人だな~…などと能天気に思った。声、謝罪の物。 「先ほどは大変申し訳ございませんでした」  昨日から聞いたぼそぼそとした声ではない、はっきりと声、低くてハスキーとでも例えればいいか、そんな声で丁寧に謝罪されると笑ってしまいそうになる。 「気にしなくて良いんですよぉ~?」 「ですが」 「ほら、私ぃ~…見られ慣れてますから~」  本当の事を言うのであれば見られ慣れてると言ってもこの状況では自分の思想を思えば少し違うのだが、この大和と言う正直な男の人の心が少しだけ軽くなるならちょっとだけ嘘をついてあげても良いと思ったのだ。  しかし、大和は立ち上がる、 「違います、そう言うことではありません」  真っ直ぐな目で見られた、視線が合う、光のともった目だ。 「どのような形であれ、私はねんりさんのあられの無い姿を見てしまった、偶然とはいえ……だからと言ってそれを言い訳にして良いと思いません、私はその……あなたの彼氏のような人間でもなければ、配偶者でもない、そのような男が、みだりに肌をなど言い訳がない、だからこそ申し訳ありません、償いは必ず」 「あ……え、えっと」  言葉が出なくなっている、声が。 「何か……?」  何か言わなければ、何だか不審な人みたいだ。 「え、えっと……ひゃい?」  男性に言い寄られたことなんて、今は離れているが男性と話したことだって何度もあるはずなのに、まるで始めて男の子と話す女の子のような声が出てしまった。  処女ではない女性はどれだけ未経験のように振舞っても、どこか慣れた雰囲気をだしてしまうはずなのに、今、自分たはしかに… (何か、女の子…みたいだったかも…)  清純の演技なら何度もしてきたのに、初めてを装うことも何度だってしたはずなのに、まだ恋というものが身近だったいつだったかのように振舞っていた。  ふぅ、と息を吐く、落ち着く、頭を軽く振るう。なんてことはない、ちょっとした錯覚だ、男性と一緒の生活なんて初めてだから心理的に何かあった、きっとそれだけだ。 〇  何やら凄い反応をしたねんりが目の前にいる、やっぱり何か怒らせてしまったのだろうかと大和は息をのんだ、どんな叱責でも受ける覚悟はあるが…いや、やはり女性からの叱責は心に来るのでお手柔らかにと思ったが、顔を上げたねんりは朗らかな顔に戻っている。何かあったのか問おうとしてやめた、犯罪者相手ならば怖がらない自信はあるが女性相手には少しばかりしり込みする。 「あ、大和さん~、朝、何か食べたいご飯あるぅ~?」  怒ってはいない様だった、いないのだろうか、ひとまずは納めてるだけで尾を引いているのではないか?勘ぐってしまう、異性経験のない男には内心を図るのは少しばかり荷が重い。今はとりあえず怒っていない、と言うことにしておく。正座の用意はしておく。  指向を切り替えて、朝、か、と、 「そうですね…普段は菓子パンなどを」 「却下でーすぅ」  笑顔でダメ出し、昨日の事を考えればそうなる気はしたが、 「その、何がいけないのでしょうか?」  そう問えばちょっとだけ呆れて、 「それは食べたいものじゃなくて普段食べてるものですよ~?」 「あ……」  考えてみれば質問の意図に沿った答えではなかったと、反省する、ならば、 「タンパク質補充の為にプロテインを頂ければ、飲料でも、ブロックでも」 「あちゃぁー」  本格的にねんりは呆れを隠さなくなってきた、 「それも食べたいものじゃなくて栄養の補充ですよ~?」 「…………」  押し黙ってしまう、横から、 「はいはい~!ねんり様!私今日ちょっとおしゃれなブレックファスト気分なのでパンとサラダ!あればベーコンと…そうです!ふわっふわのオムレツも!」  何と図々しいことか、同時にもっと寡黙な相棒が欲しかったと頭を抱えヘッドロック、そのような凝ったものは不要、と言おうとして、ねんりは笑ってキッチンの方に行く、 「うん~!任せてね~♪」 「あ、私もお手伝いしますぅ~!」  すり抜ける様にシスタモンがヘッドロックから抜けてねんりについて行く、はあ、とため息だけが残る。 〇 「先ほどは大和様が失礼しました」  料理は出来ないがちょっとした雑用ならば、と、シスタモンは頭を下げる。  当然ねんりは気にしていない、 「ううん、本当に気にしてないからね~」 「それは…肌を見られたことですよね?」  シスタモンの問いにうん、と答えた、それ以外に何がるのか、と、思うも首を横に振って、 「大和様、顔は怖いですが真面目な警察官ですから…どうしてもゆっくり食事とはならず…それに、食べるものもエネルギー補充に偏りがちで…」  なるほど、そっちかと合点がいく、昨日の夕食からそうだが言葉に出るものすべてがとりあえず食べれればよい、と言ったものばかりだった、カップ麺、菓子パン、後はプロテイン、これもまた職業病なのだろうな、とねんりは思った。それはある意味自分も同じだ、肌を髪を尽くしく保つための食事を心がけている。すこしばかり方向性が違うだけだ。  だが、と、大和の口は栄養補充と速度に振り切りすぎている気がした、普通の食事は確かに効率が悪いかもしれないがここでしばらく一緒に居てもらう以上それは少し頂けない。何より、 「シスタモンちゃんも美味しいもの食べたいよね~?」 「イエスっ!当然ですよママンっ!」  軽快な返しに軽く笑って返し、なら、これは多数決だから私の意見を押し通します~と、内心で大和に舌を出す。  …そう、これは肌を見られた報復です、だからちょっとだけゆっくり食事をとれる舌に戻してあげよう、これくらいいいよね?  誰にともなく、自答。