惚けた同僚たちの顔を思い返すたびに、少女は内心に憤りを感じる。 替わってくれてもいいのに――という、無言の要求に気付かないふりをして。 彼女たちには、竜としての誇りはないのだろうか?そんなことさえ思ったりする。 そして今の自分たちは、その本性を人の、乙女の姿に封じ込めた存在、人に仕えるもの。 この屋敷の主に――己の純潔を捧げ、やがては胎に子を宿すためにいるもの。 それが年端もいかぬ少年相手であることに、なおさら少女は納得できぬのであった。 寝室の戸を叩く音は冷ややかである。彼女の感情をそのまま表すかのように。 「…ラティス!」 室内より響く声は幼く、興奮に上ずっているためかなおさら高い。 精通し――雌の胎に種を撒くことを許された雄が、自分専用に揃えられた美女たちを相手に、 その若く際限なき性欲を抑えられなくなったとて、当然のことではあるのだが。 彼の興奮を思うと、一層少女の怒りは募るのである――日中のあの無体、 あたかも彼女たちを自身の所有物か何かと履き違えているかのようだ。 戸を後ろ手に閉めながら、少女は主に極めて儀礼的に過ぎる会釈をした。 少年は寝台に腰掛けていながら、腰は半ば浮きかけてその心情を露骨な程に表していた。 遠間からも、その期待に満ちた――言い換えれば雄の欲にまみれた――表情は伺える。 その顔を見るにつけ、彼女の心中にはまた不可視の嵐が吹き荒れる。 そして思い出すのだ。ある同僚の囁いた、主の“弱点”のことを。 少女が歩み寄るにつれ、彼の興奮は際限なく膨れ上がるようであったが、 彼女が思いがけず至近に立つと、はっ、と息の塊が喉に詰まる。 その間隙を縫うようにして――がしり、と少女の指が彼の性器を強めに掴んだ。 触りますよ、との言葉も掛けず、無造作に、男の最大の弱点に触れる。 それは彼にとって――生殺与奪が、まさにこの目の前の少女の指先一つにあることを、 これ以上なく知らしめるものであった――握りながら微笑まれては、尚更だろう。 彼の睾丸は、寒風に晒されたように縮まった。だが熱は却って増したようだった。 本能的な恐怖を覚えながらも、それは逆説的に彼の繁殖欲をぐつぐつと煮立たせる。 少女を睨み返す涙目は弱々しい――それでも男としての意地はあるのだ。 細い指が、釦を外し下着の留め具に絡み――ゆっくりと、その内から肌が覗き始める。 秘するがゆえに美しく、顕になればそれは艶めかしさを通り越した生々しささえ持つ若さ。 彼よりも――その父、祖父よりもずっとずっと永い時を経てきた彼女たちは、 ただ今この屋敷に、そんな矮小なる存在との間に子を生すためにいる。 そのことを思うと――長らく忘れていたはずの、雌としての箇所にゆっくりと火が点る。 悠久の時を生きるものは、己の血を残すことに無頓着になりすぎる。 そして己が老い、朽ち果ててから無限が有限であったことを悔いるのだ。 あるいは彼は、彼女らに血を混ぜるための贄なのかもしれなかった。 背丈に比して十二分に大きな乳房が、布地から解放されてぽろん、と飛び出す。 少年の目は釘付けとなって、今にも飛びつきそうな有様――けれど安易にそうせぬのは、 まだ彼の中に、先ほどの衝撃――雄の証を弄ばれた記憶の鮮烈なるがあるゆえか。 上衣を解くだけでそうなのだ、少女が丁寧に下着を脱ぎながら尻尾の先に引っ掛けて持ち上げ、 着直しやすいように畳み始める姿を見て、少年の鼻からはたらりと一筋の赤が降りた。 それを見ると――少女もまた、彼を憎みきれない己を自覚するのである。 両手を広げると、それにつられて淡金色の長い髪もふわりと宙を舞う。 裸体は彼女の外見年齢に合わせた人間の女性のそれと限りなく近く――されど美しく―― そして長く伸びた海豚のような尻尾、鰭を思わせる羽根などの生えた身体は、 少女がやはり竜であることを否定しない。だが少年にとってそんなことは些末事であった。 今、目の前にいる女性が、自分のためだけに身体を開いているという事実の他には。 少年は招かれるままに、竜の懐に入り込んで彼女の胴をぎゅっと抱く。 それに応えるように、少女もまた主の背に手を添え――優しく、腕と羽で包む。 彼女の両乳房の間に、少年の頭は埋まる。胸の谷間に鼻先を押し付けて、あわいの臭いを嗅ぐ。 血で蓋をされてなお、彼の鼻腔は貪欲に目の前の雌の香りを吸い上げていた。 もぞもぞと動く小さな三角錐の感覚に――少女の体温は自然と上がっていく。 耳で柔らかな乳房を漕ぐように、ぐりぐりと頭を動かしながら己の頭を擦りつけると同時に、 密着した臍と臍の合間に生まれては消える陰圧の心地よさに、少年は夢中になった。 無論、彼女の側の臍の奥、その直下に己の種の着くことまで想像していたとは言えまいが。 少女はやがて、腿に擦り付けられた――弾力ある一本の熱の存在に気付くのである。 認識してしまえば、無視するわけにいかなかった――“それ”のために自分はここにいるのだから。 同僚たちの恋焦がれてやまぬもの。己に永遠の先の生き様をくれるもの。 異性と交わった経験のない彼女には、ここから先は未知の領域である。 進むための道標は、同僚たちから吹き込まれたあれやこれや、か、 もしくはそんな彼女たちを食い荒らしてきた、この小憎たらしい坊やの手以外にはない。 そして前者が頼りにならぬことは、先ほど彼に一発かました時の反応で明らかであろう。 されるがまま、というのは竜の矜持において受け入れがたくはある。 しかしつまらないことに拘って初めての交尾に失敗するのは、それよりもっと恥ずかしい。 その折衷案である――せめて顔だけは見られぬようにと手と角、羽先で隠し、 身体だけを彼に正対するように、無防備に開いてみせるというのは。 だが、顔を隠すということは――彼からの行為もまた、見えぬということ。 確かめるようにその腿を――吸い付くような肌を彼の指が撫でた後に、 生温かなものが、蛞蝓のように軌跡を残しながら付け根へと這い上がる感触によって、 少女の中のなけなしの覚悟は、すっかり蕩かされてしまったらしかった。 決して、大きくはない。だが経験はそれを十二分に補いうる。 痛みで正気に引き戻され、己の戦略的失敗を悟った彼女は、せめて敵の顔を見ようとした。 それが勝ち誇るようなものであれば――彼を嫌うこともできたであろうから。 果たしてそこにあるのは、眼前の女体一つにのみ全精力を注ぐ滑稽なまでの雄の姿だった。 そこに悪意というものを見ることができないと――振り上げた拳は己自身を打つ。 彼女は彼を不要に嫌おうとしていた自分自身、竜の身に拘り過ぎていた己を嗤う。 こうして肌を重ねている男女の間に、種族の違いなどというものを持ち込む不粋さを。 同僚たちが、遥か年下の彼に入れ込む理由の一端が――微かに視界の端を掠める。 この行為一つで、彼を全面的に好きになることは彼女には難しいことであった。 嫌いではない、だからといって、誰ぞのように自ら迫ってみせるということまではできない。 だが一度で、二度、三度――そうして繰り返していった先の自分は果たしてどうだろうか? 代わり映えのしない永劫の生命の中、いつ来るとも想像のつかぬ終わりを待つのと―― こうしてほんの僅かにも、己の変化を自覚しながら生きる瞬きに等しい時間と。 ほとんど無意識に、己の下腹部に手をやる――彼女にはその理由を言語化することはできない。 交わるたびに、ほんの少しだけ積み重なっていく熱。子宮を心地よく融かす毒。 主が自分の身体に溺れることを――段々と、嬉しく思い始めている自分がいる。 彼女は今宵も、また作法に則った、儀礼的な挨拶をし――彼に身体を開くだろう。 遠からず、己の内に生命が宿ったときのことを想像しながら。