人々の口から登る靄は、たちまちに湯気に溶けて正体を失ってしまう。 白い柱が喉から生えるのと同時に――堪えきれない歓喜の声もまた漏れ、 目を細め唇を軽く尖らせながら、露天に星の煌めくのを見るのである。 そこに男も女もなかった。若きも老いたるもなかった。誰も彼も口々に声を上げて、 火照った頭で、ぼうっと湯殿の中を見渡し――日頃の疲れを流していく。 からからと軽い音を立てながらドアが開き、また新しい客が風呂場に入ってくると、 すっかり蕩けた先客たちは、反射的に――より正確には儀礼的にそちらを見やったのち、 また自分の肉体が、湯の中に融けていくのに夢中になるのが常である。 相手が若い異性となればなおのこと、その姿をまじまじと見るのは無粋に過ぎる。 けれどその顔の上を撫でる男たちの視線は、再び己の身の上に戻りなどしなかった。 彼女の整った容姿、ぷるりとした唇を見るにつけ、湯船とはまた違った熱が身体を巡る。 その顔に、見覚えのあるものも少なくなかった――十年にも満たない前のこと、 まだ高校生だった彼女がステージの上で踊り、歌い、耳目を集めた姿も記憶に新しい。 口にこそ出さずとも、その名を頭の中で幾度か繰り返し、夢や幻でないことを確かめる。 頭の上でくるりと纏められた濃紫の髪は、確かに彼らの脳裏の髪型とは異なっていたものの、 その形は――これから彼女がこの混浴の温泉の中に入るつもりなのだ、ということを、 何よりも現実味を持って人々に印象付けた。彼らの喉はいつしか息を吐くことを忘れ、 失礼と知りながら――ただ無言のまま、彼女の肢体を頭の上から足先まで隈無く見下ろす。 老若男女のそんな視線を受けても、僅かにも怯む姿勢を見せなかったのは、 彼女がかつて母校の命運を背負ってアイドルとして活動した経験からであったろうか。 あるいはそもそも、己の肉体に何一つ恥じるところなどないとの自負のためであろうか―― 彼らはその堂々たる微笑に、いっそ気圧されてすらいた。自然と視線は顔から逃げる。 そして窮屈そうにバスタオルに包まれた、彼女自身の頭ほどある大きな乳房へと向かう。 記憶の中の姿よりもさらに数回り膨らんでいるのは、それだけ彼女の身体が成熟し、 すっかりと大人の女の色香を身に着けた証左でもあろう。 それまで散発的に発せられていた会話は彼女の出現によって諸共に断ち切られ、 ただ響くのは、水滴が洗面器の裏に当てて立てる高い音か、湯の流れる低い音だけだ。 人々は呼吸の音さえも聞かせてはなるまいと合図でもし合ったかのように揃って黙り、 彼女の、混浴は初めてだ――などという言葉が誰に向けてのものかを探るように視線を重ねる。 恥ずかしがる風もないその態度と言葉とは、ひどくちぐはぐなようであったが、 そこにいる誰も、そのことを指摘できるだけの冷静さを持つものはいない。 一歩、歩く。わずかに体幹が揺らいだのを見て、幾人かは思わず駆け寄りそうになった。 本能的に――彼女の身体、丸みを帯び、前方に突き出した腹部の中身を想いやってのことである。 だがその心配など不要かのように、多少の揺れこそあれど足取りは確か。 月明かりと電灯によって煌めく足元の水溜りなど意にも介さず、 さながら、自分自身のためだけに用意されたステージの上を進んでいくかのよう。 細やかな鼻歌をも聞き逃すまいと、人々は喉に唾の降りる音さえ出さずに、黙り込む。 湯船まで数歩を残した距離にて、ふと、彼女は何かを思い出したように立ち止まり、 湯の中に煮られる男に向けて、にこりと――蠱惑的な微笑みを投げかけた。 男は湯の中から身体を半分起こしながら、何か制止するような言葉を口の中で小さく呟いたが、 却ってそれは彼女の――他者に、今の自分の身体を見てほしいという欲求を燃え上がらせた。 彼の言葉に返すように――バスタオルの前を開き、白い布の中に包まれていた肢体をさらけ出す。 拘束を失った乳房は重力に従って前側に頭を垂れるがごとくに俯き、 生地の上からでも盛り上がりの顕著だった臍は、その皺さえくっきりと見えた。 ぱんぱんに張った腹部を縦断する正中線は出臍を跨いで股間まで綺麗な直線を描き、 それに従って視線を降ろすと――手入れしきれていない陰毛が、見えてしまうのである。 男は慌てたように湯船から飛び出て、彼女を諌めた――だが悪戯気な表情は変わらない。 自分は元アイドルであり、人前に出るのが仕事であって見せて恥ずかしいところはない、と、 いかに本人が豪語したとて、妻のそのような姿を衆目に晒すのは、容易に呑み込めまい。 まして、ぷっくり出た臍も黒く染まって広がった乳輪も――公共の場にはあまりに淫らすぎた。 布の中に押し込められていたそれらの暴力的な淫猥さは浴客たちの思考を粉々に打ち壊した。 やはり無言のまま、若き夫婦が目の前で繰り広げる痴話の出汁にされるばかりである。 かつては憧れの対象として、同性からはああなりたい、との言葉を受け―― 異性からは、彼女にしたい――引いては、自分のものにしたい――そんな欲望を受けた人が、 今やもう、あの男の妻として、若く瑞々しかった肉体をあんな風に作り変えられてしまった。 湯船に入る前には、掛け湯をするのがマナーである。掛け湯をするには脱がねばならない。 そしてここが混浴である以上、周囲の人間に裸を見られたとて、そちらの方が自然なこと。 その論法をひっくり返せるだけの説得力を、今の彼は持ち合わせてはいなかった。 二人きり――より正確に言えば三人――での温泉旅行の中で、 他者に妻を見られたくないという独占欲と、大浴場で彼女を歩かせたくないという心配から、 妻を部屋に残して一人で大浴場に行ったのは彼の落ち度である。 その点を持ち出されたなら、黙って言いなりになって、洗い場に連れて行くのが妥当だろう。 それでも男は、妻の肢体を他者に見られることを嫌がって、肉の衝立になろうとした。 自分だけが見ることを許された三つの丸みと一対の黒く輝く宝石とが、 二人だけの時間を知らない第三者の前に露わとなるのを恐れたのである。 しかし視線は三百六十度、風呂場の全域から彼女に向けられている。 男一人で隠せる範囲は知れていて――そうして半端に隠されているということ自体が、 秘されるべきものが晒されている、という興奮を一切の胸中にもたらすだけ。 まして、隠されている本人が、何も気にしていないかのように乳房と腹をゆさゆさ揺らし、 妊娠によって大きく変化した箇所を、恥ずるどころか誇ってさえいるとなれば、 視線はいよいよ、相手が人妻であるという遠慮さえ失っていくようであった。 彼らの妄想の中で、重たげな爆乳はどれだけ乱暴にこね回されたことだろう。 むっちりした尻たぶに、指の食い込む感触を夢想したものはどれほどだろう。 ぷるりとした唇に己の唇を重ね、舌を絡ませ――そんな邪な考えを咎められるか? いざ洗い場に着いてしまうと、女は夫の言うなりに、大人しく身体を擦られ始める。 泡がもこもこと、彼女の肌を覆い――獣じみた視線から、黒々とした乳頭を隠す。 倫理を失い始めていた人々は、そこでようやく人間としての己を取り戻す――が、 乳房の下側、腹との接地面を洗ってくれと彼女がせがみ――男がそれに応じて、 巨大な脂肪の塊を実に重たそうに持ち上げるのを見るにつけ、 妄想の中の乳房の重さの実体を、彼の指の震えから実に生々しく想像した。 そして若さのある張りのある肌が水を弾くのも――艶めいた髪が一層黒く光るのも。 洗う最中で夫に何か耳打ちされたか、湯船に向かう彼女の歩みはいくらかお淑やかになった。 それでも、ちらちらと覗く乳首をわざわざ隠すようなことはせず、 穏やかになった乳房のたわみは、その柔らかさを人々に想像させるに十分だった。 湯に浸かれば、自然、脂肪の塊は浮く――ぷかりと浮かんで左右に広がる乳房は、 その上端の白い滑らかな肌の、赤く染まっていく様をありありと見せる。 夫がちょうど座椅子のように彼女の下に座って、二人分の重みを受け止めているものの、 湯船の中に起こる緩やかな水流に身体はゆらゆらと揺れるために、 彼の手は妻の腹部と乳房を下から支えるように回されていなければならなかった。 彼以外の誰にも聞こえないように――触るだけでええん?と関西弁交じりの声が囁く。 周囲の人々に聞かせるために、自分は幸せ者だ、とうっとりした声で語る。 いくら老若男女の裸の社交場とはいえ、性的な行為はご法度――なのに、 彼女の先ほどの振る舞いは、その一戦を自ら超えていこうとするかのようである。 腹部を撫でる彼の左手に自らの左手を重ね――乳房を支える右手を、下から絡め取り、 下から持ち上がってくる固いものの感触を味わうようにゆっくりと尻をくねらせて煽り―― 男が限界を迎えそうになった矢先、彼女の方が先に表情を驚愕に歪ませた。 乳首の先端に、薄っすらと白いもやがかかっている――それは止まることなく、 慌てて左乳房を持ち上げた彼女自身の指の隙間から、ちょろちょろと白い滴が垂れた。 湯の中で、夫に触られ人々に見られ――熱と興奮とに身体が温められていくうちに、 彼女の乳腺は、すっかり開ききってしまっていたのである。 共用の湯を汚してはいけないと、男はこのハプニングを幸いに妻の手を取り、浴場を後にする。 床には所々、白い跡がぽつぽつと残っていた。彼女の実在を証明するものとして。 身体が温まりきる前に湯から出たせいか、二人の身体はどこかひんやりと冷たい。 浴衣の隙間から入り込む指先も、その触れた肌も、ぞくり、と背筋を震わせる。 母乳パッド越しにも香る、甘いミルクの香り――浴衣の中にみちみちと詰め込まれた、 妻の乳房を服越しにこねながら、男は無言で彼女を部屋風呂へと押し込んでいく。 半端に終わって我慢しきれなくなったのは、何も彼の方だけではない。 夫の唇に自ら唇を重ねる――有象無象の妄想の中で汚されたのを拭い去るように。 情熱的で、甘えた舌の動き――脱がされながらも、口付けはやめない。 足元に落ちた二人分の浴衣を足先で脱衣場の隅へ蹴り飛ばしながら、 二人はもつれ合うように、浴室の中へと歩みを進めるのであった。 いまだじんわりと、白い雫の垂れる黒い乳輪――男の指がその円周を撫で、 二人の唇へと、直に生まれ出でる我が子のための母乳の味を知らしめる。 そして、彼の指は十本がかりで、妻の乳房の付け根に張り付き――搾る。 牛の搾乳を思わせる手つき。容赦なく、全てを搾り出さんばかりの力。 開いたままの蛇口からは、勢いよく白い筋が噴く――びちゃびちゃ、と音を立てながら、 浴室のタイルの上に、いくつもの水たまりができては、湯気に熱されて香りを放つ。 ふと男は思いついて――たらいの一つを彼女の乳首の向く先に置いた。 液面に母乳の跳ねる音は一層大きく、壁と天井を跳ね回り――二人の耳にも届く。 捨てるのが惜しいほどの量が、決して小さくはないたらいの底から指一つ分は溜まる。 やがて男の指先は乳首から、彼女の下腹部へとゆるゆると降りていく。 途中、膨らんだ臍へ手にべったりついた母乳を塗りたくるように撫で回したのち、 下腹部の張りと重さを支えるように、すり、すり、とこれまた手の液体を擦り付ける。 自分の種を受けて孕んだ雌の、体型の変化を存分に味わうかのような指遣い―― 雄として、己の番の孕んだ姿を他の雄がじろじろ見るのはひどく不愉快なことであった。 と同時に、彼らの視線を釘付けにするだけの美しく優れた雌を独り占めしている、 そんな優越感もまた、彼の心を両面からもどかしく炙っている。 この世にただ自分しか、この身体を好きにすることはできない―― この雌の卵子は、自分の子を孕むためだけにしか使われない―― その事実があってなお、彼は彼女が自分だけの存在であることを“再確認”したがった。 尻たぶに擦り付けられている、熱の塊――大浴場の中で当たっていた時よりさらに固い、 これからお前を孕ませるぞ、という意志の具現体のような、屹立した性器。 これまた先ほどとは逆に、静止の言葉を彼女が吐く――当然、止められるわけもない。 大きく実った臨月胎を後ろからバスケットボールのように指を開いて捕まえて、 がつん、がつん、と激しく打ち付け――中を抉り、わからせてやる。 乳を搾られているうちに出来上がってしまった身体は、素直に夫の愛情を受け入れて、 愛液でてろてろに蕩けた膣内を、男の性器が何度も何度も滑らかに往復していく。 二人は何度も何度もお互いの名を呼び――次第に喘ぎ声だけが浴室には残り、 身重の身体を、ただ興奮を加速させる道具として使う二匹の獣へと成り果てていく。 抽挿の勢いで揺れる腹、それに持ち上げられて上に――左右に振れながら落ちて戻る乳、 白い軌跡を中空に投げかけては汗をあちこちに跳ね飛ばし、結合部から汁が垂れる。 妻の腹を鷲掴みにしつつも、男は指先に返る生命の固さを味わっていた。 きっと元気な子を産んでくれるだろう――そう願い、彼女の尻肉を激しくたわませて。