彼女は反出生主義者ではない――が、子を持つことに話題が移ると、途端に口数が減った。 子供が嫌いか?否。家族との諍いがあるか?否。世界や人生に絶望しているか――否。 太古より連綿と続けられてきた生命の営み、雌雄の交わりて子を成し、産み、育てること。 その行為の意味も、重要性も知っている――そして教会では行き場のない少女らの母代わり。 ただ“それ”が実際的なこととして、己の身の上に差し掛かる兆しを見せた途端、 どう見ても不自然な風に、その話題を避ける。触れてはならぬ、禁忌の箱でもあるかのように。 少女らに向ける視線には、ただの慈愛を超えた何かさえあるように思われた。 神に仕えるものだから――そもそも彼女が優しいから――本当にそれだけであったろうか? 冗談めかして、ママ、と呼ばれた時の顔たるや。細めた目は、困惑と何らかの感情の狭間に、 青緑の瞳の色を、くっきりと見せるのである。唇もまた小さく、悩ましげに皺を寄せる。 そして“本当の”母親――友人たちより一世代上の、今や伝説ともなった未亡人を見ると、 彼女の微笑みには、隠しきれない羨望と憐憫とが、ちらちらと覗くのであった。 だが、後者は友人の亡父に向けてではなく――形なき誰かに向いていたかもしれない。 教会への居候たちへの無際限の優しさは、その質を取ってみても実の親子のそれと変わるまい。 そしてそれだけ老成しきるには、彼女は遥かに若すぎるのである。 一人の人間が将来に持ちうる感情と情熱とに総量があると仮定するならば、 慈愛に振り分けられた分だけ、他の何かが疎かになるに違いなかった。 けれども彼女の人格的な部分に、明確な欠落が存在するという証拠はない。 過度の愛情が、時に他者には持て余されるという事実こそあれ――やはり問題は、 その感情の源泉は何か?というところに回帰するのであった。 街中で、子供連れとすれ違うと、彼女の目つきは尚更、件の愁いを帯びる。 柔らかく結ばれたその唇がらは、ため息にもなりきらない微かな呼気が漏れるのであった。 それは時に、言葉の切れ端をさらに強く噛み砕いた、意味をなさない断片として現れる。 その様子を隣で見る彼は、何度もそれを頭の中で繰り返し、端切れを組み合わせていく。 子供――いつか――でも――私の――血――そんな暇潰しに耽っているうちに、 彼女の指は、自身の大きな胸の上で、何かを掴むように小さく開いては、また拳を形作っていた。 乳房に触れようとしているようでもあり、腕の中に収まる程度のものを抱くようでもあり。 その指の動きさえも、隣の人に感づかれてはいけないと己を強く律しているのである。 下腹部を擦る指――服越しでさえ、その触れている場所がどこかは明白だ。 そういう時は決まって、彼にどこか拗ねた目線を投げかけもする。 相手がそれに応えて振り向けば、指は臍下からごく自然に腿の方へと動き、 あたかも、何の気なしに手が降りていただけであるかのように振る舞う。 何か用かと問われても、問われてから絞り出したような言い訳をして取り繕う。 そして決まって、自分の血筋を――悪鬼妖魔を祓う狩人の末裔としての自覚を語るのである。 使命感や矜持に塗り固められた言葉の下から、呪詛にも近しい地肌がちらほらと覗く。 転機は彼が友人から――この世に二人といない相手へと変わった日のことである。 瞳はやはり青緑の、吸い込まれるような光を纏って眼下の青年に向いていた。 無窮の愛を語る口ぶりに変化はなけれど、頬には赤みが差し、唇も艶めいている。 彼の手を取り、己が内なる呪われた血のことを語った――いや、それは改めての説明ではない。 相手からの愛情の実存を確かめた上での、自分の全てを受け止める覚悟はあるかという、脅迫。 子を生すことを諦めていた女に、未来への希望を抱かせてしまった罪深き彼への最終確認だ。 呪われた血をつなぐだけの覚悟があって――私をこうしたのだろう、と。 夜魔さえも怯えるような、淫蕩な微笑みのどこに、聖職者の面影があろう? 彼女の膂力にて壁に押し付けられた男には、もう、逃げる先などどこにもない。 開き直ったように、彼女の大きな胸を鷲掴みにする――共犯者の唇を、ねぶりながら。