メルルが死んだ。マーゴが死んだ。ココが死んだ。ナノカが死んだ。 まるで呪いのように一人ずつ、この牢屋敷は皆を蝕み殺していく。 「ヒロ……」 「どうした、アンアン」 『聞きたいことがある。殺人事件はどうすれば止まると思う』 「……」 それがわかるなら、私が事前に止めている。 しかし、ただわからないと言って突き放すのもわざわざ聞いてきたアンアンに失礼な気がした。 >[アドバイスする] [私が正してみせる] 「……この牢屋敷での殺人は魔女因子による影響が大きい」 「それをどうにか抑制させれば……」 『抑制……方法はあるのか?』 「今までの事件から考えるに、魔女因子には精神の影響が強く働くようだ」 「ならば、精神を安定に保つことが出来ればあるいは……」 『殺人を、笑い飛ばすなんてどうだ。事件が怖くなくなれば安定するんじゃないか』 「やめた方がいい。今の状況で事件を茶化すなんて人の神経を逆撫でするようなものだ」 『そ、そうか……』 何やらアンアンががっかりしている。今の会話にがっかりする要素があっただろうか。 「笑わせるのは駄目か……。安定……安定……?」 暫く落ち込んでいたアンアンだったが、ふと何かに気付いたように顔を上げると 僅かに手を震わせながらスケッチブックに文字を走らせる。 『安定……ではなく、一定に出来るなら、どうだ?』 「……精神の一定化? 何を言ってるんだ君は」 人である以上、喜怒哀楽は存在する。 そして加えてこの劣悪な環境で精神を一定にするなど、出来るわけがない。 「人間には不可能な所業だ」 『そう、だな……』 再びアンアンが暗く落ち込む。このまま否定し続けるだけなのも収まりが悪いか。 「だが……もし仮に出来たとすれば可能性はある、のかもしれないな」 確実とは言えない。 だが、状況証拠としては無根拠とも言い切れないそれを口にすると、アンアンが顔を上げる。 『ヒロは人が死なない方がいいか?』 「当たり前だ」 『悪いことをしてでもか?』 「……?」 アンアンの意図を測りかねる。彼女は何が聞きたいんだ? 悪いことをするから人が死ぬのであって、悪いことをして人が死なないとは一体どういう……。 ――いや、私もこの裁判で生き残るためにいくつかの偽証はしてきた。 過程に間違いがあったとしても、それが結果として正しくなるのであれば……。 「悪いことは正しくない。だが、人死には最も忌むべきことだ。それを避けられるなら多少の悪事には目を瞑ろう」 ――本当にそうか? 私自身、自分の言葉に疑念を抱きながらも言葉を紡ぐ。 するとアンアンは何かを決意したかのように、その口を開いた。 「そうか。そうだな……」 「【ヒロ、話がしたい。いっぱい】」 ―――――――――――――――――――――― 「起きて、起きてよ。アンアンちゃん」 「んぅ……」 布団が優しく揺らされ、アンアンは目を覚ました。 その視線の先ではエマが優し気な笑顔を向けている。 「やっと起きた。おはよう、アンアンちゃん」 「【おはよう……今何時だ】」 「えっと……確か12時だって」 「【そんなに寝たか……よく起こしに来たな】」 「当然だよ。だってボクはアンアンちゃんのお婆ちゃんなんだから」 エマの言葉にアンアンの胸が一瞬ざわめく。 僅かに深呼吸してそれを収めると、アンアンはベッドから抜け出した。 「ほら、アンアンちゃん。早く食堂に行こう。家族で待ってるよ」 「【……わかった】」 エマと共に食堂に向かうと、そこにはレイア、アリサ、シェリーの姿があった。 「チッ……おせえぞ、夏目」 「【……すまない】」 「ボクも起こすの遅くなっちゃった……ごめんね」 「……別に。桜庭の所為じゃねえよ」 アリサの隣にエマが座る。 アリサは鬱陶し気に、しかし満更でもなさそうに肘をつく。 「まあ、そう責めないであげてくれ父さん。アンアンくんは昨日も夜遅くまで私たちの相手をしていたんだから」 「だからって、こんな時間まで寝てること無いだろ」 「まあ、それはそうとも言えないが……参ったな。キミからも何か言ってくれないか、ハンナくん」 「いいえ、ここはお義父様の言う通り。あなたも、お義母様もアンアンさんに甘いですわ」 レイアの言葉を受けて厨房にいたらしいハンナが、料理が盛られた大皿を持って出てきた。 「私も手伝おう」 「い、いいんですの? これはわたくしの役割で……」 「愛する妻を助けるのも、夫の役割の一つさ」 「な、なな、なにいきなりノロケてやがりますの!」 真っ赤に照れるハンナに対し、レイアは苦笑気味に皿を持つ。 テーブルに置かれた料理はハンナが作ったためか以前のような料理のような何かと違い、しっかりと調理されたものだった。 「はぁ、おかげで料理が冷めてしまいましたわ。折角、朝から手間を掛けましたのに」 「【……朝から? 朝食はどうした】」 「食べてねえよ。食事は家族皆が揃ったら食べるもんだろ」 「【……今度から、腹が空いたら食事は好きにしたらいい】」 「そうですか? なら今度から温かいご飯が食べれますね、ハンナ姉さん」 「食べれますねじゃねーですわよ。いつも食べてばっかりで何もしてねーんですから、偶には作るのも手伝いなさい」 「えー、でもそれって叔母の役目じゃなくないですかー?」 「【……家族を手伝うのは、普通のことだ】」 「それもそうですね! なら、これからシェリーちゃんはお助けシェリーちゃんに進化しますね!」 「そうしてくれるとこっちも助かりますわ。じゃあ、まだキッチンに料理が残ってますので運ぶの手伝ってくださいまし」 「はーい!」 「おやおや、これは役目を取られてしまったかな?」 「いえいえ何言ってるんですか。二人でハンナ姉さんを手伝えば効率も二倍ですよ!」 「確かに、それもそうだ」 シェリーたちのやり取りを見ながらアンアンは周囲を見回す。 見当たらぬメンバーが何人かいる。 「【他の皆はどこだ、エマ】」 「えっと、ミリアちゃんは娯楽室、ヒロちゃんは図書室。ノアちゃんはアトリエにいると思うよ」 「【連れてくる】」 アンアンが席を立つと、食堂と厨房を行き来していたシェリーが背中越しに声をかけてくる。 「アンアンさん、頑張ってくださいね」 「【……わかっている】」 ―――――――――――――――――――――― 食堂から出てまずは娯楽室に入ると、ソファに腰かけホラー映画を見ているミリアを見つけた。 「あれ、アンアンちゃん来たんだね。おはよー」 「【おはよう、ミリア。映画を見てたのか?】」 「うん、アンアンちゃんと一緒に見る映画。何がいいかなって夜通し見てたんだ」 そういうミリアの目の下には隈が出来ていた。 「【寝てない……のか?】」 「そうだね。ちょっと眠いけど、それよりアンアンちゃん。おじさん色々見つけ――」 映画の話をしようとするミリアの言葉を、アンアンは遮るように呟く。 「【寝たいときには寝ていい】」 「そ、そうかな? じゃあ、叔父さんちょっとひと眠りしちゃおうかなっと」 「【……あと、今度から食事したくなったら好きにしたらいい】」 「そう? じゃあ、叔父さんお腹空いたしご飯食べてこようかな」 「【……眠いんじゃなかったのか?】」 「それもそうだね、じゃあやっぱり寝ちゃおうかな」 「ッ……! ……【眠い時は好きに寝ていいし、食べたくなったらいつでも食事していい。優先順位は任せる】」 「ん、わかったよアンアンちゃん。じゃあ、叔父さんちょっと寝て、起きたらご飯食べて、そしたら一緒に映画見ようね」 「おじさん、いくつかオススメ見つけちゃったんだ。アンアンちゃんもきっと楽しんでくれると思うよ」 「【……それは楽しみだ】」 アンアンがそう言うとミリアは満足気にしながら、ソファに沈むように眠りに入った。 「【……おやすみ、ミリア】」 ―――――――――――――――――――――― 図書室に入ると、ヒロが机に向かい本を広げていた。 「【ヒロ……】」 「その呼び方は正しくないな。ヒロお姉ちゃんだ、アンアン」 呼びかけるとヒロは本を閉じ、それが礼儀だと言わんばかりにアンアンの方を振り向く。 「【ヒロ……お姉ちゃん。食事の準備が出来た。行こう】」 「もうそんな時間だったか。ずっとここにいると時間の流れが狂うな。これは正しくない」 「【そうか。なら、ヒロお姉ちゃんは自分が正しいと思うことを…………】」 「……どうした、アンアン?」 「【いや、なんでもない。時計をここに置く。これで、規則正しい生活を送れ】」 「時計を置いてくれるのは助かるな。さて、食事の時間だな。君も来るんだろう?」 ヒロが椅子から立ち上がると食堂へと向かおうとする。 それに対してアンアンは立ち止まる。 「【わがはいはこの後ノアも連れていく】」 「そうか。わかった、なら先に行ってよう」 背を向けるヒロにアンアンはとっさに声をかける。 「【ヒロお姉ちゃん……あれから、殺人事件は起きてない……ぞ】」 「ん? ああ、家族仲がいいからか、最近は安定しているな」 「精神を保てば魔女化は起こりにくくなる。予測ではあったが、そう間違いではなかったみたいだね」 「【……そうだな。ヒロお姉ちゃんは……凄い】」 「ここの本を調べ続ければ、更に解決の糸口が見つかるかもしれない。私はそれを探し続ける。そのためにもまずは食事で体力をつけないとな」 そういって図書室から出ていくヒロの背中をアンアンは見送った。 「【……頼りにしてる。ずっと】」 ―――――――――――――――――――――― アトリエに入ると、部屋は白く染まっていた。 誰にも抑制されない、自由に絵を描いている本人は、部屋の中央でまた新しい絵を描いていた。 「【ノア……】」 「あ、アンアンお姉ちゃんだ!」 アンアンの姿を見ると、ノアが近づいてくる。 「【部屋、真っ白だな……】」 「うん。お姉ちゃんに自由にお絵描きしていいって言われたから。色々やってみてるんだ!」 「【そうか……それから、食事の時間である】」 「あれ、もうそんな時間だったの? じゃあ、一緒に行こ、アンアンお姉ちゃん」 ノアが手を差し伸べる、それをアンアンが掴むと共にアトリエから出て食堂へと向かう。 「アンアンお姉ちゃん最近髪伸びたね」 「【そうか?】」 「うん。羊さんみたいでもこもこしてるよ」 「【そうか】」 「あと、爪もちょっと伸びちゃってるかも」 「【そうか?】」 「後でのあが、ぱちんぱちんってしてあげるね」 「【うむ】」 「……アンアンお姉ちゃん、最近笑顔少ない」 「【そう……か?」 「うん。のあ、アンアンお姉ちゃんは笑ってる方が好きだな」 ノアに言われ、アンアンは意識して口角を上げるよう力を籠めていく。 「ど、どうだ、ノア。わがはいは……うまく、笑えているか?」 「んー……うん! とってもいい笑顔だよ、アンアンお姉ちゃん!」 「そうか。【わがはいはこの笑顔であればいいんだな】」 アンアンが呟くと自分の顔にぺったりと何かが張り付いたような違和感がした。 しかし、その違和感も少しの時間を置けば日常になっていく。 笑みを浮かべながらアンアンは思い出す。 ノアに、皆を笑わせてやると約束したことを。 「【皆笑顔の方がいい。そうだな、ノア】」 「うん! ノアはそっちのほうがいいな!」 ノアの返答に、アンアンは意志を新たにする。 「【誰も、誰かを殺さない】」 「【わがはいも誰も殺さない】」 「【わがはいが、皆を笑顔にしてみせる】」 BAD END