目の前には食事が広がっている、私も手伝ったんですよ!と、胸を張るシスタモンを見る、嘘つけ、お前はせいぜい配膳の用意…いや、それでも手伝いは手伝いか、ともかく、料理が並んでいる。  シスタモンが要求した通りの物だった、ちょうどよくこげの付いたトーストに、カリカリのベーコンとオムレツ、レタスとトマトのサラダ、流石に出来合いだろうコンソメスープまでついている、久し振りに食事らしい食事だった、喉がなる、普段適当な食事をしているからと言ってよい食事を良いと思う感性は捨てていない、だからこそ良いのだろうか、と、そんな気分が産まれた、ねんりは護衛対象だ、そんな相手から食事を頂くなど警察官としてどうなのだろうか、職務上色々厳しい規制もある、例えばもの探しを手伝った後にお礼の品として缶ジュースなどを渡されることがあるがこれを受け取ることは固く禁じられている、これはどういうことに当たるのだろうか、必要ではあるが、しかしダメと言われればダメともとれるライン。 「大和さんどうしたの~?」  悩みが顔に出ていた、すぐに顔を振って、 「コーヒーが欲しいな、と、思いまして」  内心の葛藤が大きな声を出させている、普段ならばシスタモンに翻訳させねば会話にならないが、ああ、きっとこの状況がそうだ、女性と一緒と言う状況が落ち着かなさを助長している、あるいは逆、女性といる状況で高鳴る心があった。  コーヒーが欲しいというのはごまかしであり同時に本音であった、今の内心をカフェインで抑えたいのかもしれない。  なにより大和はカフェインを必要とする、朝、寝ぼけ眼を一度缶コーヒーで覚ましてもすぐに次を求める、身体に言い訳はないと言うことは分かっていた、成人男性の摂取目安量を普段から倍は取っていることは自身自覚していた。  だから普通に飲んでももう効くものでもない、1度カフェイン抜きをしなければ恐らくはむこう何十年は意味がない、儀式、ともいえる。カフェインを取り入れるという儀式。  だからきっと今のこれはすべてがないまぜになった言葉だ。 「そっかぁ…あ、そうだ、それなら!」  言い、ねんりはキッチンの収納から何かを取り出した、ツヤのある正方形に台と取っ手、投入口かある、そして正方形の一面には取り出し口、コーヒーミルだ。しかしあまり使われた様子はない、やや真新しいくらい。ねんりは付属の刷毛で投入口を軽く払って埃やカスなどを落とす、見惚れた、慣れた手つきだではない、しかしその動作はどこかつややかだ。そのままに豆の保管をしているだろうケースからこれも付属の匙で3度ほど投入口へ落とす。女性にはやや力の居る仕事なのか、気合いを入れる声とともに取っ手が回り始める、豆がミルで挽かれるおとがする。硬く、乾き、粉になる。 「普段は…」  自分には珍しいほどに、穏やかな声だと大和は自覚した、 「ん~?どうしました~?」  ねんりが笑みを浮かべて問い返してくる。息を飲み、言う、 「コーヒーはあまり飲まないのですか?」  どんな質問だろうか、いや、普通だろうか、大和の内心があまりに真っ白になる。なれた男ならこんな事言わないんだろうなと赤面し、縮こまりそうになるが、年利は笑った。普段はあんまり飲まないんだけどね、と言う言葉とともにまだ取っ手を回し続ける。 「騎士くんはねぇ、あんまり苦いの好きじゃないんだよぉ~でも、飲みたいって言うから買ってみたんだけどん、あんまり使わないからちゃんと使ってあげれて嬉しいですよ~」  なんでばらしちゃうのねんりぃ~!?と言う声はスルーされた、はた目から見れば粗雑な扱いだが、しかしそれでもどこか優しさを感じるのは互いに信頼があるからなのだろう、とてもいいことだ、シスタモンを見る、こいつ、出来た料理をまだ食べてはいけないのかとみている、少しくらい待つと言うことを覚えたほうが…いや、一応待ってはいるが表情の中にしまう努力をしろと、そんな気分になる。  まあ、いい、 「ねんりさん…よろしければ変わりましょうか?」  そんな声をかけたのはねんりが大変そうだった、それだけでしかない、大和は自分を警察官と認識していて、困ったことがあれば手を差し伸べたいと思っていて、今もそんな心から出た、しかし、あ、と、もしかしたらまずかったかもしれない、差し出口だったか、自分のやっていることにケチをつけられるのが酷く嫌いな人間は男女ともにいる。もっと柔らかい聞き方から入れたと後から後悔。  しかし、ねんりはまた笑う、 「ならお願いしちゃおうかな~」  なら、とミルを渡してくる、なんの屈託もなく渡してくれた、そのことがどこか心に沸き立つものを感じさせる。  ゆっくりと取っ手を回し、豆を挽く、突発的に丁寧な暮らしをと思うことは同僚含め誰でもあるらしい、そのときに知識だけ集めて頓挫することも。豆を手挽きで挽くメリットはゆっくりと回し香りを引き出すことができると言うことだ。 「わ、流石力持ち!」  この程度と思いつつ、いえ、とだけ返す、男性が思う以上に女性と男性の筋力差は離れているからだ、男性の謙遜が女性にとっては嫌味に聞こえる事も多々ある、クレーム処理で学んだ、どうせ女にはできないと思っているんでしょう!?とかそう言う金切り声を何度か聞いた事がある、力が原因でのトラブルでだ。  だからこういう時は謙遜を抑えて、ありがとうございますと言うのが一番角が立たない。  流石に男がやれば時間はあまりかからなかった、ある程度余裕を持ってやったとしても、ふう、と、手首の甲の側で額をぬぐった、大した運動量でなくてもすっこしばかり汗ばんでいた、終わりましたよ、と、声をかけようとして、 「……――」  ねんりがこちらを見ていた、ぼうっとした表情で、何があったかは分からないが視線はこちらにあった。 〇  つい、見てしまったのはその挙動があまりにも男性的で、そして目を惹かれたからだ。  男性の身体は見慣れている、裸体もまた。だが、所作というものをちゃんと見ることは普段ない、大和の所作につい目を奪われていた、ねんりじんが自覚して珍しいこともあるな、と思った。男優が同じような動きをしたところは何度だって見たことがあるのに、なぜか大和の動きから目を離せなかった。  なんでだろうと自問する、きっと、と自答した、生活の中に入り込んだ男性だからだ、まだ1日程度の中とは言え、AV女優ではなくただの女性のねんりとしての側に今大和がいる。私ってこんなにちょろかったかな~?と、そんなことを思った、ちょっとした男性の動作に見惚れる事なんてあるのだろうか……いや、あるかもしれない、女優仲間がつい見ちゃう男性の動作、なんて話をしていたのを思い出す。  なら本当は男性のこういう動きが好きなのかな、と、ねんりは心を揺らした、面白い発見だった。  とりあえず、と、何でもないですよ、と、誤魔化して席に座った、ケトルにスイッチは入れておいた、まずは食事だ、と、余り時間をかけ過ぎれば覚めすぎる、皆で食べましょう!と、声を上げた。 「ひゅぅ~~~!久し振りの本気の朝ごはん~!あ~ねんり様本当にありがとうございます!大和様もほら、お礼!」 「どうしてお前が指図を…いえ、その、とてもありがたいと思っています」  そう言って頭を下げる動作にまた少しだけクラっとする、何かおかしいことになっているような気分だ。だが、そう、きっと問題ない、あとは席について食べるだけだ。  頂きます、と声をかけて食事を口に運ぶ、味がよくできている…そう言えば自分以外に振舞うのは初めてだ、味の加減はどうかを聞こうとして、また目を奪われる、喉仏が動いている、男性の喉に、しっかりと筋肉の付いた男性の喉が、トーストを食べる動きとともに、やっぱり何かがおかしい、この程度の事で、何が心を揺らしているのだろう、ひとめぼれ?それはない気がする、ドキドキはしてもセックスがしたいという訳ではない。  やっぱりさっきの分析が正しいのかもしれない、女優ではない、ただの女であるねんりのあまりない男性とのかかわりに丁度大和の男性性が突き刺さっている、気がする。  そう思うと自分の姿が酷く気になった、女性として恥ずかしい姿として見られていないか急に心細くなった、私はこんな事を急に考える人間だっただろうか?  朝食の味が浮ついて何を食べているか分からなくなる、作ったのは自分で味付けしたのも自分で味見もした、なのにどんな味だったか浮かばない、大丈夫、美味しいはずだし、はずしてない、だから早くこの時間が終わって欲しいと思った、爆発してしまいそうだから。  食事が終わったのは20分くらいしてからだ、空っぽになった皿を見てひとまずほっとした、多分まずくはない。  声が重なるようにご馳走様でした、と、告げる、ようやくひと心地つけそうだ、ちょうどお湯もいいくらいになっている。  大和が何かを言い辛そうにしていた、どこか大型犬のように思わせる、男性を可愛いという同僚がいて、それはしばらくわからなかったがきっとこう言うことを言うのかもしれないと感じた。 「えっと、どうかしました~?」  勤めて平静に問う、大丈夫、演技は得意だ。 「あ、いえ」  ばつが悪そうに大和は応える。 「その、コーヒーを頂きたいのでドリップと、マグカップを貸して頂ければと」  あ、と、今更気付いた、コーヒーを飲もうとしても容器がなければ飲めるわけがない、あ、いま、出しますと、つい慌てた、どうも今日は何かがから回っているようでいつもなら気付きそうなことも頭の中から抜けている、そしてそのせいかあまりにも急ぎ過ぎた、少し大きめのマグカップを取り出そうとして、滑る、指が、落ちる、がちゃん、ぱりんっ、音を立て、カップが割れる、反射的に離れてしまった、肌が傷つくのを恐れて。 「大丈夫ですか!」  大きな声、大和の物だ、すぐに駆け寄って前に、割れたカップの大きな破片を拾い上げて、 「何か新聞やチラシ…包むものを!その後箒と塵取りを貸してください…それと雑巾もあれば、あ、出来れば大きく迂回してください、破片が大きく飛んでる可能性もありますから」  言われるがままに任せてしまった、ひどくはじる、自分の不始末をすべて任せてしまった。ごめんなさい、と言う前に声、 「大丈夫ですか?」  大和の心配そうな声が来る、とっさに言うべき言葉を忘れた、ただ返す、大丈夫ですと、  本当にそうか?もっとよこしまな考えがなかったとは思えなかったか?……ある、わたしは、ねんりは、この心配を喜んでいる。 「よかった」  胸をなでおろす姿にどうしようもなく何か、やましくて甘美な心を感じた、大和は警察官で立派な職についている男性で、そんな男性が何にも代えて今自分を心配している、きっとそれは職務とかもっとそういうもののはずなのに、ただ、自分を、それがどうしようもなく沸き立たせた、ああ、本当に…まったく普段と違う、ん、と、見る、大和の右人差し指の先から伝うように血が流れていた、 「大和さん、それ」 「失礼、多分破片を片付けている時に切ったのかと、これくらいは問題ないですがそうですね…消毒液を――」  言い終わる前にねんりの身体が、顔が動いていた、 「んっ……」  血の流れている人差し指を咥え、舐る、 「んっ……ちゅぅ…れろ」 「あ、え、ねんりさん…」 「れろっ…」  血の味、大和の味、そして一瞬で正気に戻り口を離した、 「あ、あ、あ、ご、ごめんなさ!?」 「その、お、落ち着いて下さいねんりさん」 「お、おおおおおお、おち、おちつ!」  どうも、今落ち着けそうにはなかった。