Prolog・託された勇気、望まれた奇跡 Chapter1・託された【勇気】 デジタルワールドの異変の中枢と思われるダークエリアで真っ先に僕たちを出迎えたのは、「ひと屋」の幹部を名乗る6体の究極体のデジモンだった。 まず最初に不意打ちで正木真也が消えた。1体倒した後に知念大地が消えた。風見愛為理と雷門友華の2人が犠牲になって一番強い1体を道連れにした。 「このままだとみんな死ぬ!いま必要なのは戦う勇気じゃない!!逃げる勇気だ!!」 【勇気】の紋章を持った少女、火置麗子はここで引けないと首を横に振った。 「っ!!2人とも頼む!彼女を連れてってくれ!!」 デジヴァイスに、残った力を流し込む。タンクドラモン……進化させたジャンクモンが傷を受けた痛みを咆哮で掻き消しながら、弾丸を全て……スイジンモンに叩き込み、更に1体倒す。 体が軋む。内臓が灼ける。声を出すたびに喉が裂けて血が噴き出そうになる。2人は?と首を動かした瞬間に兼光輝美と水嶋誠太郎の紋章が、自分の後ろに飛んでいったのが見えた。彼女は、火置麗子はまだそこにいる……逃げてと叫びたかったが、痛みに負けて何も言えなかった。 デジヴァイスを握る手がダラリと力なく垂れたことを感じ取り、まだ終わっていない!と自分を奮い立たせ、すぐに力を籠める。 「逃げてよ火置さん!時間なら僕が」 既にボロボロになっていた彼女のパートナーが、僕を突き飛ばした。その瞬間には真っ白になった頭が、尻もちをついた途端に、絶望の黒い色で一気に塗りつぶされた、 「やだよ、そんなの。僕は、君さえ」 全ての気持ちを伝える前に、【勇気】の紋章と彼女が使っていた真っ赤なデジヴァイスが、僕の目の前に飛んできた。絶望の色が、消えなくなる。震えた声で、恐怖を堪えた彼女が、笑顔で振り向いた。 「今必要なのはね、逃げるんじゃなくて託す勇気よ片桐君」 耳を、塞ぎたくなった。目を、閉じたかった。投げ返すべきだった。それなのに、僕は託されたデジヴァイスと紋章を急いでポケットにしまい込んだ。 「片桐篤人!君が【奇跡】起こすって……私は信じてるから!!」 「やめてよ!!そんなの僕は嫌だ!!」 「アツト!!お前が生き残るんだ!!!」 雄叫びを上げ土煙を巻き起こながら、残りの力を使い切るような速度で走ってきたタンクドラモンが僕の体を引き上げて、そのまま仲間達から離れていく。離せ!と動かない体で抵抗するが、そのまま遠くなる影と音を、感じ取るしか出来なかった。 やがて、大きく爆ぜた音がした。 僕が覚えているのはここまでだ。逃げ込んだ薄暗い森で僕を大木の根元に降ろした後、隣に移動したタンクドラモンは、ジャンクモンまで戻ってしまった。お互い動けず何も言わず、呼吸を整えるだけの時間だけが過ぎていく。 膝を抱えて、大木に体をもたれかけたまま、僕は自分の紫と黒のデジヴァイスと、首にぶら下げた紋章を見比べる。 【奇跡】……起きるんだったら、あの時になぜ起きなかった。何でみんな死ぬことになった。役立たずが。僕がこれまで生き残れた【奇跡】を証明するだけのものなんて必要ない!! 自分の首にぶらさげた役立たずの証を、力の入らない手で握り潰そうと必死になる。やめろ!!とパートナーの怒鳴り声で、向かわせるべきではない怒りの矛先を、何とか一度収めることが出来た。 「……ちったぁ落ち着いたか」 「全然だよ。少し、何も言わないで」 視線も合わせずにそうかい。とだけジャンクモンが言い切って話は途切れた、息を整えるだけの時間がまだ続く。 ようやく僕は周りを見た。暗い緑の葉に、得体のしれない暗色の花や果実。視界に入るだけで空腹を忘れさせてくれる代物だらけだ。 気が滅入るしかない空間を一通り見渡した後、ジャンクモンが、意を決したように僕の方に振り向いた。 「アツト。火置ちゃんにああ言われちゃ……俺様もお前も死んだらいけねぇと思っちまった……お前は、あの子のためならと思ったとしてもな」 ジャンクモンの声音からは悲しみと、僕に対しての申し訳なさを感じた。だとしても、まだ気持ちに整理のつかない僕は、目線も合わさずに分かってるよ。とだけ吐き捨てると、覚悟して振り向いたのジャンクモンが今度は腕を動かして使って背を向ける。 何故だろうか。もっと喚き散らしそうなのに、僕は何でこんなに落ち着いているんだろう。何故、涙すら出ないんだ。問いかけるだけで、胸が突き刺されるのような思いだけは感じるのに。 沈黙と無動の時間が続く中で息は落ち着いてきた。薄ら寒くなるような強風が吹く。気色悪い色の木の葉が目の前をひらひらと舞い、僕はそれを気色悪いなぁ!と声を張り上げ手で振り払う。 振り払った後にポケットの中に入った、大事なことを思いだす。ぼくがパートナーの名前を呼ぶと、気まずそうにジャンクモンがぼくの方を振り向いた。 「君を恨んでなんかいない。でもね」 ポケットの中身……彼女が持っていた、勇気の紋章と真っ赤なデジヴァイス……託す【勇気】と言われた遺品を、ジャンクモンに見せる。 「何をすればいいのか分からないんだ」 鮮やかな赤一色のデジヴァイスを見るたびに、その美しさよりも暗澹たる気持ちが胸から滲み出す。彼女の最後の顔と声が、脳にこびりついて引き剥がせない。 これを託して、彼女は何の【奇跡】を望んだのか分からない。でも、何も考えずの咄嗟の行動だと僕はどうしても思えない。 答えが、出ない。 デジヴァイス・紋章・人間・デジモン・テイマー……何も、浮かばない。何か一つカチリと嵌るモノが無く、同じ単語だけが延々と繰り返されていく。 「アツト、悪いがそろそろ現実の話だ。現状はどうにもならん、俺様はアヌビモンを頼って表に逃げるしかねぇと思うぜ」 アヌビモン。僕達をダークエリアまで送ってくれたデジモンで……監視者だ。本来ならばダークエリア到着後、合流する手筈であり、今もこれは変わらないだろう。 「一旦逃げるのは賛成。で問題は逃げた後」 選ばれし子供で生き残ったのは、僕だけ。何度も思い返すこの事実に切り裂かれるような痛みを感じる。もうこの世にはいない仲間達の顔が、一つ一つ脳裏に蘇っていく。でも、何も言ってくれない。 僕に、何が出来る。この託された紋章とデジヴァイスにどう応える。答えは自分で出すしかないと否が応でも理解している。でも、何も出ない。 「僕達だけじゃ勝てない。また選ばれし子供を呼んでもらう?相手はそんなの待ってくれる訳がない。もし待ったとしたら、その頃には今よりもっと強い組織になってるよ。」 ジャンクモンは少し考えた様子を見せたあと、否定できないと考えたのか俯いて黙ってしまった 「一番良いのはさ、今すぐ一緒に戦ってくれる仲間が出来ること……つまり、無理な話だよ」 体の力が、全て抜けていった。膝を抱えたままうずくまる。託された物を握る力も、失われていく。 デジヴァイス・紋章・人間・デジモン・テイマー……相変わらずどこにも繋がらない言葉が延々と繰り返される。 息はとっくに整った。僕もジャンクモンも動けるだろう。なのに、動けそうにない。意味もなく眼鏡を外して、涙も出ないのに左腕で顔を覆う。 「ごめんジャンクモン、ここから何が出来るのか、分からない」 「アツト……こうなりゃお前だけで……も……?」 空気が一瞬で張り詰めたものに変わった。何かが、いる。ジャンクモンが、視線だけを僕に向けると、動かけそうにも無かった足が勝手に立ち上がり、託された物を握る力も失せつつあった手は、自分のデジヴァイスを……戦う力を握りしめている。 ガサガサと茂みが揺れる。姿を現したのは赤い毛皮に細長い口の狼……ファングモンだった。僕はまず、相手が成熟期だということに安堵した。ジャンクモンの力も僕の力も消耗している。完全体が出てきたら、死を覚悟した。 さっきまで延々に繰り返された単語を、消しゴムをかけるように頭から消していく。僕は、その言葉が消えていくことに安心感を感じた。でも、消しきれず薄っすらと残るそれが、自分を繋ぎ止めるもののように思えた。 僕とジャンクモンを値踏みするように交互に見た後、ファングモンが鼻を鳴らす。 「テイマー付きか……オイ。死にたくないなら有り金置いてきな。そうすりゃ見逃してやる」 獣の唸り声。という例えが真っ先にくるような声で要求されたのは金。ああ良かった。ただの追い…… ……そこまで思った瞬間に、消したはずの単語が、何故かまた浮かび上がった。 デジヴァイス・紋章・人間・デジモン……何故か、ピースが見つかったように、感じた。 デジヴァイス・紋章・人間・デジモン……金……続いたが、途切れた。 「おうアツト。出てきたのが追い剥ぎで良かったな……さっさと「待ったジャンクモン」 突然の制止に、ジャンクモンは驚きを隠せなかった。本来ならば僕も、やるよ!くらいの言葉を吐いて……この場で進化をさせたであろう。 また薄ら寒い風が吹く。飛んできて顔に張り付いた木の葉を払って、僕は追い剥ぎに向き合った。 「何のためにお金集めてるの君」 向けられた言葉に、ファングモンは一瞬目を細めたが、嘲笑ってその細長い口を開いた。 「冥土の土産話でも欲しいってか?……もう少し貯めればオークションにいけそうでな!!」 デジヴァイス・紋章・人間・デジモン・金……オークション……自分が、多分そのオークションに出されるために誘拐されたことに何故か繋がった。その直後に、自分が打ち倒すべき組織の名前が「ひと屋」だと思いだした。 支離滅裂、荒唐無稽。そんな言葉が出続ける。でも、いい。否定されたならば、間抜けな追い剥ぎを殺してこの話は終わるのだ 「そのオークション……人、買えるの?」 「……随分と勘の良いヤツだな。それとも何かで知ってたか?何考えてやがる?」 ああ、良かった。繋がった。 「おいアツトお前!何考えた!?俺様にも教えやがれ!!」 ジデジヴァイス・紋章・人間・デジモン・金・オークション・テイマー……パートナーデジモン……脱出。僕は託された物に対して、無茶苦茶な答えを出そうとしている。 「逃げる前に、オークションで人間を買う」 Chapter2・望まれた【奇跡】 「全くさ、自分が売られるかもしれなかったオークションに可能性があるなんて、夢にも思わなかったよジャンクモン。」 「おいネズ公!!てめぇのテイマー正気か!?」 誰がネズ公だこの野郎!!と憤るジャンクモンを尻目に、僕は…正気ではなく無茶苦茶で、計画性もない流れを伝えることにした。 「最後まで言うよ、まず、ダークエリアから逃げる前に、ファングモンの言うオークションで人間を落札する」 ファングモンもジャンクモンも、何を言い出すんだバカ野郎と言いたげな顔で、その言葉を必死に堪えていた。僕も、腹の奥底から聞こえるバカな考えはやめろという声に聞こえないフリをし続ける。 「そして落札した人間に、この紋章とデジヴァイスを持たせる。パートナーデジモンはそこの追い剥ぎ。金は僕らと追い剥ぎの金を合わせた物」 何もかもが、間違っていると分かっている。でももし、僕が知っている限りのことで本当の意味で何かが出来るとしたら……ここまでやるしかない。 言い終わったと同時に、何故か疲れが湧いてきたように思えた。一瞬また大木によりかかろうとしたが、次また立てる保証がない気がして、そのまま立っていた。 「……聞きたいこと、他の考え……ある?」 「ファングモン。悪いが先に俺様に言わせてくれ」 ファングモンは、多分怒りを堪えた表情で勝手にしろとだけ吐き捨てて、すぐよそを見てしまった。 「アツト!なに正気でもないこと言ってんだこのバカ野郎!!」 その後に、ジャンクモンの口から飛び出してきたのは思った通り、怒号であった。 「滅茶苦茶言うのはいつものことだ!だがな……今回の度が過ぎてるぞ!!」 今すぐにでも飛びかかって噛みついてきそうな剣幕を一度収めてから、ジャンクモンは話を続ける 「さっき言いそびれた話なんだが……一旦表に逃げたらお前だけでも元の世界に戻る方法探さねぇか!?俺様はそのためな「ごめんジャンクモン。それだけは絶対に聞けない」 割って入った僕の拒絶に、わかっていたような顔を見せてジャンクモンが、言葉を止めた。 「戦いから逃げたら……みんなと過ごしてきた時間と意志が、火置さんに託されたこの紋章とデジヴァイスが無駄になる。それだけは、嫌だ」 「死ぬよりもか!?」 「っ!……ああ!絶対に嫌だ!!」 死。という言葉に小さく心臓が飛び跳ねたような気がした。いざ言われたら、死ぬのが怖くなった。体が震える、冷たくなる。だとしても、心臓よりもっと深いところにある何かが僕を、乱暴に突き動かしてくる。 ジャンクモンは、自分の気持ちを諦められない様子だった……無理はない、多分、僕が彼の立場でも近いことは考えた。そして多分、自分を犠牲にしてでも何とかしようとしたかもしれない。 でも、それだって嫌だ。 「僕はみんなのためにも、あいつらを倒したい。世界を救いたい……そのためなら、何でもする……うん。【奇跡】を起こす」 「……わぁーった!それなら俺様も起こしてやろうじゃねぇか!アツトの言う【奇跡】をよ!!」 ジャンクモンが、両腕のパーツをバシバシ叩いて覚悟を決めたような仕草で見せる。 「……ありがとう。ジャンク「何を抜かしてやがんだこのクソバカ野郎共が!!」 話の終わりをわざわざ待っていたファングモンは、青筋を立ててツバを吐き散らし、怒りと……まだなにか違う気持ちがあるような表情を向けていた。 「てめぇらまさか【ひと屋】に歯向かうのか!?冗談じゃねぇ!!」 「歯向かうんじゃねぇ。打ち倒す。」 「……選ばれし子供とか言ってたなお前!!」 「うん。僕は片桐篤人。選ばれし子供の最後の一人だ」 「……だったら!てめぇらを始末するか取っ捕まえて連れて行けば【ひと屋】の連中はオレを「別にさ」 自分でもちょっと驚くような冷たい声に、感情に任せて捲し立てていたファングモンは、一瞬で怯むも、首を振ってから後肢に力を溜め始める。 「間抜けな追い剥ぎを始末して、溜め込んだ金だけ貰って別のデジモンに落札させても良い。力が欲しい、テイマーが欲しいデジモンはどこにでもいる。オークションに行くデジモンも、大体それが理由でしょ?」 「っ……おい!オレを殺そうってのか!?」 「さっきジャンクモンに言った何でもするってのは、こういう事だよ。今更追い剥ぎ殺して金を奪っても、呵責なんてありはしないよ」 自分のデジヴァイスに少しずつ力を流し込む。 「間抜けな追い剥ぎのまま死ぬか、世界を救った子のパートナーデジモンになるか……選びなよ」 自分の紫と黒のデジヴァイスから放たれている光は、少し暗い色に見えた。 PChapter3・犬童三幸 「……檻!?」 目を覚ました犬童三幸の目に飛び込んできたのは、鉄格子であった。 自分の記憶をひたすら探る。少し前に先輩と揉めたが喧嘩はしていない。手も出していない。万引きだのも一切やっていない……不審者を鉄パイプで殴ったが、刃物を持った相手への咄嗟の対応だ。そして、皮肉なことにその時右頬ついた切り傷の痛みが、夢ではないことを教えてくれる。 まず体を見回す。服は学校の制服のまま、鞄はどこにもない。スマホは……寮に置きっぱなし。どのみちこんな状況なら取り上げられていると少ししてから思いつく。体は自由に動かせるが、手首と足首には枷が嵌められている。 続いて辺りを見回す。灰色に覆われた冷たい空間。小さな窓からは光ではなく暗い空しか見えない、他には、簡易な寝床とトイレがあるだけ、まさしく牢屋であった。 「誰か!!誰かいませんの!?私、犬童三幸は罪になることはやっていませんわ!!」 力いっぱい鉄格子を揺らす。手足についた枷を打ち付ける。とにかく必死だった。 それからしばらくして、固く乾いた足音が聞こえてきた。三幸は僅かに助けを期待したが、それは足音の主がすぐに否定した。 足音の主は、三叉の槍を持った真っ赤な体に入れ墨を書き込んだ悪魔のような姿をしていた。三幸は、心臓が飛び跳ねるような感覚を堪えられず小さく悲鳴を漏らす。それでも、その怪物に言葉が通じることを僅かに願った。 「あの!たくさん聞きたいことがありますの!!」 悪魔は、三幸に目線もくれずそのまま通り過ぎた、お待ち下さい!と声を張り上げるが、そのまま足音は遠ざかる。 ……少しして、また足音が戻ってきた。いや、今度は増えている。後ろに……人間が3人いた。背丈と年齢も、多分人種も皆バラバラ。男が2人に女が1人。みな三幸と同じようにの手枷をつけられている。 やがて、悪魔が牢の前に立ち止まり、三幸のほうを見て牙の生えた口を開いた 「犬童三幸。お前も出な」 「出してくれますの……?で、どちらまで?」 「答える義務はねぇ。いいからこい」 三幸は言われるがまま立ち上がり、開けられた扉から出る。だが、出られたことに希望は感じていなかった。それどころか、絶望を感じていた。 「一応名乗っとくぜ。俺はブギーモン……おっと!下手に逃げたらこの槍でグサリだからな!!」 「っ……」 言葉に詰まった三幸は素早く辺りを見渡す。使えるものは……無い。この手枷で殴ろうが蹴ろうがきっと無意味だ。その瞬間に自分の体は、ブギーモンの槍で貫かれ、自分は死ぬだろう。 「さぁ来い……お前もオークション組だからな、いい客に買われることを精々祈るんだな!」 「選ばれし子供は一人逃して……生き残ったのは君と、フウジンモンだけか……」 簡素な事務机と事務椅子に座った黒いスーツ姿の黒髪の女性が、苦虫を噛みつぶしたような顔で【ひと屋】の幹部であるライジンモンから、ダークエリアに突入した選ばれし子供達についての報告を受けていた。少しだけ拳を震わせると、その傍らに控えていたシスタモン・ノワールが落ち着いて。と小声で女性の肩に手を乗せる。女は渋面を戻し、そのまま報告を続けさせた。 「フウジンモンはマシな状態じゃけん…最後の一人を探しとります。じゃけど……他の三人にスイジンモンの奴まで殺られちまってワシもこのザマでフウジンモンに任せて逃げてきた始末…面目ねぇ姉御!!」 淡い金色をベースにした分厚い装甲は傷付きへこみ、削り落とされた痕跡が見える。コネクタは引きちぎられ、両肩の電力ユニットには大穴、右腕も右足も失っていた。 別のデジモンに肩を貸され、ノイズ混ざりの声でまだ動く左腕を、後悔に任せて何度も何も敷かれていない床に叩きつけた。 「……フウジンモンの援軍には【テイマー付】を送る。君は休めライジンモン。君の力はこれからも私に必要だ」 「なんと勿体無いお言葉で!!このライジンモン!!これからも姉御と【ひと屋】のため……」 「……もういい、休むんだ」 一礼をしたライジンモンは、近くにいた別のデジモンに半壊した体を支えさせながら、そのまま下がって行った。 「真優美が動かなくていいの?」 真優美と呼ばれたその女性の傍に控えていたシスタモンが、無感情に口を開いた。 「任せておこう。もしどんな手段を使ってでも乗り越えるようなら……次は私が動く」 「そう」 シスタモンは、不満を隠そうともしない様子で再び控えた。 「逃げたのは片桐篤人……紋章は【奇跡】か……まずはその奇跡が続くか、見せてもらおうか」 首から下げた【デジタルハザード】が刻まれたタグを見つめ、【ひと屋】の創業者、愛甲真優美は何処か嬉しそうに口元を緩ませた。 Chapter4・人間オークション 「皆様長らくお待たせしました。餅は餅屋、馬は馬方、そして、人はひと屋。皆様が本日最も求めているもの……【力】のお時間です!」 オークショニアの役をするフェレスモンの口上を聞いたファングモンは、人が買える日だということを確信した。綺羅びやかな赤いカーペット、大きなシャンデリア、この華やかには見えるオークション会場で人が買えるなど、ダークエリアの住民かごく一部の表のデジモン……ここにいる参加者以外には、嘘や都市伝説で片付けられてしまうであろう。 しかし、つい先程まで真偽の定かではない代物やデビルチップの詰め合わせに出処の怪しいスピリットやデジメンタル。どれもどこで仕入れたかはファングモンにとっては、いま会場で響く歓声や拍手と同じくらいどうでも良かった。 (盗んで奪ってを繰り返した分とあの選ばれし子供から受け取った10万と合わせて800万bit!買えりゃいいが……) 思い出すと、腸が煮えくり返る。力を得る対価は、このオークションを開催している組織…【ひと屋】とも戦い、デジタルワールドを救うこと。たった一人生き残った選ばれし子供、片桐篤人との狂気じみた取引に、ファングモンは乗ってしまった。追い剥ぎとして死ぬ……というより、殺されたくなかったからだ。嫌々乗っかると、自分の情報をデジヴァイスに登録され、居場所が分かるようにされてしまった。 (逃げたらその口にネジでもクギでも打ち付けて、餓死させてやる) ジャンクモンも片桐篤人も、本気でやる目にしか見えなかった。彼らは、会場近くの森に隠れている。ひと屋の連中が、彼を始末しようと探していると考えるのが自然な以上、隠れるしかないからだ。 ファングモンはふと、参加者を見渡す。種族はバラバラ。自分と同じ成熟期か完全体。どんな手段で金を手に入れたのかは、分からない。だがこいつらも力が欲しい…そのために人間を買おうとしているのだけは同じなのだ。ファングモンも、力欲しさに……恐らく安易な考えで、盗みで金を貯めてきた。だからこそ、同じ考えを持つデジモンがいることにほんの少し安堵した。 「ではまず1人目!参りましょう!」 ステージの脇から、ブギーモンに連れられ人間でいうセーラー服を着た少女が歩いてきた。 くすんだセミロングの赤髪にアーモンド型をした茶色の瞳。シュッとした鼻筋……しかし、足を止め正面を向いた時、右頬に大きな切り傷があったのを見て、一部が、何かを考え込む様子を取っていた。 「犬童三幸14歳!!顔の傷は数日前に刃物を持った不審者に負わされたもの!しかしそれがなんだ!彼女は友を守るために不審者に反撃!!きっと勇気あるテイマーとして成長するでしょう!」 フェレスモンのマイクを聞き参加者の一部からは600までならいくか……?等と聞こえてきた。ファングモンはそれを聞き、 「それでは……500万から!」 散発的に、声が上がる。510万、520万…550万…一度ファングモンがステージのほうを見ると、たまたま商品…犬童三幸と目があった。自分と目が合い、びくりと体が跳ねる。足も震えている。それでも何故か怯えを必死に堪えた顔をしている。 (おいおい……怖いだろうに耐えてやがんな…) ファングモンにこの時、何とか自分が競り落としたいという気持ちが芽生えた。600万、620万……ファングモンの隣の参加デジモンが、これ以上はやめるか……と諦めた様子をみせた。640万、660万……上がる声が減っていく。 今回は見送るか……あの傷さえ無ければな……そんな声も聞こえて来る。740万……760万……780万……ファングモンが800万と宣言した。 「ファングモン様800万!よろしいですか……ございませんか!?」 声は、止まっている。それを確認した後に木槌の音が小気味よく聞こえた。 「犬童三幸はファングモン様が800万bitで落札です!おめでとうごさまいます……こちらへ!」 フェレスモンに招かれファングモンは壇上に向かい、全財産の入った素子をフェレスモンに手渡す。これにて、取引は終わりだ。 「おっとお客様!落札と合わせてデジヴァイスのほうは如何でしょうか」 「いまのが俺の全財産だもう買えん。それにアテがあるんでな」 「これは失礼を……改めて落札、おめでとうごさいます。」 ファングモンは鼻を鳴らして返すと、犬童三幸の元に近寄る。三幸は体をびくりと跳ねさせ、身構えながら……周りを見渡していた。一瞬だけ、警備についているブギーモンの槍に目を止めたのを見たファングモンは、少しまずいと思い、安心させることを優先した。 「オレはお前を取って喰うための買ったんじゃねぇから安心しな、インドウミユキ」 「っ……!だったら、狼さんは何のために……いえ!そもそも……」 「聞きてぇことは山程あると思うが……後だ。とりあえず背中に乗れ、連れて行く所がある。」 三幸は恐る恐るファングモンの背に乗り、細長い身体をしっかりと掴む。人を背に乗せることなど無かったファングモンは、その重さに煩わしさではなく、何かの繋がりを感じ、そのまま一気に駆け抜け、赤い風となった。それを見送ったフェレスモンは少しして、ファングモンの発言に疑問を感じて部下のガードロモンに耳打ちをした 「あのファングモン、デジヴァイスのアテがあると言ったな……本部が回収出来なかった例のデジヴァイスかもしれん。念の為に本部に連絡しておけ」 そしてまたフェレスモン、オークショニアの姿に戻り、次の【力】の取引が始まった。   赤い毛皮の狼の背に必死にしがみつき、どれだけ駆けたかは分からない。両親が運転する車より遥かに速い速度で駆けていくため迂闊に喋ると舌を噛むと思い、三幸は口を開かなかった。 少しずつ、狼の速度が落ちていく。少し余裕が出来たのかそれまで見ようとすら考えられなかった景色を見渡す。小窓から見た通りの、暗い世界。そして目の前には近くには、この暗さだけが影響してるとは思えないほど、暗い森が広がっていた 「ここだミユキ、降りな」 狼の低い唸り声に、三幸は恐る恐る手を離し……足を地に着け、何も変わらない地面の感触に少し安堵した。 「改めて言うぜ、オレはファングモン……まぁ色々あったがお前を買った……パートナーデジモンになる。デジモンの説明も欲しいかもしれんが、俺もあの会場にいた赤い体をした……ブギーモンやフェレスモンと同じ存在だと思えばいい」 「パートナーデジモン……?主人とかそういう流れではなくて……?」 「あのオークションは少し違うとだけ今は思っとけ……お前に会わせたい人間がいる。多分知り合いでも何でもねぇだろうがな」 人間という言葉に、三幸は少し期待をした。ファングモンが荒々しく吠えるような声で誰かを呼びだす。少しして、森から人影と……小さい何かが、タイヤを回すような音を立て現れた 「おうアツト。あの女の子みたいだぜ。」 「えっと……始めまして。僕は片桐篤人。あなたの……君の名前は?」 「え、えっと……犬童、三幸です。」 三幸がこのよくわからない場所にきて初めて出会った人間は、きっとどこにでもいる容貌の少年だった。こだわりは無さそうに伸びたから切ったを繰り返してるパーマがかかった黒髪とオーバル型の眼鏡。首には何かしらのタグをぶらさげているが、それだけが少し意外に思えた。どこの学校のものか分からない学ランや紺色のスニーカーも土やら何やらで汚れている。 きっとどこにでもいる人で、でもこんな所に居るということは、きっと何かがあった人。それ以上の言葉が今の三幸には思い浮かばなかった。 声音は、どこか雰囲気を作ろうとしている様子はあれど、穏やかであろうとしており、そこに三幸は少しだけホッとした。少なくとも、悪意のある人ではないと。 「犬童三幸さんだね……たくさん聞きたいことがあるのは分かるんだけど、まずね……君だけならここよりマシな場所に連れていける。話は、そこでさせて欲しいんだ」 三幸は、この暗い闇の世界よりは多分、安全な場所に行けることに希望を抱いた。だがその後に、あの会場で自分と同じように出品されたであろう人達の事を思い出し、それを片桐篤人に伝えると、苦しそうな顔で首を横に振り、三幸は顔を手で覆った。 ジャンクモンも、ファングモンまでも出来ることはないことへの申し訳なさに俯いていた。篤人の様子も同じだが、少し苦い顔をしたまま、話を続ける。 「僕…達に協力してくれているデジモンがここに来るから、それまで待ってくれ。」 三幸も力なく返事をする以外のことが出来なかった。それでも、何とかなるかもしれないこと、少なくとも悪くない……善性は感じる人に会えた安心感はあった。 「っ……これ、持ってて」 篤人がポケットに手を入れ……一瞬、躊躇った後に鮮やかな赤一色の機械と、彼が身につけているのと似たタグを三幸に手渡した、 「何ですの?この機械……」 「デジヴァイスって言うんだ。それも詳しい話は後でする。今は身を守る道具と思ってよ」 「そういえばあの会場でも同じ名前が……あ、このタグも身につければよろしくて?」 「それも……今はお守りだと思ってよ」 このデジヴァイス……という機械と、タグの話をする篤人の顔は、何故か悲しげだった。三幸はこの機械とタグは、彼にとって大切なものではないか思った。だからといって今は、何かを言うべきではないと思い留まる。たくさん聞きたいことの一つにすると決め、タグを首にかけ、スカートのポケットにデジヴァイスを仕舞った。 「……ってことは片桐さんも同じ機械を?」 「うん。まぁ君のとは色は違……っ!?」 ごまかすかのような表情を浮かべた篤人の顔は、風を切り裂く轟音と共に焦燥の色が一気に浮かび出した。ジャンクモンもファングモンも、すぐに身構える中、三幸もただことではないと思ったが……逃げたくなる足を、必死に留めた。 Chapter5・片腕の風神 「見つけたぞ片桐篤人!俺のこと忘れちゃいねぇだろうなぁ!?兄貴の仇を取りにきた!」 「お前!さっきのフウジンモンか!」 フウジンモンと呼ばれた、人の背丈を大きく超えた緑色のマシンが、頭部の後ろの円から何かを出力させ空を舞いながら、怒りが混ざった声を響かせ篤人達を見下ろす。だが、その装甲は黒く煤けた箇所や削られた痕跡があり、何かを出力させるであろう腕は、右が失われている。さっきの、という言葉から三幸は篤人がこの…デジモンと戦ったこと、兄貴に値する存在を打ち倒したことだけは想像出来た。 ただ、ファングモンやジャンクモンよりも遥かに圧が違う事も三幸は肌で感じ取る。怖気が全身を一気に駆け出す、何もされていないのに体を押しつぶされそうな錯覚に陥る。牢にいた時より、オークションに出された時より。重く冷たい。 「てめぇは……犬童三幸だな」 「なんで私の名前を!?」 「オークションに出される奴の把握はしてる。勿論落札した奴もな……ファングモン様。如何でしょうか手に入れた【力】は?」 フウジンモンに敵意の籠もった目を向けられたファングモンが、怯んで後ずさった。 「アツト!進化だ!!」 「ジャンクモン!超進化!!」 篤人が、三幸が受け取った物とは色の違うデジヴァイスを取り出す。輝きを放った後、ジャンクモンの姿は……ビーバーとおもちゃの戦車を掛け合わせたような姿から、恐竜の下肢をキャタピラに、頭に砲塔を、腕に銃器を取り付けた戦車のような容貌に姿を変えた。それを見た三幸は、何が起こったのか理解は出来なかったが、ジャンクモンよりも強くなった事だけは感じ取った。 「っ!タンクモン……まだ回復しきれてないのな……!」 「すまねぇアツト!でもやるしかねぇぞ!俺様は腹括るぜ!!」 何かを悔やむ様子を見せた篤人とタンクモンを見て、三幸はまだあの姿より先があるのかと一瞬考えると、自分ではない何かに突き動かされるようにポケットに仕舞ったデジヴァイスを取り出した。 「究極体だぁ!?冗談じゃねぇ!!やってられ「私達もやりますわよ狼さん!!」 悪態をついて、その場から逃げようとしたファングモンの足は、テイマーとなった三幸の声で止まってしまった。ファングモンは止められた事以上に、自分より先に戦う決心をつけフウジンモンを真っ向から見据える三幸に、驚きを隠せなかった。 「バカ言えミユキ!ダメージはあっても世代が2つ離れてんだ!それに……あいつらみてぇにオレはまだ進化出来ねぇ!絶対に死ぬぞ!!」 「ですがやらないと死にますわ!これは……このための機械のはずですもの!!」 「……くそっ!とんでもねぇ女を落札しちまった!!やいこのバカテイマー!俺を生き残らせねぇと祟るぞ!!」 「一蓮托生!さぁ狼さん!力なら幾らでも貸してあげます!やりますわよ!!」  怯えを必死に捨てる素振りでツバを吐き捨てたファングモンも、フウジンモンに向き合い後脚に力を貯める。三幸は篤人のほうを一瞬見た。特に何かをしている様子は見えない。篤人が、三幸の視線に応え、先程までの穏やかな声音とは打って変わり、戦う人間の声で応えた 「何も分からないのに、こんな所で究極体と戦わせたくなかったけどうん……やらなきゃ死ぬ!犬童さん!僕が絶対に死なせないから!!」 「片桐さん!私も……足手まといにならないよう、精一杯力を尽くしますとも!」 三幸は、右頬の傷に触れ痛みで覚悟を決める。 「見ててくれスイジンモンの兄貴……あいつのタマは俺が奪ったらぁ!!」 三幸のデジヴァイスが、僅かに暗い光を放っていることに誰も気づいていなかった。 戦いが始まりすぐ、篤人と三幸はフウジンモンとの力の差を思い知らされた。 タンクモンの放つ弾丸も、ファングモン飛びかかっても、全て空を舞うフウジンモンの巻き起こす暴風で吹き飛ばされた。 「っ!……まず挟もう犬童さん!」 「ええ……狼さん!」 ファングモンが吠えて応えるとすぐさま腕を失っているフウジンモンの左側に駆け出した。タンクモンはキャタピラを駆動させ右に動きながら片腕のマシンガンをフウジンモンに向けて放つ。 「そのチャチなハジキで俺のタマが奪れるもんかよ!!」 フウジンモンは横に動いたファングモンを確認すると、タンクモンの弾丸を視線も動かさず暴風で吹き飛ばし、その後、腕部からカッターを出力させる。 「狼さん!狙われてますわ!!」 稲妻のように急降下して動き回るファングモンの眼前現れると、そのままカッターを振り降ろす。三幸の声で警戒を強めていたファングモンは、咄嗟に横に跳んで回避。フウジンモンは舌打ちをして、もう一度空を舞う。 「中々良い速さと反応でしたよお客様……いや、ファングモン!犬童三幸!てめぇらはこれが初陣のようだが……甘く見れねぇようだなぁ!!」 「良く反応してくれました!狼さん!!」 テイマーから称賛を受けたファングモンは、一瞬照れくさくなり鼻を鳴らして返事をする。多分、狙われてると言われなければ切られてた。これがテイマーがつくというかと、ファングモンは心中で少し噛み締めた。 「アツト!あいつを撃ち落とさねぇと話にならねぇ!!デカいのぶっ放すか!?」 「いま狙っても絶対に当たらないよタンクモン!」 アツトは歯を食いしばって、考えをひたすら巡らせる。弾丸を撃っても暴風で全て逸らされる。ファングモンが飛びかかってもだ。ただし、相手は片腕しか使えない以上、範囲に限界はある。それに、フウジンモンの決め手は斬撃。その時だけはどうしても地上に降りて斬りかかるしかない。今分かる範囲で狙えるのは、斬るために降りてきた所だ。 「片桐さん!もう一度行きましょう!」 「っくそ……ちゃんと相手を見とけよミユキ!!」 悪態をつくとファングモンは再び駆け出す。その動きを見て篤人のデジヴァイスを握る手に、力が入る 「タンクモン!フウジンモンをしっかり見てて!合図をしたらデカいのぶっ放すよ! 「おうよ!」 タンクモンがキャタピラを駆動させると挟み込むように動き出し、もう一度マシンガンを放つ。ここまで同じ……いや、同じことしか出来なかった。 「同じことしやがって……だったらてめぇからだ!」 今度は暴風で弾丸を飛ばすこととせず、再び腕からカッターを出力し、弾丸を鋭い動きで回避しながらタンクモンに向けて降下していく。 「……っ……撃て!!!」 「ハイパーキャノン!!」 篤人はフウジンモンの接近の圧を必死に堪え合図を出した、タンクモンは、頭部の砲塔から大型のミサイルを放つ。しかし、ミサイルが放たれた瞬間に、フウジンモンは急上昇した。そのまま煙炎を従えながら彼方まで飛んでいくミサイルを篤人は、歯を軋ませながら見送るしかなかった。 「そんな浅知恵でこの俺が仕留められるとでも「片桐さん!今のをもう一発!!」 篤人は三幸の言葉から、ファングモンの居場所の確認もせず咄嗟に二発目のハイパーキャノンを飛ばすようにタンクモンに指示をする。同じように、フウジンモンに向けてミサイルが飛び、同じように上昇して回避された。 「ヤケでも起こしたか!?無駄なことしやがって!」 飛んでいくミサイルには目もくれず、フウジンモンは再びカッターを構えタンクモンに突撃しようとした。その瞬間に上から影が現れ……頭部後ろの飛行ユニットに、重圧がかかった。 「ファングモン!?てめぇどうやって!!」 「足場なら今、片桐さんが用意してくださいました!」 「……さっきのハイパーキャノンか!」 ファングモンは、タンクモンの放ったミサイルを踏み台にフウジンモンの上を取り、細長い口で円形の飛行ユニットにぶら下がるように噛みついている。 「くそっ!落ちやがれ畜生が!!」 フウジンモンはファングモンを振り落とそうと空中で暴れるが、ファングモンの牙は飛行ユニットに食い込んでおり、中々振り落とせない。いま迂闊に出力を上げると、ユニットが破損する可能性もあり強い行動が出来なかった。 「これならいけますわね……狼さん!そいつを叩き落としてやりなさい!!」 「……ブラストコフィン!!」 ファングモンは飛行ユニットに噛み付いたまま口から衝撃波を放った。フウジンモンの飛行ユニットは、軋んだ音をしばらく鳴らしながら、バキリとへし折れる。ファングモンとフウジンモンが揃ってふらふらと血に落ちていく。やがてファングモンは空中で姿勢を直して、衝撃で体をぐらつかせながらも着地した。 Chapter6・殺意の暴風 「アツト!あの子すげぇな!?」 「犬童さん!何であんなこと思いついたの!?」 「咄嗟でしたわ!横も後ろも取れないと思ってたら丁度上が取れるかもしれないミサイルが飛んできて……狼さん!流石でしたわ!!」 「よくも無茶苦茶なことさせやがったなミユキ!二度とやるかミサイル渡りなんざ!!」 「でも皆……本番は、ここからだよ」 四人は、少し遅れて着地したフウジンモンに目を向ける。ファングモンに破壊され欠けた飛行ユニットは縦の出力を大きく失ったのか、空を舞うのではなくホバーで浮いているようなレベルにまで落ちていたが、機動力を失った様子は見えず、篤人は固唾を飲み込んだ。 「やられちまったよ……これでお前達と同じ土俵だ……だが、俺の優位はまだ変わんねえ」 「たったら何さ、横綱相撲でも見せるつもり?」 「生憎!仇を殺るためなら俺は変化だろうが何でもしてやらぁ!!」     フウジンモンは、破損した飛行ユニットの動作を確認している間に逡巡した。選ばれし子供の発見を知らせ、本部からは、援軍の用意はしていると連絡を受けている。理性は、焦るな援軍を待てと言っている。あの2人は逃げる手段はある…恐らく、アヌビモンあたりに協力を頼んでいる。こちらに来る援軍は【テイマー付】……スカウトや身柄を買い取った素質のあるテイマーだ。完全体は確実。アヌビモンが自らきても、十分退けられる。 感情は、早く殺せと叫んでいる。いつ来るかも分からない援軍をアテにするべきではない。スイジンモン兄貴の仇を取れとひたすら叫んでいる。 2つ世代が離れている自分が、同じ土俵まで引き摺り降ろされた。片桐篤人…兄貴の仇は、完全体になれない程消耗しており、もう一人の元商品……犬童三幸はこれが初陣。しかもパートナーは落札したばかりのファングモン。この2人が、究極体の自分をだ。 (だが、こっちの力はまだまだ残っている。俺が片腕だとしても関係はねぇ) 引き摺り降ろすためにも敵は、消耗をしている。デジモンも、ファングモンなぞミサイルを踏み台にして跳ぶなど相当神経を使う真似をしている。犬童三幸は、出品されるだけの存在であったと評価せざるを得ない。 タンクモンも弾丸は無限ではない。ハイパーキャノンは暴風……マルトサイクロンでも吹き飛ばせない。あたれば無傷とはいかない。片腕も失い、装甲も削られ傷ついた自分には、本来ならば大きな脅威とならない成熟期のミサイルも、痛手となる。テイマーの片桐篤人は、選ばれし子供の最後の生き残り。勝つための可能性が蜘蛛の糸や一粒の砂程度のものだろうとも必死で掴もうとする。そういう男だとフウジンモンは見ている。 (……決めた!今殺す!!) フウジンモンは叫びを取った。飛行ユニットの出力最大。カッターの出力も既にない片腕に使う分も回し、大型化させた。2人は先程とは比較にならない出力に驚きを見せたが……再び左右にバラける。やることは変わらない。いや、変えられないのだ。 フウジンモンはまず、タンクモンの方に向かう、相変わらずマシンガンを撃ってきたが……リミッターを外したフウジンモンの機動には届かない。 「は……」 タンクモンが言い切る前に、フウジンモンはタンクモンの腕にカッターをドスのように突き刺した。 「がぁぁぁぁ!!この野郎よくも……」 「てめぇは後だ!」 そのままタンクモンの横腹に前蹴りを叩き込み。横倒しにする。フウジンモンは駆け寄った篤人に目も向けずにファングモンに向かう。ジグザグに、時折緩やかな弧を描くように、狙いを絞らせずに少しずつ接近する。ファングモンは、その場から動けず首を動かすことしか出来ずにいる。 「狼さん!さっきの衝撃波を!」 「無理だミユキ!あんな無茶苦茶に動かれたら狙いなんて……ぐあっ!!」 カッターが、ファングモンの腹部に突き刺さる。苦痛に悶えるファングモンからカッターを引き抜き、そのまま胴体を真っ二つにしようと振り下ろそうとした瞬間、何かが飛んでくる音がした。 見るまでもない。とフウジンモンはファングモンを蹴った反動で後ろに跳躍。思った通り、タンクモンのミサイルであった。そのまま眼前を飛び去っていくミサイルの飛んできた方向をみると、篤人が横倒れになったタンクモンの頭部を抑え、無理矢理砲撃の反動を抑え込んでいた。 「……やっぱりてめぇからだ!!」 フウジンモンは一気に駆け出し、緑色の突風と化した。タンクモンは篤人を突き飛ばして、またしても腕のマシンガンを向けるが、最早相手にしない。突風は暴風と化し、土煙を巻き起こしながら、篤人の目の前まで現れた。篤人は、恐怖に竦んだ目をしてフウジンモンを睨みつけ、体を丸めて身を守る。 暴風は、丸めた体をそのまま吹き飛ばした。 「ごっ……」 篤人は咄嗟に体を丸めて身を守ったが、暴風のような速さで叩き込まれた鉄塊の飛び蹴りを耐えられる理由はなく、悶え声と共に大きく吹き飛ばされ、地を跳ねた。 「アツト!?……てめぇフウジンモン!!」 「てめぇもそこでくたばってろ!!」 篤人を蹴り飛ばしたフウジンモンは、そのまま激昂するタンクモンに急接近すると頭部に勢い良く飛び膝蹴りを叩き込み、鈍い音を響かせまたしても横転させた。 「タン……!がっ……ごっ……っぐ……あっ……」 腹の中から喉元まで一気に何かが湧き上がる。声すら出せない熱と苦しみでのたうち回る。 うつ伏せになれた。そう安堵すると一気に血の混ざった吐瀉物を吹き出した。胸から口内にかけて苦みと酸味、そして血の味が広がっていく。 吐き出し切った篤人は立ち上がろうとすると、咄嗟に守るために使った右腕に激痛が走る。必死に歯を食いしばり、反対の手で立ち上がろうとした時、背中に鈍い痛みと、強烈な圧力がかかる。 フウジンモンが、篤人の背中を踏みつけていた。 「流石は選ばれし子供とオークション組だ。兄貴の仇だけはある」 「ぅっ……ぅ」 「それに免じて、一瞬で楽にしてやる」 篤人を見下ろすフウジンモンの目は、怒り以外の感情を含んでいるようにも見えた。ほんの僅かに、何かを考えたように沈黙し、腕からカッターを出力しようとする。 「あなた達は!そもそも何のために人攫いなんてやっているのです!」 思わぬ大声に、フウジンモンは三幸のほうを振り返った。恐怖で足を震えさせながら……怒りで、拳も握りしめていた。そして、彼女のデジヴァイスからは黒い光が漏れ出している。 フウジンモンは黒い光に気づいたのか一度目を細めたが、すぐに三幸を嘲笑った 「金だよ金!社長が何考えてるかまでは知らねぇが……力ってのは金になる!」 フウジンモンが、篤人の背中を踏みつける。篤人は声にならない声を必死に押し殺し歯を食いしばっていた。三幸の顔が、少しずつ怒りで歪み始めた。 「もう殺したがこいつの仲間、選ばれし子供は誰に頼まれたのやらシノギを止めようと俺達のシマまで来たわけだ!次はてめぇだ犬童三幸!!もう落札されたてめぇを殺さない理由はねぇ!!」 「お金のため……それだけのためによくも……ぉ!」 三幸の握りしめたデジヴァイスの黒い光が、少しずつ大きくなっている。その様子を訝しんだフウジンモンが、タンクモンとファングモンに視線を移す。 タンクモンは……未だに動けずいる。そしてファングモンは力が抜けたようにゆっくりと立ち上がり……体を、黒く光らせていた。 「……進化か!?だとしたら話が変わる!」 フウジンモンは、篤人を殺すことをやめ背中から足をどけると、横腹を蹴り飛ばして、ファングモンのほうに急いだ。進化してしまえば、勝負が分からなくなると判断したのだ。 「犬童さん落ち着……いや!そのまま!!」 篤人は横腹を抑えて悶え苦しみながら声を張り上げ、三幸の方に向かって腕を上げた。それを見て、三幸は安堵して……獣のように血走った目で、デジヴァイスに、自分の力や気持ちを……篤人から受け取った【勇気】ではなく、燃え盛る激情を注ぎ込み、思いっきり握りしめた。 「地獄に落とせファングモン!進化!!」 真っ赤なデジヴァイスから、かつて所有者、火置麗子が放っていたような白く眩い輝きではなく、黒く目を離すことが出来ない。力強い輝きが放たれる。ファングモンの体も同じように輝き、大きく変わっていく、やがて禍々しい赤い体毛は、燃え盛る赤黒い……地獄の炎へと変わり、細長かった四肢は巨大化し、腕を振るうと接近してきたフウジンモンを弾き飛ばす。進化を止め損ね舌打ちしたフウジンモンは、一度距離を取る。やがて、その四肢にも炎が宿り……ファングモンは、毛皮の代わりに地獄の炎を纏った巨大な魔獣へと姿を変えた。 「おいアツト!!あれ……」 起き上がったタンクモンが慌てて三幸の元に駆け寄ろうとするのを、篤人は手で制した。 「お、おい……何で止めないアツト!多分暴走するぞあの進化!」 「だとしても止められない!あの進化が僕の最後の希望なんだ!!仇討ちの始まりなんだ!!」 片桐篤人が悲痛な表情で見据えた最後の希望は、炎を吹き上げながら地獄から底からでも響く雄叫びをあげて、進化した姿を名乗った。 「ヘルガルモン!!」 Chapter7・焼き尽くす勇気、ヘルガルモン 「進化を許したか……だが!!」 フウジンモンは、マルトサイクロンでヘルガルモンを吹き飛ばそうする。が、ヘルガルモンの咆哮と共に放たれた爆炎風がいとも容易く押し返し、炎がフウジンモンの装甲を焦がした。 「ちっ……片腕だけ出力じゃ無理か」 舌打ちの後、フウジンモンはカッターを出力。飛行ユニットを起動させ再び駆け出す。右へ左へと鋭角に緩やかに、今度は跳躍や急停止も交えてヘルガルモンに何度も斬りかかる。ヘルガルモンは、その巨大化した腕を力任せに振り回して反撃するが掠りもしない。三幸はその様子を見て引き付なさいと指示を出す。接近するフウジンモンを、ヘルガルモンはギリギリまで引きつけ、残っている腕に炎の爪を大太刀のように振り下ろすが、察知したフウジンモンは横っ飛びでそれを回避し、再度距離を取った。 「ヘルガルモン!まだいけまして!?」 「ああ!しかし、久しぶりだな進化も……それにしたってこの力……悪くねぇぜミユキ!」 ヘルガルモンは、進化で高揚している様子があった。しかし、三幸はどこか息が荒く、ブラウンの瞳が血走っている。ヘルガルモンはテイマーの様子に違和感を覚えたが、まずは敵に集中することに決め、今度は自分からヘルガルモンに突撃した。 「……暴走は、してないみたいだね」 痛みを堪え起き上がった篤人は、かつての仲間が同じように、危ないと思える進化をした瞬間を思い出した、その時のパートナーは言葉も発さずにただ力を振り回すだけの存在と化していたが……今回は、違うようだと胸を撫で下ろした。 が、別の不安がすぐに過った……果たして、そんな進化した時のデジヴァイスはあんな黒く光っただろうか。本来の持ち主ではない人間に紋章とデジヴァイスを渡したことで何か変化が起きたのか。いや、それを言えば自分のデジヴァイスも…… 「アツト!俺様も後で言いたいことはあるが……考えるのは後だ!まずはあいつ!!」 最後の希望となった存在へひたすら続く負の思考は、パートナーの一声で一度断ち切れた。篤人はタンクモンにごめんと一言かけた後、すぐに余力の確認を取った。 「足はやられてねぇ!ハイパーキャノンはあと1発だ!マシンガンは…当たらんがまだある!」 「よし!今度はヘルガルモンを援護する形で!」 おうよ!とタンクモンが力強く応え再びキャタピラを駆動させる。フウジンモンは、巻き上がった土煙からタンクモンが動いたことを確認すると後ろを取らせないようにバックステップで大きく距離を取る。そこにタンクモンがマシンガンを一斉に放つ。フウジンモンは地に足がついた瞬間、弾丸をカッターの一振りで全て防ぐ。マルトサイクロンを使えば、ヘルガルモンが突撃してきた時にカッターが間に合わないと踏んだからだ。 そして、真横から低い姿勢で突撃してきたヘルガルモンが炎を纏った爪を振り上げる。片足で無理矢理体を捻り回避……出来ずに装甲がガリガリと削り取られる。フウジンモンが小さく呻くと、捻った反動を利用してヘルガルモンの巨大な手にカッターを突き刺す。貫かれたヘルガルモンは激痛の叫びをあげながら、反対の腕でフウジンモンの腹部を殴りつける。フウジンモンは殴打を堪え、カッターの出力を上げ始めた。 「エンコだけで済むと思うな!まずは腕から詰めてやるよ!!」 「だったら!こっちは根性焼きだ!!」 ヘルガルモンは刺された腕から一気に炎を吹き上げ、フウジンモンの腕部に流し込んだ。炎はフウジンモンの腕を伝い、装甲だけではなく体の内部も炎が覆いつくし、フウジンモンの体はあっという間に炎に包まれた。両者とも、叫びを堪える。ヘルガルモンは更に炎の勢いを上げ、フウジンモンも刺した腕を決して離さずカッターの出力を上げていく。 「こ……の程…度で…俺がイモ引くかってんだ!舐めんじゃねぇぞコラァ!!!」 「犬童さん!今のあいつと我慢くらべに付き合ったら負けちゃうよ!!」 「片桐さん!!……折れる気がないなら腕ごと吹き飛ばしなさいヘルガルモン!」 「なら!ハウリング……」 三幸は篤人のアドバイスを聞いた後、一瞬視線をタンクモンに向けた。三幸からの指示を受けヘルガルモンは、大きく息を吸い込む。フウジンモンは最初に受けた……現状の自分が出せるマルトサイクロンに打ち勝つ爆炎風を思いだす。この距離でまともに受けたら、既に受けたダメージも合わせると腕どころか体がバラバラにされかねない。それだけは、まずい。我慢比べはやめだ。そう思い至り、ヘルガルモンの腕に突き刺したカッターの出力を止め、全力で横に飛ぶ。ヘルガルモンは横っ飛びしたフウジンモンに顔だけを向ける。まだ近い。飛行ユニットを起動して、更に離れる。 十分離れた。この距離ならば回避も容易い。我慢くらべで纏わりついた炎を暴風で吹き消し、一度思考を整える。ヘルガルモンは確かに強い。だが、速さも動き方もこちらが勝っている。無理にぶった切ろうとするな、じわじわと傷つけ力を奪わえばいい。しつこいタンクモンは、一撃加えてひっくり返せば後回しに出来る。そこまで考えた所でまずは、ヘルガルモンの咆哮に備えた。 だが、ヘルガルモンは吠えない。息を吸い込んだままの姿勢でフウジンモンを見ている。それを一瞬訝しんだフウジンモンは、その一瞬の隙に腰部に強い衝撃を受け堪えきれず膝から崩れ落ちた。 何が起こったと視線を後ろに向けると、頭部の砲台から煙を出しているタンクモンの姿があった  「てめぇ……片桐篤人……!!」 「イモ引いたからだよ」 冷たい目を向けて嘲笑う篤人にフウジンモンは怒りに任せて、まだ動く腕をタンクモンと篤人に向ける。飛行ユニットはリミッター解除、カッターも最大出力。腕が、装甲が、体の全てが軋んで歪みそうになる。構うものかと吐き捨てる。出力されたカッターは長大なドスのような形状に変化した。 「スイジンモン兄貴の仇!片桐篤人!てめぇのタマだけでも奪……」 フウジンモンがドスを向けて突撃を試みた刹那、後ろから炎の爪が腹部を貫いた。 「があぁっ……!!」 今度は、苦痛の声を抑えられない。フウジンモンの腹部を騎馬兵のランスのように勢い良く貫いたヘルガルモンの爪が再び炎を吹き上げ、フウジンモンの装甲を炎が覆い尽くす。 「ヘルガルモン!まだ!!」  口調が荒くなった三幸に疑問すら抱かず、ヘルガルモンはそのままフウジンモンを片手で持ち上げ頭部から地面に叩きつける。そのまま爪を引き抜き、腕に振り下ろす。鈍い音を響かせたフウジンモンの腕がひしゃげる。仰向けになったフウジンモンは、最早腕は使えないと悟り、飛行ユニットを無理矢理起動させ、宙返りの要領でヘルガルモンの顎を蹴り上げた。 「無駄に足掻くな!!」 三幸の言葉には怒気だけではなく、殺意すら混ざってた。顎を蹴り上げられたヘルガルモンは、赤黒く目を光らせると強引な姿勢で着地したフウジンモンに対して、両腕の炎を限界まで吹き上げ、そのまま挟み込んだ。 「ハティエンブレイズ!!バラバラにしてやりなさいヘルガルモン!!」 装甲が削られ、切り裂かれ、焼き切られ、潰れていく。苦痛の叫びを上げ続けるフウジンモンのひしゃげた腕が、完全に切り裂かれる。装甲は重たい音と甲高い音を交えて地獄の炎で溶断され、黒く煤けて元の色が分からない破片を散らばらせていく。やがて爪が、装甲からデジコアに辿り着き、そこからフウジンモンの苦痛の叫びは、呪詛を交えた断末魔へと変わった。 「ぐがあぁぁぁぁ!!てめぇらも!地獄に落ちろ!!片桐篤人!!犬童三幸!!」 「攫われた皆様の!犠牲になった皆様の!片桐さんの仲間の!!痛みと苦しみがこんなもので済むか!!!」 三幸は目を血走らせ、額に大量の汗を浮かべ、右頬の切り傷から薄っすらと血が流れていた。激しい鼓動の理由は興奮か、極限か、それとも別の理由かは分からない。ただ、篤人が彼女の顔を見た時、口元が少し笑っているようにも見えた。 デジコアに達した爪は、更に装甲を切り裂いていく。断末魔を上げていたフウジンモンは、残っている体を大きく震わせ、続いて小刻みに震え、動かなくなった。 「兄貴……社長……すまねぇ……」 力を振り絞り、掠れた声で最期の言葉を残したフウジンモンは四散した。やがて0と1の羅列へと変わり、虚空へ消えた。 Chapter8・繋がった【奇跡】 フウジンモンが完全に消えたことを見届ると、ヘルガルモンは淡い光を放ち……薄紫色の獣へと姿を変えた。ヘルガルモンだった薄紫色の獣は、自分の腕を見て戸惑いを見せていた。 「あっ!?ガジモンまで戻っちまった!?」 「あら。元々はそんな姿してましたのねファングモン」 「流石に疲れたな……これも含めてテイマーが付くって事か……それにしてもすげぇ……本当にすげぇミユキ!!勝っちまうなんて!」 「いえ!怖くてもあなたが戦ってくれたから!それに篤人さん達のおかげですわ!!」 三幸と……先程まで魔狼として暴れ回っていたガジモンが初陣の勝利を喜びあう中、共に戦った篤人は彼女達への祝福や窮地を脱した安堵、何より仇討ちの一歩前進の高揚感よりも、恐怖と後悔を感じた。 (スレスレだとしても暴走してないの!?それに……相手は確実に弱っていたとはいえ、いきなり究極体倒すの!?初めての戦いで!?) 篤人はあの時、ヘルガルモンを見た瞬間に希望を抱いた。しかしそれは、相手を退かせるかアヌビモンの到着が間に合うかといった物だった。結果は、フウジンモンを倒してしまった。確かに自分もいたし、何もしていないという訳ではない。それでもだ。篤人は、デジモンの戦いで世代差を覆すのは簡単ではないと、デジタルワールドを旅して理解はしているつもりである。それでも、彼女はいきなりやってのけてしまったのだ。 そして後悔は、ヘルガルモンへの進化を止めなかったことだ。勝つためなら仕方なかったという結果論になるかもしれないが、ジャンクモンの言う通り、暴走の可能性があるのにも関わらず、犬童三幸の背中を自分は、間違った方向に押したのだ。 篤人にとって犬童三幸とファングモンは、これから歩くはずであろうとても険しい道に、差し込んだ光だと思いたかった。でも、希望の光だと言い切れなく思えてきた。 「アツト……ミユキちゃんに感謝するなり褒めてやりな!まずはそこからだ!」 「ジャンクモン……ごめんよ、君が止めるのを無視して……危なかったかもしれないのに」 「あー……まぁ、あの状況なら、考えちまうな……大事なのはこっからになるぜアツト」 タンクモンから退化したジャンクモンが、気に病むなよと伝えるように篤人の足をペシペシと叩く。 「っと……これは提案だが、逃げたあとに必要なのは多分休む時間だ……というか俺様もかなりきちぃ。表に出たら休ませてくれ」 「それも最初からそのつもりだったけど……そう、だね。でもアヌビモンが来る前に犬童さんと話して……く……っうあ…!」 篤人は、三幸の所に足を運ぶ前に、全身に走った激痛に堪えられず、再び地面をのたうち回った。叫びに気付いた三幸とガジモン、それにジャンクモンが急いで篤人の元に駆け寄る。 「片桐さん!?大丈夫ですか!?やはりさっき蹴られた所が……」 「ミユキちゃんそこだけじゃねぇ!こいつもさっきまで大分無理してたんだ!!」 「ご、ごめんね叫んじゃって……しかも涙出てるし……動けそうにないよ僕……だからアヌビモンが来るまで、休んでていいかな……」 「勿論!篤人さんはしっかり休んでくださいませ……話は、それからにしましょう」 ありがとう。そう伝えた次の瞬間、片桐篤人は意識を手放した。