その日、オルフェーヴルは機嫌が悪かった。トレーナー室に着くなり腕を組んで眉をひそめこちらをじっと睨みつけている。視線を追えば、それは僕の左手薬指に鎮座する金細工の指輪に注がれていた。
「貴様、それは何だ？」
怒りの炎がメラメラと燃えるを通り越して1万度の青い炎となり静かに強く彼女の背後で燃え立っているのを感じる。ここは下手な受け答えは出来ない、素直に聞かれたことだけを答えよう。
「海岸で…知らないウマ娘に貰ったんだよ。僕の指輪だって」
「愚物め、理解できるよう問い方を変えてやろう。…貴様は、何だ？」
哲学的な問答になり余計にわからなくなってしまった。君の杖だよとか、道化師ですとか、そういうことを聞いているのではないということくらいはわかるが……。
「君の……トレーナーだよ」
「………」



「王命である。それを献上せよ」
断る理由も大してない。薬指から指輪を抜き取ると、差し出されたオルフェーヴルの手の平に乗せた。彼女はその指輪を自分の薬指に嵌めてみると、サイズが合わずぶかぶかの指輪を即座に抜き取り無造作にポケットに突っ込んだ。
地雷を踏まずに済んだのかはわからない。ただそれ以上怒りのボルテージが上がった様子もない。一呼吸置いて、釣り上がった眉のままオルフェーヴルがずいと距離を詰めてくる。
まるでぶつかることすら厭わないかのように、こちらに接近するオルフェーヴル。思わず後退りすると、その分更に距離を詰められる。あっという間に、僕はオルフェーヴルにソファまで追い詰められてしまった。
腿をソファにぶつけて倒れ込まないように踏ん張ると、オルフェーブルが密着するレベルで体当たりを仕掛けてくる。慌てて防御の姿勢を取ろうと両手を構えると、さっとオルフェーヴルに掴まれ、両手が指を絡めて握られた。
痛めつけるように両手を握り込まれ、彼女の指と指に挟まれた僕の指が締め上げられる。格闘家は相手の指を握るだけで極めることが出来ると聞くが、それをウマ娘の力で行われるとこうも痛いのだろうか。



痛みで顔を歪めていると、こちらの胸に顔を当てながら見上げて睨みつける彼女が口を開き、静かに怒りの言葉を吐き出した。
「貴様は、私の所有物だ、そうであろう？それを阿呆のような顔で、何を呑気に」
「痛たたたた……」
つい泣き言を漏らすと、さっと彼女の手が離れた。じんじんと痛み続ける指を押さえていると、オルフェーヴルが不意に僕の左手を取った。挟み込まれたせいで人差し指、中指、薬指、小指の第三関節に輪のようなくっきりとした痣が出来ている。
オルフェーヴルは僕の左手薬指に触れると、慈しむように薬指に出来たその痣を指で撫で、小さく笑った。



「その痛みを胸に刻み、此度の過ちを恥じるがいい。貴様が次に指輪をするのは私が成人した時だ」
僕の左手薬指の痣を見て満足そうに笑うと、次の瞬間オルフェーヴルは僕の肩を突き飛ばした。勢いに負けソファに倒れ込むと、その右隣に彼女が尊大に座り込む。
オルフェーヴルは右足のローファーだけを起用に脱ぐと、ソファに座りながら足を組んだ。当然、ローファーを脱いだ右足が僕に向けられ、蹴るようにニーハイソックスの右足が僕の膝の上に乗った。
普段なら諌めるであろうそれも、今は何も言えない。身に覚えがないことではあるが、まるで僕がとても悪いことをして叱られたような、そんな気分だからだ。
いやきっと何かしたのだろう。無自覚というのは救いようがないと我ながら思う。けれども先程まで怒り心頭だったのに、今は僕の膝の上に足を乗せ上機嫌な彼女を見てると、やっぱりわからないと思うばかりだった。