「トレーナーさん、目の下に隈が出来てますよ」
担当愛バのクリークがこちらを覗き込みながら声をかけてくれる。眠気を我慢しながら生返事をすると、ノートPCを閉じた。ここ数日、暑さからか寝付きが悪く、睡眠時間が削れているのだった。
そのことを説明するとクリークは僕を抱きかかえ、トレーナー室隣の仮眠室に運ぶとベッドに寝かせる。
「ダメですよ無理しちゃ。今日はお昼寝で睡眠不足を補いましょう」
手際よく布団をかけられるとクリークが僕のお腹をぽんぽんと叩き子供を寝かしつけるようにあやす。
「外も明るいし急には寝られないよ…」
「じゃあ、ご本を読んであげます。ちょうど読み聞かせのための本があるんです」
クリークは近々ウマ娘保育園の読み聞かせ会にボランティアとして参加する予定であり、そのための本を持っていたのであった。この歳になって読み聞かせというのも抵抗があったが、クリークの好意でもあるため、僕はそれを受け入れた。
彼女は鞄から本を取り出すと、僕の横に寝そべり穏やかな口調で本を読み始めた。


『トレーナーの王子様』
《昔々、あるところに王子様がいました。王子様は時折、変装して街に繰り出すと、王子であることを隠しトレーナーとなってウマ娘のトレーニングを見ていました。
ところが、ある日王様が、王子様の結婚相手を探すと言い出したのです。その噂にたくさんの国のお姫様たちが王子様に是非一目お会いしたいと集まってきました。
王子様は観念して、教えていたウマ娘に本当のことを話すのでした。自分は実は王子であること、王様が花嫁を決めるので君とは結婚できないということを明かします。》
「え？」
《ところがウマ娘は諦めきれません。王子様の花嫁候補として――》
「待ってクリーク。ちょっと聞いていい？」
予想外のことに目をかっぴらき、クリークの方に向き直って彼女の読み聞かせを遮ってしまう。クリークは何事かと落ち着いた様子でこちらを見ていた。
「ウマ娘と王子はそもそも結婚とかって話になってないよね？」
「何言ってるんですか？担当ウマ娘とトレーナーが結婚するのは当たり前じゃないですか」
物語の中の常識なのだろうか。おかしなことを言う人を見るかのように僕を諭すと、クリークは再び本に目を落とす。



《王子様の花嫁候補として、王様と話し合いに向かいます。王様も王子が隠れてトレーナーをしていたことを知ると、ウマ娘に王子と結婚させてあげられないことを謝りました。
しかし、王様も簡単にはウマ娘と結婚を認めるわけにはいきません。そこで王様は花嫁を決めるレースを開き、ウマ娘にもそのレースに参加するよう勧めます。
こうしてお姫様たちがレースに集まり、ウマ娘もその中に混じって走り出します。もちろん、王子様に育てられたウマ娘はぐんぐんスピードを上げて一着になります。
こうして王様にも認められ、ウマ娘はお姫様となって王子様と結婚し、いつまでも幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし》
クリークがほっこりとした笑顔で本を閉じるが、僕は逆に不安で目が冴えてしまっていた。何だろうこの違和感。世間ではこういう本が児童向けとして流通しているのだろうか。
ウマ娘保育園で読み聞かせると言っていたよな。こういう何だか…ちょっと思想が偏ってそうな本で育つのは大丈夫なのだろうか。



「あら～、まだ寝付けませんか？」
「う…うん」
ではこちらなんかはどうでしょう。とクリークが読み聞かせ用の二冊目の本――『奴隷男とウマ娘姫』を鞄から取り出したのを確認すると、僕はすべての思考を投げ捨てて目を瞑って寝入った。
妙なのはクリークの選出か、物語の世界か、僕か。思えば、僕がウマ娘と同じ学級になったのは小学生からで、未就学児の頃はヒトだけの空間で育っていたな。
僕は、ウマ娘たちが、クリークがどのような物語を読んで幼少期を過ごしたか、知らない。
ぽんぽん、とお腹を叩くクリークの手が優しくもじっとりと感じられた。