気を遣って貰わなくて良い、僕がやりたいからお願いしている。そう伝えたら、トレーナーさんは嫌な顔一つしないで合鍵をプレゼントしてくれた。それでも、トレーナーさんがいない日にあの人の家にお邪魔するのは初めてだった。
過度に踏み込むつもりはないから、簡単な床掃除やお洗濯だけして、トレーナーさんの助けになれたら、トレーナーさんの日常に食い込めたら。そう思っていただけなのに、その日僕は要らない気を起こしてしまった。
寝室の掃除をしようとした時、ゴミ箱の中から偶然見つけた雑誌。そこには、大きな胸のウマ娘が水着姿でセクシーなポーズを取っていた。
「わわ…」
不思議と嫌悪感はなく、むしろ吸い込まれるように見てしまった。そう、だよね……。トレーナーさんだってこういうの見るんだ。別に変じゃないし、勝手に家に上がってる僕が悪いんだから。それでも……。
視線を自分の胸に下ろし、そっと手で触れてみた。小さいなぁ。雑誌に載っているモデルの人たちと比べて、自信がなくなる。トレーナーさんはきっと、大きな胸の人が好きなんだ。僕なんかじゃ……。



胸　大きくする方法　検索。色んなサイトに乗っている、美容整形とかに頼らない方法の中で、自分にも出来そうなものを考えてみる。ほとんどのサイトで紹介されていたことは食事、筋トレ、姿勢、生活ストレスの見直し。
食事と筋トレは難しい。勝手な食事と筋トレはトレーナーさんに止められているし、トレーナーさんにもっと見てほしいから胸を大きくしたいなんて、そのトレーナーさんに相談出来るわけがない。
やっぱり、姿勢を良くすることとストレスを溜め込まないことが僕に出来ることなのだろうか。思えば、姉さんはいつも姿勢が綺麗だし、ヴィブロスはストレスとは無縁そうな人生だし、そういうところがあの二人の大きな胸を育ててるのかもしれないな。
サイトには姿勢が悪いと胸も大きくならないと紹介されている。普段から猫背気味な僕は、まず姉さんみたいにしっかりとした姿勢に直すところから始めないといけない。
それから、ストレスを溜め込まないこと。これからは色々遠慮しないで、出来る限り我慢しないようにしていこう。ワガママになるのは行き過ぎだけど……、トレーナーさんは何だって受け止めてくれるし、約束してくれた。
だから、ヴィブロスみたいに、ちょっとは欲を出してもいいのかな……。でも、恥ずかしいよ。



それからしばらく、ついついだらっと猫背になりそうなところを背筋を伸ばして姿勢をよく保つ日々を過ごした。ストレスだって、今までみたいに遠慮して引っ込むことをしないように心がけ、迷惑にならない範囲で欲を出してみた。
その結果かどうかはわからないけど、胸のサイズが1サイズ上がり、下着を新調することになった。姿勢が良くなると、自然と自信も出てきた。もしかしたら、今の僕の胸なら、トレーナーさんは僕のことを好きになるのかもしれない。
そんな自惚れすら出てくるほどだった。でも、ちょっとくらいいいですよね。卑屈すぎるのは、信頼してくれている人に失礼だって、あの時言いましたもんね。だからその成果を見せたくて、トレーナー室までやってきてしまった。
「あの、トレーナーさん。僕何か……変わったと思いませんか」
姿勢を正して、トレーナーさんに向かって胸を張って立つ。真っ直ぐあの人を見つめるのはまだ恥ずかしいけど、それでもトレーナーさんが驚いてこっちを見ているのがわかる。
「すごいよシュヴァル、見違えたようだ」



担当ウマ娘のシュヴァルを、教え子として以上に好きになってしまってから、懸命にその気持を隠してきた。寝ても覚めても彼女のことを考えてしまう煩悩を振り払うため、適当なグラビア雑誌に手を出してみたこともあったが、ぱらぱらとめくって直ぐ様ゴミ箱に突っ込んだ。
雑誌の中のモデルたちは、シュヴァルではない。シュヴァルに恋い焦がれるこの気持ちはきっと、どうやっても埋めることは出来ないのだろう。それが教え子を好きになってしまった僕への、死ぬまでかかりつづける呪いなのだ。
彼女が卒業して引退したら、自分もトレーナーを辞めてどこか誰にも会わないで済む田舎にでも隠居しようか、そこで一生木彫りの仏像でも彫って過ごそうか、そんな冗談めいたことを考えていた時、彼女がトレーナー室にやってきた。
目の前に立つシュヴァルは、ピンと背筋を伸ばし、肩を大きく開いて胸を張っていた。その姿からは、いつもの縮こまった様子はない。自信すら溢れているように思える。
「すごいよシュヴァル、見違えたようだ」
僕が下らないことに頭を悩ませているうちに、彼女に何が起こったのか。もしや陰ながら変わろうと努力してきたのだろうか。そう思うと、自分を恥じると同時に彼女を称えずにはいられなかった。



トレーナーさんは惚れ惚れするような目でこちらを見ていた。よかった、気に入ってもらえた。心の中でガッツポーズをすると、もっともっと、夢中になってほしいという欲望が止まらなくなってしまった。
「触ってみてもいいですよ……トレーナーさんなら、僕……」
あわわ、僕はなんてことを。でも……もうこれでいい。我慢しない、遠慮しない。トレーナーさんが触るなら、望むところだ。目を瞑ってあの人を待つ。トレーナーさんの足音が近づいて、背後に回った。
トレーナーさんの手が、背中を撫でるように触った。予想外のことに変な声を出しかけたけれども、すぐにその意味を察した。もしかして、ホックを探している？ごめんなさい、今日はホックが前の下着なんです……。
それを伝えようかと思ったけれども、何だかトレーナーさんに恥をかかせてしまいそうで、どうすればいいかわからない。悩んだ結果、何も言わずに自分でアシストした方がスマートだと思いついた。
けれどもリボンを解いた時、トレーナーさんから待ったの声がかかった。



「触ってみてもいいですよ……トレーナーさんなら、僕……」
触る？どこを？背筋が伸びてる時に何を触って確かめるのだ？シュヴァルは時々妙なことを言うことがあるが、そこで梯子を外したような受け答えをするとせっかく自信を持って伝えてくれた彼女を傷つけることになる。
つまりここは全力で梯子に登るのが正解なのだ。僕は何も迷ってなどいないように、彼女の後ろに回り込むと服の上から背中の僧帽筋を確かめる。正直触ったから何がわかるということはないのだが、シュヴァルが自信をつけてくれるのはいいことだ。
背中を撫でていると、突然彼女がリボンを解き始めた。まさか服の上からでは飽き足らず、直接背中の筋肉を見せようとしているのだろうか。もし彼女の制服の下の姿などを見てしまった時には、きっと僕の呪いはいっそう強くなるだろう。
慌てて静止すると、彼女はピタリと動きを止めた。そして襲ってくる後悔。やってしまった、先程彼女の行動を咎めない方がいいと思ったばかりだと言うのに。


「ちゃんと見るのは、また今度にしよう」
そう先延ばしにするのが精一杯だった。
「また今度って、いつですか？」
振り向きそう聞く彼女の目には、決して折れないだろうという意思が感じられた。時折シュヴァルは、突然頑固になりどうやっても曲げない彼女が出てくる時がある。僕にとって不幸なことに、今がその時だった。
困ったように卓上カレンダーを見て、「来月ね」と答えた。来月、春休み開けにトレセン学園の身体測定がある。このようなプライベートな空間でなく、しっかりとした学校行事の場なら、いくらか妙な雰囲気も薄れるだろう。
シュヴァルは自分の努力の成果を見せたいだけなのに、僕が邪な気持ちを抱いているせいでこんなことを言うのは心苦しかったが、どうやら彼女もそれで納得してくれたらしく、再びリボンを結び始めた。


「来月ね」とトレーナーさんは子供をあやすように大人っぽく言った。来月、春休み。きっと、こんな突発的で勢いに任せた流れで服を脱がすんじゃなく、僕のことを一人の女性として扱うために、長期休暇のタイミングを提案してくれたんだ。
やっぱり、僕はまだ子供だなぁと思うと同時に、トレーナーさんの気持ちが嬉しかった。来月、僕をちゃんと見てくれるんだ。リボンを結びながら、胸がときめいているのを感じた。
「じゃあ、ちゃんと見て、確かめて、いっぱい僕に下さい」
「？ああ……」
「泊まりになるんだったら両親にも伝えておきます」
「？？？ああ………」
どっしり構えてくれるトレーナーさんに、安心感を覚えながら、胸を大きくしてよかったと思うばかりだった。