ビューティードリームカップを経てシーザリオは一つ殻を破ったように思えた。かつてシーザリオが語ってくれた両親の話。夢は必死に追わなければ叶わない、しかし適度に力を抜かなければ見えてこないということが、言葉だけでなく実感として理解出来たようだった。
シーザリオはいまいちその成長を言語化出来ていないと言うが、僕はそれが、このレースとショーを通して大きな先人から意欲的に学び、気付きを得た彼女自身の努力の結果だと思っている。
そう伝えるとシーザリオは照れくさそうに笑みを浮かべ、「トレーナーのサポートのおかげでもあるんですよ」とオフモードの柔らかな口調で呟いた。
サポート……。そう、このビューティードリームカップで彼女のために何かをしてあげたいと思い、僕はとんでもないことをしてしまったのだった。



ミューズたちはそれぞれに合わせて仕立てられた新作衣装のモデルでもあり、写真撮影の仕事もある。そこでは可能な限りミューズの希望が叶えられるのだが、シーザリオが望んだことは僕との誓いであった。
荘厳な教会で花嫁衣装に身を包んだ彼女と、横に並んで愛を誓う場面の撮影。いくら撮影のためのデモンストレーションとはいえ、学生である彼女とトレーナーである僕がそのようなことをして良いのか悩んだ。
「ここでの撮影は必ず、未来のウマ娘の礎となります。トレーナー、未来を見据えてここで一緒に撮影をすべきかと」
オンモードだ……。この撮影が未来のウマ娘の礎になるということが僕には本当かわからないが、彼女が言うならきっとそうなのかもしれない。
彼女のたっての希望を叶えてあげたいという気持ちも嘘ではなく、結局「みんなそうしてるわよ！」というデザイナーの言葉に背中を押され、シーザリオに愛を誓い式を挙げてしまったのだ。
「あの時の誓いが、私に力をくれたんです。愛こそが原動力、愛こそが私を強くしてくれるって、わかったから」
その日の記憶を思い出しながらうっとりとした手つきでシーザリオが額縁に飾られた婚姻届のフレームを撫でた。


そう、僕は彼女の希望に応え婚姻届まで記入してしまった。本当にここまでする必要があるのか、婚姻届を記入する光景を写真に収める需要はあるのかと何度も疑問に思ったが、結局「みんなそうしてるわよ！」というデザイナーの言葉とシーザリオの強い希望に押され、記入を済ませてしまった。
「不思議な気分です。この紙一枚で法的拘束力が私たちを結ぶんですね」
もちろんシーザリオは成人していないし、この婚姻届は提出しても受理はされないだろうが、その時の記念として今では額縁に飾られトレーナー室の壁に飾られている。
「君の歳ではまだ……」
「……はい。しかしこれからも私たちは生涯をかけて寄り添っていく間柄。未来を見据えて準備を整えておくのも良いでしょう。それに…私の気持ちは嘘ではありません。いつかその未来まで、待っていただけますか、トレーナー」
オンモードだ……。何故だかこの口調で詰められると、僕が間違っているのではないかという疑心暗鬼に駆られるようになる。



「ふふっ、難しく考えなくても大丈夫ですよ。この婚姻届は私に力をくれるんです。だから、大事に大事に、その日が来るまで大切にしたい。それだけですよ？」
その日、が何を指すのかは、不思議と聞くことが出来なかった。静寂をケトルの電子音が打ち破り、シーザリオがお湯をマグカップに注いでいく。
彼女は猫舌な僕のためにふうふうとミルクティーを冷ましてくれると、僕のデスクにそっと置いてくれた。
聖母のような微笑みを向ける彼女に、「出さないよね…？」と問いかければ、その笑みがピタッと止まり、氷のような真顔のオンモードに変わった。
「今はまだ。しかしご安心ください、必ずトレーナーの期待に添えるような大人になってみせます」
僕が圧倒され頷くことしか出来ないのを見届けると、再び優しい笑顔に戻るのだった。
「ふふっ…楽しみですね、トレーナーさん」