本当は、ウマ娘とトレーナーが心の底から通じ合っている方がいいんだろう。眼下ではメイクデビューを制した新人ウマ娘が、喜びのあまりトレーナーに抱きつき、胴上げしている。
優駿のエッセイなんかでも、スポ根モノの漫画でも、素晴らしい才能のウマ娘には苦楽をともにし一番の理解者となったトレーナーが登場している。きっと、成功する者にはそれがつきものなのだろう。
残念なことに、僕は担当のサイレンススズカが何を考えているかわからないし、きっと心も理解し合ってない。彼女と出会って3年目となる今に至っても、スズカは自身の才能だけで勝ち上がっている。
僕は彼女にとって必要なのだろうか。本当は、もっと最適なトレーナーがどこかに居たのではないだろうか。自分は彼女の才能を無駄に消費しているだけではないのだろうか。
自身のトレーナーを胴上げしている新人ウマ娘を見ると、そういった考えがとめどなく頭の中を駆け巡った。



早朝。突然走りたくなったスズカに付き添いランニングコースを自転車で走る。軽いランニングとはいえ、彼女の走りに自転車でついていくのは最初のうちは苦労の連続だった。
自然と鍛えられた太もものお陰で、なんとか今は後方から追いかける程度には慣れたものだ。朝日を浴びながら学園から川沿いを走っていく。
「ターン！」
腕時計のアラームを合図に、後方から声をかけるとスズカが180度反転し、逆方向に走り始める。続いて自転車でそれを追いかけ、再び学園に向かってランニングを開始する。
彼女は走ることしか考えていない。だから僕はそれを無闇に止めることはしなかった。僕は指導をするのではなく、軌道修正をすることにだけ努めた。彼女が前に進みたいなら、僕が方向を少し動かしてやればいい。
これだってスズカの才能に任せただけのトレーニング。今朝も走ることしか考えてない彼女を、丁度良い時間に学園に戻れるよう折り返しのタイミングを見計らい、学園から離れていくランニングコースを戻すだけ。
彼女の走りたいという欲がぴったり満たされる頃、学園に到着するようにランニングについていって方向を指示する。誰にだって出来ることが、僕の唯一の仕事だった。



呼吸を整える彼女にリュックからスポーツドリンクとタオルを差し入れる。大抵この後はシャワーか食事なのだが、彼女がその場から動こうとしない時は朝食のパターンだ。
黙って僕が自宅に向かえば、彼女もついてくる。勝手知ったる我が家のように彼女を上がらせると、スズカも黙って食卓に座る。よくある朝の光景だった。
昨夜からスイッチを入れておいたスロークッカーを開けると、中に溜まったドロドロのおかゆをどんぶりに注ぎ、彼女の前に差し出す。
鶏むね、ささみ、玉ねぎ、ブロッコリー、オクラ、うま味を足すためにしいたけとワカメと粉末にぼしを細かく刻んで砕いて米と共にスロークッカーで煮込んだもの。
見た目はおよそ食べ物と思えない最悪の様子だが、彼女は喜んで？これを毎朝食べている。元々食に対してあまり興味がないのか、身体作りのためならなんでもいいのか、こうして僕の作った朝食をよく食べに来る。



汗塗れのジャージにスポーツブラを透かせながら、スプーンでもりもりとおかゆを食べるスズカ。最近はこれだけでは顎も細くなりそうなので、砕く前のにぼしと茹でたたけのこの細切りもおやつとして与えている。
もし、僕達がコミュニケーションを取れているなら、このメニューについて何かしら会話があってもいいのかもしれない。ただ、彼女は黙ってうちに来て、これを食べて学校に向かうだけだった。
食べ終わったどんぶりを下げると、スズカは無言でじっとこちらを見つめている。どうやらまだ学園に向かうつもりはないらしく、座って休みたいようなので好きにさせておく。
食器とスロークッカーを洗いながら、もっとタンパク質を与えるべきかとか、脂肪も少しあったほうがいいかとか考えていると、気がつけば彼女は学園に戻っていた。
今日もまた、コミュニケーションのない、担当が何を考えているのかわからないトレーニングだった。僕のいる意味とは、なんだろう。



心の底から通じ合っているウマ娘とトレーナーは、どれだけいるのだろう。幸いにも、私達は通じ合っている。一生のうち二度とないだろう、最良の相手だと思う。
それにまだ公表はしていないけれども、私達は付き合っている。今日も朝のランニングデートをしたし、一緒に食事も摂った。
トレーナーさんは私のために身体を鍛えてランニングに着いてきてくれるようになったし、食事だっていつも私の身体のためにいっぱい頭を悩ませて作ってくれている。
私は、トレーナーさんから与えられてばかり。だから彼にいつか、与えられる人になりたい。彼女として。
「……脂肪も少しあった方が」
お皿を洗いながらトレーナーさんが呟いていた。そっとジャージの上から胸に手を当ててみる。あまり見せたことはないけれど、私も少しは成長していると思う。トレーナーさんが好みのタイプはわからないけど。



いつだったか、福引で引いた温泉旅行券。これを使う時が来たのかもしれない。私達は恋人なのだから、そろそろ次のステップに進んでもいいと思う。
それに、私だって育ってるというところを、ちょっと見せたい気持ちもある。お腹だって割れてるし。
もしかしたら、トレーナーさんも同じことを考えていて、見てみたいと思っているかもしれない。いやきっとそうかも。そう思うと、誰と行くべきかを私に委ねたのも、そういうことだったのかもしれない。
ふふ、かわいい。私をいっぱい育てて、私が提案するのを待っていたんだ。嬉しくなるとついぐるぐる回ってしまう。あなたがそう望むのなら、私も応えたいと思ってしまう。
私を一番理解してくれている人、私もトレーナーさんを、一番理解したいから、後で温泉に誘ってみよう。