その日僕達はサトノ家の開発した新体験型ムービーフォーマット『R310』の先行試遊会に来ていた。
特殊なシートが映画体験を更に臨場感溢れるものにすると言う触れ込みで、特別に僕とダイヤちゃんだけの貸し切りと化した劇場で体験させてもらえることとなったのだ。
案内されたそれはシートと言うより、空気椅子のポーズで止まっている平たい人型に見えた。その空気椅子に重なるように腰掛けると、両手両足頭胴体と全身くまなくシートにベルトで拘束される。
あまりの安全配慮っぷりに、これから行われることはもしや絶叫マシンのように激しいものなのだろうかと背筋が冷たくなる。
そんな僕の不安を察知したかのように隣のシートに座るダイヤちゃんがにっこり笑って目配せすると、ついに映画が始まった。



シートの機能を十分体験するべく、選ばれた映画はスパイアクションものだ。早速緊迫したカーチェイスが始まる。
車を追うスパイがバイクに跨ると、突如シートが動き始めた。シートが手足それぞれのパーツに分割を始め、拘束された僕の身体ごと変形を始める。
困惑しながら身体をシートに委ねていると、僕の身体はバイクに跨るようなポーズにシートによって動かされていく。そして全身に感じる振動、顔に当たる突風。さながらバイクを駆る主人公と一体化したようだ。
「す…すごい！」
『R310』の機能、それは単なる振動や風による演出だけでなく、座った人の身体をシチュエーションに合わせて動かして、映画の登場人物と同じ体験を与えてくれる、まさに新時代の体験型フォーマットだったのだ！
左右から聞こえてくるサラウンド音声も凄まじく、右から撃たれる弾丸が左に抜けていく音声もまるで現実かと誤認するほどリアルだ。



弾丸飛び交うカーチェイス、スパイがバイクを乗り捨てて車にジャンプする。まさかと身構える暇もなくシートもそれに追従し変形していく。
今度は車のルーフにしがみつくようなうつ伏せの姿勢を取らされると、全身に猛烈な突風が浴びせられる。映画の中の主人公と同じく、追跡相手の車の上に乗ってしがみついているシチュエーションを体験させられているのだ。
シートによって宙にぶら下げられた足は踏ん張りどころを失い、映画だとわかっていてもまるで落下してしまうのではないかという恐怖が襲ってくる。
スクリーンの中ではルーフの上のスパイを振り払おうと悪役がハンドルを右に左に乱暴に回し始める。まさか、やめてくれ……。
「うわああああああああああ！！！！」
激しく左右に振り回されもう映画どころではない、吹きすさぶ突風も合わさって僕は絶叫マシンよりも恐ろしい体験を味わっていた。
今にも魂が抜けてしまいそうだが、横で可愛らしく大興奮して笑っているダイヤちゃんの声だけが、これは現実ではなくエンターテイメントであると言い聞かせてくれていた。



ようやく物語も山場を終え、落ち着いたシーンが続いていく。あまりの没入感に最早映画に集中するどころではなかったが、これはこれでアリなのかもしれない。
そう思いかけていた頃、スクリーンの中のスパイとヒロインが妙な雰囲気になっていく。ダイヤちゃんをちらりと横目で見ると、彼女は顔を赤くしてスクリーンに釘付けだ。
シートが変形し、仰向けにされると横のダイヤちゃんのシートが僕のシートに重なるように動き出す。そして二つのシートはサンドイッチが完成するように合体した。
継ぎ目同士が完全に組み合い、シート同士が密室を作ると、僕とダイヤちゃんは手足を拘束されたまま二人で箱に閉じ込められたような状態になる。
「トレーナーさん……」
気がつけば何故かダイヤちゃんの拘束だけが外れており、彼女の手と頬が僕の胸にそっと触れた。
いけない、ダイヤちゃんのベルトが外れている！彼女の身に何かあれば僕は……。不安そうにスクリーンを見るもスパイはヒロインとラブシーンの最中であった。



ラブシーンが終わればシートも合体を解除してくれたのでなんとかなったが、やはり映画の内容によっては注意を配る必要がある。
上映中は映画が爆音で流れるため、僕達が声を出そうともスタッフには聞こえなかったようだし、何かあった時に止まらなかったらどうなるのだろう。
そういった『R310』への所感を伝えると、「デートはどうだったのですか？」と怪訝な顔で聞かれたので、ダイヤちゃんのことが気になって映画はよく覚えていないと素直に伝えたところ、何故か上機嫌の彼女に手を引かれ劇場を後にすることとなった。
聞けばまだまだ改善点があるとのことなので、当分はあのシートは世に出ることはないとのことなので、そこは少しもったいない気もするが。
それにしても……すごい臨場感だったな、あのラブシーン。