近未来、思考や感情をエネルギー化したe-パルスはAIデバイス『サポタマ』のエネルギー源として活用され、人類は新たな変革の時を迎えていた。 しかし、その陰で恐るべき怪物が現れる。 e-パルスを喰らい、進化するモンスター。 その名を……… 「唸る Mad Pulse感じるんだ!誰にも邪魔はさせない、その先へ! 迷いながら答え探し突き進む!刻みつけろエモーション!!」 ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピンポーン! ひょんな事から人間達の住まう世界、リアルワールドへ帰って来ちゃったキャス子ちゃんこと木末 聖煌ちゃん。 軽快にお歌を歌うリズムに合わせて、お家のチャイムを何度も連打しています。 「何よ、もう!うるさいわね!!」 けたたましく鳴るチャイムに耐えかね、家の中から人が出て来ました。 おっきなおっぱいと眼鏡が特徴的なクールな雰囲気漂うお姉さん……表札には『橘樹』と書かれている事から恐らくこの人が橘樹さんなのでしょう。 「…………」 さっきまでご機嫌な様子で歌っていたキャス子ちゃんですが、やはり初対面の人と対面すると緊張してしまう様で、橘樹さんの姿を見るや否やパンダモンのぬいぐるみで顔を隠して固まってしまいました。 対する橘樹さんもチャイムをしつこく鳴らしていた犯人が見知らぬ黒ロリ少女だと知って少し意外そうな反応を示しています。 「こんな事するなんて、十中八九あの子だろうと思ったけど、違ったみたいね。…で、あなた誰?どうしてあんな事したの?」 橘樹さんはキャス子ちゃんにチャイムの件を問い質しますが、おっきなお姉さんに迫られたキャス子ちゃんはすっかり萎縮してしまい、脱兎のごとく逃げ出し橘樹さんの家の中に入って行きました。 「あっ、ちょっと待ちなさい!てかなんでそっちに逃げるのよ!」 自宅内へと逃げ込んだキャス子ちゃんを追い掛ける橘樹さん。 「もう!すばしっこいわね。一体どこに逃げ…」 台所へ駆け込んでみると、なんとキャス子ちゃんがぶっ倒れていました。 躓いて転んだのでしょうか?一先ずは安否を確認しようと橘樹さんがキャス子ちゃんへと歩み寄ったその時でした。 「おい、キャス!大丈夫か!?」 「一体何があったんでい!」 キャス子ちゃんの持っていたダークネスローダーが光り、中からプリスティモンとピニャタモンが飛び出して来ました。 「平気…部屋中にこびりついてる甘ったるい匂いのせいでちょっとくらっとしただけ…」 顔を上げ、パートナー達に大丈夫だよと告げるキャス子ちゃん。何事も無かった様で一安心「なわけないでしょ!私を置いてけぼりで勝手に話を進めないでよ!!」 鬼気迫る勢いで説明を求める橘樹さんを落ち着かせるべく、グミモンことピニャタモンが一旦座って話をする様に促します。 橘樹さんにもとりあえずは了承してもらえた様子で、キャス子ちゃん御一行は居間へと通されました。 話のわかる人で良かったね、キャス子ちゃん! ───────── 「なるほど……デジタルワールドからこっちの世界に帰って来たは良いけど、まだ向こうでやり残した事があるからもう一回デジタルワールドに行きたい。でも行き方がわからない…と」 グミモンから事のあらましを聞き、事情を理解する橘樹さん。ですがキャス子ちゃんとはまるで会話にならないし、チョコモンことプリスティモンはいちいち煽る様な発言をするしでここに至るまでに随分と時間を要しました。 「全く…乳にばかり栄養が行って頭の方はさっぱりだから呑み込みが悪くて困るぜ。」 「あんたはいちいち一言多いのよ!ちょっと黙ってなさいゴミパンダ。あとちびっ子も、パートナーのしつけはちゃんとしなさいよね」 橘樹さんに叱られ、キャス子ちゃんはだんまり。少しキツく言い過ぎたかなと僅かながら後悔する橘樹さんですが、すぐに後悔した事を後悔する事になります。 次の瞬間、キャス子ちゃんのお腹が鳴り、「お腹空いた」。そう呟いたのです。 「おい、うちの腹ペコお嬢が昼飯をご所望だぞ。何か奢れよ、チチメガネ」 「そういやこっち来てから何も食ってねぇから俺も腹減ったな。姉ちゃん、何食わせてくれるんでい?」 キャス子ちゃんの発言はチョコモンをより増長させ、比較的話が通じていたグミモンですら調子に乗り始めました。 橘樹さんはもう堪忍袋の緒が切れる寸前。徐にスマホを取り出し、どこかへ電話を掛けました。 もう面倒見切れない…。そう判断して知り合いに全てを押し付ける算段で居るみたいです。 しかし橘樹さんが助けを求めた相手は一向に電話に出る気配がありません。 「何してんのよ、逆井くん…さっさと出なさいよ!」 終いには『おかけになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないためかかりません』と、無情なアナウンスまで突き付けられてしまいます。 そういえば逆井くんなる人物が近いうちに帰省するなどと言っていた事をふと思い出した橘樹さん。 他を当たるべく、ほとんど名前の載っていない寂しい電話帳を眺めていますが、残された選択肢は実家に住まう家族か『千年桜 織姫』という人のみ。更に言えば前者は遠方であるため現実的とは言えず、自ずと橘樹さんには選択する余地など残されていません。 「……この子に頼み事すると絶対に何か見返りを要求して来るから、あまり気乗りしないのよね。…………でも待って。あの子だっていつも一方的に無理難題を押し付けて来るんだから、たまには私の方から面倒事を押し付けたって罰は当たらない筈よ!そうよ!そうだわ!」 一人で何ブツブツ言ってんだ?こいつ…と言いたげな視線を向けているチョコモンをよそに橘樹さんは意気揚々と電話をかけました。 果たして交渉は上手く行くのでしょうか? ───────── 橘樹さんが電話をかけ終えてからほんの僅か数秒の事でした。 自室内で突然、別の世界へと繋がる扉__デジタルゲートが開いたかと思うと、中から黒い鎧に身を包んだ獅子の様なデジモンが現れました。 闇の闘士カイザーレオモンです。 「ちょっとちょっと!変な登場の仕方しないでよ!びっくりするじゃない!」 カイザーレオモンは橘樹さんのツッコミを気にも留めず、フローリングの上へと着地。同時に身体を発光させ、進化を解きました。 やがて姿を見せたのは一人の小柄な金髪の女の子。この子こそ千年桜 織姫ちゃん…、橘樹さんが助っ人として呼んだ数少ないお友達の一人です。 「今すぐ来いと人を呼び付けておいてその言い草……感心しませんね、橘樹さn…ってキャスじゃないですか…。どうしてこんなところに」 「あ、織姫ちゃんだ」 目が合う織姫ちゃんとキャス子ちゃん。どうやら二人は見知った仲だった様です。 「え?待って待って。二人はお知り合いか何かなの?」 両者の反応を見て当然ながら浮かんでくる疑問を橘樹さんは口にしました。 「…そういえば、まだ橘樹さんにはお伝えしていませんでしたね。彼女はキャストライト…昨年末に生まれた姉様の娘です。なので私から見れば再従妹…という事になりますね。」 「なるほど…ん?昨年末?」 とりあえず織姫ちゃんとキャス子ちゃんの関係こそ理解した橘樹さんでしたが、昨年末生まれたという言葉がどうにも引っ掛かる様です。 「えぇ、昨年末です…正確に言うと昨年のクリスマスですね。その日にキャスが生まれました。」 織姫ちゃんやキャス子ちゃんはおろか、チョコモンやグミモンまで何がそんなにおかしいのかと不思議そうな顔をしています。 もしかして変な事を言ったのは自分の方なのでは…?と一瞬疑うも、やはり腑に落ちない橘樹さん。どう考えたっておかしいのはあんた達の方でしょと言わんばかりに弁明を始めました。 「いや、去年のクリスマスって……どう見たってこの子、7、8歳くらいじゃない!それとも何?生まれた時からこの姿だったとでも言うの!?」 「御名答。よく分かりましたね、橘樹さん。」 咄嗟に思い付いた口から出任せですが、どうやら図星だったみたいです。適当に言った事が見事に的中し、びっくりな橘樹さん。内容が内容だけにこれまたびっくりです。 「そう驚く事も無いでしょう…。姉様の子ですよ」 姉様の子だから…。一見とんでもない暴論の様に思えますが、織姫ちゃんの言う"姉様"を知る人からしてみればこの一言が持つ説得力は凄まじいものです。 現にその"姉様"の血族である織姫ちゃんもまた、意味不明な理由で子を授かったのを橘樹さんはつい先日目の当たりにしたばかり…こう言われてしまっては橘樹さんはぐうの音も出ません。 とは言え、流石に説明不足感は否めないと思ったのか、織姫ちゃんはキャス子ちゃんの生い立ちについて話し始めます。 「姉様が竜馬義兄様の事をお慕いしているのはご存知かと思いますが…」 「ご存知ないわよ!まず竜馬って誰よ!?」 「そこから……ですか…」 仕方が無いので織姫ちゃんは義兄様こと三上 竜馬くんと姉様こと千本桜 冥梨栖さんの馴れ初めから話す事にしました。 二人の出会いはイレイザーベースへとカチコミをかけた時であること。 レジャープール施設の地下で再び出会った際、竜馬くんが見せたイケメンムーヴに冥梨栖さんのハートは完全に射抜かれ、それ以来冥梨栖さんは竜馬くんにゾッコンであること。 竜馬くんへの愛が強過ぎるあまり、冥梨栖さんが想像妊娠してしまったこと。 そうして生まれたのがキャス子ちゃんであること。 キャス子ちゃん誕生の瞬間がまるでアクションストーンとゴールドカードが合わさって出て来た時のアクション仮面みたいだったこと。 キャス子ちゃんの旅の目的は竜馬くんに会って自分が竜馬くんの娘であると打ち明けること。 手短にではありますが、織姫ちゃんはキャス子ちゃんが生まれた経緯を洗いざらい話しました。 「そう……だったのね」 言いたいことは色々とある橘樹さんでしたが… 「それからね…お母様はよく夢の中で竜馬お父様と、あと真菜って人も一緒に3Pしてたから、その真菜って人もキャスのお母様って事になるのかもしれない…みたいなこと言ってた……ところで3Pって何?」 思った事を逐一ツッコんでいてはキリが無いと判断し、もう何も言うまいと心に誓いました。 「そう言えば橘樹さん…私に何か用があったのでは?」 「そうだったわ!あなた達が話を拗らせまくるからすっかり忘れてたじゃない!」 「人のせいにしないで下さい、橘樹さん」 織姫ちゃんに指摘され、ようやく当初の目的を思い出す橘樹さん。人を呼び出しておいて今の今までその目的を忘れていたなんて……やはり彼女はポンコツな様です。 「ポンコツ言うな!…で、織姫さん。この子、デジタルワールドへ行きたいらしいんだけど、どうやって行ったら良いか分からないらしいのよ。何とか力になってあげられないかしら?」 橘樹さんはようやく要件を伝える事が出来てほっと一息。ですが、ここである事を思い出します。 「…て言うか、あなたさっきデジタルワールドを通ってここに来たわよね?」 「えぇ、そうですね。」 「だったら早くこの子達連れて行ってくれない?もう、いい加減疲れたわ」 突然見知らぬ子に家に上がり込まれた上に、おもりまでさせられ、更にすぐには飲み込めない様な情報が次から次へと押し寄せ…橘樹さんはもうへとへとです。早急にキャス子ちゃん達を連れ出す様、織姫ちゃんに申し出ました。 「…………キャスって確か自力でゲートを開けられた筈では………」 「え?何?」 「あ、いえ…その程度でしたら一向に構いません。では行きましょうか、キャス」 織姫ちゃんは何やら考え事をしながらも橘樹さんの頼みを快く引き受け、キャス子ちゃんにすぐ出発する様に促します。 「織姫ちゃん、待って…キャスお腹空いた…何か食べたい。」 「分かりました。中華で宜しいですか?」 「中華!食べたい!早く早く!」 中華と聞いて今度は逆にキャス子ちゃんが織姫ちゃんを急かす様に玄関へと駆けて行きます。 「それでは私達はこれにて失礼致します。キャスが随分と世話になった様ですので、この埋め合わせは後日…母親である姉様に「いや、いい」 姉様という単語を耳にした途端、橘樹さんは拒否反応でも示すかの様にNOと即答しました。それほどまでに橘樹さんは冥梨栖さんの事が苦手な様です。 「ばいばい文華、また遊びに来るね」 キャス子ちゃんは去り際に橘樹さんの方へ振り返ってぱたぱたと手を振りました。 「来たって何も出ないわよ。あと『さん』を付けなさい、『さん』を」 「何もいらない…キャスがただお友達の家に遊びに行きたいってだけだから…」 「そ、そう……なら好きにしなさい」 橘樹さんは突然背を向けたかと思うと、ファサッと髪をかき上げました。 「なんだこいつ?急にカッコつけ出したぞ」 「あれはデレているのをああやって必死に隠しているのですよ。友達と言われたのがさぞ嬉しかったのでしょう…」 「あいつ友達居なさそうだもんな」 「文華、友達居ないの?」 「どうでもいいでしょそんな事!!あと文華『さん』!!」 しかしながら橘樹さんの要求はついぞ聞き入れられる事は無く、キャス子ちゃん達御一行は橘樹宅を後にし、中華料理屋さんへと向かって行ったのでした。 ───────── 後日…… ピーーンポーン!ピンポン!ピンポーンピンポンピンポンピンポーンピポピポピポピポピポピポピポピポピポピンポーンピンポーン! 橘樹宅に再び訪れたキャス子ちゃん。 『DIGIMON BEATBREAK』の次回予告BGMを奏でるが如く、小刻みにチャイムを連打しています。 その時、お家の扉が勢いよく開かれました。 「やめなさいよ!!」