見たことが無い……有る?記憶。 『土門君、今だ!』隣にいる大学生ぐらいのお兄さんのスマホから声が聞こえた。 「キャノンドラモン、目標まで1800メートル!」 「ダイナ・キャノン!」轟音が響き、一瞬後に遠く離れたエントモンに着弾する様子が見えた。 数秒後、爆発音が自分たちのいる場所にまで届く。 「はぇー、すごいねーヒマちゃん。」パルモンみたいなデジモン……ダーだ、キンダーハイモン。思い出した。 『データ採集、完了だ。さすがだね、土門君、キャノンドラモン。』同時に通話の声の主も思い出す。 蔵之助さん、このエントモン狩りを提案した張本人だ。 褒められてお兄さん……土門、明生さん、そんな名前だ。その人がはにかんでいる。 キャノンドラモンもバイザーの下で少し恥ずかしそうに照れているのが見える。 忘れていた記憶……いや違う、『知らなかった記憶』だ、これは。 今度は別の場所……白衣の女性、中年男性、そして蔵之助さんが何かを話している。 話の内容は難しくてよく分からない。少し離れた場所でユキアグモンとホークモンがその様子を眺めている。 ダーは……その話の中に混ざっている。そうだ、これは彼女の進化先を設計するための話し合いだ。 大きなスクリーンにいろんなデジモンが表示されてる。 アルティメットブラキモン……ライジルドモン……ミントモン……シードドラモン……トロピアモン……ペタルドラモン……パラサウモン…… それを見てわたしは少し興奮してる。恐竜的な特性を持つデジモンの数々に、恐竜が大好きなわたしは……わたし? 恐竜が好きだったのは、わたし? いいや、違う……恐竜が好きだったのは…… 巨大な薄暗いドームの中だ。 自分の周囲には巨大な恐竜の骨格標本が所狭しと展示されている。 お姉さんが二人いる。白地にメッシュの入った髪のお姉さんと、左右で瞳の色が違うお姉さん。 歌のお姉さんと、カッコいいベルゼブモンさんと、特撮のお姉さんだ。 そうそう、わたしもボーンフリーとかコセイドンとかアイゼンボーグとかポーラーポーラーとかが好きで…… それは、わたし?わたしのこと?誰のこと? ああ違う。違うけど、違わない。この記憶はわたしのじゃない。 だけど、わたしはそれを拒絶できない。拒絶するために必要な――わたし自身の記憶が、無い。 ただ覚えているのは、わたしと同じ顔をした、同じ年格好の子たちが何人も……違う。 それも違う。だってわたしは。その子たちと違って。 わたしの髪の毛は、普通の人間と同じようなくすんだ金色で、あの子たちのようなテリアモンの模様が入っていない。 わたしが、わたしだけが違ってる。だからわたしは、処分対象になって。 分解廃棄される、そのはずだったのに、わたしはこうして、今。 「そう、その体はヒマちゃんと同じってだけで、あなたはヒマちゃんそのものじゃない。」 ダーが、私に話しかける。姿は見えない。存在は感じる、思考も感じる、声も聞こえる。 「ヒマちゃんはいなくなっちゃった。記憶と記録は回収した。あとは容れ物が必要。」 ……つまり、わたしに容れ物になってほしい、ってこと? 「勝手なお願いだってのは理解ってるさ。だから、嫌なら……」 いいよ。 「即答!?いいの?お願いしといて言うのもなんだけど、本当にいいの?もうちょっと考えてからでも……」 どうせわたしにあるのは、制御用の最低限の人格と言語能力だけ。記憶ですら本来なら不要なもの。 あのままあそこにいても、どうせ食べられるだけの存在。それに、なんだかもう…… 「あの子の記憶、あの子の思い出が、もうわたしのものだったような気がしてきてる。だから多分、もうすぐわたしはあの子になる。」 「……そうかい、すまないねぇ。そして、ありがとう。」 そしてわたしは目覚める。消失という眠りから、新たなる肉体を得て。 宝摩 ひまわり(旧姓美濃部) 女 肉体年齢10歳 歴史の改変に伴い、製作された事実そのものが消失し、この世界から消え去ったクローンの少女・美濃部ひまわり。 彼女の消失を感知したのは二人。 一人は、歴史改変に伴って発生した世界の分岐によって誕生した、クローンのオリジナルであり、本名を封じて故郷を捨てたスマン・ホーマ。 もう一人は、「時間のデジメンタル」によって歴史改変を認識できるようになり、姉のように慕うひまわりを失った名張篝火。 この二人は他のデジタルワールドで邂逅し、やがて友誼を育んでとある時代のとある世界へとやってくる。 15年後の、名張一華が暮らすとあるリアルワールド。そこに連れられたスマンは、一華と百合華の二人がかりのアーカーシャへのアクセスでひまわりの『記録』を手に入れる。 スマンと篝火は現在の、かつてひまわりが存在していたリアルワールドへと移動。そこでテイマーを失い自我が崩壊しつつあったキンダーハイモンのサプリング体と出会う。 「時間のデジメンタルのフラグメントコピー」と「美濃部ひまわりの記録」を流し込まれたキンダーハイモンは自身のテイマーのことを『思い出し』、自我を取り戻す。 自身の記憶を頼りにひまわりのデジヴァイス:を取り戻し、一華から託されたクロスローダーに入れられたデータ復旧プログラムによって『ひまわりの記憶』データの復旧を果たす。 同時期、スマンと篝火はダークエリアにあるヴィンゴールヴ技研に潜入。テリアモンの因子が排出され完全に人間となってしまい、廃棄処分されようとしているパリアモンを発見する。 彼女を救出した二人はリアルワールド・豊洲のデジ対へと駆け込み、救出したパリアモンを素体としてひまわりの復活を企図する。 上手く行くかどうかは賭けであったが彼女たちはこれに勝った。『美濃部ひまわり』の人格と記憶が融合し、パリアモンは新たなる『美濃部ひまわり』となった。 彼女は覚醒後、自分のオリジナルの母親の姓を当て字した苗字に改名、テイマー能力の研鑽に励んだ。 そうして美濃部改め宝摩ひまわりは、自身のテイマーとしての能力を総動員して、神馳悟の打倒へと動き出す。 ひまわりのクロスローダーは元はスマンがとある世界で入手したものである。 一華がデジモンのリアライズ理論を応用して開発した『リアライズされた虚数』で構成された素材、i-マテリアルを組み込んでリビルドしている。 これは物理的にはABS樹脂程度の強度しかないが、虚数故にデジタルな変化を完全に拒絶する特性がある。 これにより、ドットマトリクスのようなデータの分解やアブソーベント・バンのような取り込みや強制的な異世界への転移、あらゆるデジモンからのハッキングを阻止する。 それどころか、対ハッキング防御の用意がないデジモンは逆に虚数由来のエラーを誘発され最悪の場合自壊を引き起こす。 元々のデジヴァイス:は、耳の管理用タグのコネクタを利用して右耳に装着されている。 これにより無発声・思考および視線入力でのデジヴァイスの操作が可能になっている。 また、クロスローダーとの連携機能も実装され、こちらも思考入力で操作可能となっている。 ひまわりの性格は戦いに備えてやや好戦的に変化している。が、特撮や恐竜が好きだったりゲーム大好きなところは前と変わっていない。 ただ、キンダーハイモン共々イレイザー抗体を移植されたことから、デジモンイレイザーとイレイザー軍を心から憎むようになった。 だが何よりも大きな変化は、命や戦い、その意味について、自発的に考えるようになったことだろう。 わたしを覗き込む顔が5つ。 ひとつはすぐ分かった。ダーだ。三つ編みのお姉さんは今にも泣きそうな顔をしている。その横の蛇のデジモンはこらえるようにじっと押し黙っている。 クアンタモンは無表情で何を考えているのか分からない。 ……わたしそっくり、いや、わたしと同じ顔のお姉さんは、不安そうな様子でわたしを見つめている。 「……わかりますか?あなたは、自分の名前がわかりますか?」わたしと同じ顔のお姉さんが、そう尋ねる。 「……わたしは、ひまわり。みのべ、ひまわり……に、なりました。」 「ヒマ姉!」三つ編みのお姉さんが抱きつきながら泣き出した。ちょっと痛い。 わたしは自分の記憶を……それに添付された、今までの概況を、遡る。 「……泣かないでください、ええと、カガリさん、でいいですか?」 「!!……ひ゛ま゛ね゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!」……余計泣いてしまった。これはちょっと収まりそうにない。 「あなたがわたしのオリジナルの……スマンお姉さん、ですね?面倒なので、姉さんとお呼びしてもいいですか?」 わたしの言葉にスマンお姉さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。そんなに意外だった? 「早速ですが姉さんにおねだりしたいものがあります。」わたしの言葉に、その場の全員が一斉にわたしを見た。 「異世界でイレイザーになったお姉さんを倒して、デジメンタルを奪ってきてください。」