①  クリスマス仕様に変わった街並みを眺めながら、バニラはマスターの店に向かって歩いていく。 「くっそ~、リア充めらが~…」  すっかりすれ違う人たちのムードもクリスマスモードだ。至る所で家族連れ、ラブラブ夫婦にバカップルの姿が嫌でも目に入る。  別に彼氏が欲しいわけではない。が、こうやって伴侶やパートナーとの熱いひと時を過ごす人たちの中、一人歩く自分を顧みるとなんだか来るものがあるのも事実である。 「…ん?あれは…」  ふとピアノの旋律が聞こえる方にバニラは顔を向ける。別に街中でピアノが聞こえること自体は不思議ではない。問題は場所。だってピアノの聞こえる先は、公園だったのだから。 「「あわてんぼうのサンタクロース、クリスマスまえにやってきた♪…」」  一台のストリートピアノを二人の黒髪長髪の美人と金髪碧眼の美青年が歌を歌いながら弾いている。旋律を奏でる右手を女性が、伴奏を担当する左手を男性が担当するその演奏は、一切の乱れなく完璧なハーモニーを奏でていた。 「「シャラランリン チャチャチャ ドンシャララン…」」  演奏が終わって顔を見合わせて微笑みあう男女に、周囲の聴衆から拍手と、時折「もう結婚しろ!」というやっかみの声が聞こえてくる。 「いい演奏ができたねクリスト」  充実感を伺わせる笑みでイザベラがクリストに話しかければ、クリストも同感と大きく頷く。 「はい、あわてんぼうのサンタクロース、聞き慣れた曲でしたが、弾くとなると結構難しかったですね」 「でも、いい演奏だったね」  演奏を目を瞑ってイザベラは演奏を振り返る。 「はい、イザベラ様のメロディーが素晴らしかったのでいい演奏になり「違うよ」…え?」  思わぬ所で異議を挟まれ、クリストが目を丸くする。 「いい演奏になったのは、クリストの伴奏が凄かったから」  ドンっとでかい文字が浮かびそうな迫力で主張するイザベラ。だがここは引けないクリストも負けじと反論する。 「いえいえ、しっかりと右手のメロディーが弾けてたからいい演奏になったのです」 「土台を支える左手がしっかりしてたからだよ」 「いいえ!イザベラ様の素晴らしいメロディーの前では僕は足を引っ張ってないかと汗顔ものでした」 「違うの!しっかりと左手の伴奏がしっかりしてないとあんなにいい演奏にならなかったもん!」 「み!ぎ!て!」 「ひーだーりーてー!」  さっきまでのほのぼのオーラはどこやら、何とも馬鹿馬鹿しい理由で喧嘩する二人に聴衆は皆こう思った。 (リア充爆発しろ!)と。 ② 「待ちなさい!そこの泥棒!」 「邪魔だ!どけ!」  こちらに向かって突進してくる男にバニラは目を丸くする。その後から追いかけてくる刑事の存在から、目の前の男が犯罪者だと認識したバニラは、すれ違う瞬間にすかさず足払いをかけた。 「ぐえええ!!」  哀れ、その男は猛ダッシュしてたのが仇となって、勢いよく前のめりに転ぶこととなる。うめき声をあげながら地面に転がるその男は、そのまま御用となった。 「逮捕にご協力いただきありがとうございます」 「いえいえ、これくらい大したことじゃないです」  そう、腐ってもバニラは冒険者。あのくらいの芸当は朝飯前。むしろあの程度で済んだことを泥棒は感謝すべきなのだ。  刑事から厚く礼を言われたバニラはいい気分になりながらその場を離れる。今日はいい気持ちで寝れそうだ。 「ふう…」  サトーはため息を吐く自分を抑えられなかった。この年の末になると、浮かれた空気に触発されるのか、どうもスリ、泥棒、暴力沙汰に酔っ払いと通報数が急増してきており、そのためサトーはクリスマス何それ美味しいの?というような日々を過ごす羽目になっていた。 「お疲れさん。ほれ」 「あ、ありがとうございます」  ギャンからライターを向けられ、一瞬躊躇ったものの、欲求に従いサトーは内ポケットから煙草を取り出す。 「…背徳の味ですね」 「はは、刑事の言う事じゃねえな」  それもそうだとサトーは苦笑いを浮かべる。だが仕方ないのだ。多忙とストレスでクリスマスどころか心身が削られる日々。これくらいは許してもらわないとこっちも困るというもの。  ギャンも煙草を取り出すと火をつける。二人で無言で紫煙を漂わせる時間が過ぎていく。 「昔は、この時期は仕事が大っ嫌いだった」  ギャンが訥々と煙を眺めながら語り始める。サトーは何も言わず彼の耳を傾ける。 「家に早く帰りたくてよ。とにかくこの時期に問題起こす輩が大っ嫌いだったね」 「…今は違うんですか」  ギャンの隣に並んでサトーは尋ねる。 「今は忙しい方がいいな。俺は」  煙草を咥えるギャンの表情からはどういった感情も伺えない。 「……私は、忙しいのは嫌です」  前を向きながらサトーはギャンに語り掛ける。 「困ってる人は少ない方がいいし、私もフリーな時間が増えるし」 「それに」と煙草の火を消しながらサトーはギャンの方に顔を向ける。 「ギャンさんと、二人で話を出来る時間が増えていったら嬉しいですから」  僅かばかりだが、ギャンの顔に驚きが浮かぶのを見て、サトーはしてやったりというような笑みを浮かべた。 ③ 「愛してるよ、ハニー。今日はホワイトクリスマスといこうか…」 「私もよ、ダーリン。今夜は寝かさないわよ…」  人目も気にせずいちゃつくアベックを見てバニラはうえっと思わず呻いた。  二人きりの場で思いっきりいちゃつけばいいのに、なぜ人前でわざわざいちゃつくのか、ああいう人種は。 「ほんっとむかつく!ああいうのは法律で規制すべきよまったく!」  毒づいた所で虚しくなってくるのは己が独り身だからか。「ちっくしょー!」叫んでバニラは走り出した。 「「メリーホワイトクリスマス♪」」 「なんかフレーズが違くない!?」  アストレッドとストロベリーの祝いの声に思わずヨシタカは突っ込まざるを得なかった。 「いやー、いいツッコミだね」 「これから私たちに突っ込むんですけどね」 「「ねー♪」」とハイタッチするデカパイ美女2名に思わずヨシタカはずっこける。 「…ところでヨシタカくん」 「な、なにかなストロベリーさん」  ストロベリーが前かがみになりながらヨシタカに近寄る。思わずヨシタカの顔が赤らむ。 「私たちの姿を見ていうことないのかな?ヨシタカ君」  アストレッドも膝立ち開脚のポーズをしながらヨシタカに感想を求める。さらにヨシタカの頬が熱を帯びる。なぜなら…。 「すごく、エッチなサンタです…」 「「いえーい!」」  やっとのことでヨシタカが発した感想に、またもや紅白の美女二人はハイタッチする。  そう、二人はサンタ衣装、それもただのサンタ服ではなく、どすけべサンタ衣装に着替えていた。  サンタクロースに謝れと言いたくなるような、上半身はビキニ、下半身のスカートも膝上までしかないという通称ビキニサンタ衣装に着替えていた。ただでさえ露出の少ない扇情的な衣装なのに一々胸元を強調するポーズをとるので非常に下半身に悪い。 「さあ、それではヨシタカく~ん…」 「ホワイトクリスマスといこうか~」  手をワキワキさせながらにじり寄ってくる二人に思わずヨシタカは後ずさる。 「あ、あの、ごくごく一般的な全年齢版のクリスマスは…」 「「却下♪」」  笑顔でヨシタカの提案を却下すると二人はヨシタカに飛び掛かった。その晩は1日中嬌声が途絶えることはなかったという。 ④ 「チキンはいかがですかー!クリスマスの夜にチキンはー!」 「チキンかぁ…」  売り子のチキン販売の声にバニラのお腹がぐうっと答える。つい足が声の方に向こうとするのをバニラは必死に理性で押さえる。 (ダメダメ!どうせマスターの店でもチキンは出されるだろうし)  様々な地域を渡り歩いてきたバニラだからこそわかるがマスターの店の料理は逸品である。せっかくのクリスマス仕様の御馳走が満足に食べられないのは惜しい。そう自分に言い聞かせると、バニラはマスターの店へと再び足を進めた。 「チキンはいらんかー…はぁぁぁ、寒いよー!」  ツジカイは寒さでかじかんだ手に息を吹きかける。その瞬間は手に暖かさが宿るが、所詮その一時だけでまた凍てつく空気がツジカイの掌を襲う。 (うー、失敗したかな?いい稼ぎのバイトだけどさあ…)  クリスマスのシーズンはどんな飲食店や販売店にとっても稼ぎどころ、販売に力を入れたい業者は短期バイトをどこもいい時給で求人を出しており、今回ツジカイが行ってるチキンの販売もその短期バイトの一つだった。  なぜ、わざわざツジカイがわざわざこのシーズンにバイトに打ち込んでいるのか。ツジカイには一つの目標があった。 「でも、このバイトでひと稼ぎできれば、ナチアタねーちゃんにご馳走いっぱい買ってあげられるんだ」  そう、ツジカイはナチアタ・コンナ-二とクリスマスを祝いたかった。異形と化したナチアタは人の目を避けて人里から離れた所に潜まざるを得ない。そんな彼女のためにツジカイは24日までバイトで稼ぎ、本命の25日にサプライズでクリスマスを祝おうとバイトに精を出していたのだ。 「ヨシ!やるか!」  頬を叩いて気合を入れると、また行きかう人々に少年はチキンを売ろうと声を張り上げる。 (どんな姿でもナチアタねーちゃんと一緒ならメリークリスマスだって、ナチアタねーちゃんにケーキとご馳走いっぱい用意して言ってやるんだ!)  人外の体ゆえに人目を避けて行動するナチアタのために、ツジカイはチキンを売り続ける。 「チキンはいりませんかー!クリスマスの日に美味しいチキンはいりませんかー!」 ⑤  ようやくマスターの店についたバニラは扉を開けて勢いよく入店する。途端に彼女の耳に入るクリスマスソングの合唱にアルコールで愉快になった常連客の笑い声。 「お、バニラじゃねえか!メリークリスマス!」 「メリークリスマス!マーリンさん!」  ジョッキを片手にいい感じに出来上がってきているマーリンがバニラに声を掛ける。 「いい感じに出来上がってきてますがお金あるんですか?」 「ハーッハッハッハ!ツケだ!」 「メリークリスマス、スプドラートさん。アル=コールさん」 「メリークリスマスか…俺に祝う資格があるのかはわからないが、言われたからには返すのが礼儀だろう…。メリークリスマス」 「メリークリスマス。バニラさん…主も今宵は多少の無礼講もお許しでしょう…グビグビ」  右手にハイボール、左手にワインのグラスを持ってるアル=コールは既に顔が真っ赤に染まっている。今日ばかりはもう放っておくことには決めたのか、スプドラートも彼女に特に注意する様子は見られない。 「メリークリスマ……ベンケイさんにこの言葉言って大丈夫なんですか?」 「全然オッケーでござるよバニラどの。人を笑顔にし、縁を温める行事に口挟むほど拙者は野暮ではござらぬ」 「メリークリスマス!」  ベンケイがバニラの言葉に嬉しそうに頷くと。焼酎のお湯割りを口に運ぶ。 「あれ~?オボウサンってお酒飲んでいいんですか~」 「む、バニラ殿これはお酒ではなく般若湯というんでござる。酔うためではなく修行に役立つ知恵を生むための飲み物。それが般若湯でござるよ」 「そーですかー」 「自分を見失うほど飲むのは戒律に反するが、自己責任で自らを戒められる人なら飲んでも大丈夫なのでござる!」  なおも力説しようとするベンケイを適当にあしらって、バニラはマスターのいるところの、カウンターの椅子に座る。そしてメニューを眺めると、にんまりと笑ってこう叫んだ。 「マスター!チキンください!」