聖域の「メスガキ」たち チャイムが鳴り、静寂のなかで授業が終わった。 三十人の少女たちは、何事もなかったかのように優雅に一礼する。その完璧な「お嬢様」の所作に、僕は心底安堵していた。 「……ふう。初日はなんとか、無事だったかな」 教壇で教案を片付けていると、背後からクスクスという粘り気のある笑い声が聞こえた。 振り返ると、二人の少女が僕のすぐ後ろに立っていた。 サキとミウ。 さっきまで「淑女の鑑」のような顔をしてノートを取っていたはずの二人は、いまやニヤニヤとした、酷く人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。 「ねぇねぇ、先生。今の授業、本気でやってたの? 声震えてて、マジでウケたんだけど」 サキが、口元を隠すようにして、鼻を鳴らした。その言葉遣いの落差に、僕は耳を疑う。 「……サキさん? 言葉遣いに気をつけなさい」 「あはは! 怒った? 怖ーい。でも、先生のその必死な顔、超キモいよ?」 今度はミウが、僕の腕をぐいと掴んだ。 「ねえ、先生。お近づきのしるしに、握手してあげてもいいよ? ほら」 ミウが差し出したのは、高級な刺繍が施された白手袋。だが、その握り方は乱暴で、僕の反応を愉しんでいるのが見え見えだった。 僕がたじろぎながらも手を重ねると、彼女たちの指先が、僕の手首のボタンのあたりをねちねちと弄り始めた。 「……っ、何をしてるんだ」 「何って、挨拶じゃーん。あ、先生、手汗すご。きっつ……。もしかして、手袋脱ぎたくなっちゃった?」 サキが僕の顔を覗き込み、意地悪く目を細める。 「ねえ、外してよ。先生の『手のひら』、見せてよ。新任の挨拶でしょ?」 「それは、できないと言っただろう。下品な真似はやめなさい」 僕が毅然とした態度を取ろうとすると、二人は顔を見合わせて、お腹を抱えるようにして笑った。 「あはは! 下品だって! 先生、マジでうぶすぎ!」 「いいじゃん、誰も見てないよ? それとも何、見せられないくらい汚い手なの? もしかして、中身おじいちゃんみたいにシワシワだったりしてー?」 サキが僕の手首の隙間に、無理やり自分の指をねじ込んでくる。 「っ……! やめなさい!」 僕は反射的に彼女の手を振り払った。 二人は一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに勝ち誇ったような笑みに戻った。 「あーあ、先生。生徒に手をあげるなんて、サイテー」 「明日、パパに言っちゃおっかな。新しく来た先生、私の手を乱暴に振り払って、手袋まで脱がそうとしたんですって」 「そ、そんなことは……!」 「わかんないよ? 私たちがそう言えば、みんな信じちゃうもん」 サキが舌をぺろりと出して、僕を指差して笑う。 「先生。この学校で、誰が一番偉いか、まだわかってないみたいだね。……じゃあね、キモい先生。明日も楽しみにしてるから」 彼女たちは、教室内では見せなかった奔放な足取りで、廊下へと消えていった。 伝統ある「淑女の教育」の影で、彼女たちは自分たちの特権を完全に理解し、それを武器に大人を屈服させる愉悦を知ってしまっている。 僕は震える手で、乱れた手袋を直した。 明日からの授業が、ただの苦行にしか思えなくなっていた。