「……はい、アストンマーチャンです」
「今日はタキオンさんから頂いたおくすりを使って、いつも働き者なトレーナーさんを癒してあげたいと思います」

　暗くなり始めた廊下をてくてくと歩きながら、マーちゃんはスマホの録音画面に話しかけます。

「はい、説明しましょう〜。マーちゃんがタキオンさんから貰ったおくすり、それは『ねこさんになるおくすり』なのです」
　じゃじゃーんと効果音を口ずさんで、マーちゃんはすこし怪しげな薬をチャプチャプと揺らします。

「……トレーナーさんはとっても頑張り屋さんです。今日だって、トレーニングが終わったあともトレーナー室に残ってお仕事をしています。いっつも頑張ってばかりなトレーナーさんには、リラックスが必要です。ゆるふわでぽかぽかなごほーびなのです」
「ねこさんはお好きですか？　マーちゃんはいっぱいお友だちです……♪　知っていますか？　ねこさんには癒しの効果があるのです。アニマルセラピーというやつなのです」

　てくてくと歩いていたマーちゃんは、とある扉の前で立ち止まりました。そこはトレーナーさんのトレーナー室。暗い廊下に漏れ出す光は、トレーナーさんがこの部屋にいるという証でしょう。

「そーっと……そっと……」
　マーちゃんは扉に手をかけると、音を立てないように静かーに、控えめに、戸を開けて中をちらりと覗きます。

「――……うーん……トレーニングの方は順調だが……広報はまだ不十分……あのグッズ化の件はまだ時間が掛かるようだし……そういえば漫画の構想も今のうちに……うぅん……それからそれから、アストンマーチャンをもっともっと広めるために、他にできることはないだろうか……」

「……ふふ、トレーナーさん。マーちゃんのことをいっぱいいっぱい考えていますね。感心感心です……♪」
　うんうん、と頷いてマーちゃんはそっと扉から顔を離します。

「……はい、それではおくすりを飲んでしまいましょう。これを飲めば、マーちゃんはねこさんになれるハズなのです」
「そうしてトレーナーさんの前に行って、いっぱいにゃーんとアピールするのです。そうすればトレーナーさんは仕事を放ってねこさんになった私に構います。トレーナーさんはマーちゃんねこさんに夢中になります。ともすれば、トレーナーさんは癒されること間違いなしです。……はい、完璧な作戦です……♪」

　きゅぽんと薬瓶の蓋が開く音がします。
「――それではいただきます。こくこくこく……」
　マーちゃんは手に持った怪しげに光る薬を、なんとなんの躊躇いもなしに飲み干したのです。

「ふはー……。んん……すこしヘンな味ですね？　でも良薬は口に苦しと言いますし。きっと効いてくれますよね……？」
　空になった瓶をぼーっと見つめながら、マーちゃんは変化のときを待ちます――。

「……あ、そうだ。それでは本日の記録はおわり。結果は明日記録するのです。大変身を楽しみにしてくださいませ……♪」
　そう言って、マーちゃんはスマホのボイスメモを止めました。ふふふ、楽しみです……♪

「――待っててくださいね、トレーナーさん……♪　大変身したマーちゃんが、トレーナーさんをふやふやにしてあげますので……♪」


――――――

　…………おかしいです。待てども待てどもカラダはねこさんにはなりません。

「んんー……？　マーちゃんは、何かを間違えてしまったのでしょうか……？」
　おかしいなと思いながらタキオンさんから貰った説明書を開きます。マーちゃんはそれをよーくよーく読んで見ました。すると……。

「…………あっ、なるほど〜。『ねこさんになる薬』ではなく『ねこさんに見せる薬』なのですね……？」
　難しい理屈とかそーいうのはよく分かりませんが、どうやら今のマーちゃんはウマ娘マーちゃんのままなのに、他の人が見るとねこさんマーちゃんに見えるそうなのです。

『説明書。この薬はぱーをぴーしてぷーすることによって、服用者の他者からの認識が猫に変わる効能がある。自分からは姿はそのままに見えるが、相手からはただの猫に見えるというわけだね。喋ってる声もねこの鳴き声に変わる優れものさ！』
「はーなるほど。声もねこさんになってしまうのですね？」

　マーちゃんからは普通に見えますし普通に聴こえますが、ちゃんと薬が効いているのなら、ねこさんに見えるし聴こえるようです。

「……それではテストですね。すこし大きな声でトレーナーさんを呼んでみましょう」
　本当に薬が効いているかを確かめるために、マーちゃんは思い切ってトレーナーさんに呼びかけます。

『トレーナーさーん、マーちゃんですよ〜、聞こえますかー？』
「…………？　……いま、気のせいかな……猫の鳴き声がしたような……」

「……ぉおっ……！」
　いま、トレーナーさんはマーちゃんの声に反応しませんでした。あのトレーナーさんが、マーちゃんの声を聴き漏らすわけがありません。それに、猫の鳴き声がしたって言っていました。
　これは間違いありません。薬はばっちり効いています。飛び込みましょう、トレーナー室に。作戦開始です……♪

　……そーっと……扉を開けます。ねこさんは扉をあまり開けません。バレてしまわないように、ゆっくり開けましょう。
　……トレーナーさんは……パソコンとにらめっこしてますね……？　まだバレてなさそうです。それでは、ぬき足さし足しのび足……。トレーナー室に侵入します。

「んんーっ……どうしたものか……」
　トレーナーさんはまだマーちゃんに気づいていません。

　…………あ、マーちゃん重要なことに気づいてしまいました。
　ねこさんは立って歩きません。4足歩行なのです。なのに、今のマーちゃんは2本足で歩いています。
　これは由々しき事態です。これではトレーナーさんにこの猫おかしいと思われてしまいます。

「ぶつぶつぶつ…………」
　幸い、トレーナーさんはまだこちらに気付いていません。今のうちに4足歩行になりましょう〜……！

　んしょ……んしょ……。
　これにて4足歩行マーちゃんの完成です。……4足歩行というより、ハイハイでしょうか……？　うーん……ほんの少しだけ恥ずかしい気もします……。

　んしょ、んしょ……。うんしょ、うんしょ。ハイハイをしながら、トレーナーさんの元へと向かいます。まだ距離はありますが、これくらいなら気付いて貰えるでしょうか？

『こんばんは、トレーナーさん。アストンマーチャンですよ』
　トレーナーさんを見つめながら挨拶をしてみます。きっとトレーナーさんにはにゃあと聴こえたハズです。
「うん……？　あれ、今やっぱり猫の声が……」
「……あっ」『あっ』
　キョロキョロと辺りを見渡していたトレーナーさんと目が合います。
　…………四つん這いのマーちゃんがトレーナーさんに見つかってしまいました。……流石のマーちゃんもこれにはドキりとしてしまいます。

『…………あのその、これは……その……』
「……猫だ。猫がいる……。……どうしてこんなところに？」
　トレーナーさんの言葉でホッとします。良かった、ちゃんとねこさんの姿になれているみたいなのです。…………四つん這いのマーちゃんはトレーナーさんの目には映っていないみたいです。

「……迷いこんで来たのか……？　トレーナー室までやってくるなんて凄いな」
　トレーナーさんはマーちゃんを見つけると、そう言って近づいて来ました。トレーナーさんが屈んで目線を合わせるとマーちゃんの頭をなでなで、としてきます。

『ふぁ……わ、わぁ……トレーナーさんは大胆ですね……？』
　こんな体勢でなでなでされることなんて今までなかったので、なんだかヘンな気分です。

「んん？　なんだ、ナデナデが良いのか？　ん、結構人馴れしてる猫みたいだな」
　うんん……人馴れしてると言いますか、マーちゃんと言いますか。そうとも知らずにトレーナーさんはマーちゃんをなでなでしています。

「よしよしよし……。うーん、首輪はついてないし……トレセン敷地内の猫かな……？　確か、理事長は敷地内の猫を全て把握しているとか噂になってたような……」
『ふふふ、マーちゃんはマーちゃんねこですよ？』
「ん、そっか。うちのとこの猫かー。それならすこし愛でてても問題は無いか」

　……会話ができない分、すれ違いは起きてしまいますね。すこし寂しいですが……でも致し方ありません。これもトレーナーさんを癒すため。我慢も必要なのです。

「おー、よしよしよし……」
『ふゃぁ……！？』
　突然、トレーナーさんがマーちゃんのほっぺをすりすりし始めました。びっくりしてヘンな声も出ちゃいました……。
　でも、トレーナーさんからしてみれば、ねこさんのほっぺをなでなでするのは普通のことで……。うー……///

『…………マーちゃんのほっぺた、もっとすりすりしてもいいですよ……？』
「ん、なんだほっぺすりすりして。……ふふっ、すりすり気持ちいいのかー？」
『なんだか、その……ポカポカしますのです……えへへ』
「そうかー、よしよし」『ふゃー……♪』

　マーちゃんはトレーナーさんへの頬ずりをしばらくずっと楽しみます。……はっ……トレーナーさんを癒す計画のことも、もちろん忘れていませんよ……？
　トレーナーさんはねこさんをなでなでできる。マーちゃんはトレーナーさんに頬ずりできる。うぃんうぃんなのです。

「……そういえば、首のとこも好きな子はいるらしいな」『……えっ？』「……よしよしむにむに……」『ひゃあっ……///』
「ん、鳴いてる。ここが良いって感じかなー……？」
　と、トレーナーさんに首すじを触られています……！　とってもこそばゆくて、とってもムズムズします……。
　うぅ……っ。こ、これ以上は危険です。マーちゃんアラート発令なのです。

「あれ、行っちゃった」
　するりとトレーナーさんの手からすり抜けて、トレーナーさんと距離を離します。かわいいマーちゃんのうなじをむにむにするのは禁止なのです。

「はー、可愛かったなあ……よし、リフレッシュできたし仕事に戻るか」『あっ……』
　どうしましょう、トレーナーさんが仕事に戻ってしまいます……！　それはいけません。これはトレーナーさんをふやふやになるまで癒し尽くす大作戦なのです！
　ならば……マーちゃんも一肌脱ぐ必要があるのです。

『トレーナーさん、トレーナーさん』
「ん、なんだ……？　何を鳴いてるんだ……」
『トレーナーさんの脚に……スリスリスリなのです』
「わあっびっくりした。いきなり甘えてきて……結構甘えん坊なのか……？」
『仕事なんて放っといてマーちゃんに構ってください〜』
「あはは、可愛らしいけど……ちょっと歩くのにはジャマかも……？　よいしょっと」

　脚へのスリスリで進路を妨害したのですが、トレーナーさんはデスクまでたどり着いてしまいました。作戦失敗の危機なのです……！！
　こうなったら実力行使なのです！　マーちゃんやるときはやるのです……！

『えい』「あっ……」
　ふふーん、トレーナーさんが椅子に座る前に先に座ってやりました。これでトレーナーさんは手詰まりです。

「…………これから仕事なんだ。ごめんね、ねこちゃん」『えっ……』
　しかし、トレーナーさんは座ってるマーちゃんに近寄っていって……どんどん近づいていって……。そうして、差し出された手のひらがそのままマーちゃんの脇を捉えます。

『わわわあっ……！？』
　と、トレーナーさんに、だっこ……されてしまいました……///　……トレーナーさんはけっこー力持ち、ですね……？

「よいしょっと……ごめんねねこちゃん、仕事がまだ残ってるんだ……また後でね」

　ドキドキしているマーちゃんを余所に、トレーナーさんはマーちゃんを降ろすと椅子に座ってしまいます。

　むっ……むーーっ……。こうなってしまったら仕方がありませんね……強硬策なのです……！！

　ゆらり、ゆらりと座っているトレーナーさんに近づいていく。
『覚悟していてくださいね……？　トレーナーさん……！』「えっなに……？」『えいっ』
　そうして、アストンマーチャンは椅子に座っているトレーナーさんの上に座ってしまうのでした。

「わっ、膝の上に乗ってきた……そんなに構ってほしいのか……？」『はい、その通りなのです』「そっか……」
「……でも仕事はしないといけない」『だーめーでーす！　トレーナーさんは癒されるのです！』

　マーちゃんはくるりとトレーナーさんと向き合うように座りなおします。そうしてそのまま……。
『ぎゅーーっ！！』
　トレーナーさんに抱きつきました。これならもうお仕事できないハズなのです。

「わっ、めっちゃべったりくっついてくるなこの子…………うう、やっぱりかわいい……」
『良いんですよ、存分にかわいいマーちゃんを可愛がってください……♪』
「…………うぅ……うーーぅ……うーーーん……っ」

　トレーナーさんの表情に葛藤の様子が浮かんでいます。これはもうあと一押しなのです……！

『トレーナーさん、マーちゃんは欲しいです……♡　マーちゃんを愛でて撫でていっぱい可愛がってくださいね……♪』
　それがトレーナーさんからどう聴こえていたのかはわかりません。ですが、トレーナーさんの理性さんを飛ばすには充分だったようでした。

「〜〜〜〜〜っ！！」
　ガバッ。トレーナーさんがマーちゃんを抱きしめながら立ち上がります。
　全身がぎゅぎゅーっと密着して、マーちゃんのお顔は思わず真っ赤になってしまいます。

「……………………」
　ズンズンとトレーナーさんはソファーに向かって歩きます。そうして……。

　ごろーん！『ふゃあ……！』
　トレーナーさんはマーちゃんを抱えたまま仰向けにソファーに横になりました。
　密着して、抱きしめあって、まるでトレーナーさんを押し倒してしまったみたいな姿……///　トレーナーさんからは、ただねこさんを抱いてるだけに見えるかもしれませんが、それはそれなのです……///

「…………かわいいなきみは」
　よしよしなでなで……。トレーナーさんは頭を背中を撫で回します。
『ふゃぁ……♡』
「……お耳もいじってあげるか。お耳のなかをカリカリカリ」
『んんっ♡♡　ふぁっ……♡♡』
　お、お耳をいきなり……しかも裏側をカリカリ刺激されてしまいました……。うぅーー……///　トレーナーさんのへんたいさんです……///

「お耳をモチモチむにむに」『んんん〜〜〜♪』
　お耳のマッサージをされて思わずふやぁとなりました。トレーナーさんは猫撫での才能があるのではないでしょうか。

「かわいいなぁ……お前はホントに」
　そう言ってトレーナーさんはマーちゃんの顔に顔を近づけます。
　どんどん近づいて、近づいて、近づいてくる。瞼を閉じたトレーナーの顔が、唇が……。

　……わぁ……ま、待ってください……マーちゃんそれはまだ心の準備というものができてはいないので――！？

　――ちゅっ。

『にゃ……にゃあ……///』
　二人の間の距離がゼロになる。トレーナーさんの唇の感触が、マーちゃんの唇…………ではなく、マーちゃんのお鼻に伝わりました。

　……び、びび……ビックリしました……。まさかトレーナーさんがこんなにも大胆だったとは……。……ううん、マーちゃんはわかります。トレーナーさんはねこさんのお鼻にちゅーしただけだと。

　でも、それはそれとして。仕返ししたくもなりました。どうせねこさんだと思っているのです。マーちゃんだって大胆なことをしちゃいましょう。それくらいしても良いのです。

「……ん、どうかしたのか？」
『ふふっ、トレーナーさん……♪』
　トレーナーさんの口元にそっと近づきます。そうして……。

『んー……んぅ、大好きです……♡』
　……ペロペロちゅっ♡

　トレーナーさんの唇をぺろぺろとなめて、軽くキスをします。どうせにゃーとしか聴こえてないので愛の告白もセットしました……♡　ふふっ、仕返し成功なのです……♪

「かわいい……かわいすぎるぅ……」
　……♡　トレーナーさんも、マーちゃんの可愛さにメロメロなのです……♪

「……あーもう、辛坊たまらん！　俺は猫吸いをする……！！」
　トレーナーさんは突然そう宣言します。そうしてマーちゃんを抱き上げたと思ったら、トレーナーさんは顔をマーちゃんのおむねに突っ込んだのでした……！！

『わぁ♡　トレーナーさんっ……♡　甘えん坊さんなのですか……？♡』
「ううっ……スーーーっ……」
　すこし……ううんとっても恥ずかしいですけど、もういまさら気にしてられません。マーちゃんのおむねに顔をうずめるトレーナーさんに愛おしさを感じて、さらにむにゅりと押し付けてあげます……♡

「はーーーっ……♪♪」
　満たされているみたいな声色でトレーナーさんは息を吐きます。
　でも、これだけでは終わりませんよね……？♡

『はい、もっともっと、マーちゃんの匂いを堪能してくださいね……♡』

「うぅう……かわいい……すき……。…………スーーーっ…………っ……？」
　突然、ピタリとトレーナーさんが動かなくなりました。
『ど、どうかされましたか……？　マーちゃんなにかヘンなこととか……』

「…………スーーーっ……。…………っ……！　……？　…………――」
　トレーナーさんが黙ったまま、もう一度匂いを嗅ぐ。そうして……――――。

「――――…………マーちゃん……？」

「えっ？」

　ぼふん、と不思議な音――薬の効果が切れる音がトレーナー室に響く。

「えっ……？　どうして……」
「…………それはまあ、俺の方も色々どうして……？　って聞きたいけど……」
　まだ現実を受け入れきれてない様子のトレーナーさん。けど、マーちゃんの中にはとっても大きなどうして？　があるのでした。

「あの……どうして、薬が切れる前に……ねこさんのマーちゃんが、マーちゃんだってわかったのですか……？」
　薬が切れる直前に、確かにトレーナーさんは、マーちゃんねこさんを見て、マーちゃん？　と問いかけました。わかるわけがないハズなのに、ただのねこさんに見えてるハズなのに。

「…………簡単だよ。きみの匂いがしたから」

　見た目はねこさんに見えます、言葉はすべて鳴き声に聴こえます。それでも、匂いだけは、そのままだったみたいなのです……。

「……トレーナーさんは、私の匂いを、覚えていてくれたのですね？」
「ああ、もちろんだとも。俺はアストンマーチャンのトレーナーだからな。きみの全てを、俺はいつまでも覚えているよ」
　トレーナーさんは微笑みながらそう言ってくれました。どうしましょう……マーちゃんのぷりてぃーなお顔が真っ赤になっちゃっている気がします。

「…………ところで、さっきのねこがマーちゃんだったってことは……色々俺はヤバいことをしでかしてしまったのでは……？　というかこの体勢もかなりやばいような」

「…………そうです。トレーナーさんはいっぱい大変なことをしたのです。なので……――」

「――マーちゃんのために、せきにん……♡　とってくださいね……♪」

おわり