　俺はトレセン学園のトレーナー。担当バであるヤマニンゼファーを探して学園内を歩いていたところ、アグネスタキオンと担当であるヤマニンゼファーの怪しげな取引現場を目撃してしまった――。

――――――

　アグネスタキオンと別れた後もふらりふらりと歩いている彼女を追いかけていた所、ゼファーはおもむろにトレーナー室へと入っていった。
「……あら、まあ……こちらは凪でしたか」
　何か自分に用事でもあるのだろうか。すこし落胆したような彼女の背に声をかける。

「トレーナーさん、こちらにいらっしゃったのですね」
「ちょうど君のことを探していてね」
「ふふ、なるほど……風向きは同じだったようですね」
　くすくすと、ゼファーは笑う。
「ゼファーも俺を探していたんだな。どうかしたのか？」
「ああ、そうでした。これを、トレーナーさんにお渡ししたくて」
　そう言って、ヤマニンゼファーは小さな瓶を取り出す。ほのかにちゃぷちゃぷと水面を揺らすその小瓶の中には、見るからに怪しげな薬品……。
　こ、これは……。

「先ほど、タキオンさんからいただきました。私に吹く風を汲んでくださいまして……」
　なるほど、先の取引はどうやらこの薬品の受け渡しだったようだ。彼女が言うには、リクエストした品のようだが……？
「なあゼファー……？　これは、何の薬なんだ……？」
　あまりにも怪し過ぎる薬品に、思わずそう問いかけてしまう。
「ふふ……私たちの恵風となるその源流……とでもいたしましょうか」
「そう……か……？」
　あまり要領の得ない返事に戸惑う。ただ、朗らかに笑う彼女の表情を見る限り、悪いものでは無さそうなのだが……。

「……さあ、トレーナーさん。こちらをどうぞ」
　差し出される薬品。
「ど、どうぞって……？」
「どうか、お飲みください。私たちの緑風のために、煽風を起こしてはいただけませんか……？」
　なんとなく嫌な予感はしていたが、やはりヤマニンゼファーはこの薬を俺に飲んで欲しいようだ……。明らかに、怪しい薬なのだが……。
「じっ……」
　ヤマニンゼファーは期待をするようにこちらを見つめてくる。思えば、ゼファーがこうして何かをせがんで来るのは非常に珍しい。
「……わかった、いいよ」
「……！　ああ、本当にトレーナーさんは凱風のようですね」
　……正直、抵抗感がまるっきり無い訳ではないのだが……これも愛バの為ならばと思い切る。

「ゴクリ」
　小瓶を開けて中身を飲み干す。果たして……どのような変化が訪れるのか――。

――――――

「な、なんだこれ……？」
　ふぁさ。ぴこぴこ。
　自分の身体に、未知の感覚が襲う。急いで鏡を確認すると……なんと、自分の腰と頭に尻尾と耳が生えてきていた。

「まあ、まるで花信風のよう……♪　とても似合っていますよ」
　まさか自分に、このようなものが生えてくるなんて……。ゼファーは喜んでくれているようだが……。なんとも変な気分である。
「ゼファーは“これ”を望んでいたのか……？」
「ええ、ふふ……♪」
　彼女の意図はまるで読めないのだが、何故だかとても嬉しそうだ。

「これならば、私とトレーナーさんで同じ風を感じられますね……♪」
　……なるほど。ウマ娘と、そうではないトレーナー。種族の違い……耳や尻尾の有無で、感じられるものは変わるだろう。それを今、俺たちは分かち合うことができるようになった。そのことが、彼女にとってはとても嬉しいのだろう。
「……これが、ゼファーの感じてる感覚なんだな」
　耳は細やかな音をも拾ってぴくりと動き、尻尾はふぁさふぁさと少し落ち着きなく揺れる。やはりまだ馴れていない感覚ではあるが、これが彼女の感じている世界だと思うと、なんだか嬉しさが込み上げてくる。

「ふふ、お気に召してくれたでしょうか……？　そうです、それが私の感じている風です。トレーナーさんも感じてくれているのですね……」
　ゼファーはそう言って微笑む。
「……それでは……いたしましょうか」「……？　うん？」
　おもむろに、ゼファーが近づいてくる。風のようにふわりと、柔らかく、ゼファーは俺と肩を並べるようにこちらへとやってきた。

　――瞬間……。ファサ……。
「……！？」
　自分の尻尾に、くすぐるような感覚が襲う。
「な、何をしてるんだゼファー……！？」
「ふふ、ふぁさ……ふぁさ……♪」
　驚いて見てみると、ゼファーの尻尾がこちらの尻尾を絡めとるように巻きついてくる。
「ぜ、ゼファー……！？　これって……」
「“尻尾ハグ”……と皆さんは仰っていましたね」
　いつだったか、ドラマの影響でトレセン生の間で尻尾を絡めてハグをする……尻尾ハグが流行っているのをゼファーとともに目撃したことがあった。

　だがしかし……。
「ゼファー……！？　だ、駄目だ……！」
　背筋が震え、未知の感覚に尻尾が跳ねる。く、くすぐったい……！
「……？　何が、だめ……なのでしょうか……？　悪風に吹かれてしまいましたか……？」
「い、いや……そういう訳ではないけど……でも、これは……と、特別な相手とするものだろ……？　俺となんて」
「特別な相手……パートナーですよね？　では……やはりトレーナーさんこそ、相応しい」
「……い、いや……特別なパートナーって、そういう意味じゃ……」
「――あなたと、ともに感じたいのです。緑風を……以前は、トレーナーさんに尻尾がありませんでした。それ故に……静穏――」
　……確かにあの時、彼女は教えられた尻尾ハグを俺で試そうとしていた。その時は自分に尻尾が無かったので未遂に終わったが……。
「でもトレーナーさんと、同じ風を分かちあえている今なら……あの時感じられなかった風も、ともに――」

　キラキラとした眼差しでこちらを見つめるヤマニンゼファー。……彼女は純粋に、あの日得られなかった風を感じたい……そう願っているのだろう。その為に、アグネスタキオンに頼みこんでこのような薬まで用意して……。
「…………本当は、その……こういうことは誰にでも簡単にしていいことでは無いんだからな……？」
「……ええ。トレーナーさんですから、したいのです」
「んん……」
　その返答は、すこし困ってしまうのだが……。まあ……多少勘違いはあれど、最低限理解しているのなら今はそれで良しとしよう……。
「わ、わかった……しよう」
「……！　瑞風、ですね。ふふ……」
　ヤマニンゼファーは嬉しそうに微笑む。その姿に内心を穏やかではいられないのだが……そっとしまいこむ。
　こうして、あの日感じられなかった風を感じるため、ヤマニンゼファーとともに尻尾ハグに挑戦することになったのであった……。

――――――

　お互いソファーに横一列に座る。……まだ何もしていないのに、なんだかそわそわとしてしまう。
「な、なあ……本気なんだな……？」
「乾風に吹かれていますか……？　ええ、私は本気です。時つ風に帆を立てないでいる、というのは私にはとても……」
　そう言って、俺の尻尾をちらりと見やるゼファー。その眼差しには期待が満ちていた。
「……っ……わ、わかった」
　もうここまで来てしまったのだ、と腹をくくる。

「それでは……♪」
　ゼファーの尻尾が、ひとつ、ふたつと自分の尻尾に絡んでくる……。
「っ……！」「ん……不思議な心地ですね」
　ふぁさ……すり……。絡みつく尻尾のこそばゆさに震えつつ、その心地をどうにか受け入れる。
「ふふ、どうかトレーナーさんも……♪」「あ、ああ……」
　促されるまま、尻尾をおそるおそる動かす。
「ふぁ……」
　尻尾が揺れ動くと、ゼファーが声をあげる。
「んんっ……確かにこれは、すこしこそばゆい……」

　ゼファーに倣って、尻尾を一周……二周と絡ませる。
「っあ……んぅ……ふ、ふふ……」
「背中を霜風が撫でるよう……でも、ふふっ……んっ……心の臓には饗の風が吹き込むようで……」
　ヤマニンゼファーは、瞳を閉じて尻尾の感触を強く感じられるように身を任せていた。
「ああ、これは……瑞風――とても、とても心地が良い……」
　ふぁさ、ふぁさ。すり。
　ゼファーの尻尾がさらに絡みつく。
「っ……ゼファー……っ」
「ふふ、感じますか……？　この緑風を……私とともに」
　くすぐったさと同時に心に舞い込んでくる満たされる心地。これが、彼女の感じたかった風……二人で起こした風なのだろう。
「……ああ、感じるよ」
　そう伝えると、彼女は心の底から歓びを表すかのように笑った。
「ふふ、ふふふっ……あははっ……！　良かった……この風は……トレーナーさんとともにある、私たちだけの風……♪　私たちが分かち合っている、私たちが巻き起こした旋風……」

「んっ……それでは、この緑風をもっと……もっと、もっと……青嵐のように――」
　くねっ、すりしゅりすりすり。より一層、彼女の尻尾が動き尻尾に絡まる。
「っ……！　ゼファーっ……！？」
「もっと、深く……繋がりましょう？」
　そっと、彼女の手が自分の手と重なった。
「ふふっ……もっと、もっと……♪　ともに風を感じましょう、トレーナーさん……♡」
　彼女の嵐のような激しさに吹かれ、思わずゼファーを見る。その目は、どこまでも貪欲に、風を感じようとしていて――。
　ぎゅっ。
　ゼファーに手を強く握られる。ゼファーの顔が近づく。尻尾がより深く、深く、求めるように絡まる。
「ぜ、ゼファー……！　これ以上はっ……！」

　――コンコン。
「――ゼファーさーん？　今度のクラスのことなんだけ……ど……」

「――あら……？」
　扉の方からゼファーを呼ぶ声がした。そちらを見てみると……ゼファーのクラスメイトがトレーナー室の扉を開いていた。
　いたのだが……ピシリ、と固まってしまっている。

「どうか、されましたか……？」
「ぁ……ぁわ……ぁわわ……」

　見る見るうちに、俺たちを見て固まる彼女の顔が紅潮していく――。

「お、おぉ……お……」
「…………？」

「――お、お取り込み中、失礼しましたーーーっ！！？？」

　――――彼女は顔を真っ赤にして逃げ出してしまった。

「あら、まあ……」

「…………ま、まずい……」
　――とても、とても、良くない場面を見られてしまったのでは無いだろうか……。
「ふふ、なんとも……飄風でしたね」
　……ゼファーは何とも思っていないようだが……俺としては非常に不味い。担当と……“尻尾ハグ”している姿を見られてしまったのは、非常に良くない……。

「どうかされましたか……？　悪風に吹かれたような、そんな表情ですね」
「……これ、色々……不味いよね……？　大事にならないと良いけど……」
「……風の噂を止めることなど、誰ができましょうか」
「う、うぅ……」
　思わず、頭を抱える。

「ふふ、それもまた風……。風に身を任せ……風を感じて……。たった今、二人が起こした風が……どのようなものになるか。また二人で、感じませんか？」
「……そう、だな」
　力なく、頷く……。ここから先、不安しかないのだが……どこか今も楽しそうなゼファーを見ながら、俺はなるようになれと……風にその身を任せるのであった……。

――――――

　――その後、トレセン学園ではトレーナーに尻尾を生やして尻尾ハグをするという行為が流行り……薬品を求める生徒たちによってアグネスタキオンは過労で倒れることになるのだったが……。それはまた別のお話。

「――私たちの風が、大きな饗の風になって……ふふ、やはり風は……素晴らしい」

おわり