　俺はトレセン学園のトレーナー。担当バであるヤマニンゼファーを探して学園内を歩いていたところ、アグネスタキオンと担当であるヤマニンゼファーの怪しげな取引現場を目撃してしまった――。

――――――
「トレーナーさん……私は、もっと風を感じたい……」
　トレーナー室で、改まったゼファーにそう訴えられる。ヤマニンゼファーは風をこよなく愛するウマ娘である。風を感じることへの探究心も人一倍に強いのだろう。
「そうか。でも、どうするんだ？　より速く走れるようにトレーニングする、とか？」
「ええ、それも風を感じるためには必要……ですが、それだけでは勁風には至れません……」
　そう言って、ヤマニンゼファーは小瓶を取り出す。
「それは……？」
「タキオンさんから頂いた薬です。風をもっと感じられるようになりたい、と相談したところ……こちらを調合して頂きまして」
　またゼファーが怪しい薬を……。そろそろアグネスタキオンとの付き合い方に苦言を呈した方が良いだろうか……。

「ちなみにその薬の効能は？」
「タキオンさんからは、感覚が鋭くなって些細な風も強く感じられるようになると聞かされています……」
　感覚が鋭くなる薬……そんなものも作れるのかアグネスタキオンは……。しかし、感覚の向上は地味に色々と活用法がありそうな薬だ。それこそスポーツなんかで使ったらかなりの効果が期待できるような……。
「……なんでも、感度が倍増する薬……？　だとか……。これで君も退○忍ドリンク！　とこちらには書かれていますね」
「ちょっと待て」
　今彼女の口からだいぶすごくアウトな言葉ばかり飛び出してきたのだが？
「それ大丈夫な薬じゃないよね？　すごく色々駄目な薬だよね？　飲んじゃ駄目だろそんなもの」
「いいえ、これも風を感じるため……ヤマニンゼファー、参ります」
「参るな！　止まれ！」
「止まりません。ごくっ」
「あっ、あーっ……あー……」
　彼女を止めようと突き出した手が空を切る。ヤマニンゼファーは勢い良く小瓶の中の液体を飲み干すのだった。

――――――
「……それで、何か変わった……？」
「そう、ですね……すこし身体が熱いような……？」
　アグネスタキオンの怪しげな薬を飲み干してしまったヤマニンゼファー。こうなってしまってはもうどうしようもないと、ひとまず彼女に異変が無いかを尋ねる。

「なんだか効果が出ている気がしますので、ターフへと参りましょうか」
「あ、ああ……」
　一抹の不安を抱えながら、彼女の後を追い外に出る。
　ターフには軽く準備運動をするヤマニンゼファーの姿があった。
「ああ、鼓動が高鳴ります……！　私はより高くこのやませの中を舞えるのですね……♪」
　顔をほのかに紅潮させたゼファーが何度か跳ねる。
　その様子を眺めていたとき、ふわりと、柔らかな風が辺りに吹いた。
「ふぁあ……っ！」
　些細な風であった、その筈なのに……ヤマニンゼファーは声を上げる。
「……これは……？　飄風……？　いえ、これはそよ風……なのにまるで、瑞風のようでした……！」
　瞳をキラキラと輝かせてゼファーは喜ぶ。
「どうやら、感覚が鋭くなるっていうのは本当みたいだね……？」
「ええ、ええ……これは、祥風……！　もっと、もっと……この身で、風を感じたい……！」
　ぐい、とこちらに身体を詰めてゼファーは訴える。
「……わかった、とりあえず走っておいで」
「はい……！　行って参ります……♪」
　たたた、とターフに向かうヤマニンゼファーを見送る。
「――いざ、風とともに……！」
　――ダッだっだっ！
　ヤマニンゼファーが走り出す。滑らかな風のようにターフを切る彼女を見守っていると――。

「――はぁあん♡」
「！？」
　突然、ゼファーの叫び声がターフにこだまする。
「ぁっ……♡　はぁん♡　これ、はっ……風が、身体を焦がして……っ♡　ぁあんっ♡」
「待て待て待て待て！」
　慌てて走るヤマニンゼファーを止める。

「はぁっ……はっ……♡　んっ……ふぁ……どうか、なさいましたか……？」
　走る脚をゆっくりと止めこちらに振り返るゼファー。どうもこうも無いのだが。
「ゼファー？　……その、大丈夫……？」
「……？　何が、ですか……？」
　何も思い当たる節が無いといった様子のゼファーに頭を抱える。

「その……声とか、なんだ……なんか変な感じじゃなかった……？」
「確かに……風の心地が凄まじく……思わず声が出てしまいましたが……」
「えっと……その……風の心地って……」
「ええ……思っていた以上の刺激で……まるで秋の暴風雨の中を突き進むような……そんな素晴らしい感覚でした……♪」
　満足そうな顔でそう語るゼファー。素晴らしい感覚……なら、まだ良いのか……？　だいぶ、かなり怪しい声が出ていたから思わず心配してしまったのだが……。
「とても気持ちが良かったです……♡　それでは、私はまだ……風を感じていたいので……♪」
「あっ、ちょっと……」

　びゅおぅ！
　止める間もなくゼファーが駆け出し強い風が吹く。

「はぁんっ♡　ぁっ♡　まるで朔風っ……♡　風が心地良い……♡　ふぁっ♡　ぁぁーっ♡」
「やっぱ駄目だってこれ！？」
　艷やかな声を全力で上げながら走るヤマニンゼファーを急いで止める。
「ふぁっ……♡　ぁっ……♡　はぁ……はぁ……♡　……っ……なんでしょうか……、トレーナーさん……？」
　ゼファーが不満げな表情で足を止めこちらをじっと見つめる。

「その声上げるの止められない？？　すごくすごいマズいってそれ」
「声……ですか……？　……海の潮風を誰が吹きやませることができるでしょうか？」
「んん、その……声を抑える努力とか……」
「風の前に心を抑えたくは無いのですが……トレーナーさん、貴方はなぜそんなにも声を気にするのでしょうか……？」
　それは、と言いかけたところで言葉が詰まる。この無垢な瞳で問いかける彼女に、なんて説明すれば良いのだろうか……。他意は無い。きっと他意は無いのだろう。
　だからこそ困る。こんなところを誰かに見聞きでもされてしまえば……それは彼女に不名誉な風評が付く結果になってしまう……。

「……とりあえず、その声をどうにかしよう……。いっそ、誰にも聞かれない場所なら……」
「はあ……」
　……そうだ、彼女が好んでいるあの場所なら。――そうと決まれば善は急げ。未だとぼけた表情の彼女を連れて俺たちは校外へと出かけるのだった。

――――――
『この電車は――……線直通○△行き――』
　ヤマニンゼファーと目的の場所へ向かうため二人で電車に乗る。行こうと思えば電車以外でも行けるのだが、今の彼女の状態を見れば……街中では絶対に走らせたくない。なので外部の刺激が少なく移動できる電車での移動を選択した……のだが。

「……と、トレーナーさん……」
　――ぎゅぅ、ぎゅぅ。
　……運悪く、満員電車に乗車してしまった。扉の方の隅にゼファーを押しやる形になってしまった。
　――ぎゅぅ……！　ぎゅうっ……！
「ふぁ……っ……！」
　混雑の波に押され、ゼファーと密着してしまう。
「だ、大丈夫か……？　ゼファー」
「は、はい……どうにか……」
　できる限り彼女の負担にならないようどうにか踏ん張りながら、彼女に声をかける。そもそも彼女は開放的な自然を好んでいる……このような混雑した密閉空間は苦手である筈なのだが……。耐えさせている今が偲びない。

　――ドン……グイっ。
「うっ……」
「ぁっ……っはっ……んぅ…………♡」
　後ろから強く押されて、ゼファーにより密着してしまう。
「と、トレーナーさん……っ♡」
　……っ！？　ま、マズい……！　彼女の艷やかな声が漏れようとしていることに、気が付いてしまう。
　この満員電車の中で、ゼファーにあられも無い声を上げさせてしまうのは避けなければいけない。こうなったら――。
「……すまん、ゼファー……っ！」
「んんっ……！？　んんぅー……んんんー……っ！」
　彼女の口を手のひらで抑える。乱暴なことをしてしまっている……しかし、彼女を守るにはもうこれしか無かった――。
「……すまない、ゼファー……もう少しだけ、我慢しててくれ……」
　周りに聞こえないよう、彼女の耳にそっと囁く。
「んんぅ……っ……♡　んぅ……っ……♡」
「……すまんっ……ゼファー……」

　そうして、ゼファーと満員電車の中で密着しながら、どうにか目的地まで耐え忍ぶのだった……。

――――――
「――ふう……」
　ヤマニンゼファーが、澄んだ空気の中で深呼吸する。
「ごめん、ゼファー……苦しい思いをさせたな……」
「いえ……それが最善であったのでしょう……？　トレーナーさんがそう判断してくださったのですから……私は……ただ、ええ……風のままに」
　そう言って、ゼファーはこちらを安心させるようにそっと微笑む。
「……待たせたな。ここでなら、好きなだけ走っていいからな、ゼファー」
　ここは、人気の無い山中。木々が生い茂り、野鳥の鳴き声と川のせせらぎが響く大自然の中。

　ふわっ――。
「ぁっ……♡　ふふっ……ここはいつも、良い風が吹きますね……♪」
「好きなだけ、風を感じてくれゼファー。……とりあえず、その薬の効果が切れるまでは」
「はい……♪　風を強く感じられる間は、やませに任せて好きなだけ……♪」
　期待に満ち溢れた表情でゼファーは微笑む。
「……トレーナーさん、上着を預かっていて貰ってもよろしいでしょうか……？」
「ああ。いいよ」
「ありがとうございます……♪」
　ふぁさり。ヤマニンゼファーが上着を脱ぐ。半袖服の、風をより感じられるような格好のゼファーが、こちらにやってきて上着を預ける。
「では……♪　ヤマニンゼファー、参ります……！」

　ゼファーが、走る。風が吹く。
「はぁあんっ♡　ぁんっ……♡　ふああぁっ！♡」
　大自然に囲まれて、ヤマニンゼファーは艷やかな声を上げながら、全身で強く、強く、風を感じるのであった。

おわり