『――！　――――。――？』『――！　――――！！』
　暗くなった部屋で俺たちはテレビの中のやりとりを見つめる。
　物語は佳境に差し掛かるところ。主人公とヒロインが言い争いしているシーンが流れていた。

「いやぁ、ベタだねえ」
　ソファーの隣でトランセンドが可笑しそうに笑う。確かに、最後の戦いを前にして主人公の男女が喧嘩をするシーンは映画では定番だ。そして定番であるからこそ、次のシーンも察することができる。

『――私のことはどうだって良いっていうの！？』『そんなワケあるか……！　けど、俺には……』『行かないで！』『…………っ！』
　言い争いを遮り、男は女へ口づけする。
『……必ず、帰ってくる』『……バカっ……』
　喧嘩のあとのキスシーン。分かりきった展開だ。

「おー、これまた古典的な。でもまあ、そうこなくっちゃねトレちゃん。……ん、トレちゃん？」
　……分かりきってはいた。いたが……やはり、少し気まずい。一人でいる時はなんてことはないが、隣にトランセンドが居ることを考えると……。

「……えっ、トレちゃん。今ので気まずくなってんの？」
「……いや、まあその……」
「えー。いやいやこんなのよくある展開じゃんよ。濡れ場とかならまだしもさ」
「いや、濡れ場って」
　平然と言い放つ担当に頭を抱える。
　……だが、しかし。確かにこの程度で気まずさを覚えるのは少し意識をし過ぎているのかもしれない。
　自省をしつつ改めて画面を見つめる。最終決戦へ旅立つシーン。物語がクライマックスに向かって動き始まり、こちらも姿勢を正して鑑賞をせねばと意識を集中させる。

「…………トレちゃんさぁー」
「……ん？　どうしたんだトラン」
　不意にトランセンドから呼ばれ、画面を見る視線はそのままに彼女に応える。
「……初めてのキスはレモンの味ってよく言うじゃん」
「まあ、聞くな」
「……それってぶっちゃけホントなの？」
「…………さぁ……？」
「……ん、そっかー」
　…………。
　……またしばらく、無言になる。画面の中の物語を眺めながら、用意していたコーラを一口飲む。
「――トレちゃんってキスしたことあるの？」
「ブッ……！！　っは、ケホケホっ！」
　コーラを吹きかけ、むせる。突然の質問に動揺してしまった。なんてことを聞くんだ……！？

「いや、トレちゃん動揺しすぎ〜」
「けほっ、いやだって……！」
「んで、どうなん？　キスしたことあんの〜？」
「いや急になんだし」
「ほら、ホントにファーストキスはレモンの味か聞こうと思って」
　な、なるほど……確かに実際に経験があれば確かめようはあるか……。
「んで？　キスは？」
「……………………あるよ？」
「何その間」
　トランセンドが疑うようなジト目でこちらを見つめてくる。
「ホントにあんの？　キスしたこと。いつ？　どこで？　どんな風に？　ほれ、言うてみぃ」
「……いやぁ……その……」
「ほれ、どうした？　言うてみ？　尋問官のこのうちの前で、ホラホラ」
　尋問官トランセンドに詰め寄られる。
　………………。

「………………ありません……」
「なんて？」
「……ありません……キスしたこと、無いです……」
　トランの前で見栄を張ったことを正直に白状する。
「だよねん♪　ふっふっふ、このうちの目に見抜けぬ嘘はないよーだ」
「くっ……」
　嬉しそうに笑うトランセンド。それを見ていると悔しさがこみ上げてくる。
「んー、まあ。うちも別にキスしたことないからおあいこなんだけどね？」
　……トランにキス経験済みだよと言われたら、ちょっと横になるところだった。

「……んー？　なんか嬉しそうじゃーん。へへっ、そんなにうちがキスしたこと無いって分かって嬉しかった？　トレちゃん」
「そんなことは……」
　ニヤニヤしながらこちらを小突くトランセンドに言葉を濁す。そんなことはない……筈である。
「でもでも本当はー……？」
「キスしてないって分かってうれし……ってんな訳あるか！　無いわ！　そのニヤニヤするのやめい！」
　気がつけば映画そっちのけでトランとからかいからかわれの応酬をしていた。

「……いやぁ、それにしても。困ったなあ」
「ん？　何が困るんだ？」
　わざとらしく頭に手を当てうーんと声を漏らすトラン。
「いや、うちらのどっちかがキスしたことあったら、初めてのキスはレモンの味かどうか知れたのに」
「まだその話題引きずるの？」
「どっちもキスしたこと無いからファーストキスの味分かんないなぁー」
「なんなのさっきから」
　芝居がかった話し方をするトランセンドに思わずそう突っ込む。
「キスしたこと無いからなぁ〜……ちら」
　こちらをわざとらしく見てくるトランセンド。彼女は一体何が言いたいのか……。
「何かファーストキスの味が分かる方法ないかなー？　……ちらちらっ」
「なんなんだ本当に……」
　そんなこと言っても、お互いキスは未経験なのだからキスの味なんて知らないし、それを今から知る方法なんて……。……方法なんて……。なんて……そんなの――。

「――トレちゃん」
「…………な、なんだ、トラン」
「……今から――」

「――キス、する？」

　時が止まる。
　言葉が詰まる。
　映画の音がはやる鼓動にかき消える。

「と、トラン……そ、それは、その……」
　なんとか言葉を絞り出すがそれは、あまり意味の無い言葉で。
「と、トラン……？」
「――なーんて、冗談に決まってるじゃーん」
　真剣な眼差しから一転して、コロコロと柔らかに笑うトランセンド。
「トレちゃんキョドリ過ぎ〜」
「だ、だってそりゃ……！」
「へへっ、マジだと思った？　初めてのキスの味を確かめる為に？　うちらでキスするかもって？　あはは」
　からかうように笑うトラン。こっちはかなり動揺したというのに……。
「なんだよ〜心臓に悪いな……ホント、もう〜」
「あはは、ごめんねトレちゃん」
「ほんと、勘弁――」「――ちゅ」「……！？」
　突然、くちびるに柔らかな感触が押し当てられる。
　近すぎるトランの顔。くちびる同士が触れ合う――。

「――……ふふ、隙あり……♪」
「っ！？　と、トラン！？」
「しちゃったね、ファーストキス。……お味はどうどう？」
　まだ脳の整理がつかないまま、問われる。
「や、柔らかった……？」
「……ぷっ、あはは♪　なんだよそれー、味じゃないじゃーん」
「いや、だって……！！」
　彼女はいつもの様子でこちらをからかう。どうして平気でいられるのだろうか、こちらはいっぱいいっぱいだと言うのに……。
「――じゃあ今度は、ちゃんと味わってよ？」
「……えっ――」

　ちゅぅ……♡

「っ……！？」
　再び、くちびるが触れ合う。前よりも、長く、深く……触れ合い続ける。
　柔らかな感触が、くちびるから伝わる。味わうように、ずっと……。

「ん……♡　ちゅぅ……♪」
「っ……っぅ……！」
　それは永遠にも感じられた。そんな長い、長い、キス。
「ぷはっ……ふぅ……」
「っ……」
　あの柔らかな感触が、またくちびるに残る。そうして遅れて、理解する。俺は、トランとキスをしてしまった……。

「ふふっ、どう？　キスの味、分かった？　ねぇトレちゃん……♪」
「……トラン……良いのか……？」
「うん？」
「……いや、その……俺とキスなんかして……」
「いいよ」
「……というか、トレちゃんにしかやらないよ？　他の人にするワケないじゃーん」
「…………そう、か」
　こちらをからかうような表情であったが、その瞳は真剣そのものであった。ならば、俺は……。

「んで、トレちゃーん。どうだったの？　キスの味は」
「…………やっぱり、分からなかった」
「えー、せっかく2回もしてあげたのに〜？」
　くすくすとこちらをからかうトランに、そっと顔を近づける。

「……だから……しようか、キス。……キスの味が、分かるようになるまで」
「…………そうこなくっちゃ……♡」

　そうして俺たちは、何度も、何度も、キスの味を確かめ合うのであった。
おわ