『月が綺麗ですね』
　その言葉はもうありきたりで、元となった逸話も今では真偽不明だとされています。
　しかし、それでも私は……憧れてしまいます。奥ゆかしさがあり、ロマンチックで、ベタだと言われてもそれでも、いつかはその言葉を言ってみたい。言われてみたい。そんな、素敵な言葉。

――――
「……星が、よく見えるな」
「はい、そうですね……とっても綺麗です」
　夏合宿の夜。私とトレーナーさんは夜空が良く見える場所でふたり、満天の星空を眺めていました。
「……綺麗だなぁ……あ、あそこ。あれが夏の大三角形かな？」
　トレーナーさんが、夜空の星を指差します。
「……はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、それから、こと座のベガですね。……天の川も見えますね……。わぁ、綺麗……」
　満天の星空と、トレーナーさんと、私と。それから、夜風に揺れる木々の音と。
　静かな時間が、ふたりっきりの時間が、私たちの間に流れている。

「ロブロイは、星空……好き？」
　トレーナーさんにそう聞かれました。
「そうですね……とても綺麗で、私は好きです……それに、星空には……たくさんの物語がありますから」
　……そう言って、私は天の川を指差します。
「たとえば、織姫と彦星の物語」
「七夕、か……」
「一年に一度だけ、逢うことができる……引き離されても続く、愛の物語……。素敵、ですよね……」

「……他には、どんな物語があるんだ……？」
「そうですね……例えばあの星座」
　そう言って、今度はヘルクレス座を指差します。
「あの星座は、かの有名な英雄ヘラクレスが12の冒険を経て星座になったと言われています」
「英雄か……ロブロイと一緒だな」
　そう言って、トレーナーさんは私に視線を向けます。
「……ぁぅ……その、まだ私は……道半ばと言いますか……」
「そう？　俺の中ではもう、ロブロイは立派な英雄だと思うけどな」
「っ……ぁ、そ、その……ありがとう、ございます……」
　トレーナーさんに真っ直ぐな言葉でそう言われてしまい……すこし、顔が熱くなってしまいます。でも……そう言ってくださるのは……とても、嬉しいです……。

　熱くなった顔を冷やす為に、夜空を見上げます。涼しい夜風が頬に当たって、心地よい……。
「……いい夜、だな」
「……ですね……」
　透き通った夜空を彩る満天の星、そして綺麗なお月さま……。
「……星も綺麗ですけど、月も、とっても綺麗ですね」
「そうだな、月も……綺麗だ」
　輝く三日月を眺めながら、夜風を楽しむ……。

「……ところで、月が綺麗ってさ」
「はい、なんでしょう……？」
「……あー……、いや……やっぱいいや。気にしないで」
　トレーナーさんが誤魔化すようにそっぽを向く。

　…………？
　…………！！
　……そう、だった……月が綺麗って――。

「……ぁ、あの、あの……今のは、そのあの……そういう意味で言ったわけではなくてですね……？？」
「……あー、いやその、大丈夫。わかってるから……ごめんね？　変なこと聞いちゃって」
　自分の言った言葉の意味に気づいて、慌ててトレーナーさんに弁明しました。トレーナーさんもそれは分かってるみたいで、ちょっと気まずそうな顔で頬をかいていました。

「……でも、流石ロブロイだな。“月が綺麗ですね”を知ってるなんて……って、流石に有名すぎるか」
「まあ、その……はい、そうですね……」
「……ロブロイは、月が綺麗ですねって表現、好き？」
　そうトレーナーさんに尋ねられます。
「そうですね……私は、好きです。ありきたりな表現になってしまったかもしれませんが……やっぱり、ロマンチックで……」
「あはは、やっぱりそうなんだ」
「うぅ……ちょっと、ロマンチストすぎますかね……？」
　すこし恥ずかしくなって、俯きながらトレーナーさんに尋ねました。
「……ううん、素敵だと思うよ。ロブロイらしい」
　彼の肯定してくれるその言葉が、嬉しいけれど……やっぱりちょっと恥ずかしい。

「……ロブロイに、月の綺麗さを語られる相手が羨ましいよ」
　ふと、トレーナーさんがそう零す。
「……あの、それってどういう……？」
「えっ……？　あっ、いや……その……。あ、あはは……なんていうかな……ロブロイが大人になって、それからいつか、そういう相手に……その言葉を掛けるのかなーって思ったら……ちょっと羨ましいなって思ったっていうか……」

　…………それって、もしかして……。

「……あ、いや。変な意味じゃないよ？　ただなんていうか……ロマンチックでいいな、って思っただけというか……」
　必死に言葉を並べるトレーナーさんを見てると、なんだかちょっと可笑しくて――。
「……ふふっ」
「……！　あ、あはは……変な事言ってごめんね？　ロブロイ」
「ふふ、大丈夫です」
「そ、そう……？　なら良かったけど……」

　…………トレーナーさん、羨ましいんだ……。私が、その……誰かに“月が綺麗ですね”って言うのが……。

　……それって、“そういう意味”……なんでしょうか……？

　…………。
　……私がいつか大人になって……その言葉を言う日が来たら……。…………私は……私は、……。

　――ちらり、と。トレーナーさんの横顔を見る。トレーナーさんは今も、夜空を見上げている。

　………………。

　――――もし、私が――。
　――私が、今ここで……“その言葉”を言ったら。……トレーナーさんは、どんな顔をするのでしょうか……。

「……？　どうしたんだ、ロブロイ」
　トレーナーさんと目が合って、心臓がはねる。
「っ……！　い、いえ、その……なんでもありません……！」
「そう……？」
　すこし不思議そうな顔をして、トレーナーさんはまた夜空を見上げる。

　――その横顔を見ながら、私は心の中でそっと呟く。

『月が綺麗ですね』

おわり