　――その日、夢を見た。

　そこは、桜が咲き誇る並木道。空も、大地も、桜の花びらに埋め尽くされ、サクラ色に染まっていた。

『――さん』
　自分の隣を歩く女性に声をかけられる。そちらを向いてみたが、顔はぼんやりとしていて見えない。
『知っていますか？　綺麗な桜の木の下には死体が埋まっているらしいですよ』
　彼女は言う。……聞いたことがある。桜の花はその下に眠る死体から養分を吸って、美しく鮮やかに咲いているのだと。
　それはただの与太話。そう思っていたのだが……この、まるで現実味の無い、この世のモノとは思えない桜並木の道を見ていると……まるで地中の腐った死体から純粋な魂だけが登ってきているような、そんな穢らわしくも美しい黄泉の国のような光景に、この桜がそう見えて、仕方ないのだ。

『私の身体が朽ちても、貴方の瞳には、私は美しく咲いているでしょうか――？』
　霞のかかった顔で、彼女の口元が微笑む。
　その微笑みが、あまりにも綺麗で――。桜のように美しくて――。
　この世のモノでは無い、もうこの手の届かない場所にある存在のように思えて――。

　手を伸ばした。でも、届かない。

『L'euthanasieriez-vous?』
　白衣を着た男が問いかける。その言葉の意味は分からない。
「――ああ」
　俺がそう答えると、彼女は眠ってしまった。

　桜が散る。散っていく。桜の木の下で彼女は安らかに眠っていて、降りそそぐ桜の花びらに埋まっていく。

『L'euthanasieriez-vous?』
「――――駄目だ」
『L'euthanasieriez-vous?』
「――駄目だ」
『L'euthanasieriez-vous?』
「駄目だっ！！」

　手を伸ばす。たとえ朽ちていたとしても、俺は、彼女と伴に居たい。たとえ夢への道が途絶えたとしても。もう夢が叶わなかったとしても。もう二度と走れなかったとしても。

　俺は、俺は、一緒に居たいんだ。向こうになんて行かせない。帰るんだ、一緒に。日本へ。

『知っていますか？　桜の花言葉は――』
『――N'oubliez pas(私を忘れないで)』

「ああ、忘れない。忘れてなるものか」

『どうか、私のことを忘れないで。私と貴方が離れてしまったとしても――』
「――俺は、君を離さない。忘れない。ずっとずっと君と一緒に居たいんだ」
『お別れですね』
「違う」

　顔も見えない彼女が離れていく。俺は手を伸ばして、追いかける。

『私はもう朽ちてしまいました。だから、ここでおしまい』
「それは違う！」
『――だって貴方は、私の“トレーナー”だから』
「――トレーナーなんて肩書きは要らない。ただ、君と一緒に居たいんだ。帰ろう、日本へ――」

『――トレーナーさん』
「帰ろう、ローレル。俺たちの、日本へ」

――――
　目が醒める。
　そこは、白い白い、病室。

「……トレーナーさん」
　純白のベッドには、サクラ色の彼女が……ローレルが居た。

「――私、夢を見たんです。トレーナーさんと、お別れをする夢。遠くに離れてしまう、散ってしまう、そんな夢――」

　彼女は窓の外の空を見ながら、呟く。

「……全部が夢なら、どれだけ良かったでしょうか」
「――ローレル」
「……私、散っちゃいました」

　彼女の頬に、つぅと、涙がつたう。

「――もう夢は、叶わない……もう私は、走れない……」
「――ローレル」
「私、私は……」
「ローレル」

　震える彼女の身体をそっと抱き、そしてまぶたのフチに溜まったしずくを指で拭う。

「一緒に、帰ろう。日本へ」
「でも、私……もう……」
「それでも、一緒に……君と、ずっと一緒に居たいから」
「トレーナーさん――」

「だから、帰ろう。ローレル」

「……はい」

　ここはフランス、花の国。桜は散る。それでも、その花を俺は愛している。花を無くしても、桜を俺は愛している。もう咲けなくても、ずっとずっと、愛している。
　桜の国へ帰ろう、2人で。また何度でも、春を巡ろう。どんなに散っても、君の笑顔はまたいつだって何よりも綺麗に咲くのだから。
　そう、知っているから。

　サクラローレル、君は……。

　――綺麗だ。

おわり