　俺はトレセン学園のトレーナー。担当バであるヤマニンゼファーを探して学園内を歩いていたところ、アグネスタキオンと担当であるヤマニンゼファーの怪しげな取引現場を目撃してしまった――。

――――――
「トレーナーさん……こちらを飲んでいただけませんか？」
　そう言って、ヤマニンゼファーは怪しげな薬瓶を手渡してくる。

「……また、アグネスタキオンからおかしな薬を貰ったのか？」
　先程目撃した取引を思い出しつつゼファーに問いかける。
「ええ、はい。タキオンさんに相談したところ、それならこれをと頂きまして」

「……それで、今度はどんな薬なんだ……？　相談って一体何を相談したんだ……？　俺に飲ませようとしてるけど」
　正直に言って、いくら担当のお願いだとしても何が起こるか分からない薬を飲みたいとはあまり思えない。せめて飲んだらどうなるか説明ぐらいはして欲しい。

「私は、私の感じている風を、トレーナーさんにも感じて欲しいと……そう、思っていました。それをタキオンさんに相談したところ、この……『感覚を共有する薬』を頂きまして」
「……感覚を共有する薬……？」
「はい。この薬を飲めば私の感じている物を、トレーナーさんが実際に体験しているように感じられるようになる。そんな効能の薬だそうです」
　……ふむ。原理までは分からないが、またすごい薬を作ったものだアグネスタキオンも……。
　しかし……ゼファーの感覚を感じることのできる薬、か……。ゼファーと同じ風を感じられる……それは、俺としても興味深い話だ。
　いつだったか、彼女に手を引かれるまま一緒に走ったことがあったが……。その時は、自分の足の速さではついていくのが精一杯で、純粋に風だけを感じることができたとは言えなかったが……この薬を飲めば、ゼファーの感じている風をしっかりと感じることができるらしい。

「……いかがでしょうか……？　飲んで、頂けますか……？」
「……そう、だな。……ああ、飲むよ」
「……！　誠でしょうか……！」
　彼女にそう告げると、彼女の表情はぱぁっと明るくなる。
「ゼファーと同じ風を感じられるんだったら、うん。俺も感じたいから」
「本当に、トレーナーさんは凱風ですね……ではそちらの薬を……」
「ああ」
　ゼファーに促されるまま、薬瓶を開け中身をぐいと飲み干す。

「……これで、ゼファーの感じるものが俺にも感じられるようになったのか……？」
「そうですね……では試しに……」
　ぷに。
　ゼファーが自身の頬を指で押す。すると――。

　ぷに。
「わっ、何も触られてないのに頬押されてるみたいな感覚が」
「ふふっ、なるほど……確かに感覚を共有できているみたいですね……♪」
「そ、そうだな」
　どこか可笑しそうにぷにぷにと自分の頬を触るゼファー。その度に俺の頬もぷにぷにと押されているように感じる。

「……では、トレーナーさん。コースへと参りましょうか。風を……ともに感じましょう……♪」
「あ、ああ……！」

　こうして、ゼファーと感覚を共有しながら、グラウンドへと向かうのであった。

――――――
「ヤマニンゼファー……参ります……！」
　コースの上でゼファーが足を引き、そして――駆け出す。

　びゅうっ！
「っ……！　これはっ……」
　瞬間、身体を駆け巡ったのは涼風。
　まるで本当に走っているかのように、風を切る感覚がこちらに向かってくる。

「……！　……ふっ……はぁあああ……！！」
　ヤマニンゼファーが加速をしビュウと風が吹く。今自分の身体には、凄風が吹き荒んでいた。

「こ、これが……！　ゼファーの感じている風、なのか……！」
「ふふっ……ふふふふっ……！　あぁ……気持ちが良い……！　風が、私を包んで……♪」
　彼女の楽しげな表情が、自分にはよく理解ができる。この凄まじくも気持ちの良いこの風の感覚が、彼女の感じている風が、自分にも分かるから。

「さぁ、トレーナーさん……！　もっと、もっと私とともに風を感じましょう……！　……っ……はぁあああ……！！」

　ヤマニンゼファーが風を切り裂く。俺の身体にその感覚が伝わる。これだ。これだ。これが、ゼファーの感じている風なんだ……！　ああ、ゼファーが夢中になるのも、自分には分かる。なんて、なんて気持ちが良いのだろう。

「ふふっ……！　ふふっ♪　あははっ♪　もっと、もっとです……♪　風を全身で！　もっと！　もっと！！」
「ああ、もっと……！　もっと……！　風を感じさせてくれ、ゼファー！」
「……！！　ええ、ともに……感じましょう……！　……はぁあああ！！！」

　そうして、この吹き荒ぶ風の感覚に心躍らせながら、俺たちはともに芝生を駆けるのであった。

――――――
「……ふぅ……いかがでしたでしょうか……？」
　充分に風を味わい、走り尽くしたゼファーがこちらに問いかけてくる。

「それは……！　もう……！！」
　先程まで自分の身体を駆け巡っていたあの風の感覚を思い出し、言葉が溢れる。

「ふふ……♪　それは瑞風ですね……♪」
「ゼファーが風に夢中になる気持ち、分かったよ……！　凄く、凄く気持ちが良かった……！」
「あぁ、本当に……♪　良かった……♪　トレーナーさんと、同じ風を感じることができて」
　ゼファーがそう言って微笑む。
　今日は凄く良い体験ができた……！　ゼファーと同じ風を感じることができるなんて……！　これは、この薬を作ってくれたアグネスタキオンに感謝をしなければならないだろう。

「……ところで」
「……♪　……はい、どうかなされましたか？」
　嬉しそうに風に歌っていたゼファーに声をかける。
「この薬、効果はどれぐらい続くんだ？　飲んでから結構時間経ったけど……」
　もう2時間ほどは経っただろうか。未だ彼女の感覚を感じられるこの身体は、ゼファーの身体を撫でるそよ風を充分に教えてくれていた。

「そうですね……確か半日ほどは続くと仰っていましたね」
「半日、か……結構持続するんだな」
　走りきった後の身体の熱も、少し荒くなる息遣いも、気持ちの良い涼風も……彼女の感じる全てが、俺にも伝わっていた。分かち合っていた。
　彼女のことを、彼女が感じていることを本当の意味で知ることができて非常に有意義でありがたいのだが……もう充分に風を感じられた今、この共有される感覚を少し持て余しているのも確かだ。

「ふむ……薬の効果が切れるまで何をしたら良いかな……」
「そう、ですね……どういたしましょうか……」
　うーむ。残りの時間をどうしようか、少し考えていると……不意に、ゼファーが視線をおろす。

「……？　どうしたんだ、ゼファー」
「……その……」
　少し恥じらうような仕草で弱々しく言葉を濁らせるゼファー。彼女の言葉を待っていると、おずおずといった風に彼女は言う。
「……すみません、少々お手洗いに行ってもよろしいでしょうか……？」
「ん……？　ああ、なんだそんなことか。大丈夫だよ、行っておいで」
　彼女を安心させるように優しく声をかける。その言葉を聞いてヤマニンゼファーはほっと息を吐いてトイレの方へと歩き出した。

　どうしたのかと思えば、なんだお手洗いか。まあ、言いづらいことではあるよな。
　そんなことを思いながら誰も居なくなったグラウンドをぼんやり見つめる。

　ふっと風が吹く。身体を撫でる風の心地良さに思いを馳せて、今日ゼファーと二人で感じられた風のことをずっと大事にしようと、俺はそう感じるのであった――。

――――
　……なんか俺もトイレに行きたくなってきたな。
　ゼファーに釣られてか、自分も尿意を催してきた。

「……って、いやいや。こんなことまで分かち合ってどうすんだって話だな。あはは」
　一人冗談を言ってからからと笑う。そう、これは冗談。いくらゼファーの感覚を全て共有してるからって、そんなことは――。

　………………。

「…………あれ、これって冗談……だよ、な……？」

おわり