　ホテルの浴室。ネオユニヴァースと遠征に出かけた日の夜。俺は温かな湯船にどっぷりと浸かって身体の疲労を癒していた。
「ふぅ……ぅぁあ……んーーっ……風呂は命の洗濯とは正にこのことだな……」
　熱いお湯が身体に染み渡り、疲労の溜まった身体がほぐされていく……。湯気の立ち上る浴室を、ボーっと見つめながら思う。ああ、良い湯だな……。

　至福の一時。最高の時間。この瞬間は、誰にも邪魔できない――。

「トレーナー、『入る』よ」
「…………え？」

　――ハズ、だった……。

　――ガララ。浴室の扉が音を立てて開き、扉の内から担当であるネオユニヴァースが顔を出した。

「……っ！？　ユニヴァース！？」
「お邪魔するね」

　バスタオルを身体の前に押し当て、一糸纏わぬ姿のネオユニヴァースが突然この浴室にやって来たのだ。

「えっ、はっ……？　ええっ！？」
　ネオユニヴァースはさも当然のように浴室に侵入すると、かけ湯をざっと掛けて身体にお湯を流していく。
　……いや、待て。待ってくれ、どういうことなのだ。何故ユニヴァースが風呂場に入ってきているのだろうか。そもそも、彼女の部屋は別室だし、自分の部屋には鍵だって掛けている筈なのに。

「……？　……失礼するね」
　頭の中に浮かぶ幾つもの疑問に頭を回していると、ネオユニヴァースは細く長い素足を浮かして湯船に足の先をツンとつける。
「！？　待って待って、何しようとしてるんだ！？」
「……？　……加熱された“DHMO”による血流の促進。内部温度の上昇効果を伴って行われる“RELX”と老廃物の排出。……つまり、『入浴』だね」

　そう言って、こちらに背を向けながらネオユニヴァースが湯船に浸かる。スペースが広い訳ではないこの一般的な大きさの浴槽は、当然のようにが自分とユニヴァースが問題なく座れるほどの大きさはなく、俺の伸ばした足の上にちょこんと座る形でネオユニヴァースは湯船に浸かった。
「ユニ！？」
「ん、『温かい』ね。ふふ」
　こちらに軽く振り返り、微笑むユニヴァース。普段ならそんな彼女の可愛らしい仕草に目を奪われる所だが、申し訳ないが今の自分にそんな余裕は無い。
　何をしているんだ、この娘は。……そう問いてみても、先程のように入浴をしていると返されるだけだろうが、しかしそれでも問いたい。

「ユニ？　何してんの？？」
「トレーナーと一緒に『入浴』だよ。…………トレーナーは、不許可？」
　真っ直ぐな瞳で、こちらに問いかけてくるユニヴァース。
　ダメかどうかで言えば。ダメに決まっている。どの世界に教え子と一緒に入浴するトレーナーがいるだろうか。

「……ダメ……？」
「うん」
「そう……」

　悲しそうな表情をして、シュンと耳を垂らすユニヴァース。可哀想だが、ダメなものはダメだ。早いところ浴槽から出てもらおう。何か色々と問題になる前に……。

「………………」
「…………」
「………………」
「……あの……、ユニヴァース……？」
「なに？」
「…………あの、その……お風呂から出てくれない……？」

「…………ネガティブ」
「いや、ネガティブじゃなくて」
「ネガティブ」
「いやいや、出ていってって、問題になる前に」
「ネガティブ」

　…………駄目だ、ユニが強情すぎる。
　一歩もこの場から動こうとしないネオユニヴァース。
　こうなっては埒が明かない。ひとまず、一縷の望みにかけてユニの希望を聞いてみる。
「……なあ、ユニ。お前は何がしたいんだ……？」
「……トレーナーと一緒に“入浴”。『洗いっこ』がしたいんだ」
　……なるほど、俺と一緒に風呂に入って身体を洗いっこしたい、と。そうか、そうか……。

　……どうすれば良いんだ……？

　……ユニヴァースはきっと、その望みを叶えるまで風呂を出ようとはしないだろう。もはやこの部屋にどう入ってきたかなんてのは些細な問題だ。どうやって彼女をここから出すかが問題だが……こうなってしまったら、彼女の望みを叶えることしか道は残されていないように思う……。

「…………♪」

　気持ち良さそうに湯船に浸かるネオユニヴァースを見る。湯船からわずかに浸かりきっていない彼女の白い肩と背中。……当然のように、水着などを着ている訳もなく、俺の足の上にちょこんと座るユニヴァースの、柔らかな素肌の感触が否が応でも伝わってくる……。

　トレーナーと担当ウマ娘という関係で、このような不適切な距離感で触れ合うのは非常に不味い。不味いのだが……今の俺に拒否は存在しない……。ならば仕方がない、と……渋々意を決する。

「……なあ、ユニ。分かった、一緒にお風呂入るのは分かったから……身体を洗わせてくれ」
「ん。どうぞ」

　ざぱん。こちらが湯船を出る邪魔をしないようにネオユニヴァースが立ち上がる。
「っ！？」
「……？　どうか、した？」
「い、いや……」
　……一瞬、目の前に白くて丸い臀部が現れた……ように見えたが、錯覚に違いない。全力で明後日の方向を見ているので俺にはもう確認のしようがないが、そんなものは無かった。無かった筈だ。

　ざぱん。
　湯船から急いで上がって、シャワーの前へと向かう。備え付けの椅子に座り込み、シャワーを出す。
　色々とハプニングはあったが……もう気にしない。そそくさと身体を洗ってしまおう。そうすれば、ユニヴァースも諦めて素直に上がってくれるだろうから……。

「………………」
　ユニヴァースの視線を感じながら、シャンプーで髪を洗う。気にしない。気にしない。
　丁寧かつ、素早く。しっかりと髪を洗っていく。全てはこの異常事態から一刻も早く抜け出す為。ユニヴァースのことを意識しないように、早く、早く、髪を洗って流していく……。

「トレーナー」
「……なんだ、ユニ」
　髪を流し終え頭を上げると、ネオユニヴァースが突然話しかけてくる。
「トレーナー、背中を洗うね」

　……なるほど、そういえば『洗いっこ』がしたいと言っていたな……。……まあ、背中を洗ってもらうぐらいなら、問題になるようなことは起こらないか……。これも彼女の望みを叶えて一刻も早くこの状況から離脱する為。

「わかった。背中をお願いするよ、ユニヴァース」
「うん」
　湯船から出たユニヴァースが、俺の背後でかがむ。そうしてそのまま、背中越しにボディソープを手にとって泡立てていく。

「“いく”よ……」
「ああ……」
　する……。
　ユニヴァースの手のひらが、俺の背中を滑る。ぬり、ぬり、手のひらの石鹸を引き伸ばすように、ユニヴァースは背中を何往復も擦っていく。

「トレーナーの背中は、『大きい』ね」
「そう……？」
「うん」
　する、すると滑る彼女の手のひらを感じながら、鏡の中の自分を見つめる。
　いつまでこうしていれば良いのだろうか。少しの居心地の悪さを感じながらも彼女の動きを待っていると、不意にその手のひらが止まった。

「トレーナー、流すよ」
「ん？　あ、ああ」
　しゃわわ……。
　また背後からユニの手が伸びてシャワーを持つ。背中を丹念に洗い落とすように、手のひらとシャワーで優しく洗い流してくれる。
　……うん、ユニヴァースが丁寧に洗ってくれたからだろうか。とても背中がスベスベして、軽くなったように思える。

「ふふ、良かった……？」
「うん、そうだな。……ありがとう、ユニ」
「どういたしまして、だね……♪」

　そうしているうちに攻守交代。
　今度はユニが椅子に座って洗う番。
　湯船に戻って髪を洗うユニヴァースをなんとなしに眺める。

　……いや、本当は見ないほうが良いのかもしれないが。別に下心があるとかではなく、ただ彼女の濡れた綺麗な金の髪に目が惹かれて、眺めてしまっていた。

「……トレーナー？　ネオユニヴァースの背中も『洗う』を求めるよ」
「え？」
「向きは双方向。ネオユニヴァースは『洗いっこ』がしたいから。……だからトレーナーも」
　……なるほど、今度は俺がユニの背中を洗う番らしい。

　ならば仕方が無い……湯船から出て彼女の背の裏へと位置取る。
　目の前に、ネオユニヴァースの透き通るような白い肌の背中が見える。
　……これを、洗うのか。

「……ええい、ままよ！」
　しばらく固まってしまっていたが、俺は意を決して手を伸ばした。
「あ……」
　彼女の白い背中に触れる。力を込めたら割れてしまいそうなほど美しい陶器のような素肌。意識をしないようにと考えながらも、意識せざるを得ない彼女の背中。
　要らない意識を振り払い、優しくそっと彼女の背中を洗う。

「うん……スフィーラ……スフィーラだよ……♪」
「……力加減も大丈夫そう……？」
「うん……とってもスフィーラだね」
「そっか……」

　素肌を滑る音だけが響く、静かな浴室。俺とユニヴァースの二人っきり。お互いに一糸纏わぬ姿で、二人っきり。
　……こんなことをして本当に良いのだろうか。俺は一体何をしているのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんで絶えないのだが……。

「……♪　…………〜♪」
　……どうやら、ネオユニヴァースはご機嫌らしい。ならば、俺が言えることは何も無いのかもしれない……。

「――さ、できたぞ。流すからな」
「うん……お願いするよ」

　しゃわわぁ……。
　彼女の背中を覆う泡を、シャワーのお湯で流していく……。これで、俺のやるべきことは終わった。まだユニは前を洗っていないが、それは俺の仕事では無い。そんなことまでしてたまるものか。
　彼女が洗っている間は目をつぶっていよう。そう心に決めながら、俺は洗い終わったぞと担当に伝える。

「うん、『ありがとう』だね。とっても、スフィーラだったよ……♪」
「ああ、そうか……それは、良かったな」
「ふふ……♪」
　嬉しそうに微笑むユニヴァースを尻目に、俺は浴槽へと向かう。とりあえず、これ以上何かは起こらない筈だ……これで、どうにかユニも帰ってくれる筈だ。
　そんな安堵感を胸に歩いていた時――。

「――ぁっ」
　つるっ。まだ流し切れていなかった石鹸の泡が床を滑らせ、身体が大きく宙を舞う――。

「っ……！　トレーナーっ」
「うわぁ――」

　どしん。

　尻に衝撃が走り、大きな尻もちをつく。

「あ、あいたた……あ、あれ……？」
　尻の痛みに涙が出たが、やがて、それ以外の部分に痛みが無いことに気付く。あれだけ派手に転んだのだ、背中や頭への痛みも来てしかるべきだったのだが……。

「トレーナー、大丈夫……？」
　背中をユニヴァースの手に支えられていることに気がつく。
「ユ、ユニ……！」
　そうか、ユニヴァースが咄嗟に助けてくれたのか。
　心配そうにこちらを窺うユニヴァースにジンと目頭が熱くなりながら、ううん大丈夫、ありがとうと伝える。

　ネオユニヴァース、心優しき俺の担当バ。彼女に抱きかかえられながら彼女の優しげな瞳に魅入られる。ああ、俺はこんなにも優しい担当が持てて幸せだ……。そんなことを思いながら、彼女の頭をそっと撫でるのであった……。

――――
「トレーナー、怪我はない？」
「うーん……ちょっと尻もちついちゃったくらいで後は平気だと思う」
「そう……。…………じー」
　ネオユニヴァースは心配そうにこちらを窺い、俺の身体をマジマジと見つめる。怪我が無いか見てくれてるのだろうか。特に大きな怪我は無いと思うが……彼女の視線に合わせて自分も視線を動かす、と――。

「――――あ」
「……え？」
　ユニヴァースの視線がピシリ、と固まる。どうしたのだろうと彼女の視線の先に視線を向けると、それは――。

「わぁっ！！」
　――それは、丸出しの自分の下腹部。先の衝撃でひっくり返ってそのままになってしまったそれを、急いで手で覆い隠す。

「…………あ、あの、えっとこれは、その」
「…………トレーナー」

　ネオユニヴァースは静かに言った。

「『ぼく』の方が、大きいね」
「――…………」

　その日、何か大きなプライドのようなナニカが、音を立てて崩れ去った。

おわり