　トレーナー殿と買い物をした帰り道。道すがら、通りかかったゲームセンターで私は一つの熊のぬいぐるみに目が奪われた。
「どうしたんだ、ヤエノ。……ん、クレーンゲームか……？」
「……あ、いえ……その……なんでもありません」
　誤魔化すように首を振り、後ろ髪を引かれる思いをしながらも足早にその場を立ち去ろうとすると……。

「ふむ……もしかして、この景品が気になるのか？」
　トレーナー殿はその場で立ち止まり、品定めをするように筐体の中を眺めていた。
「い、いえ……その……」
「……確かに、可愛いなこのぬいぐるみ。ヤエノも好きそうだ」
「そそ、そんなことは……」
　……あった。確かに、私はこのぬいぐるみに目が奪われた。可愛らしさに、愛らしさに、胸を射抜かれた。しかし……この方ゲームセンターで遊んだ経験などまるで無いこの私には、手の届く筈の無い景品。早々に諦め、あのぬいぐるみのことなど忘れ去らなければいけない。筈だったのだが――。

「……じゃあ、俺が取ってやろうか？」
「……え……？」
「まだ時間もあるし、折角だ。遊んでいこうじゃないか」
「と、トレーナー殿」
　その申し出は、光明のようであった。諦めかけていたこの可愛らしいぬいぐるみに、手が届くやもしれない。そう思うと、鼓動がとくりと逸った。

「なーに、任せとけ。すぐに取ってやるからな……！」
　頼りがいのあるその言葉に期待を寄せ、いそいそと財布を取り出すトレーナーを見守る。
　テレレテッテテー♪
　トレーナー殿がコインを入れると、軽快な音が筐体から鳴り響く。
「……よし、まずは小手調べだな」
　それなり以上の大きさはある熊のぬいぐるみ。UFOキャッチャーのアームもそれに見合った大きさをしているが、これだけの大きさだ。果たして素直に持ち上げてくれるのだろうか。

「……よし、ここだ……！」
　ぐぃんとアームが動き、ぬいぐるみの中心を捉える。そのままぐんとぬいぐるみは持ち上がり、そして――。

「あぁ……！」
　少し横に移動したかと思えばすぽりと抜け落ちてしまう。
「うーん……まあそう簡単には行かないよな」
　チャリン。
　トレーナー殿がもう一度コインを入れる。
「なら、少しずつ穴の方へと動かせば良いって訳だ」
　したり顔で語るトレーナー殿は、地道にぬいぐるみを掴んでは離しを繰り返す。そうして投入額が1000円を超えた辺りで、ぬいぐるみはどうにか穴のすぐ近くまで転がり落ちたのだ。

「ここからが、腕の見せ所だな……！」
「っ……！　頑張ってください……！」
「おう、任せておけ！」

　トレーナー殿が、ボタンを押してアームを動かす。
　捉えたのは、ぬいぐるみの頭の側。体勢を崩させて、穴の方へと落とすようです。

　グイン。ジーー……。

　パッ。

「……！！　どうだ！」
　クレーンのアームからぬいぐるみが転げ落ちる。そのぬいぐるみが落ちた方角は――。

　すてん。

「あっ」
　……まるで検討外れな方向へ、ころりころりと転がり落ちてしまった。
　……これでは、これまでの苦労が全て水の泡――。

「と、トレーナー殿っ……！」
「ふ、ふふふ……なんだ、面白くなってきたじゃないか……！　良いだろう、何度だって挑戦してやる……！」

　トレーナー殿はそう意気込む。両替機へとお札をバラしに行き、コップいっぱいの小銭を持って再びぬいぐるみと相まみえるトレーナー殿……。
　私には、せめてトレーナー殿の戦いを見届け、応援することしかできなかった――。

――――
　――それから数十分後。

「がっ……駄目っ……！」
　これでもう何度目の振り出しだろうか。
　ぬいぐるみはあらぬ方向へと転がり、無慈悲にも穴から遠く離れた地で佇む。

「と、トレーナー殿……もう、これ以上は……！」
「いや、こいつは絶対俺が取ってやるんだ……！　ヤエノにそう約束したんだ、だから俺は絶対に……コイツを諦めない……っ！」

　トレーナー殿の闘志は熱く燃えていた。だがそれ以上に、トレーナー殿の財布事情も、燃えていた。
　これ以上、無理などさせられない……既に50回以上は挑戦しているトレーナー殿に、私はおずおずと声を掛ける。

「トレーナー殿……もう、こうなったら……店員さんの力を借りる他に道は無いでしょう……！」
「……！　い、いや……だが俺は、この俺の力でヤエノにこのぬいぐるみをプレゼントすると……！」
「これ以上、己を犠牲にするのはやめてください……っ！　私はもう、これ以上貴方が苦しむ姿を見たくはありません……！」
「くっ……ぅ……だ、だがしかし……！　……分かった、でも最後にチャンスをくれ」
　トレーナー殿が俯きながらも、声を絞り出す。
「この最後の500円で、必ず取ってみせる。だから……！」
　それは、覚悟の表れであった。
　トレーナー殿の覚悟を前にして、私に彼を止める術など持ち得ていなかった。

「……見ていてくれ。俺の、覚悟を……」

　その一投は、確実に。ぬいぐるみを捉えていた。
　穴には届かない。そんなことは分かりきっていた。だが、それでも……着実に、穴の方へとぬいぐるみを近づけさせた。

　そうして、一つ、また一つとコインは投げられる。
　その一つ一つを無駄にしないように、着実に、確実に、ぬいぐるみは近づいていく。そうしてやがて――。

「……ここまで、来たぞ……！」
　ついに、ぬいぐるみは穴の縁へとのしかかり、身を乗り出す体勢へと成ったのだ。

　残るコインは一つ。
　この一投に、全てが掛かっている。

「さあ……！　見ていてくれ、ヤエノ。俺の、最後の勇姿を――」

　トレーナー殿がボタンを押す。アームがぬいぐるみの端を捉える。
　そうしてぐぐぐと持ち上げる。

　――ああ、そうだ。そこだ、そのまま持ち上げてしまえ。その勢いのまま動かせば、必ずやこのぬいぐるみは穴へと落ちる。
　そう確信をした。ああ、流石はトレーナー殿。彼はこの死地でも最後まで諦めず、遂に成し遂げたのだ。偉大な一撃。彼と私への祝福。さあ、その祈りを、我が目の前に……！

　ぐんとぬいぐるみは持ち上がる。それは、今までとは違う手応え。力強くぬいぐるみを持ち上げたアームは大きく振りかぶり、そうして――！

　すぽーーーん！

「――――――」
　――彼方へと、ぬいぐるみを飛ばしていった。

「………………」
「………………」

　沈黙。言葉が出ない。こんな、こんなことがあって良い筈が――。

「……と、トレーナー殿……っ」
「…………。……ああ」

「…………スタッフーー！！！」

　そうしてトレーナー殿は店員を呼び、頭を下げ、ぬいぐるみを取りやすい位置へと移して貰った――。

「はい、こんな感じですかね」
「…………あのー……どの辺狙えば良いですかね……？」
「そうですねー、こっちの端の方をアームで押す感じですね」
「……なるほど……ありがとうございます……！」

　ウィーン、がとん。

　――カランカランカラン！

　賑やかな音が鳴り、筐体の排出口からぬいぐるみが顔を出す。

「おめでとうございます！」
「…………あの、ほんと……ありがとうございました……」
　店員さんがぬいぐるみを取り出しトレーナー殿に渡す。トレーナー殿は深々と頭を下げると、やがてバツの悪そうな顔でこちらを見ながら、ぶっきらぼうに私にぬいぐるみを差し出す。

「あ、ありがとうございます……トレーナー殿」
「い、いや……うん……」
　……気まずいやり取り。嬉しくない筈が無い。無いのだが……あまりにも、失った物は大きすぎた。
　おずおずとぬいぐるみを受け取り、申し訳無さとそれでもやはりある嬉しさとでどう言葉を掛けようか分からなくなっていた所で……あの店員さんがこちらに話かけてくる。
「良かったですね、彼氏さんに取って貰って……！」
「えっ、彼――！？」
「大事にしてあげてくださいね！」
「ぁっ……、その……。…………。……はい……！」

　店員さんは何か勘違いをされているみたいでしたが……とてもにこやかに笑っていて、腕の中にいるこの熊のぬいぐるみに、言い様もないような愛らしさを感じて、私は店員さんに気の籠もった返事を返しました。

　――そうして、私はこの大きなくまのぬいぐるみを大事に抱えて、トレーナー殿と二人トレセン学園への帰り道を歩むのでした。

――――――

「――ほう、それでそんな大きなくまのぬいぐるみを抱えて帰ってきたという訳かー」
　同室のノーリーズンさんが興味深げにくまのぬいぐるみを眺める。

「まあ、大変じゃったのうトレーナーも。結局、ウン千円もこれに溶かしたんじゃろ？」
「ええ、まあ……非常に遠い目をしながら、暫くもやしで生きる……と言っていました……」

　そう告げると、ノーリーズンさんは苦々しくカカと笑います。
「……まあ、それだけの想いが込められたぬいぐるみという訳じゃからのう。良かったでは無いか、ヤエノよぅ」
「……なんですか、そのニヤニヤとした目は」
「――いや何、愛されとるのうと思うて。“彼氏さん”に」
「なっ……！　それは、あの店員さんが勝手に勘違いしただけで……！！」
「にゃっはっはっ、照れ隠しをするでない！　なに、ワシはちゃーんと分かっておるからのう！」
「何も分かってません！！」
「にゃーーはっはっ！！」

　……全く、ノーリーズンさんには困ったものです。モフモフ、とくまのぬいぐるみを抱き、溜め息を一つ吐く。
　そうしていると、ノーリーズンさんはずいとこちらに近づいて、手を差し伸ばしてくる。
「……ふむ、じゃあどれ。ワシもそのぬいぐるみの抱き心地とやらを確かめてみようかのう！」

　………………は？

「……なんじゃ、良いじゃろ？　別に減るものでも無いし。おお、本当に可愛らしいからのう！　触ってみればどれほどモフモフか……！」

　………………ない。

「……？　なんじゃ、どうかしたか？」

　……これは……私の…………触れさせなど……。
「……触れさせ、など……させてなるものか……！」
「！？」

「――これはっ……私の、ぬいぐるみっ……！　触れさせて、なるものか……！　私だけの、ぬいぐるみなのだからっ……！　絶対にっ……！！」

　……………。

　……………はっ。

「……ぁ、あの……いや、これは……その……」
「――…………。ふっ。……くっ、くく、……あはははは！」
「――！！」

「――いや、すまんすまん！　ワシが悪うかったのぅ！　ちょいとおフザケが過ぎたわい！」
「あっ、ぃゃ……これは、違くて……！」
「いーや、あい、分かった。安心せい、お主の大事な大事なぬいぐるみには指一本も触れんからのう！　なにせ、大切なトレーナー殿から貰った、大事な大事なぬいぐるみじゃからのう！！」
　ニヤニヤとした表情を崩そうとしないまま、ノーリーズンさんはパンパンと私の肩を叩く。
「んなっ、そんな……！　そんなことは……！」
「いやはや、まさかそこまで大事に思うとったとは、このワシの目を持ってしても分からなかった！　いやぁ、これが愛の成せるワザというものかのう！」
「ノーリーズンさんっ……！　からかうのはやめてくださいっ……！」
「いや、分かっておるよ！　ぜーんぶちゃーんと、分かっておるからのう！　……愛しのトレーナー殿……！」
「ノーリーズンさんっ！！」
　そうしてニヤニヤを止める気のないノーリーズンさんに長いこと長いこと、私はからかわれ続けることになるのでした……。

おわり