　――目が覚めると、そこは暗い暗い砂漠のハイウェイだった。
　どうしてこんな所にいるのだろう。そう疑問に思いながらも道を進んでいく。冷たい風が、髪を撫でる。
　何か、甘ったるいような、濁ったような、そんな鼻にまとわりつくような匂いが辺りに漂ってくる。

　ぼんやりと歩いていると、遠くの方で何か灯りが見えた。……頭が重い。視界も曖昧になってきた。……どこか、夜を明かせる場所を探さなければ……。

　先に見えた灯りを頼りにずっと歩いていると、一つのホテルが見えてきた。なんだか、異国の空気を感じるそのホテル。看板には『Hotel California』の文字。……まだ、チェックインは出来るだろうか。

　ホテルの入口に辿り着くと、そこには――。
「――こんばんは、トレーナーさん」
　……担当のドリームジャーニーが立っていた。
「……ジャーニー……？　なんでこんな所に？」
「トレーナーさんこそ、こんな所へ……どうされたのですか？」
「分からない……ただ気が付いたらそこにいて、見えた灯りを辿って歩いていたらこんな所に……」
　ジャーニーに、ありのまま自分の身に起こったことを話す。もしかしたら信じてもらえないかもしれない。そんな薄らぼんやりとした言葉にも、ジャーニーはしっかりと耳を傾けていた。

「そうですか……それは、お疲れでしょう。さあ、ぜひともこのホテルで休んでいってください」
「えっと……」
　ジャーニーに、ホテルに泊まるよう提案される。その言葉は今の自分には救いのように思えた。しかし、なんだか言いしれない、怪しさのようなものも覚えて……。
　なんと応えれば良いのだろう。そう、悩んでいると……。

　ゴーン。ゴーン。

　どこからともなく礼拝の鐘の音が鳴る。

「――ああ、もうこんな時間ですか……もう、夜も更けています。さあ、このホテルで、夜を明かしましょう」
「………………ああ、分かった」
　ジャーニーの誘いに、悩んだ末に、ああと応える。
　それは救いの手であるようにも見えたし、奈落の底へと引きずり込む亡者の手のようにも思えた。しかし、例えここが天国であろうと、地獄であろうと。今の自分に、選択肢は無いだろう。

「――では、御案内いたしますね」
　ドリームジャーニーは蝋燭に火を灯し、その灯火を持って俺の前を歩く。ホテルの廊下を、ジャーニーの案内で歩いていく――。
　初めて見るような、しかしどこか落ち着くような、そんな不思議な雰囲気を感じながら、蝋燭の灯火だけで照らされた暗い廊下を歩いていると、前を歩いていたジャーニーが口を開く。

「――ようこそ、ホテル・カリフォルニアへ」
「ホテル……カリフォルニア……？」
「……ええ、ここは素敵な場所です。素敵な場所で、素敵な人たちでいっぱいです」
　彼女の妖しい言葉が俺の耳を伝い脳を揺らしていく。
「ホテル・カリフォルニアはたくさんのお部屋をご用意しております」

「一年中いつでも、御利用ください……♪」
　俺の前を歩くドリームジャーニーが振り返り、妖しく笑った。どこまでも、蠱惑的に……どこまでも、妖しげに……。

　――しばらくすると、中庭のような場所に出た。そこにはプールがあって、多くの人々がそこでパーティを楽しんでいた。

　そこには宝石で胸元を飾った若い女性がいて、彼女は恋人のような男に、私は高級車が欲しい、とねだっていた。
　よく見れば、彼女の周りには顔の整った青年たちがたくさん居て、彼女はその男たちのことを“お友達”と呼んでいた。

「ふふっ、楽しそうでしょう？　ここでは、いつでも豪華なパーティが楽しめます。楽しくて、楽しくて、何もかも忘れてしまうくらいの、とびきりのパーティを……」
　彼らが中庭で踊る様子は、なんだか甘ったるくて、夏の暑さを感じられる程に汗にまみれていて……彼らは何かを思い出す為に、あるいは何かを忘れる為に、必死になって踊り明かしていた。

「ふふ……お部屋に向かう前に、トレーナーさんもすこし楽しんできてはいかがでしょう？」
「楽しむ……？　例えばどんな……」
「ええ、そうですね……トレーナーさんは成人されていますから、お酒などを頼んではいかがでしょう」
　……知らない土地でお酒を飲むことに、なんとなく忌避感があった。しかし……他でもないジャーニーからの勧めだ。ならば、すこしくらい、この場所の流儀に従ってもいいかもしれない。

「……ボーイさん、ワインを一つ頂けませんか？」
　俺は、そばにいた給仕服の男に声を掛ける。しかし、その注文はそのボーイによって断られてしまった。
「申し訳ありません、お客さま。そのお酒は1969年以降ここには置いていないのです」
「……そうですか。じゃあ、大丈夫です」
　俺はボーイにそう言って、ジャーニーの元へと戻る。

「……良かったのですか？」
「……良いんだ。別にお酒が呑みたい気分でも無かったし。無いなら無いで、別に……」
「……そう、ですか。それでは、お部屋へと参りましょうか」
　そうして、俺たちはまた歩き出す。このホテル・カリフォルニアの、暗く長い廊下を――。

　――部屋に、辿り着いた。ジャーニーは俺を部屋へと送り届けた後、一礼をして去っていった。荷物を置いて、疲れた身体を大きなベッドへと投げ込む。

　時間はもう、0時は過ぎているだろう。誰もいない、真っ暗な真夜中だ。
　……だと言うのに、何故だろう。どこかから、あの声が聞こえてくる。眠りに就こうとする俺の頭を、覚まさせるように――。

『ホテル・カリフォルニアへようこそ』
『ここは素敵な場所』
『素敵な人々でいっぱい』
『ホテル・カリフォルニアをみんな楽しんでいます』
『素敵なサプライズに満ちています』

『なので……適当な理由を付けて、何度でも――』

『――お越し下さいませ』

　――大きなベッドの上から、天井を見上げる。その天井は鏡張りで、ぼんやりと天を見上げる俺が写っていた。部屋には備え付けのボトルがあって、氷の中でピンクのシャンパンが冷えていた。

「――トレーナーさん」
「……ジャーニー」
　いつの間にか、ジャーニーが部屋にいた。
「――ふふっ、不思議ですよね」
「……何が……？」
　可笑しそうに笑うジャーニーに、言葉を投げかける。

「私たちは皆、この場所に囚われているのです。自分たちが作った場所だと言うのに……」
　その言葉を聞いて、俺は――何となく、理解をしてしまった。この場所はまるで自分の唯一の居場所ような、そんな魔性の雰囲気がある。居心地が良くて、どこまでも自分に都合が良くて……。
　けど、何故だろう。そんな場所が、恐ろしくて仕方がない。そこに、自分の意志が、あるのに……存在しないような。俺が望んでいた筈なのに、いつの間にか、この場所に望まれて、囚われてしまったかのような――。

「今の時間なら、皆さん支配人の部屋へと向かっているでしょうね」
「……そこで、何があるの……？」
「御馳走ですよ。とびきりの」
「御馳走……？」
　とても魅力的な言葉である筈なのに、何故だろう、こんなにも恐ろしく感じるのは――。

「皆さん、御馳走を求めて生きた獣たちにナイフを突き立てるのです。嗚呼、でも……誰も、その獣たちは殺せない。ただ、求めて……求めて……刃を突き立てて。それでも、いつまで経っても御馳走にはありつけない。いつまで経っても、その獣は殺せない」
　その光景を直接見てはいないにも関わらず、その場の異常な熱気を、狂乱を、渇望を――俺は感じてしまった。

「ふふ……ここはそんな場所です。望んで、望んで、好きなだけ……手が届かないと分かっていても、何度も……何度も……さあ、貴方も、望んでください……♪」
　彼女は、妖しく、獰猛に、笑った。

　その表情はまさしく、“獣”だった。



　――俺が最後に覚えているのは、出口を求めて走っていたこと。俺は、戻らなくては行けない。此処に長居してはいけない。そう気付いてしまったから。

　けれども……どこまで走っても、どこまで走っても、出口は見つからない。

　そんな中で、一人の警備員の男を見つけた。藁にも縋る思いで、彼に話しかけた。

「すみません……！　出口は、どこですか……！」

　すると男は、落ち着いてください。と俺の肩に手を置いて言った。

「私たちは――」
　それは、夜警の男だった――筈だった。しかし、その声は、よく聴き慣れた声のもので――。

「――私たちは、お客さまの為に……全てを整えております」
　その声は、姿は、いつの間にか……俺の担当であるドリームジャーニーに変わっていて――。

「――貴方は、此処からいつでもチェックアウトできます……しかし――」
　彼女はゆっくりと、静かに、いつもの妖しい笑みを浮かべて、言った。

「――貴方はまた、此処へと戻ってくるでしょう」

　――それは、もう、貴方は離さないと、否……離れられないと、告げられたようなもので――。

「ああ例え、500マイル離れようとも……夜が来れば、貴方の心はまた――この場所を求めるでしょう」

「……ふふ、トレーナーさん……♪」
「ジャ、ジャーニー……」

「――ホテル・カリフォルニアへ、ようこそ」

おわり