　その日は、酷い嵐の夜だった。遠征の帰り、嵐に見舞われてしまった俺とシュヴァルは、止まってしまった交通網が復旧する明日までに泊まれる宿を急遽探すことになった。
　幸い、その宿はすぐに見つけることができたが……困ったことに、部屋数不足から俺とシュヴァルは同じ部屋に泊まることになってしまった。
「……僕は、その……大丈夫ですよ……？　トレーナーさんと一緒の部屋でも……」
　そう、おずおずと言ってきたシュヴァルに、まあそう言うなら……と、そうして一緒の部屋を借りることになった。

　夜はもう更けきった頃。窓の外に打ち付ける酷い雨風を椅子に座って眺めながら、俺はそっと小さな湯呑に淹れたお茶を飲む。
　遠征帰りということもあって、やる仕事や作業もなく、かと言って寝つけるかと言えばそうでもなく……つまるところ時間を持て余していた俺は、窓沿いの椅子に腰掛け何をするでもなく眠くなるまで窓の外を眺めていたのだ。
　音はしないものの、時折空が稲妻で光る。耳をすませば打ち付ける雨と吹き荒れる風の音。明日にはちゃんと天気は持ち直してくれるだろうか。そんなことを思いつつ、ただぼーっとお茶を飲む。

　時間はもうとっくに0時を過ぎていて、シュヴァルグランは先にベッドで寝かせてある。俺は……まあ、ソファーでも使えば良いだろう。眠くないのであれば、酒でも飲んでしまえば良いと思うかもしれないが……流石に、同じ部屋に担当が居る中で酒を飲むのは気が引けた。
　という訳で、何もせずただ眠くなるのを待っていた、のだが……。

「…………トレーナーさん……？」
「……ん……？　……シュヴァルか」
　部屋の奥から担当のシュヴァルグランがそっと顔を出す。
「……トレーナーさんも……眠れないんですか……？」
「ん、まあな……。……って、シュヴァルも眠れないのか？」
「あ、いやその……えっと……」
　問い返すと、しどろもどろになるシュヴァル。どうかしたのだろうか。ひとまず、彼女が落ち着いて口を開くのを待つことにした。

「…………その、えっと……いつも抱いてるぬいぐるみを……忘れてきちゃって……それで、眠れなくて……。……って、あっその……すみません、すごくこどもっぽいですよね……うぅ……」
　……ぬいぐるみ。寝るときにいつも抱いているものを、忘れてしまったらしい。睡眠にはリラックス状態……つまり、安心していることが重要だ。シュヴァルにとっての安心の要素がそのぬいぐるみなのだろう。
　……まあ、確かに幼さは感じるが……眠れないというのなら、それは問題だ。

「……ぁ、その……笑わないんですね……？」
「……まあ、それで眠れなくて困ってるんだったらね。しかし、うーん……どうしようか……」
　寝ようとしても眠れない、というのは中々困ったことだ。……俺も、現状眠れていないのだから分かる。明日は帰るだけ、とはいえ。睡眠不足で体調を壊す可能性がある以上、この問題は看過できない。
　……どうにか、シュヴァルが寝られるように何かできないか……。

「…………あ、その……えっと……」
「うん……？　どうしたんだ、シュヴァル」
「ぃ、いゃ……その……」
　何かを言いかけて、躊躇っている様子のシュヴァル。そんな彼女の緊張をほぐすように優しく語りかける。
「……大丈夫、何でも言ってくれ。俺にできることがあれば、何でも……協力するよ」
「っ……ぁ、その……ありがとうございます……」
　シュヴァルは、そう言葉を漏らすと、じっと俯いてしまった。

　……大丈夫だろうか……？　すこし心配して彼女の様子をうかがっていた時、おもむろにシュヴァルは何か意を決したように顔を上げた。
「そ、その……トレーナーさん……！　その……一緒に、寝てくれませんか……！？」
「…………え――」

　――そうこうしている内に、ベッドまで来てしまった……。
　シュヴァルと一緒に寝る……それは、色々とマズいような気がするのだが……。
「と、トレーナーさん……！　ぼ、僕……こっち側で寝ますから……そっちの方で……ちょっと、狭いかもですけど……」
「えっと……シュヴァル……？　そもそも、なんで一緒に寝たいんだ……？」
「えっ……？　ぁ……えっと、その……と、トレーナーさんと一緒にいると……落ち着くから……それなら……安心して、ちゃんと眠れるかも……って……」
　顔をほんのりと朱に染めながら、シュヴァルはおずおずとその理由を伝えてくれる。……むぅ……理屈は通っているが……。
「……ぁ、ゃ……やっぱり、こどもっぽいですよね……！？　そ、その……ごめんなさいっ……」
「……いや、こどもっぽいとは思わないけど……」
「…………！　じゃ、じゃあ……」
「……いや、でも……担当とトレーナーが一緒に寝るのは……流石に……」
　そう告げると、シュヴァルの顔がじわじわと暗くなっていき、じんと瞳が潤うのを見てしまう。
「……ぁっ……その、やっぱり……僕となんて、寝たくないですよね……狭いし……図々しいですよね……？　すみません……トレーナーさんも寝たいのにこんなこと……」
「……あー、いや……そういう訳じゃないんだが……」

　……どうやら、眠れないことで切羽詰まっているからか、それとも天然か……同じベッドで寝ることの危うさを理解していないらしい……。
　その危うさを彼女に説いて、離れるのは簡単だ。……しかし、それを知った時……シュヴァルのことだから、自責の念やらなんやらで思い詰め、眠れぬ夜を過ごすことになるのは、目に見えていた。
　……ならば、俺にできるのは……。

「……今日だけだからな」
「ぁっ……」
　そっと、シュヴァルの隣へとベッドに腰掛け、そうして横になる。
「……ん、これで良いか……？」
「あっ……は、はい……！　その……ありがとうございます」
　シュヴァルは、そぉっと俺と離れた所で横になり、掛け布団の中に潜り込む。
「と、トレーナーさんも……どうぞ……」
　彼女に促されるまま、シュヴァルと同じベッドの中に入る。

「……え、えへへ……」
　きゅっと、シュヴァルが縮こまるのを感じる。なんだか嬉しそうな声が漏れていたので、これで良かったのだろう……。

「……その、トレーナーさん……」
「……なんだ……？」
　おずおずと、シュヴァルがこちらを向いて話しかけてくる。
「トレーナーさん……その……僕が眠るまで……見ててほしいと言いますか……」
　見てる、とは……彼女のことを見つめる、というのとは違うだろう。見守る……という方が近いか。
「……いいよ」
「……えへへ……」
　ふにゃり、と。シュヴァルグランが微笑む。こうしていると、幼さを感じるというか……庇護欲がどこからか湧いてくるのを感じてしまう。

「………………」
「……ぁっ……え……？」
　そっと、彼女の頭を優しく撫でる。
「ぁ、その……トレーナーさん……。…………♪」
　なで……なで……。頭を何度か優しく撫でると、すこし戸惑っていた様子のシュヴァルグランが、リラックスしたように目を閉じこちらに頭を預けてくる。
　……思わず手が出てしまったが……まあ、これで安心して、眠ってくれるなら、良いか……。

「……ふふ……トレーナーさんの手……おっきいですね……」
「……そうか……？」
「はい……なんだか、その……落ち着きます……」
　なで、なで。シュヴァルグランの頭をそっと撫でる。その度に、彼女はすー……すー……と、心地良さそうな吐息を漏らす。

「ふぁ……トレーナーさん……もっと……」
「……ああ、キミが眠るまで……ずっと……」
　彼女の声色が溶けてきて、ぼんやりと輪郭を無くしていく。彼女のやわく求める言葉に応えるように、ずっと、ずっと……彼女の頭を優しく撫で続ける……。

「……ん……んぅ……。とれーなー……さん……」
「……シュヴァル……」
「……ぇへ……とれーなーさん……」
　……そっと、彼女の肩を抱いてやる。優しく抱き寄せて、そのままなで……なで……と頭を撫でる。

「……あったかい……とれーなー……さん……」
「…………おやすみ、シュヴァル……」
「……ぁ……はぃ……。……おやすみ……なさい……とれーなー……さ……」

　そう言いきる前に、彼女はこくり……と眠ってしまった。彼女は、すー……すー……と、安らかな寝息を立てている。
　そんな彼女を眺めながら……彼女の頭をそっと撫でながら……彼女のあたたかな熱を感じながら……。……俺も静かに、深い眠りの中へと落ちていくのだった……。

おわり