　レース帰りの新幹線。流れる外の景色をぼーっと眺めてから、トレーナーの方を振り返る。
　新幹線の二人分の座席に私とトレーナーは座ってました。トレーナーはすこし小さめの本をパラパラとめくり読んでいます。

「トレーナーさん、それ何を読んでるんですか？」
「ん……？　んー、小説かな。ドイツの騎士のお話なんだけどね」
　トレーナーが、本から目を離してこちらに視線を向けます。ちらっと、トレーナーの持ってる本のページを覗くと……わぁ、文字がいっぱい。
「はへー……なんだか小難しそうですねー」
「あはは、オペラが元らしいからどうしてもね」

「……ところで、どうして紙の小説を……？　イマドキ電子書籍とかもありますし、そもそも本読まなくてもスマホあれば色々時間潰せるじゃないですかぁ」
「んんー、まあそうなんだけどね。……でも君が隣にいるし、隣でスマホに夢中になる気にはなれないというか……」
　あはは、と頬をかくトレーナー。……んむむ〜、そういうものですかね……？
「こっちの方が、君の前でカッコ付けられるから……って感じ？」
「えー、なんですかそれー」
　なんて冗談冗談、と笑うトレーナー。……まあ、確かに。小説を黙々と読んでいるトレーナーは割と……サマになってました。

「そういう君の方こそ、暇潰ししなくて良いのか？　スマホとかで」
　そうトレーナーに問われて考えます。
「……うーん、まあそうですねー。暇潰し……ひまつぶし……確かにちょっとヒマだけど、スマホをイジるのもちょっと違うと言いますかー」
　むむむ、この気分を言葉で言い表すのは難しい感じがしますね。

「……あ、じゃあこうしましょう」
「うん？」
「トレーナー、暇潰しに付き合ってください」
「ん？　まあ良いけど。付き合うよ」
「やった……♪」
　トレーナーがパタンと本を閉じて置き、私の方に向きかえります。

「よーし、それじゃあ暇潰しですね……！　むむむ……えーっと、えっと……」
　せっかくこうしてトレーナーと二人きりなのだから、二人でできる暇潰しをしたいですよね。暇潰し、暇潰しと言えば……うーん、と。うんと……。

「……むむむ〜……？　暇潰しって、何をすれば良いんだろう？」
「おいおい」
　私が首を傾げると、トレーナーががくりとずっこける。えー、でも急に暇潰しって言われても分からなくないですかー？？

「……えっと、えっとー……じゃあ、トレーナー！　好きな人とか居ますか！？」
「んん！？　突然だな……！？」
「あっ！」
　どどど、どうしよう……！？　思わず勢いで思い付いたのを言ってみたけど、恋バナは流石にチョイスミスでは……！？

「えっと、えっとえっとこれはその……！」
「……まあ、付き合うって言ったのは俺だしな……」
　……あれ、意外とトレーナーノリ気……？　じゃ、じゃあ、トレーナーの恋バナ聞いてみても……？？

「えっそれじゃあ、トレーナー……好きな人居るんですか……？？」
「んー……そうだな……。今は居ないかな？」
　あっさりと、トレーナーはそう答える。えー、それじゃああんまり面白く無いような。……いや、でも……トレーナーに好きな人がまだ居ないっていうのはちょっと嬉しいような？

「えー……それじゃあ昔は居たんですか？」
「……まあ、ね。随分と昔の話だけど」
「えー、トレーナーも隅に置けませんな……♪　どれくらい昔のことだったんですか？」
「んー……小学生くらいの時？　クラスに好きだった子が居てね」
「ほむほむ」
　昔を懐かしむように、すこし遠くを見てトレーナーは語ります。
「そこそこ仲良かったんだけど、その子は引っ越しすることになっちゃって」
「ええっ……！　そんなっ！？　お別れ前に告白できたんですか……！？」
「……結局、できなかったんだよねー。転校しちゃって、それっきりだよ」
　あはは、とトレーナーが頬をかいて笑います。
「むー……それは、何とも悲しい……。……え、その後は恋とか青春とかしなかったんですか……？？」
「そうだね。その後はあんまりそういうのに縁が無くて。それに、トレセンのトレーナーになる為に結構勉強の方を優先してたからなあ……」
　そんな風に過去を振り返るトレーナー。
「そうなんですかー……なんだか少し意外なような……？」
「えっ、そう？」
　不思議そうにトレーナーは聞き返します。
「えー、だってトレーナー結構モテそうなのに」
「そうかなぁ……？」
　少なくとも……私的には結構いい感じな人だよなー、とは思いますし。優しいし、真面目だし、すごく真剣に私のこと考えくれますし。私的にはかなりアリですけどね。
「まあ、でも正直。今は恋人とかは考えられないかなー」
「え、どうしてです？」
「トレーナー業があるしね。あんまり恋愛とか結婚とかに時間を割く間も無いし。大変とは思わないけど、そこまで余裕は無いかなー。だから、今は仕事が恋人って感じ」
　なんちゃってね、とトレーナーは軽く笑います。んむむ……仕事が恋人ですか……。
「むむむ〜……？　トレーナーの仕事は私のトレーナー業ですよね……？　つまり、トレーナーにとっての仕事は私で……それが恋人ってことは……」
「うん？」
「…………私が、トレーナーの恋人ってこと……！？」
　これは、なんとビックリ！！

「……いや、そうはならないでしょ」
「あ、やっぱりそうですか」
　トレーナーに素で否定されてしまいます。いえ、流石に分かっていましたよ？　本気で言ってた訳では全然。ええ、全然。
　……でも、ちょっとそんな真顔で否定されるとなんだか傷つく感じも……。

「……それだと、タンホイザとの関係が仕事、ってことみたいになるだろ？」
「え？」
「タンホイザとの関係を仕事の関係だとは全く思わないよ。俺はタンホイザのことを自分のこと以上に大事に思ってるし、仕事の為だなんて全然。君は仕事よりももっと大事だよ」
「……えっ……。……えーっ……！？」
　真面目な顔で私のことをとっても大事っていうトレーナー。そ、そんな……そんな風に思われちゃったら、すごく照れてしまうと言いますかー……///

「……ということはあれか。やっぱり仕事が恋人っていうのも相応しく無いか……うーん、タンホイザが居るから恋人とかは特に考えてない……的な？」
「えっと……それは……そのぉ……！？」
　……いやいや、なんでそんなこと平気な顔で言えちゃうんですか……！？　私が居るから恋人は要らないってそれもう、実質告白では……！？？

「うん……？」
　……ああ、うん。
　このトレーナーは、何も考えていないみたいです。まったくもう……驚かせてくれちゃいますね……。
「どうかしたか、タンホイザ」
「……いいえー？　なんでもありません」
　ぷい、と窓の方へとそっぽを向く私。トレーナーのこういう所が、これまで恋人ができなかった原因なのでしょうか。まったく。

「………………」
「…………」

　ちらりとトレーナーの方を見ると、少し気まずそうにしてから、おもむろにさっきの小説を取り出し読み始める。
　んん……。ちょっとぷいとし過ぎでしたかね……？　むむむ……でもこれは、トレーナーが悪いみたいな所も結構あるような〜……。

「………………」
　ぱら。
　静かに小説のページをめくるトレーナー。……その横顔は、結構カッコよくて……。

「…………」
　とん。

「うん……？」
「…………」
　そっと、トレーナーの肩に頭を乗っけます。
　目をつぶったまま、開けずにトレーナーの肩にとん、と。

「……タンホイザ……？」
「…………」
　呼びかけられても、返事をしてはいけません。目をつぶって、声を出さずに、すー、すー、と呼吸だけして……。

「……寝ちゃったのか……？」
「……すー、すー……」

「……レース帰りだしな。結構疲れが溜まってたのかな」
「んん……」
　寝たフリをしながら、トレーナーを近くで感じます。ちょっとジャマになってないかなー……？　とは思いつつ、でも……このくらいの役得はしても良いんじゃないかなーなんて思ったり……。

「……お疲れさま、タンホイザ」
　……そっと、トレーナーは私に優しい声をかけてぽん、ぽん、と頭を撫でます。
「んん……」
　薄っすらと……薄目でトレーナーを見てみると、その表情はとても優しいもので……。……うーん……こういうことをされちゃうと、やっぱり……。
　トレーナーからの愛情を、感じちゃうんですよねぇ……。

「……おやすみ、タンホイザ」
　トレーナーの優しい声、優しいなでなで、優しい表情……。そんなトレーナーに、なんだか胸がきゅっとなって……。
「えへへ……」
　私はトレーナーに気付かれないようにそっと笑って、トレーナーの優しさにトレーナーのすぐ近くで新幹線から降りるまでずーっと、浸っているのでした。

おわり