　トレセン学園。ある休日の朝の校門前。
　俺はヤエノムテキが来るのを待っていた。何故そのようなことをしているのかを説明するには数日前まで時間を遡らなければなるまい。

「――……俺と、映画に？」
「はい。修行の為、トレーナー殿に付き合って貰いたいのです」
　トレーニング終わり、突然ヤエノから映画に誘われたのだ。
「それは良いけど……映画を見ることが何かの修行になるのか……？」
「……私は、色恋沙汰に弱いという致命的な弱点があります。御存知だとは思いますが……それを少しでも克服しようと思いまして」
　そう言われて、以前恋愛ソングに苦戦していた姿を思い出す。確かに、ヤエノは色恋沙汰に弱いようだ。

「……って、あれ？　ということは、観に行く映画って」
「……はい、所謂恋愛モノの映画になります。私はあまり詳しくは無いのですが……巷で流行っている恋愛映画があるそうで。そちらをトレーナー殿と鑑賞し、色恋沙汰への耐性を付ける修行を行いたいのです」
　この時点でもう、少し顔が赤いヤエノを見やる。ふむ、別に特段この頼みを断る理由は無く――否、担当と恋愛映画を観に行くことの是非はあるかもしれないが――快諾をしようと思うのだが、一つ疑問が残る。

「なあ、ヤエノ。その修行って、別に俺じゃなくても良くないか？　友達とか誘えば――」
「いえ、むしろトレーナー殿しか頼れる者が居ないのです」
「え？」
　そんなことがあるのだろうか、思わず聞き返してしまう。
「私にとって恋愛映画の鑑賞は一つの修行です。して、修行ならば――負荷はあればあるほどその効果を増すというものでしょう」
「まあ、程度の差はあれどそうだな」
「ならば……恋愛映画の鑑賞にかけられる負荷――すなわち、歳上の異性との鑑賞を行わずして、何が修行と言えるでしょう」
　それは……そうかもしれない。いや、必ずしも俺が必要という訳ではないだろうが、修行を求めるヤエノに俺が必要とされるのは道理だろう。

「私の身の周りの歳上の異性と言えば、トレーナー殿かじいちゃ……祖父くらいなもので。ならばトレーナー殿と観に行くしかないでしょう」
　流石に、祖父とともに恋愛映画を観に行く選択肢は無かったらしい。
「という訳で、トレーナー殿……！　どうか、不肖このヤエノムテキの修行に付き合っては貰えないでしょうか……！」

　――そう言って頭を下げるヤエノに、快諾の意を伝えたのが数日前。そうこうして、俺はこの休日にヤエノとともに恋愛映画を観に行くことになったのだが。そろそろ待ち合わせの時間。俺はヤエノがこの場にやって来るのを待っていた。

「――と、トレーナー殿……！　お、お待たせしました……！」
　学生寮の方から、担当の声が聞こえてくる。待ち合わせの時間はピッタリ。いいや、待ってないよ大丈夫。と、彼女に伝える為に振り返る、と――。

「……と、トレーナー殿……？」
　――そこには、可愛らしい私服に身を包んだ俺の担当の姿があった。
　肩出しのトップスにラフなショートパンツ。それから涼しげなサンダルと、全身を可愛らしくコーディネートされたヤエノムテキがそこにはいた。
　……一体、どうしたというのだろうか。普段見慣れた、丈夫そうな彼女の私服とは打って変わって、あまりにも女性的で可愛らしい服装に衝撃を受けていた。

「ヤエノ、その服……」
「……！　いや、そ、その……この服は、チヨノオーさんやノーリーズンさんに、今回の修行をデデ、デートだと勘違いされてしまいまして……！　そ、そうしたら、アルダンさんやヒシミラクルさんたちも集まってきて、あれやこれやという間に服を見繕われてしまいまして……！」

　あせあせと、事のあらましを説明するヤエノムテキ。なるほど……年頃の子たちには今のヤエノは格好の獲物だったのだろう。
　決して、これは自分が選んで着たのでは無いと弁明するヤエノ。そのことを恥ずかしがること自体が、ヤエノらしいと言えばそうである。

「……そ、その……似合っていませんですよね……？　こんな可愛らしい服を私なんかが着るなど……」
「いや、よく似合ってるよヤエノ」
「えっ」
「すごく可愛らしくて良いと思う。うん、とても似合ってる」
「っ！？　か、可愛……！？　似合って……！？　そ、そんなっ……〜〜っ！！」
　顔を赤く染め、手で覆い隠すヤエノ。まあ、彼女ならこう反応するだろうというのは分かっていたが……それでも、似合っているし今のヤエノが可愛らしいということは紛れもない事実だ。

「と、トレーナー殿……///　あ、あまり見ないでください……その、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうで……！」
「とは言われても……可愛いのは本当だしなぁ」
「〜〜〜っ！　と、トレーナー殿っ！」
　少し囃し過ぎただろうか。本当のことを言っているだけなのだが、このままでは地中にでも潜ってしまいそうなので、軽くごめんごめんと謝りつつ映画に向かおうと誘う。

「っ……はぁ……うぅ」
　恥ずかしそうに顔を染めながら隣を歩くヤエノ。彼女の可愛らしい一面を見れたと、内心嬉しく思いながらも、流石にそれを伝えてしまえばヤエノのキャパシティを越えてしまうだろうから、胸の内にだけ留めておくことにしたのだった。

　――そうしてこうして、俺たちは街のショッピングモールにある映画館に辿り着いた。
　そういえば最近映画など見ていなかったな、などと思いながらもチケットを購入。ポップコーンなども買いつつシアターへと入っていった。

「チケットに余裕はありましたが……結構席は埋まっていますね」
　そう言って、座席を見上げるヤエノ。ふむ……確かに、思っていたよりも多くの客が入っていた。
　なんとなしに軽く眺めていると、客層がなんとなく見えてきた。
「……や、やはり恋愛映画というだけあって、カップルが多いですね……」
「そうだな」
　席には男女のカップルが横に並んでいるのがよく見える。他にも若いウマ娘同士で並んでいるのも見かけるが。まあこれは恋愛映画なのだ、そういう客が多いのも当然だろう。
　……しかし、よく見てみれば。カップルの中でも、自分たちのようにウマ娘と歳上の男性のカップルが多いように感じる。――もっとも、俺たちはカップルでは無いが。しかして、歳が同じくらいのカップルは、そこまで多くも無いように見える。

　その客層の偏りに少し疑問は持ちつつも、俺はスクリーンへと向き直る。特段気にするようなことでも無いだろう。
　それよりも、これからはヤエノの修行の時間だ。……俺としても、ある意味修行となるだろう。恋愛モノの映画などまるで縁の無い生き方をしてきた自分。果たして、しっかりと鑑賞できるだろうか……。一抹の不安を抱きながら……俺たちは、暗くなる劇場に心を改めるのであった。

――――――

　――映画は始まった。ヤエノからは流行りの恋愛映画を見るとだけ伝えられていたので、事前知識はまるで無かったのだが……どうやらヤエノと同じくらいの歳のウマ娘が主役の物語らしい。
　地方のトレセン学園が舞台で、主人公はトレーナーの元でトレーニングを積みながら青春を送っていた。
　果たして、ここからどのように恋愛模様が描かれるのだろうか、と思っていると……。

『トレーナーさん……！』

『……トレーナーさん？』

『その、トレーナーさん……』

　……なんだか、主人公とトレーナーにフォーカスした描写が多いように感じる。――と、言うよりも……。

『と、トレーナーさん……///』
　……完全にこれは、そういうお話だろう。主人公が恋する相手、それは担当のトレーナーであった。
　一緒に夢を目指して駆ける主人公とトレーナー。徐々に仲が深まっていき、近づく距離感。担当とトレーナーの関係を越えて、プライベートの描写が増えていきそうして果てには……。

『あっ……トレーナーさん……///』
　二人きりの空間でほぼ密着していると言っても過言ではない距離で触れ合う二人。……これは、かなり刺激的な内容だ……。
　まさか、そんなお話だとは思ってもおらず、よりにもよってこの映画を担当と観に来てしまっていることに気まずさを覚えつつ。ああ……だから客層に偏りがあるのかと察する。ウマ娘と歳上であるトレーナーとの恋模様。それを観たがるのは憧れを持っている子か、同じような経緯で仲を深めたカップルたちだろう。

　それはさておき、中々に刺激的で……自分ですらだいぶ気まずさを覚えているこのスクリーンの中の出来事に。ヤエノは大丈夫だろうか？　とチラリと横を見てみることにした。そこには――。

「――――――」
　顔を真っ赤にして、手で顔を覆っているヤエノムテキがいた。……どうにか、指の隙間から鑑賞はできているようだが……。

「ぁっ……駄目です……そんな……不埒な……ゎ、わぁ……」
　言葉がぽろぽろと溢れているヤエノ。そんな彼女に心の中でエールを送りつつ、俺はどうにかこの気まずさを拭いながらも鑑賞を続けるのであった――。

――――――

「――す、すみません……！！！」
　劇場を出て開口一番に、ヤエノは頭を下げそう言った。
「ま、まさかこんな……そ、その……と、トレーナーと担当のこ、恋物語だとは思ってもおらず……っ……///」
　未だ顔を赤くしているヤエノを落ち着かせる為に、ひとまず声をかける。

「いや、まあうん……知らなかったなら仕方ないよ。その……気まずくはあったけど、映画は面白かったし」
「……っ……くっ……不覚でした……まさか、こんなお話だとは、流行っているらしいからと、軽率にこの映画を選んでしまって、私は……！」
　まあまあ、とヤエノを落ち着かせつつ、映画館を後にする。……確かに、不意打ち気味にトレーナーと担当の恋物語という要素をぶつけられてしまったが……。

「……もしや、このような内容だと分かっていたからデートだと勘違いされてしまったのでは……？　うぅ……チヨノオーさんやヒシミラクルさんが、なんだかあたたかい目で私のことを見ていた理由が、こんな所で判るとは……」
　劇場を後にした今も、顔を赤く染めて手で覆うヤエノ。……なんというか、今の彼女にどんな言葉をかけても追い打ちになってしまうだろうと分かる。なので、とりあえず今回の本来の目的について聞いてみることにする。

「えっ？　ちゃんと修行にはなったのか、と……？」
「うん。元々、苦手な恋愛要素を克服する為に来たんだろ？　どう、成果は得られたか？」
「そ、そうですね……ぅ、うむ……」
　そうして、少し考え込むヤエノムテキ。その様子をエスカレーターに乗りつつ眺めていると。

「……一応は、ちゃんと見れた……つもりです。はい……」
「目を背けないように指の隙間からちゃんと見てたもんな」
「っ！？///　み、見ていらっしゃったのですか……！？」
　より一層顔が赤くなるヤエノに適当にはぐらかしつつ、どうだったか更に問いかける。
「そ、その……私には、凄く刺激的でした……と、トレーナーと担当であのような……その、恋仲になるなんて」
「……あまりにも、過激で……き、キスシーンなどもありましたが……私にしては、ちゃ……ちゃんと見ることができたと、思います」
　シーンを思い出してシナシナになるヤエノをどこか可愛らしく思いつつ。よく頑張ったな、とねぎらいの言葉をかける。

「い、いえ……！　これも、修行ですから……押忍……///」
「……うん、これで少しは恋沙汰に強くなったんだったら、ヤエノに付き合った甲斐があったってもんだからな。良かった良かった」
「お、おしゅ……」
　弱々しい声をあげるヤエノ。こんなになりながらも、過酷な修行に見事打ち勝ったヤエノを、どうにかねぎらいたいと思い、ヤエノの肩をぽんと叩き昼食でもどうか？　と、声をかける。
「ひゃっ！？　と、トレーナー殿……っ？///」
「あっ、ごめん」
　肩を叩いたことで驚かせてしまったようだ。悪いことをしてしまった。
「い、いえ……気にしないでください……えっと、昼食ですよね……？　おしゅ、どこかに食べにいきましょうか」
「うーん、ここのカフェとかどうかな。近くだし、比較的ゆっくりもできそうだし」
「は、はい……！　そうですね、い……行きましょう」

　そうして、俺たちはしばらくカフェでお茶をして、それから少しショッピングをしてから。帰路につく為ショッピングモールを後にするのだった――。

「ぅ…………///」
「……？　どうしたんだ、ヤエノ？」
「っ……！？　ひゃ、はいっ……！　な、なんでもありませんっ……！」

　――しばらくの間どうしてか、ぎこちない反応をしてくるヤエノとともに……。

おわり