　それは、シュヴァルとの旅行を控えたある日のこと。
「と、トレーナーさん……僕、男の子になっちゃいました……」
「――――え？」

――――

「……ふぅむ、これは中々興味深い現象だねぇ」
「ぼ、僕……どうしちゃったんですか……？」
　ここはアグネスタキオンの研究室。白衣を着たアグネスタキオンが男になったというシュヴァルグランの身体を診ていた。

「いわゆる、男体化。あるいは性転換と言っても良い。原因はハッキリとしている訳ではないが、そうだねぇ……一部のウマ娘に現れる症状ではあると聞くね」
「やっぱり、本当に男の子になっちゃったんですね、僕……」
「なあ、タキオン。これはどうすれば元に戻るんだ？」
　この症状が一時的なモノなのか、あるいは何かしなければいけないのか。何か手立てはあるのか、シュヴァルグランのトレーナーとしてタキオンに尋ねる。今の時期はレースもなく、慰安旅行を計画していた故にトレーニングの予定も入れてないが、しかしそれでも。彼女の競技者人生の妨げにならないか、それが気掛かりだった。

「手立てなら、ある」
「……！　本当か！？」
「まあ、待ちたまえ。手立てはある、それは確かだがそれと同時に一つ大きな問題がある」
　こちらに向き直り、そう告げるアグネスタキオン。
「えっと、……き、聞かせてください。僕、知りたいです」
「フム……ではまず手立てから話そうか。君の身体に起こった異常、症例は非常に稀であり全てが解明されている訳ではない。しかし既に確立されているのさ。治療法、いわば特効薬がね」
　特効薬。その言葉は俺の心に安堵をもたらした。特効薬があるのなら、シュヴァルの身に起こった異常もちゃんと治すことができるだろう。

　しかし、それで一度は安心はしたが、アグネスタキオンの言っていた大きな問題というものを思い出す。果たして、それは一体なんなのだろうか。

「問題というのはだね、その特効薬の作成には時間が掛かるということさ」
「時間……？」
「そう、時間さ。なにぶん材料が貴重でね、あいにく今私の手元にはその材料が無いのだよ」
「……なるほど。それで、どれくらい掛かりそうなんだ？」
「ざっと見積もって、7日」

　7日。それは丁度、旅行から帰ってくる頃合いだった。それが幸か不幸かはわからないが、ひとまず、旅行中シュヴァルは男として生活しなければならないということになってしまった。

「……分かりました。ありがとうございます、タキオンさん……薬の開発、お願いします」
「良いのかい？　その間、君は異性の身体で過ごすことになるが……」
「仕方、無いみたいですから……僕、頑張ります」
　そうして、男として過ごすシュヴァルの1週間が始まるのであった――。

――――――

　時は流れて、旅行1日目の夜。
　未だ性差に慣れない様子ではあったが、次第に順応してきたシュヴァルグラン。しかしそもそも、性差が関わる場合を除けば、彼女は彼女のままである。特段性別が変わってしまったことを気にすることも無く、穏やかに旅行の1日目が終わろうとしていた。

　湯けむりに包まれながら湯船に浸かり、その中から手を伸ばしシャワーを流す。シャワーが温かいのを確認して、湯船から上がる。そのまま髪を流し洗う。
　ここはホテルのバスルーム。温泉や浴場があるタイプのホテルでは無かったのでこうして室内のバスルームを使っているのだが……シュヴァルのこともあり、そちらの方が都合は良かった。

　髪についた泡をシャワーで洗い流し、手のひらでシャワーからの水を溜め顔をすすぐ。そうして、次は身体を洗おうとソープに手を伸ばした時、それは突然やってきた。

　がちゃり。
「そ、その……失礼しますっ」
「……っ！？」
　バスルームの戸が開き、バスタオルを前にかけたシュヴァルグランが入ってきたのだ。
「しゅ、シュヴァル……！？」
「と、とと……トレーナーさんっ！　お、お背中流しますっっ！」
　顔を赤く染めながら、目をぐるぐるさせてシュヴァルグランは叫ぶのだった――。

「そ、その……」
「う、うん」
「その……僕、男の子になっちゃってから色々考えたんです。今の僕ならやれること、今の僕にしかできないこと……それで、見つけたんです」
　俯きがちながらも、どこか決意を固めたようなシュヴァルグラン。そんな彼女を見ながら、それでどうしたのかと問う。すると、シュヴァルグランは顔を上げじっとこちらを見つめて応えた。
「お世話になった人の背中を流して、感謝の気持ちを伝えるって、見つけたんです。いつもお世話になっているトレーナーさんのお背中を流そうって、思いました」
　そう、か。確かに、父親や恩師の背中を流すという文化はある。それをシュヴァルはやろうとしているのか……。

「……いつもの僕だと、トレーナーさんと一緒にお風呂なんて、絶対出来ないけど……でも、男の子になったら今なら、良い……ですよね……？」
「そ、そうかも……？　いや、でもトレーナーと教え子という関係で一緒にお風呂というのは……」
　言葉を濁していたが、彼女の目を見ると――それは、確かな決意があって。こういう時のシュヴァルグランは決して譲らないと。俺は知っていた。

「――トレーナーさん」
「……ああ、分かった。分かったよ、じゃあ……背中。お願いなシュヴァル」
「……！　は、はいっ……！」
　そうして、俺はシュヴァルに背を向けるのだった。

「――力加減、これくらいで大丈夫ですか……？」
　ごし、ごし。シュヴァルのこちらを気遣うような優しい加減で、背中をタオルで擦られる。
「ああ、良い感じだよ」
「ほ……良かった……」
　程よく泡立ち、自分の手では届かない所まで、しっかりと擦られる。なんとも心地が良い。タオル越しのシュヴァルの手のひらからは、優しさや思いやりが感じられて、心まで温まる。

「…………トレーナーさんの背中、おっきいな……」
　ぼそり、と。シュヴァルが呟く。
「……そう……？　普通だとは思うけど」
「いえ……とても、大きいです。ふふ……♪」
　なんだかよく分からないが、鏡越しに見えるシュヴァルの顔は嬉しそうで。彼女がそう思うのなら……まあ、良いか。

「――はい、トレーナーさん。お背中、流しますね」
「ああ、お願い」
　シュヴァルは俺の肩の辺りから腕を伸ばし、シャワーを掴む。そうしてシャワーを背中に当てながら今度は直接、彼女の優しい手のひらで擦られ洗い流される。
「うん。出来ました」
「ありがとう、シュヴァル」
「……その、恩返しに……ちゃんとなれたでしょうか……？」
　その問い掛けに、俺は迷いなく答える。
「俺はとても嬉しかったよ、シュヴァル。心地よくて、心が温かくなって。それから綺麗になって。全部シュヴァルのおかげだ。ありがとう、シュヴァル」
「……ぅあ、……ん……はい、それは……良かったです……♪」
　嬉しそうに、シュヴァルグランは微笑む。彼女に感謝の言葉を投げかけながら、俺は残りの身体を洗うのであった。

――――

「――それじゃ、次はシュヴァルの番だな」
「――へっ、……えぇっ……！？」
　髪を洗い終わったシュヴァルにそう言葉を掛けると、シュヴァルは身体をビクりとさせて驚く。
「い、いや……！　トレーナーさんにはお世話になってるからしたので、僕なんか別に……！」
「いやいや、シュヴァルも毎日トレーニング頑張ってるし。それに、さっきのお返しもしたいからな」

　椅子に腰掛けるシュヴァルをそのままに、俺は湯船から上がり彼女の背にまわる。ボディソープでタオルを泡立てて、彼女の背に言葉を掛ける。
「シュヴァルの背中、俺に洗わせてくれないか？」
「……う、うぅ……そんな風に言われちゃったら……そ、その。嫌な訳じゃないので……お願い、します」
　頬を赤く染めて俯きがちに背中を丸めて、答えるシュヴァル。そんな彼女を驚かせないように優しく、そっと……彼女の背に手を伸ばした。

　ごし……ごし……。
「こんな感じで、大丈夫か……？」
「は、はい……ちょうど良い加減です」
「ん、そうか」
　彼女の陶磁器のような繊細な肌を俺はタオルで優しく擦る。今は男の身体をしているが、元々は女性の肌だ。少し緊張して、躊躇いがちになってしまうのは仕方の無いことだと思う。

「……これ、結構……気持ち良いですね。トレーナーさんもこんな感じで、気持ち良かったんですね……」
　ふふっ、と笑うシュヴァルを見ながら、上から下へとタオルを擦る。その背中の隅々まで綺麗にできるように、ぎゅっと想いを込めて背中を擦る。

　首の周りから、背中から、そして腰へ……。その身体は確かに、男性的なモノであった。しかし、それと相反するように、彼女の腰にはウマ娘特有の尻尾があった。
「っぁ、そ、その……尻尾は、自分で出来るので……その、ちょっと敏感なので……」
「あ、ああ。分かった」
　俺には感じることの出来ない感覚であるが、彼女がそう言うのならと、尻尾に触れないように腰回りを優しく擦った。
「ぅ、ぁ……」
「……背中、流すぞ」
「は、はい。お願いします」

　ザーっ。彼女の肌に手を伸ばし、そっと擦り洗い流す。泡が取れ、シャワーに濡れた彼女の背中は白く透き通っていて――思わず。
「綺麗だな、シュヴァル」
「ふぇっ……！？」
「なんていうか、華奢だなシュヴァルは」
「そ、そうですか……？　――っあ、ひゃっ……！」
　そっと背中を撫でるとシュヴァルが声を上げる。
「あ、ごめん」
「ぃ、いぇ……その、僕の方こそ変な声出しちゃって、ごめんなさい……」
　縮こまったシュヴァルがそうしてこちらに振り返る。

　……しかし、それにしても。やっぱり彼女の身体は華奢だ。少し心配になるくらいに。
「い、一応……その、いつもの僕より男の子になった今の方が、ちょっと細くなってると言いますか……なので、普段の僕はもうちょっと、ちゃんとお肉ついてますから……！」
　そう弁明をするシュヴァル。男性に比べて女性の身体は丸みを帯びていてるという話は聞いている。それが彼女の身体で起きているのだとしたら、細くなったのは納得だ。その分、筋肉質になるであろうけども、そうなっていないのは彼女の体質の問題なのかもしれない。

　それはそれとして、本来あるであろう女性的な丸みを帯びた身体が目の前のシュヴァルの背中から幻視して――いや、これはあまり考えない方が良いだろう。色々と……。

「――あ、あの……トレーナーさん……？　そ、その……///　あまり、見つめられると、男の身体になってると分かっているんですけど……その、恥ずかしいです……っ」
「あ、ああ！　すまん、シュヴァル……！　――ほら、流し終わったぞ」
「えっと……その、ありがとうございます、トレーナーさん」

　そうして互いに身体を洗い終わって。湯船に二人、向かい合って浸かる。ホテルの浴槽だけあって、二人入っても充分な広さがあるのは、良かっただろう。

「はぁ……」
「ふぅ……」
「……ふふっ、えへへ……背中を洗ってもらうのって、結構……良いですね」
「……そうだな」
　膝を抱えながら湯船に浸かるシュヴァルグランが笑う。茹でられほんのりと赤く染まった頬。心の底からリラックスしたような瞳。
　いつものシュヴァルとなんら変わり無い彼女の表情。ああ、例え性別が変わってしまったとしても、シュヴァルグランはシュヴァルグランなのだ。

「……こうして、トレーナーさんと一緒にお風呂に入れるのは……良かったです。男の子の身体になって」
「怪我の功名、か。うん、良かったな」
「……ちょっと、勿体ないな……。元の身体になったら、トレーナーさんと一緒にお風呂に入れなくなるなんて……こんなに、良いって分かってしまったのに……」
　とても名残惜しそうな表情で呟くシュヴァル。なんだか、そんなシュヴァルを見ていると勝手に手が動いて――。

「――ぁ、ぅぇ……？」
　――なで、なで。
　彼女のしっとりと濡れた髪をそっと撫でる。
「っぁ……。…………ん……♪」

「……トレーナーさん」
　俺の腕に寄りかかるように頭を預けて、シュヴァルは俺を呼ぶ。
「……その、また……明日も……一緒に入ってくれますか……？」

　彼女の問い掛けに、俺はゆっくりと、そして安心させるように、確かに応える。
「ああ、また明日、な」
「…………♪」

おわり