「うーみだーっ！！」
　暑い日差し、冷たい波打ち際。マチカネタンホイザが青い海に向かって叫ぶ。

「トレーナー！　海ですよ海〜！　やってきましたよ！　海！　バカンス！　ん〜〜！　むんっ！」
　キラキラと目を輝かせ大はしゃぎするタンホイザ。その姿を微笑ましく思いながらも、俺の心にも高揚感はふつふつと沸き上がっていた。

「さあ、トレーナー！　海に突撃する準備はできましたか！？　できましたねっ！？」
「ああ、いつでもいけるぞ」
「よぅし、それじゃぁ海に……レッツゴ――」

　――ピカっ。
「――ぅぇ……？」
　ゴロゴロッ！！　ドガンっ！！
「んぇ〜〜っ！？」
　突如として閃光が、やがて爆音が鳴り響く。突然の出来事に呆気を取られていると。

　ぽつ、ぽつぽつ、ポツン。
「えっ、えっ？　ちょ、ちょ」
　あんなにも明るかった青空が、唐突に暗くなる。そして、まだ海に入ってもいないというのに冷たい水の感触が身体を伝う。まさか――と、思うまもなく。

　ザーッ！！！！

「びゃーっ！！？」
「んな、雨っ！？　ゲリラ豪雨……！？」
「ど、ど、どうして〜〜〜っ！？？」

――――――

　――と、言うわけで。
　俺たちの夏は、海は、足が浸かる間もなく幕を降ろしたのだった。

「ぅぇーーんどうしてこんな目に合うの〜！　う、うぅ……」
　着替える間もなく水着姿のまま、何とかホテルの部屋まで戻ってこれたのだが。
　マチカネタンホイザはえんえんと泣いていた。せっかく休みを取って二人で海に来たというのに、予報にも無かったあまりに突然の豪雨。当然海泳も禁止となった。

「うぅ、せっかくトレーナーと海に来れたのに……」
　可愛らしい水着姿をびっしょりと雨で濡らしたタンホイザの落ち込む姿に心が痛くなる。どうにか彼女の気を晴らしてあげたいが、中々かける言葉が見つからない。
「新しい水着も買ったのに〜……」
「……とりあえず、ここに一泊はするから明日また行くか？　天候とか悪くなかったら海」
「……んむむ、そうですね〜。明日に賭けておいて、今日はもう諦めるしかないですよね〜」
　しぶしぶ、という表情でタンホイザは同意する。
　1日目に海で遊ぶという予定は諦めなければいけなくなったが、まだ2日目がある。本来の予定からは外れてしまうが、海を逃すよりは良いだろう。

　しかし、海を2日目にズラすというのは良いのだが、肝心の1日目の予定が完全に白紙になってしまった。海はもっての他であるが……この雨だ、他の観光地に行くのも難しい。どこかに出かけること自体難しいだろう。
　ともすれば、このホテルの中で過ごすしかない訳で……しかし、このホテルには特段何かレジャー施設がある訳でも無かった。海を優先していたが故にレジャーよりも海への近さを取っていたのが裏目に出てしまっていた。

「今日1日、どうしようか……」
「う〜ん……うーん……」
　頭に指を当ててむむむと悩むタンホイザ。どうにか、彼女に充実した1日を楽しんで貰う方法は無いか……。こちらも頭を悩ませていた。

「……やっぱり、思うんですよ」
「ん、何が？」
「せっかく新調した水着を着ているのに、このまま海で遊べないで脱いじゃうのって勿体無いなー……って」
　そういわれて、未だに自分もタンホイザも水着を着たままだということを再認識する。
　確かに、着替えはあるがこのまま悲しい思い出とともに、一度も使うことなくこの水着を脱いでしまうのは惜しいように思えた。

「やっぱり、ちゃんと水着で遊びたいですよねー……」
「うーん……とは言うが、どうするんだ？」
「ホテルにプール、は無いんですよねー。温泉はあるけど温水プールという訳ではないですし……」
「近くに屋内プールも無いしな」
「ですよねー」

　やはり、少し勿体無いが水着から着替えるしか無いだろうか。……というか、雨にうたれているのだからタオルで拭いたとは言え風邪をひく前に着替えた方が良いのは確かだ。

「そうだ、タンホイザ。着替えついでに風呂に入ったらどうだ？　身体、冷えてるだろ？」
「むむむ、水着を脱ぐのはイヤだけど〜……でも風邪ひく前にお風呂は入りたいな〜」
「ああ、入っておいで。俺は後で良いから」
「そうですね〜お風呂に入ってきま――……あ」
　ゆっくりと風呂場へ向かうタンホイザは、いきなり声をひとつ上げるとその場で固まってしまった。

「……どうかしたのか、タンホイザ……？」
「…………これ、だ。……！　これですよ、トレーナーっ！」
「うんっ！？」
　目を輝かせてこちらに駆け寄り身を乗り出すタンホイザ。そうして、訳もわからないまま手を引かれてそうして――。

――――

「――ふう〜♪　お風呂はあったかいですね〜」
「……そ、そう……だな……？　……？？」

　気が付けば俺は、担当のマチカネタンホイザと一緒に湯船に浸かっていた。

「……いや、いやいやいや。何やってるんだタンホイザ……！？」
「えー。なにって、水着ですよトレーナー！」
　湯船の中からマチカネタンホイザは布地を広げてこちらに水着をアピールする。一体、どういうことなのだろうか。

「言ったじゃないですか、このまま何もしないで水着を脱いじゃうのは勿体無いーって！」
「言ってたな」
「なので、お風呂で使うことにしました！！」
　むふー、と得意げに腕を組むタンホイザ。……なるほど、確かに海やプールもなく唯一ある温泉でも着ては行けない水着だったが、部屋に備え付けの風呂場でならば、水着を着用しながら入ることができる。
「トレーナーがお風呂入って、って言ってくれたおかげで思いつきました！　トレーナーもえらえら、私もえらえら〜」
「なるほどなー」
　彼女の思いついた案は、実に妙案であった。タンホイザの言葉に納得し、彼女の願いだった水着を使うということも叶ったようで何よりだ。
　……だが、それはそれとして。

「……なあ、なんで俺まで一緒に風呂に入ってるんだ……？」
　そう、目の前にいる可愛らしい水着を着たマチカネタンホイザと同様に、俺もまた海での水着を着たままこの決して狭くは無い浴槽に浸かっているのだ。
　これは、トレーナーとしてどうなのだろうか。非常によろしく無いように思えるのだが……。

「え〜？　だってトレーナーと一緒じゃなきゃ意味無いじゃないですかぁ！　海だってトレーナーと一緒に楽しむ為に行きましたし、水着もトレーナーと楽しむ為に買ったんですよ？？」
「……つまり、水着を楽しむ為に俺が必要ってことか……？」
「ふっふっふ、当然じゃないですか！　もー、ちゃんとついてきてくださいよー！　このお風呂場こそが私たちの海なんですから！」
　何故だかタンホイザに叱られてしまった。うぅむ……彼女の言うことにも一理はある。あるけれど、指導者として、トレーナーとして――。

「――トレーナー♪」
　――……それはもう、今更か。
　もうタンホイザとお風呂に入ってしまっているのだ。ならば、今の俺がすべきことはタンホイザが満足するまで付き合ってやることだろう。

「えへへ、トレーナーとお風呂〜♪　ばばんばば〜ん♪」
　楽しげに湯面を揺らす彼女を見守りながら、そう腹をくくるのだった。

――――――

「ん〜、トレーナー……♪」
　ぱしゃぱしゃと広めの浴槽で湯を揺らしていたタンホイザがのそのそとこちらにやってくる。

「どうしたんだ？　タンホイザ」
　そう問いかけても返事はなく、ただ楽しそうな表情でこちらに近づいてくる。
　そうして、彼女の手は俺の腕をむゅっと掴んだ。
「わ、トレーナー腕太い！」
　きゃっきゃ、と何がそんなに楽しいのかよく分からないが、マチカネタンホイザはずっと上機嫌だった。

「あ、トレーナーも私の腕掴んでみます？」
「え」
「よし、掴みましょう！　掴んでくださいっ、はいっ！」
　差し出されるマチカネタンホイザの腕。水着故にその腕を隠す布はなにもなく、タンホイザの柔らかく瑞々しい肌が露わになっている。
「さあさあ、がっしり行っちゃってくださいっ！」
　もう一度、差し出される腕。どうしたものかと困惑していると、見かねたタンホイザに手を掴まれ、強制的に彼女の腕へと導かれてしまう。

「さあさあ！♪」
「あ、ああ……えっと……むぎゅ――」

　――それは、とてもとても。
　言葉では言い表せないような触り心地だった。とにかく柔らかく、モチモチで、ハリがあって……こんな、こんな……。
　い、いや。いやいや。何を考えているのだ自分は。慌てて手を離すと、タンホイザは少し残念そうな顔をしながらえへへと笑った。

「な、なあ……タンホイザ？　ちょっと、ちょーっと……距離感考えないか？　そうくっつかれるとトレーナーとしてはかなりマズいんだけど……」
　節度を持たなければと、慌ててタンホイザにそう言い聞かせる。しかし――。
「……えー、マズいって何がですー？　ほれ、ホレホレー♪」
「ゎっ、ちょっ、タンホイザ……！？」
　むぎゅ〜。
　マチカネタンホイザが、こちらに思いっきり抱きついてくる。ただでさえ抱きつかれれば密着してしまうというのに、水着一枚しか隔てていないとなれば、その威力は絶大で――。

「むふふ〜、うりうりーどうですかトレーナー♪　おマチさんのもちもち攻撃を喰らえ〜♪」
「ちょ、っやめ……！？」
　むにゅり、むにゅ、ぎゅっ。
　全身から感じられる、マチカネタンホイザの柔らかな肌。もちもちで、ムチムチで、ふわふわで。――このままではマズい、と。俺は揺らぐ理性をなんとか保って彼女の肩を押し離れる。

「わっ、トレーナー……！」
「タンホイザ……！　だ、抱きつくのは駄目だ！」
　なんとか、言葉を振り絞る。これ以上は、どうにかなってしまいそうで、ただ必死に。

「……ダメ、ですか……？」
「駄目。キミは担当で、俺はトレーナーだ」
「……ちょーっとくらいなら……？」
「駄目だ。俺は親御さんから君を預かってる身だ」
「ちぇー、ケチー」

　分かってくれたのか、なんなのか。不満げなタンホイザだが、どうにか抱きつくのは止めてくれたようだった。
　……はあ、溜息をひとつ吐く。俺は、トレーナーだ。
「………………」
　いくら担当の為であっても、節度もって接しなければならない。うら若き少女を受け持つ責任が、俺にはあるんだ。

　だから、俺は――。

「――えいっ」
　！？

　突然、マチカネタンホイザが湯船に浸かる俺の脚の上に、背を向けて座り込む。
　俺が驚いて言葉を失っていると、彼女はこちらに振り返ることなく、小さくしかし確かに呟く。

「……じゃあ、抱きしめてください」
「……い、いや……それは」

「もー、トレーナー……それもダメって言う気ですか？」
「いや、俺には――」
「――良いじゃないですか」
　マチカネタンホイザは、俺に背を向けたままそう言う。

「……誰も見てませんよ？　ここは、私とトレーナーだけのプライベートビーチなんですから……」
　そう言って、タンホイザは背中を丸める。膝に顔を埋めるタンホイザの表情は見えない。だが――。

「………………」
　そんな顔をされてしまったら、俺は――。

「……ぁ」
　ぎゅ。

「…………えへへ。ありがとうございます、トレーナー……♪」
　豪雨の中のホテルの中にある、俺とタンホイザだけのプライベートビーチ。今だけは、今だけは……二人だけの、二人きりの時間を、ともに過ごすのであった。

おわり