　夏、真っ盛り。俺は担当のヒシミラクルと海に来ていた。
「いやあ、海ですね〜」
　水色と白のストライプ模様の可愛らしい水着に着替えたヒシミラクルがすこし眩しそうにしながら言う。
「結構賑わってるな。流石はハイシーズン」
「ですねぇ。……あ、海の家だ。良いですよねぇ、海の家。カレーに焼きそばに、えへへ〜。あ、あっちにはかき氷屋さんの屋台もありますよ！　キッチンカーも！」
　ヒシミラクルは、海に背を向け砂浜のフードに目を輝かせていた。彼女らしいと言えば彼女らしい。……の、だが――。

「――おい、お前。海に来た理由、忘れて無いだろうな？」
「…………浜辺のフード全部制覇する為？」
　無言で、ヒシミラクルの額をチョップする。
「アイタっ！？」

「スタミナトレーニングの為に決まってるだろ。お前が『プールは嫌だせめて海が良い』とか抜かしたからわざわざ海まで来たんだろうが」
「――嫌です」
「は？」
「絶対……嫌ですっ！　断固拒否！！　私、泳ぎませんから。……私っ！！　泳ぎませんからっ！！！」

　決して揺らがない、強い意志でスタミナトレーニングを拒否するヒシミラクル。この期に及んで何を言ってやがると激しく思う訳なのだが、……こうなったのなら、仕方ない。
　はぁ、とひとつ溜息をつき俺はスマホを取り出す。そうして、ひとつのアプリを開き、グルグルと回る画面を背に隠しヒシミラクルに近づく。

「……お？　諦めてくれましたか？　いやあ、そうですよね〜！　折角海に来たんだから海フード食べ尽くして、ちょっと水遊びして、それから砂浜で遊んだり〜？　ビーチバレー、それからかき氷にアイスに海限定のスイーツに〜」
「おい、ヒシミラクル――」
　怠惰な欲望を垂れ流すヒシミラクルに、俺はこの日の為に手に入れた、とっておきの必殺技を喰らわす……！

「――喰らえっ！！　催眠アプリっ！！！」

「――甘いですねっ！　催眠返しっ！！！」
「ぐわぁあああ！！！！」

　こうして、俺の意識はこの身体から引き剥がされてしまうのだった――。

――――――

「――いやぁ、持ってて良かった催眠反転アプリ」
　油断もスキもあったもんじゃないですね。

「………………」
　催眠に掛かったトレーナーさんが立ち尽くす。
　……ふむ、折角トレーナーさんが催眠に掛かった訳だし？　これは有効活用するべきでは無いでしょうか。

「――つか、あっつ！　いや日差しつよ過ぎでしょーとりあえずビーチパラソルのとこまで退避〜。……あ、トレーナーさんもついてきてください！」
「はい……トレーナーついていきます……」

　トレーナーさんが用意してくれた大きなビーチパラソルの影に潜りこむ。これでとりあえず日差しはどうにかなった訳だけどー。
「いや、暑いですね。あ、そうだトレーナーさん。うちわで扇いでください」
「はい……トレーナー扇ぎます……」
　トレーナーさんがうちわを取り出し腕を振る。
「あ〜涼し〜、うんうんやっぱこれだよね〜♪」
　催眠状態のトレーナーさんをこき使う。私の為に何でもやってくれるトレーナーさん、サイコ〜♪

「さて、と。海に来た訳だし、水着も着てる訳だし。さっさと日焼け止め塗っちゃわないとですよね」
　持ってきたバッグから日焼け止めクリームを取り出しフタを開ける。手のひらにクリームを乗せて、ぬりぬり〜♪
　腕にー、脚にー、顔に首に肩お腹〜。
　日焼け止めクリームを塗りたくっていきます。手の届かない背中はー、うん。折角だからトレーナーさんに塗って貰いましょう。

「トレーナーさん〜後ろに日焼け止め塗ってください〜」
「はい……トレーナー日焼け止め塗ります……」
「……あ、えっちなとこ触ったりとかはしちゃダメですよ〜♪」
　できるワケないけど、むふふ。
　トレーナーさんに日焼け止めを渡して寝転びます。
「……ひやっ」
　しばらくすると、クリームの冷たい感触と一緒にトレーナーさんの手のひらが私の背中を撫でます。ちょっとびっくりして変な声出ちゃった。

「んー、良いですよ〜そんな感じで塗り残し無いようにしっかり塗ってくださいね〜」
　トレーナーさんの手のひらがヌリヌリと私の背中から腰へと伸ばします。そのまま、ちょっとだけお尻を経由して太ももに日焼け止めが広げられていきます。
　いやぁ、シラフだったら流石にトレーナーさんにこんなことさせられませんねこれ。うん、でも催眠中だから良いよね〜。

「うん、ありがとうございますトレーナーさん♪」
　しっかり全身塗れたみたいなので起き上がります。よしよし、これで日焼け対策はバッチリ！　後は好きなように〜……って、あ。

「………………」
　命令を終えて立ち尽くすトレーナーさんの方に向きかえる。……これ、トレーナーさんも日焼け止め塗った方が良いですよね……？　でも、命令されないと自分で塗れませんよねトレーナーさん……。

　…………ごくり。

「……仕方ないですね〜！　私が日焼け止め塗ってあげますね〜！」
　これは仕方ないですよね。このままだと自分じゃ塗れないですもんね、仕方ないです。決して、ええ決して下心とかはありませんよ？　そう、親切心です！　親切心でただ日焼け止め塗ってあげるだけですから！

　手のひらに私の日焼け止めを乗せて、わきわきとトレーナーさんの身体に手を近づける。――ぇぃ！
　ぬり、ぬりぬり。
「……お、おぉ……意外とトレーナーさん良い身体してますね。わ、地味にカチカチ……トレーナーさんって身体の方もちゃんと鍛えてるんですかね？」

　そうして、私は立ち尽くすトレーナーさんに前から後ろから、日焼け止めクリームをたっぷりと塗ってあげるのでした。

――――

「いっちに、さんし。にーにっ、さんしっと！　よーし、それじゃ海に繰り出しますよ！　トレーナーさん！」
「はい……トレーナー海に繰り出します……」

　日焼け止めも塗って準備体操もやって準備完了、浮き輪を片手に海へと繰り出します！
「わ、冷た〜♪」
「…………」
　波に足を浸すと、暑い空気を打ち消すように冷たい水の感触がやってきます。
　そのままずんずんと進んで、だいたい腰くらいまで浸かるようになったらコイツの出番。

「えへへ、今日の為に買った浮き輪♪　泳げませんからね、私。浮き輪さいきょ〜♪　やっぱ浮き輪しか勝たん〜」
　ぷかぷかと水面に浮かぶ大きな浮き輪を身体に通して、足が離れそうなギリギリまで進みます。
「よ、よーし……うん、浮き輪あるから大丈夫……！　せーのっ」
　たん、っと海の中の砂を蹴ると私の身体はぷかぷかと浮かび上がります。
「おお〜、流石浮き輪〜。いやー、良いですね〜海ですねー♪　トレーナーさんもそう思いますよね？　ねっトレーナーさ――」
「…………ブクブク」
　トレーナーさんの方へと振り向くと、トレーナーさんは海の中を一歩一歩と歩いていて――たとえ水面がすぐそこまで迫っていたとしても歩こうとしていて、つまる所――。

「トレーナーさんが溺れかけてるっ！？？」
「ぶくぶくぶく」
「あっわぁ！？　え、えっとえっとー！　と、トレーナーさん！　海に浮け〜っ！！」
「ぶくぶく……は、はい……トレーナー海に浮きます……」
　フワー。

　トレーナーさんに浮くように催眠をかけると、ようやくトレーナーさんは足を海の底から離してぷかぷかと浮き上がりました。
「あ、危な〜……トレーナーさんを溺れさせちゃうとこだった……催眠術って怖いなァ〜」

「――さて、と。私ヒシミラクルは海に繰り出した訳ですが」
　トレーナーさんと二人、深いとこまで進んで。そうしてトレーナーさんの方へと向き直る。

「…………」
「よし、トレーナーさん。この浮き輪の紐を引っ張って泳いでください！」
　そう命令すると、トレーナーさんは心得たとばかりに私を連れて、沖の方へ向かって泳ぎだします。

「おお〜！　速い速い〜♪　トレーナーさん泳ぐの上手ですね〜っ♪」
「バシャバシャバシャ」
「ファイトですよトレーナーさん〜！　行け行け〜♪」
　グングンと海をかき分けるトレーナーさん。さながらバナナボートに乗ってる気分？
「よーし、ここでターン♪」
「はい、トレーナー旋回します」
「キャーっ♪」
　ぐーんと横に引っ張られて身体が傾く。ふふ、ふふふっ楽しいですねコレ♪
　こうして、私はトレーナーさんと目一杯海を楽しむのでした。

――――――

「いやあ、楽しかったですね海♪」
　海から上がってトレーナーさんとふたり砂浜に戻る。
「ん〜、海をいっぱい楽しんだからちょっと小腹空きましたね。……よし、トレーナーさんかき氷買ってきてください！　味は勿論ブルーハワイ！　……いや、やっぱちょっとお高い練乳ミルクで！！」
「はい……トレーナー練乳ミルク買います……」

　催眠を掛けると、トレーナーさんは財布を持ってかき氷屋さんの所へと歩きます。
　んふふ〜♪　楽しみだな、かき氷〜♪　……ん？

『キャッキャ、もぉ〜ちょっと〜！』
『あはは〜良いだろ〜』
　イチャイチャイチャ。
　ビーチで、水着の若い男の人と女の人が仲良さそうに歩いています。カップルなのかな、男の人が彼女さんにちょっと手を出してて――。

「………………」

　イチャイチャしてるカップルから目を離し、そのまま遠くでかき氷屋さんに並ぶトレーナーさんを見ます。
　…………。

――――

「……はい、トレーナーかき氷買ってきました」
「……ちょっと、トレーナーさん。向こうに行きませんか……？」
「はい……トレーナー向こうに行きます……」

　かき氷を手にしたトレーナーさんを、人気の無い岩陰に誘います。

　誰にも見られていない場所で、トレーナーさんとふたりきり――。
「……？」
「…………」

「……トレーナーさん――」

「――その……あたま、撫でてください……」
「……？　はい……」
「んっ……」
　トレーナーさんの大きな手が、私の濡れた髪の毛を優しく撫でます。
　なで、なで……なでなで……。

「……///　うぅ……な、何やってるんだろ、わたし」
　なでなでなで。

「……じゃ、じゃあ……その、次は……トレーナーさん、私のこと、抱きしめてください……」
「はい……」
　ギュっ。
　トレーナーさんの大きな身体が、私のことをぎゅっと抱きしめます。大きくて、ちょっとごつごつしてて、暖かくて。

「〜〜……///」

　こ、こんなこと、ほんとにしちゃっても良いのかな……？　催眠術かけて、トレーナーさんに勝手に抱きしめて貰っちゃったりとかして……。

　――で、でも……。
「……ぎゅぅ」
　ちょ、ちょっとくらいなら――。

　良い、かな……？　う、うん、ちゃんと後で催眠で記憶消したりすればバレないよね？　だからもうすこしだけっ……。

「ぎゅぅ///」

――――

「――じゃあ、次は……えっと、お姫さま抱っことか……っ、うん、トレーナーさん！　私のことお姫さま抱っこしてくださいっ！」

「はい、トレーナーヒシミラクルをお姫さま抱っこします……」

　屈んだトレーナーさんの腕が、私の背中と太ももをそっと抱いて――。

「…………あれ」
　そっと抱いて――動かない。
「あ、あの……トレーナーさん？　そのまま、お姫さま抱っこを――」
「――ぐっ……」
　トレーナーさんの腕に力が、入る。私の背中と太ももがトレーナーさんの腕の筋肉に押されて、持ち上がって。

「お、おぉ……！」
「…………〜〜……っ」
　見事、私のことをお姫さま抱っこしたトレーナーさん。え、えへへ……お姫さまだっこ、トレーナーさんにして貰っちゃった。うん、うんうん、女の子の夢だよね、お姫さま抱っこって。えへ、えへへ――。

「――ぉ、お……」
「……お……？」
　トレーナーさんが、ふるふると震えて、何かを言いかけていて、思わず聞き返してトレーナーさんの顔を見て――。

「――――……ぉ、重い……」

「――そんな重くないわっ！！！！」
　トレーナーさんの脳天をカチ割った。

「あいたぁー！？　――……ハっ！？」
「――ぁ、やべ」
　トレーナーさんにチョップをお見舞いしたら、トレーナーさんが再起動してしまいました。

　……えっと、これ……もしかして、ヤバい……？

「…………ミぃーラぁー子ぉーー……！！」
「え、えっとその、これはあのその……」

「よくも俺のこと好き放題こき使いやがったなぁ！！！」
「ヒィ〜〜〜！！　ごめんなさ〜〜い！！！」

　こうして、正気を取り戻したトレーナーさんに私はこってりと絞られるのでした。

おわり

――――――

「――……あれ、そういえば私……岩陰に居たときのトレーナーさんの記憶、ちゃんと消したっけ……？」
「………………」
　私がそうこぼすと、トレーナーさんは気まずそうに目を逸して――。

「…………さ、催眠……さっきの記憶、忘れてください……」
「……はい……トレーナー記憶忘れます……」

おわり