　リン。

　リン、シャン、シャン。

　――真夜中に、どこからともなく鈴の音が鳴る。その音に導かれるように、闇の底に沈んでいた意識が鎌首をもたげる。

（一体、何の音だろう）
　そんな疑問が、閉じきって真っ暗な視界に浮かぶ。俺は確か、自分の部屋で眠っていた筈だ。部屋の中に鈴がある訳でもなく、かといって部屋の外から聴こえて来たにしてはハッキリとしていて。
　その正体がわからないまま、じっとその音を聴いていると――。

　リン。
　リン。
　リン。

　――音が、近づいてきている。一歩、また一歩と、誰かがこちらに忍び寄るかのように。鈴の音は徐々に、ハッキリと。眠る自身の身体の方へと近づいて来ていた。
　リン、リン、……シャン。　
　――鈴は、己のすぐ前で、止まった。まるで、こちらをじっと見つめるかのような、沈黙。
　不気味な静寂が辺りを包む。あれだけうるさかった鈴の音が、止まる。俺は、その静けさに耐えかねて。或いは、薄らと浮かぶ恐怖心に打ち負けて、瞼を開きその鈴の正体を確かめようとした。

（…………あれ）
　――しかし、俺の視界は未だ暗いままで。否、瞼を持ち上げることができなくて。
　意識をそちらに向け、力を込めても――目が開かない。ならば、と身体の方へと、腕や脚にへと意識を向け力を込めても。
　身体は、ピクリともせず。

（……これって、金縛り……？）
　そう思い至った、その時――。

『――………………』

　――誰かが、居る。

『………………』
　動かない身体では確かめることはできない。だが、それでも。確かな気配が、自分のすぐ近くにはあった。それは、自分の足元からすこし手前くらいだろうか。横からこちらを覗き込むように、“なにか”の気配がそこに居た。

（――あ、女の人だ）

　――目は開かないというのに……何故か、わかる。髪の長い女がこちらをじっと見つめていると、自分にはハッキリとわかった。

『…………』

　とん。

　身体に、なにかが触れる。

　とん、とん。
　それは、腹の方から。まるで指で押されているように、とん、とん、と小気味よく触れられる。
　目に映った訳では無いが、わかる。あの女に、触られているのだと。

『…………ニタニタ』
　とん、とん、とん。

　身体を辿るようにとんとんと指差され押される。それが何の意味があるかも理解できないまま、身動きひとつ取れずにじっと身体を固め堪えていると――。

『――――とん』
　手の甲が、押される。ソレは、何か明確な意思を持って。そうして――。

『――1本』
　左の小指の先を、女は指で押す。そうして“1本”と数を唱える。

　とん。とん。
『2本……3本……』
　女の声が、指を押すたびに発せられる。それは、俺の指の数を数えているようで、薬指、中指と順に押されていく。

『5本……6本……』
　左手の指を終えると、今度は右手の指へ――。背筋に冷たい汗が流れる。この世のモノとは思えない“なにか”に、俺は今明確な“なにか”をされているのだ。その行為の意味はわからない。否、理解ができないからこそ、恐怖心がじわじわと広がっていく。

　とん、とん。
『7本……8本……』
　とん、とん。
『9本……10本――』

　右手の小指を押されて、10と数えられて、指が離れて――ああ、良かった。と、心の中でそっと安堵する。
　“なにか”が、俺の指を数え切る。これ以上に数える指は無い。ああ、晴れて。俺はこの訳もわからない行為から解放されるのだ、――と。

　そう思っていたというのに。

『――11本、12本、13本』
　――女は、止まらない。数えるのを止まない。そして、存在しない筈なのにも関わらず、俺の手には薬指でも小指でも無い、“何処かの指”が確かに押されていて。

『――にた、にたにた……』
（あ、あぁっ――）

『――13本あるねえ。13本あるねえ』

　その女は、まるで、あぁ良かったね。と、そうこちらに安心させるかのように、にたにたと笑いながら、言った。

（……ぁ、あっ……うっぁ……！！）

「ぅっ……！　うわぁああぁあ！！！」
　恐怖のままに、叫び声を上げて全力で起き上がる。

「っあ……！！　はっ……！！　……っ、は……は……？　あ、あれ……？」
　金縛りが解け、身体が起き上がり視界が開く。そこに――女の姿は無かった。

「……ゆ、夢……だったのか……？」
　寝汗でびっしょりと濡れ、気持ち悪い背を上下させ、息を整える。目の前に女は居ない。ここはいつものベッド。ああ、あれは悪い夢だったのか。そう思ってすこし呼吸が落ち着いて――。

「ああ、良かっ――！？」
　そうして、辺りを見渡した時。部屋が、自分の眠っていた部屋の中が、グチャグチャに荒らされていることに気付く。

「ぁ、ぇ……な、なん――」
『――――』
「――……ぁ」

　――居る。

　部屋の隅に、あの女の気配が、する。

『………………ぶつ……ぶつ……』
「……は、はっ……。……？」
　“なにか”が、聴こえる。あの女が、なにかを呟いている。
　それを知ってしまえば、またあの恐怖に支配されてしまうとわかっているのに、俺は、その声を、呟きを、じっと聴いてしまって――。

『――29,28,27,26,25,24,23,22』

（ぁ、あヤバい）

（ヤバいヤバいヤバいヤバい）

　その女の声の正体が、“カウントダウン”であると気付いた瞬間に、俺の脳はけたたましい警告の音を響かせて――。

「――うっ、うわあああああ！！！！」

　――そうして、俺はようやく、この悪夢から目覚めることができたのであった。

――――

「って、夢を見てさ……」
　ゲッソリと疲れ切った姿で、俺は担当のマンハッタンカフェに事のあらましを聞かせる。

「――なるほど、それは大変でしたね……」
「そうなんだよ……もう、その後も恐怖でなかなか寝付けなかったし。夢だとわかってるんだけどさ……」

　時は過ぎて日が昇り。昨日の出来事を引き摺り調子の出ないまま朝を迎えた俺は、偶然出会ったカフェにその様子を心配されてカフェテリアで話を聞いてもらっていた。

「これ、何か悪いことの予兆――とかでは無いよね……？」
　おずおず、と。俺は担当のカフェに尋ねる。マンハッタンカフェは霊が見えるという特異体質を持つ、いわゆる霊感少女だ。あの出来事は夢であったと、そう思いたい俺はその一心でそう投げかけたのだが――。

「……ええ。何かの悪い予兆……という訳では無いと思いますが」
「……！　ほっ、そう、なんだ……良かったぁ」
　彼女の言葉に安堵し、ほっとひと息つく。それならば良かったと、心が軽くなった。しかし。

「……その、トレーナーさん。――……少し、指を数えてはいただけませんか？」
「え？」
　彼女は、躊躇いがちにそう告げた。何をそんな、怖いことを、と。薄っすらと気味悪く思いながらも、俺は担当の言葉を信じて両手を前に出す。

「えっと、1本、2本……」
　手を閉じてから、1つ、また1つと指を立てる。
「5本、6本……」
「………………」
　マンハッタンカフェは、その様子をじっと眺めていて。

「8本、9本――って、いやいや……そんな昨日のことを掘り返すみたいなこと、冗談キツいって……。ほら、10本、11本。12、13。ね、ちゃんと13本指が――」
（あ、あれ……？）
　脳に強烈な違和感が襲う。視界が歪んで、目の前にある手の指の数がわからなくなる。

「ぇ、あ、あ『にたにたにた』――れ？」

　自分のすぐ横に、――あの女が立っている。

「うっ……うわぁあああ！！？」
「……やはり、出ましたか……」
　ガタン、と椅子から転げ落ちると、カフェテリアの中にハッキリと、髪の長いあの女がこちらを見つめていた。

『――にたにたにた』
「ぁ、あっ……ぅあ……！」
　不気味に笑う女に腰を抜かし、情けなく声を上げ後退すると――。

「…………させません」
　俺とあの女の間に割って入って、マンハッタンカフェがあの女の前に立ち塞がった。
「か、カフェ……！」

『……にたにたにた』
「――これは、やはり……お友だちの力を使わなければいけませんね……。トレーナーさん、私が守ります……なので、私の後ろから離れないでください」
「あ、あぁ……！」

　彼女の言葉に促されるままに、マンハッタンカフェの後ろに行きその背に縋る。
「来て」
『――……あ゛ぁ……あぁあ゛ぁ゛あ゛ぁ゛』
　地響きのような唸り声がどこからともなく響いてくる。見えはしない。だが、何かがそこに現れたのはわかる。
　異形な、禍々しい何かが、そこには居た。

『にたにたにた』
『あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ』

　髪の長い女と異形の何かが、相対する。肝が冷えるほどに寒気がする。カタカタと震える身体がカフェの背に伝わると、彼女はそっとこちらに目配せをしてから、またあの女の方へと向き直った。そうして――。

「……この人は、アナタのようなモノがついていい方ではありません。ですから、――消えてください」
『……にたにたにた――』

『――――』

『……』

　……ふっ、と。空気が軽くなる。
「……もう、大丈夫です」
　マンハッタンカフェはこちらに振り返り、そっと手を伸ばす。震える手のままどうにか彼女の手を取り、どうにか立ち上がる。

「あ、あいつは……消えた、のか……？」
「ええ、はい」
　マンハッタンカフェは確かにそう応える。いつの間にか、異形の……お友だちの気配も消えていた。未だ現実味を持てず身体が震える。

「……では、もう一度……指を数えてみてください」
「え……あ、あぁ……やってみる」
　1つ、2つ。また指を立て数えると。

「9、10。……10本だ。え、えっと……合ってるよな……？」
「……はい、大丈夫です」
「ぁ、あぁ……」
　ほっと、安堵して身体から力が抜ける。そうしてそのまま椅子に崩れるように座り、テーブルに倒れる。

「よ、良かった……助かった……」
　心からの、安堵の言葉。未だ力が入らないままの身体で、どうにか頭を上げ彼女の方を見る。

「ありがとうカフェ、助かったよ……」
「……はい。トレーナーさんがご無事で、良かったです」
「あ、あはは……なんとか……。その、それで……アレは一体なんだったんだ？」
「詳しくはわかりませんが……非常に、良くないモノでした……あっさりと引き下がってくれて良かったです……」
　彼女の言葉に、今更ながらゾッとする。もし、今ここでカフェと出会えずにずっとそのままだったのなら……俺は一体どうなっていただろうか――。

「――トレーナーさんは、非常に……憑かれやすいですから……また何かあれば、すぐに私を呼んでください」
「わ、わかった……ありがとうカフェ」

　キンコン、カンコン。

「……あっ！　もうこんな時間……！？」
　チャイムが鳴って気付く。お互い自分の持ち場に行かなければならない時間であることに。

「じゃ、じゃあまたトレーニングの時間に！　ありがとう、カフェ！」
「ええ、また……トレーニングの時間に」
　そうして、俺とカフェはそれぞれの、いつもの朝へと戻っていく。昨晩の夢は夢の中へ。あるべき所へ追いやって、俺は時を告げる鐘の音とともに今日という一日をスタートさせるのであった。


　――リン、リン、……シャン。

『――……にたにたにた』

おわり