　真夜中。照明を消した暗い部屋でベッドの中、ただ何も考えずじっと目を閉じる。けれども今日は何故か、心が変にザワザワとしていて……上手く、寝付けない。
　思い当たるフシもなく、寝よう寝ようと思ってみるがむしろより目が冴えてしまう。そういう日もあるか……と自分に言い聞かせてみたは良いものの、明日は早い。すぐにでも寝なければいけないのだが……。

「……はあ、どうしたものか」
「寝付けないのですか……？」
「ああ、そうなんだよ……なんだか全然寝付けなくてほんと、どうしたものか……って、ん？」
　何も気にすることなく思わず答えてしまったが、はて？　どこからか聴き慣れた声がしたような……？
「こんばんは、トレーナーさん」
「……！？　ぜ、ゼファー！？」
　薄暗い部屋の中で声のした方へと目を向けるとそこには、担当のヤマニンゼファーがこちらににこりと微笑みながら立っていた。

「んな、どうしてこんな時間に……！？　というかどこから入って来たんだ……！？」
「……風に、運ばれましたので」
「いや、いやいやいや。ちゃんと鍵は閉めた筈なんだけど……！？」
「真の風となれば、そのくらい……羽根で風に乗り宙を舞うようなものです。それよりも、トレーナーさんは眠れないようですね……？　心に乾風が吹いて止まないのでしょうか」
　まるで容易く当然のことのように部屋への侵入について軽く横に置き、こちらに問いかけるゼファー。すこし頭が痛くなるのを感じながら、しかし経験上深く言及してもどうにもならないと分かってしまうので、仕方なく彼女の問いかけに答える。

「まあ……心のざわつき、ですか……ええ、なるほど……そのようになってしまったのなら、眠りにつくのは和風のように、とは行きませんね……」
「早く寝ないととは思っているんだけどね……」
　ふむ……と考え込むゼファー。
「やはり、心の野分を素風にしなくてはなりませんね……トレーナーさんの心を落ち着けるようなものは何かあるでしょうか……」
　素風とは、色の無い風を言うのだったか。混ざりけの無い心に落ち着けさせるのは、確かに有効かもしれない。しかし、彼女の言うようにこの場にリラックス効果のあるようなものがあるかと言われれば、残念ながら否定せざるを得ない。

「そうですか……。どうにか、荒風を和らげたいものですが……――」
　そう言って、再び考え込むゼファーだったのだが。不意に、顔をあげると、こちらに向かって歩き出した。
「ぜ、ゼファー……？」
「――ならば、己で風を起こすまで。ええ、そうでしょう？　トレーナーさん」
「な、なにを」
　迫るゼファーのその意図が汲めぬまま驚きの気持ちに心を支配されていると――ぎゅっ、と。ゼファーが寝具の上からこちらに覆い被さってきた。

「ぜ、ゼファー……！？」
「まんまるさんが身を寄せ合うように、人の温もりが饗の風を吹かせるように、どうでしょう、心に祥風が訪れませんか……？」
「え、えっと……！」
　優しげな彼女の声が響く。その声色から、こちらに気遣っての行動だということは理解できたが……しかし、急に担当に抱きつかれて平静でいられる訳もなく。

「――それでは、このようなものはいかがでしょう」
「な、何をして……！？」
　もぞもぞ、と。ゼファーは布団をめくり、抱きついたままベッドの中に入ろうとする。差し込まれた腕が身体に触れくすぐったさを感じながら彼女の行動に困惑をしている内に、ヤマニンゼファーはすっかりベッドの中へと入り込んでしまった。
「ぜ、ゼファー……これは、流石に不味いんじゃ……」
「不味いとは、いかがなされましたか……？」
　ぎゅぅ、と。ベッドの中で彼女に密着されているのを感じながら、思わず彼女に問いただす。俺はトレーナーで、彼女は担当で、なのにこんなことを……。そう言いかけたのだが、その言葉は彼女の囁きのようなやわい声で遮られる。

「心に饗の風が吹いてはきませんか……？　こうして、ぎゅっとお互いの温もりを伝えあって――」
　ぎゅぅ……。彼女の柔らかな身体が、密着する。彼女の温かさは、確かに自分に心地の良い刺激をもたらすのだが……いや、しかし。だからこそ、このような真似は、決して……！
「……ふふ、トレーナーさん……♪」
　ふわり。鼻孔を、森林のような緑風の香りがくすぐる。ぎゅうと熱が伝わって、彼女の髪が肌に触れて、彼女の香りが脳を溶かして……。――お、おれは……トレーナーなのだから……。

「トレーナーさんは……こうされては、よろしく無いでしょうか……？　邪な風が、嵐となって心の中で吹き荒んでしまうのでしょうか……？」
「い、いや、そんなことは……」
　そう、俺はトレーナーだ。決して、決して、担当に邪な思いを抱いたりなど……。
「それでは、よろしいですよね……♪　ふふっ、トレーナーさん……♪」
　ぎゅっ。楽しげに、ヤマニンゼファーはこちらに身を寄せる。
　……うむ、こうなってしまっては……もう、仕方ないだろう。何も問題は無い、自分が意識をしなければ、それで良いのだ。

「トレーナーさん……♪」
　経験上、こうなったゼファーは誰にも止められないというのも分かっていた。ならば、今の俺にできるのは、彼女の気遣いを……俺をリラックスさせて眠りに誘わせるということを、受け止め叶えることだけだろう。つまり――。

「……ゼファー」
　――……ぎゅっ。
「……♪」
　……彼女の柔らかく温かな身体をそっと、ベッドの中で抱きしめる。ふわりと香る彼女の森林のように心落ち着く匂いで肺を満たし、そうしてそっと長い時間をかけて息を吐く。
「……ああ、やはりトレーナーさんは恵風のようで……とても、温かいです」
「ああ……ゼファーも、温かい……」
　彼女の温もりを感じながら、柔らかさに触れながら、香りで満たしながら……そうしてゆっくりと、まぶたを閉じる。

「……おやすみなさいませ、トレーナーさん……♪」
「ああ……おやすみ、ゼファー……」
　秋の風のように透き通った心で……秋の色模様のような温かさで、俺はゆっくりと、まどろみの中へ意識を落としていくのだった――。

おわり