　ショッピングモールにて、俺は買い物袋をぶら下げたままヤエノムテキの帰りを待っていた。特に彼女とショッピングに出掛けていたという訳ではないのだが、仕事も終わり買い物でもしようかとここに寄ったら偶然にも大学帰りのヤエノムテキと遭遇。せっかくだからと二人でショッピングモールを回り、今は所用で別れたヤエノの帰りを待っている、という訳だ。

「それはそうと、こっちの用事は終わっちゃったんだよな……これからどうしようか」
　そんな風にヤエノが帰ってきた後のことを考えていると――。

「――あれ、トレーナーさんですよね？　わ、偶然！　こんなとこで何してるんですかー？」
「ん？　おお、君か。いや、ちょっと買い物をね」
　声を掛けられ振り向くと、そこには俺の担当がいた。今日は、やけに担当と遭遇する日のようだ。(尤も、ヤエノムテキは“元”担当であるが)

「えー、何買ったんですかー？」
「ちょっと参考書をね」
「それってトレーニングの……？」
「ああ、君のトレーニングの役に立てそうなものを探していてね」
「わっ……！　流石トレーナーさんですね、勉強熱心だ……私の為に、ありがとうございます……！」
「いやいや」

　そんな風に担当と雑談に花を咲かせていると。
「――……ただいま戻りました、トレーナー殿」
「おっ、おかえりヤエノ」
　元担当のヤエノムテキが戻ってきた。
「……えっ！　ヤエノ先輩ですか……！？　わわ、トレーナーさんと一緒だったんですね……！」
「……貴方は、今のトレーナーさんの……すみません、お話のお邪魔をしてしまったでしょうか」
　担当の方に顔を向けると、ヤエノはふむと声を漏らし詫びる。俺としては、特に邪魔になったとは思っていないのだが……礼儀正しいヤエノのことだ、そういう所まで気を遣ってしまうのだろう。

「いやいやいや、そんなことは！　……って、はっ！　もしかしなくても私の方がお二人のお邪魔だったり……！？　あっえっと、それじゃ私はこの辺で！　私も買い物ありますし、ではでは！」
「もう行くのか、そうか。じゃあな」
「はい！　それではまた明日、トレーナーさん！」
　ブンブンとこちらに手を振ると、担当は嵐のように行ってしまった。

「……気持ちの良い方でしたね。やはり、トレーナー殿のご慧眼に叶うだけはありますね」
「あはは、まあねー。良い子だよ、ちょっとそそっかしいけどしっかりしてるし」
　そう言ってヤエノに笑いかける。……しかし、一方のヤエノはすこし難しそうな顔をしていて。

「……トレーナーの目をしていましたね、トレーナー殿」
「え……？　いやまあ、俺トレーナーだし……俺の担当だから、そりゃそうじゃない？」
「…………あの目は、私のものだったのに」
「え？」
　ぼそり、と。ヤエノが何かを呟く。
　……ちゃんと聴き取れた訳では無いのだが、何か不穏な雰囲気がするような……。

「いえ、何でもありません。それでは行きましょうか」
「あ、ああ。でも行くって？　お互い用事は終わっちゃったし……」
「ふむ……それは確かに、そうですね。どうしましょうか……」
　実際、この後どうするかについては悩んでいたし、どうしようか、それじゃここで、と別れるのも何か違うような気もするが……と考えていると。

「…………トレーナー殿は私より、あの方といた方が良かったり……それなら、今からでも追いかけさせた方が――否、それは」
「あ、あの……ヤエノ……？」
　明らかに様子のおかしいヤエノに思わず声をかける。これは……何か悪いスイッチが入ってしまっているような……？

「ぶつ……ぶつ……私の、トレーナー殿なのに……っ、いや私は何を考えて……！」
「な、なあヤエノ……！？」
「……あっ、ど、どうかなされましたか？」
　無理やり呼びかけこちらに意識を振り向かせる。
「……その、なんだ。夕飯の買い物にも付き合ってくれないか？」
「え、それは構いませんが……？」
　すこし不思議そうな表情でこちらに応えるヤエノムテキ。このまま別れてしまうのもあれだろう。予定は無かったが彼女を連れてスーパーに向かうことにした。

「なあ、ヤエノ」
「はい、何でしょう……？」
「今日、夕飯なに食べたい？」
「え……？　それって――」
「俺の家で食べてかないか？　何でも、好きなの作ってやるから」
「あっ、えっ……そ、それは……！　その……お、お邪魔してもよろしいのですか……？」
　慌てた様子であたふたするヤエノを可愛らしく思いながら、問いかけに応えてやる。
「ああ、勿論。ヤエノが別に問題なければにはなるけれど……」
「い、いえ……！　問題など、えぇ。大丈夫です、よろしければ是非、ご一緒させてください……！」
「決まりだな！　よし、それじゃスーパーにレッツゴーだ！」

　そうして、俺とヤエノは今晩の夕飯について花を咲かせながらショッピングを楽しむのであった――。

――――
「よーし、できたぞー」
「おお、これはまた美味しそうな……！」

　居間の低めのテーブルの前でちょこんと座るヤエノの前に料理を運ぶ。彼女のリクエストはあまり凝った物ではなく、いつも通りの物で良いとのことだったので。煮物に白米、副菜におひたしと漬物にそれから簡単なお味噌汁をいつものように作った。
　特に捻りの無いいつもの献立ではあったので、このような料理で本当に良かったのか？　と思わなくも無いが――。

「それじゃ、いただきます。ヤエノも、召し上がれ」
「――いただきます。……んっ、もぐ……。もぐ、あむ……ほう、これは中々」
　しっかりと整った所作で俺の作った料理を口に運ぶヤエノムテキ。俺も、自分の箸に手を付けながらその様子を眺めていたが。

「とても、美味しいです。流石トレーナー殿……この煮物もしっかりと味が染みていて……」
「はは、それは良かった」
　どうやら、ヤエノは満足してくれているようだ。それは作り甲斐があるというものだし、美味しそうに食べてくれて非常に嬉しい限りである。

「それにしても、トレーナー殿……男性の一人暮らしだと言うのに、ここまでしっかりと料理をなされていて……流石はトレーナー殿です」
「あはは、まあ普通はここまでキッチリするような物じゃないよな。俺も昔は結構雑だったり、出来合いのもので済ませることが多かったんだけどな」
「……？　はて、それでは何故このように一汁三菜整った献立を……？」
　彼女にそう尋ねられ、すこし照れ臭く思いながらもその理由を答える。
「……ヤエノの家って結構しっかりしてるだろ？　道場ということもあって礼儀作法や生活もキッチリしているし、それからヤエノ自身も祖母から料理を教わったりしてると聞いたし、米も釜で炊くとも言ってたし」
「そう、ですね」
「だから、俺もだらしない生活はできないなって思ってさ」
「それが、理由ですか……？　いえ、健康的な生活を心掛けるというのはとても素晴らしいと思いますが……わざわざ、私に合わせなくても……」
「あー、なんていうか……そう、だな。――君に、相応しい人間でありたくて、さ」
「――ふ、相応しい……？」
「ああ、君の隣に立って。一緒に生活をともにして、そうなった時にちゃんと、君の隣にいても相応しいと思われるようでありたいなと思ったからさ。せめて食事だけでもって、ちゃんとするようにしたんだよね。……って、あはは、何言ってるんだろうな俺」
　顔が赤くなるのを自覚して、目を逸らし頬を掻く。彼女の為、などという話を本人にするのは、やはり気恥ずかしくはあった。
　変な話をしてしまっただろうか、そう思い彼女の方をチラリと見て表情を伺う、と。

「……私の隣に、立つ為に……？　私の、為……っ……///」
　…………。どうやら、悪い気はしないでいてくれたみたいだ。なんだかそれを言葉で言い表すのは恥ずかしいので、俺はそれを口にすることはなく無言で箸を進めるのだった――。

「――……美味しい……おしゅ///」

――――
　さて。食事も終え良い時間となった俺は、湯を沸かしてしっかりと浸かり、充分に身体を温めた後はシャワーとともに髪を身体を清めていくのだった。

　ザーッと、髪についたシャンプーを洗い流し、手で器を作り顔を洗うと、ガチャり――と、背後から扉の開く音が鳴った。

「ん……！？」
「トレーナー殿、お背中を流しに参りました……♪」
　浴室にヤエノムテキの声が響く。まさか風呂場にまでこのタイミングで入ってくるとは思わず動揺をしていると、彼女はそれが当然であるかのように背後にピタリとつくと、手を伸ばしてボディソープを泡立てるのだった。

「や、ヤエノ……？　何もそこまでしなくても」
「いえ、一飯の恩がありますから。どうぞ、そのままにしていてください」
　楽しげに声を弾ませながら、ヤエノムテキは微笑みながらこちらの背中に手を伸ばす。
　ひた、と。すこし冷たい彼女の手のひらが背中に合わされると、ぬりぬり……と泡が俺の背中に広がっていく。

「お背中、痒い所などはございませんか？」
「だ、大丈夫」
「ふふ、くまなくお洗いしますね」
　その言葉の通り、彼女はそのすこし小さな手のひらで俺の背中を隅々まで手洗いすると、ついでのように肩や横腹、腰などにまで手が伸びてくる。

「……ちょ、ちょっと待てヤエノ……！？　別に、そこまで洗う必要は……！　自分でできるからっ……！」
「――いえ、折角ですので。私が全身しっかりと、清めて差し上げましょう……♡」
　鏡越しに彼女の表情が映り、身体が強ばる。これは……色々と、覚悟が必要なようだ……。
　そうして、俺の身体は彼女の手によって隅々までしっかりと、綺麗にさせられるのであった――。

――――
「……すこし、のぼせてしまったな」
「……そう、ですね」
　火照る身体をそのままに、寝間着に着替えた俺たちはベッドの方へと向かった。すこし浴室で熱が入ってしまったが故に、身体は茹で上がりのぼせてしまった訳だが……まだ今の時期つけっぱなしになったクーラーが、身体をひんやりと冷やしてくれていた。

「……と、そろそろ寝ないといけないんだが……どうする、別で布団でも敷くか？」
「いえ、お構いなく」
　俺の提案をピシャと断るヤエノムテキ。それではどうするつもりなのか、と尋ねるつもりだったのだが……その言葉は、ヤエノムテキにより遮られてしまった。

「……その、トレーナー殿……同衾しては、いただけないでしょうか……？」
「………………」
　じっと、いじらしくこちらを見つめるヤエノムテキ。顔がほんのりと紅潮しているのは、恐らくのぼせているだけでは無いと、分かってしまうのだが……。

「……明日も仕事だから、早めに寝るからな」
「――！　で、では……！」
「ん……その、なんだ。……いいぞ」
「……♡」
　ベッドに横たわりシーツをめくって彼女の方を見る。ヤエノムテキはそわそわとした感じで恐る恐るベッドに近づくと、ぎゅっとこちらに身体を寄せてベッドの中に入ってくるのだった。

「――……トレーナー殿……♡」
「ん……」
　あまり顔を合わせないようにしつつ、こちらに熱い視線を向け名を呼ぶヤエノに応える。
　ぎゅっ、と。ヤエノはこちらに密着してくる。彼女の身体の熱が、じんわりとこちらにも移っていくのを感じつつ、そっと、抱き寄せてやる。

「…………♡」
　じーっと、視線を感じる。それは、何かを期待するような物で……思い返せば、ショッピングモールで様子がおかしくなった時以来、そして俺が夕飯に誘って以来、彼女からの気持ちは言葉としてはっきりと伝えられてはいないものの、こちらとしては伝わっていた。
　その心が、あるいは彼女が求めているものが、“愛情”と呼称して差し支えのないものであると、あまりそういうのが得意な訳でも無い俺にも、理解はしていて、だからこそ――。

「……ヤエノ」
　不意に振り返り、彼女に視線を合わせる。すこしの沈黙の後に、俺は――ちゅう、と。
　そっと彼女に接吻をする。
「ぁ……///」

「……おやすみ、ヤエノ」
「は、はい……///　おやすみなさいませ、トレーナー殿……♡」
　ぎゅっと身体を寄せ合って、俺たちは夜の帳の下で眠りにつく。そこに確かにある、愛という熱を互いに感じながら、そっと、ずっと……。

「……愛してるぞ、ヤエノ」
「はい……私も、愛しています……♡　おしゅ……♡」
おわり