「にゃあ」
　ビリーヴが、猫になった。

　何を言っているのかと正気を疑われてしまうかもしれないが、俺の目の前にいるこの猫は他でも無い、俺の担当であるビリーヴだ。
「みゃー」
　念の為、抱きかかえて間近でこの子を観察してみる。……少し明るい黒い毛並み、特徴的なおでこの白い流星。それから、左耳についた赤と水色の耳カバー。どこからどう見ても、俺の担当ウマ娘ビリーヴだ。
「君は、ビリーヴなのか？」
「にゃ」
　小さく、返事をするように猫は鳴く。やはり、この猫はビリーヴらしい。

「しかし、どうしてこんな姿に……」
　皆目検討は付かない。……付かない、が。心当たりが無い訳ではない。猫になったビリーヴを抱きかかえ、俺は心当たりの元へ……旧理科準備室へと向かうのだった。

――――

「――それで、私の元へ訪ねてきたという訳だね？　その推定ビリーヴ君を携えて」
　座椅子に座ったまま背もたれを傾けこちらに首を向けるウマ娘は、アグネスタキオン。この旧理科準備室の主であり、ビリーヴの同期であり、そして怪しい薬をばら撒く問題児ウマ娘だ。

「いやぁ、心外だねぇ！　まさか、私がビリーヴ君を猫にしたとでも？」
「いや、そう言いたい訳では無いけど……とりあえず、この状況をどうにかするなら君に話を聞くのが早いと思って」
　突然自分の担当が猫になる、という怪現象。その元凶として有り得る一番の可能性はアグネスタキオンのいつもの怪しい実験であった。
　しかし、流石に。なんの根拠も無しに悪事を疑うつもりは無い。むしろ、このような不可思議な現象に対抗する、あるいは対処できる人物が居るとすれば、アグネスタキオンを置いて他に居ないだろう。
　つまりは、何か打開策は無いか聞きに来た、という訳なのだが……。

「ふーむ、それならば丁度良い物がある。仕方あるまい、特別に！　君に無償で提供しようじゃあないか」
「みゃ」
　おもむろに立ち上がり、にじり、とこちらに近づくアグネスタキオン。そうして、制服の上に着込んだ白衣のポケットをしばらく弄っていると、自信満々に謎の機械を取り出した。

「――私特製の、猫の言葉が分かる翻訳機さ！！」
「……みゃ？」
　……翻訳機……？

「……え、丁度良い物って……猫化を元に戻す薬とかではなく？」
「そう、翻訳機さ！　私が独自で集めた猫語の実験データを元に、シャカール君の協力もあり完成した特製のガジェットさ！　これで、君も猫になってしまったビリーヴ君と問題なくコミュニケーションが取れるという訳だよ！」
　なるほど……猫語が分かる機械……。確かに、このままでは意思疎通もままならない。あれば非常にありがたい物ではある。

「さあビリーヴ君！　このマイクに向けて喋ってみたまえ！　ほら、ほら！」
「……みゃあ」
　なんだかいつもより低い声で、猫ビリーヴが鳴く。すると――。
　ピピッ。
『……少し、声が大きいです』
　翻訳機のモニターに、ビリーヴの言葉と思われる物が表示される。

「はははっ！　どうだい、この装置の性能は！　これで丸っとハッキリと、猫になったモノの生の言葉が分かるという訳さ！　どうだい、君も言葉が通じて嬉しいだろう！？」
『……みゃ。(……近いです、離れてください)』
「なんか凄く嫌がってないか？」
「そんなことはどうでも良い！　さあ、さあ！　これがあればいつでもサンプルが取り放題！　――もとい、円滑な意思疎通が実現可能という訳さ！　さあ、さあ！　今の気分はどうだい？　身体が小さくなった時の感覚は？　猫になってどう思う！？　その感情は！？　さあ、さあさあ！！」
　目を怪しく光らせて、猫ビリーヴに迫るタキオン。しかし、ビリーヴは……嫌がるように俺の腕から離れると。
「にゃっ……！」
　後ろ足で立ち上がり、両手を大きく挙げ猫ビリーヴは鳴いた。
　モニターには『威嚇』の2文字。どうやら、相当に警戒されているらしい。さもありなん。

「……所で、本当に君は関係してないんだな？　ビリーヴの猫化については」
「さっきも言っただろう、私はこれっぽっちも関係していないさ」
「ウマ娘を猫にする薬とか作ってないのか？」
「まさか、そんな物がある訳無いだろう？　第一、何故そのようなモノを作る必要がある？」
「……ウマ娘を猫にして、その影響を調べる実験とか……してない？」
「ははは、まさかそんな」
　一度も目を合わせることなく、こちらの質問に答えていくアグネスタキオン。あくまでも白を切るつもりらしい……なら。

「……ちなみに、この装置を作った目的は？」
「そんなの決まっているだろう？　私の薬で猫になった被験者の、生の記録を取る為さ――！」

　…………。

『……みゃ。(……バ脚を現しましたね)』

「……おっと」

　アグネスタキオンが、しまったとばかりに口を覆う。
　……いや、そんなことだろうと思ってはいたが、やはり。ビリーヴが猫になってしまったのは、このお騒がせウマ娘アグネスタキオンが原因だったようだ。

『……みゃぁ。(……タキオンさん)』
「おいおい、そう睨むのはよしたまえ。何も、悪いことをしという訳じゃないじゃないか！　……ただ、寝ているビリーヴ君にこっそり猫化薬を投与しただけで」
　違法薬物の投与の他に、不法侵入の罪も犯しているらしい。

『みゃぁ……。(どうしましょうか、トレーナーさん)』
「そう、だな……」
　じり、じりと。全ての元凶アグネスタキオンに詰め寄る俺たち。ははは、と笑いつつも後ずさり、逃げ場を失ったアグネスタキオンを、どうしてくれようかと思っていた、その時――。

「――――ニャンコーー！！！！！！」

　大きな叫び声とともに、黒いナニカが物凄い速度で部屋に突入してきたのだった。

――――

「カルストンライトオ。ニャンコを愛でる時も最速です」
「うわ出た」
　上まで下まで、手を真っ直線にしたポーズを決め、カルストンライトオがやって来た。

「それよりニャンコ、ニャンコは何処ですか？」
「……みゃぁ」
「っ！　ニャンコ！？　ニャンコっ！！」

　ビリーヴの小さな鳴き声に反応し、物凄い目力と勢いで俺の足元に居た猫ビリーヴを捕捉する。

「ニャンコっ！！」
『……みゃっ。(……威嚇っ)』
　猫ビリーヴは距離を取り、両手を挙げて全力で威嚇した。

「ほう、これがビリーヴか。カワイイニャンコだな、悪くない。ビリーヴニャンコ、ほらニャンコー良い子だニャンコー」
『みゃっ。(威嚇)』
　未だ、威嚇をされ続けるカルストンライトオ。それはそれとして――。

「……カルストンライトオ、なんでここに？」
「それはタキオンからここに来れば猫に会えると聞いたからだ。それからビリーヴが猫になったとも噂で聞いた。どうせタキオンの仕業だろう。だからここに来た」
　猫ビリーヴを撫でようとしつつ、キリッとした表情で語るライトオ。なるほど、直線的な推理だが実に明快だ。実際当たってる。

「よし、ビリーヴニャンコ。撫でてやろう。折角猫になったのなら、猫としてモフられるべきだ。そうに決まっている。よし、ナデナデナデ」
　ガブっ。
　カルストンライトオが噛まれた。

「いやはや、騒がしくなったものだね。さて、これで話は終わりかな？　私も実験データを精査する作業に移りたくてね。ああ、そうだ君もっとビリーヴ君の声を録音したまえ。その翻訳機で翻訳された言葉はこちらに転送される仕組みになっていてね。多くの実験データが必要なんだよ」
「いや、それよりもビリーヴを元に戻す方法を――」
「――そうだタキオン。惜しい、非常に惜しいが。ビリーヴを勝手に猫にした件は許せん、戻す方法があるなら早く教えろ。そしてモフりモフらせいっぱい撫で回させてから元に戻せ」
　ガミガミと噛まれていても気にすることなく、猫ビリーヴを撫でながらカルストンライトオはタキオンに詰め寄る。
　2対1。形勢はこちらの方が有利だ。

「……ふむ、それならば――ライトオ君、君にとっておきの薬をあげよう」
「薬？」
「これも今回の実験の為に用意した試作品でね。猫の言葉が分かるようになる薬さ。猫好きの君には堪らないだろう？」
「猫の言葉が分かる？　それは良いな、よし飲もう」
『みゃぁ……。(やめておいた方が……)』
　ビリーヴが冷めた視線で苦言を呈する。ロクでもない薬ばかり作るアグネスタキオンのことだ、どんな副作用があるか――。

「なぁに、心配は要らないよ。……ただちょっと猛烈に発光するだけさ」
「……うん、駄目そうだな。飲まないでライトオ」
「――なんだ？」
　瞬間、眩く光輝くカルストンライトオ。もはや目視ではその姿を捉えられない程のその発光量に目を焼かれながら、深い溜息をつく。

『みゃ……。(遅かったみたいですね……)』
「……ム。何処かでニャンコが呼んでる声がする。よし、行くぞ。待っていろニャンコ！！　ああああニャンコーーー！！！！！！」

　全身をギラギラと発光させながら、カルストンライトオは何処かへと走り去ってしまった。
「やれやれ、行ってしまったね」
『……みゃぉ。(何だったんでしょう、あの人は)』
「……さあ……？」

――――――

　ところ変わって、ここはトレーナー室。あの後どうにかアグネスタキオンを問い詰め、数時間も過ぎれば猫化薬の効果は切れると聞き出した俺たちは、しかしその数時間の間何をすることもできない為にひとまずトレーナー室へと戻ったのだった。

『にゃぉ……。(ん……)』
　そわそわ、と。猫ビリーヴはトレーナー室を歩き回る。猫語翻訳機は持ってきた。実験データを取られるのは何だか納得いかない所はあるが、ひとまず円滑な意思疎通を取れるようにする為には必要だろうからだ。

「しかし、切れるまであと数時間……一体どうしたものか……」
「みゃー」
　猫ビリーヴが鳴き、こちらの足元にやってくる。……改めて、本当にビリーヴは本物の猫そっくりになってしまった。鳴き声も、仕草も、猫そのものだ。

「……みゃぁ」
　――すりすり。
「……ビリーヴ？」
　不意に、猫ビリーヴがこちらの脚にスリスリと身体を擦り付けてくる。

「みゃー」
　すりすりすり。
「……どうしたんだ、ビリーヴ……？」
『みゃ……？(なにがですか……？)』
　何故か執拗にこちらに身体を擦り付けてくる猫ビリーヴ。どうしたのかと尋ねてみるが、本人もよく分かっていない様子。

　……そういえば、猫が身体を擦り付けてくる時は、ナワバリを主張する為だとか所有権を主張する為だとかと聞いたことがあるような気がする。
「みゃぁ……？」
　……よく分かっていなそうなビリーヴを見る限り、恐らくこれは――猫の本能的な行動なのだろう。本人に特に他意がある訳では無い。きっとそうなのだろう。

　スリスリ、すりすりすり。
「…………ビリーヴ、撫でてやろうか？」
　近くにあったソファーに腰掛けて屈み、足元のビリーヴを撫でる。
『みゃあ……♪(ん……♪)』
　そっと頭を撫でてやると、猫ビリーヴは気持ち良さそうに目を細める。

「みゃっ……」
　そうしていると、猫ビリーヴはジャンプをしてこちらの膝元までやって来た。
『……みゃぁ。(……もっと、撫でてください)』
　翻訳機に表示された言葉を見て、心得たとビリーヴを撫でる。そっと、優しく……頭の先から首の後ろまでを手のひらでゆっくりと撫でていく。

　ごろごろごろ。
　気持ち良さそうに喉を鳴らし、身体をこちらに預けてくる猫ビリーヴ。

「…………可愛いな」
　なでなでなで。
　普段のビリーヴからは想像できない程に、リラックスして頭を撫でられるビリーヴ。……いや、案外。普段のビリーヴでも頭を撫でたら喜んでくれるのでは……？　普段も何だか猫っぽいし。

　そんな根拠の無い空想を広げていると、猫ビリーヴはおもむろに立ち上がり、胸元へ向けて手を伸ばしこちらを押し始めた。
「どうしたんだ、ビリーヴ……？」
『……みゃぁ……。(……その、横になってください)』
「え……？　あ、ああ……分かった」
　言われるがまま、俺はソファーに身体を倒し横たわる。

『みゃ……。(それでは……)』
　ぼふ。
　横になり仰向けになった俺の胸元に猫ビリーヴは陣取り、まるでそこが最初から定位置であったかのように深々とその場で座り込んだ。

「あ、あの……ビリーヴ……？」
『みゃ。(撫でてください)』
「え、えっと……分かった……？」
　なで、なで。
　胸元の猫ビリーヴを、そっと撫でる。

　何故だかいつもよりも積極的にこちらに要求し、甘えてくるビリーヴ。……本人が、そのような物を実は好んでいた――という説は、無い訳ではないが。恐らくは、先程のマーキングしかり、猫の本能によって突き動かされた結果、このようなことを要求しているのだろうと。俺は自分を納得させた。

　なでなで……。
「……ごろごろごろ」
　気持ち良さそうに撫でられる猫ビリーヴ。……しばらくの間、俺は胸元に座り込んだビリーヴを撫で続けた。
『みゃぁ……♪(ん……♪)』
　ごろごろごろ。心地の良い音を響かせるビリーヴ。非常にリラックスしているのが、こちらにも伝わってくる。

　……そうこうしていると――。
「ん……」
　何だか、意識がぼうっとして。……睡魔がやってきた。……猫の喉の音には、リラックス効果があるらしい。それに程良く温かい猫ビリーヴの体温が、さらに俺の眠気を増幅させる。

「ん……なでなで、なで……」
「みゃぅ……」
　猫ビリーヴも、気持ち良さそうに目を閉じ身体をこちらに預けてくる。…………そう、結局の所、今は猫化の効果が切れるのを待つしか無いのだ。ならば、寝てしまっても問題は無いだろう……。

　なで、なで。
　そっと、ビリーヴを撫でながら、俺も重くなった瞼の自重に任せ、目をゆっくりと閉じる。
「……おやすみ、ビリーヴ」
「……みゃーあ……」

　最後の言葉は、翻訳機を見ていないので分からなかったが――しかし、きっと。“おやすみなさい”と言ってくれたのだろうと直感し、俺はビリーヴを撫でながら静かに眠りにつくのであった。

――――

「…………あの」
　――まどろみの外から、聴き慣れた声が届いてくる。

　なで、なで……なで……。
　もはや無意識に動いているこの手が、ビリーヴを撫でていると――。
「――あの、トレーナーさん……」

「……ぅぇ……？　ビリーヴ……？」
　ようやく、身体全体に重みを感じているのに気付き、意識がハッキリとしていく。そうしてぼんやりとした視界を徐々に開くと、そこには――。

「――あの、トレーナーさん……その……。もう、撫でなくて……良いですから……」

　――猫では無い、ビリーヴ本人が。俺の上に乗って少し赤くなった表情で俺をじぃっと見つめていた。

　……可愛い。

　…………いや、というか。もしかしてこれ……ヤバいか……？

　なでなで。
「あ、あの……トレーナーさん……？」
　なでなでなで。

　――責任問題、適切な距離間、その他etc……様々な物が頭に浮かんでは消え俺を追い立てる。
　多分、絶対。これは不味いことになる、なっている。しかし――そこから俺は現実逃避をする。
　そう、ただひたすらに。俺は目の前の照れた表情の可愛らしいビリーヴを愛でるようにずっと、優しく優しく撫で続けるのであった――。

「と、トレーナーさん……？？　その、トレーナーさん……〜っ……！　や、やめ……ぅあ……///　ふにゃっ///」

おわり