　僕がトレセン学園を卒業してから1年の時が流れた。
「よし、これで今日のトレーニングは終了！　週明けからみんなお疲れさま！」
　チームの皆がトレーナーさんの元に集まり話を聞いている。1年前は、僕もこの中にいた。でも今は――。
「ビリーヴ。今日のトレーニングを見ていてどうだった？」
「えっと――」
　――でも今は、僕はトレーナーさんの横に立っている。
　トレーナーライセンスの受験資格を得る為の、トレーナー業の実地研修。僕は今、僕が元いたチームでトレーナーさんの元、トレーナーになる為の2年間の研修を受けていた。

「――うん、そうだな。ビリーヴの言った通り、ここからはレースを見据えたトレーニングが必要になってくる。だから――」
　トレーナーを目指すのは、結構大変だ。覚えなきゃいけないことは沢山あるし、研修の中で学ばないといけないことも、自分から勉強しないといけないことも、いっぱいだ。
　でも……僕は、“トレーナーさんとずっと一緒に仕事がしたい”。これは、僕のやりたいことだから。僕のやりたい“仕事”だから。

「それじゃ、今日はこれで解散するけど。その前に何か聞きたいこととかは無いか？」
　トレーナーさんは、僕と出会ったばかりの頃からは想像がつかないほど、実績と経験を積んだチームトレーナーになった。トレーナーという仕事においては、僕は誰よりも信頼しているし。僕の目指したい姿でもある。
　トレーナーさんから教わることは多い。トレーナーさんから研修を受けてるんだからそれは当然だけど、仕事以外でも、休みの日にも僕の勉強に付き合ってくれたり……トレーナーさんからは多くのことを学ばせて貰ってる。昨日も喫茶店で色々勉強を見てもらったし。
　今のトレーナーさんは、僕の師匠……かな。なんて。

「……はい！　質問なんですけど！」
「うん、どうした？」
　ああ、チームの後輩が元気良く手を上げる。何か気になることでもあったのだろうか、すごく意欲的な顔をしていた。……トレーナーさんは仕事に対してすごく真摯だ。その姿勢がきっと、チームの皆にも伝わって――。

「トレーナーさんとビリーヴさんって、どこまで進みましたか！？」
「…………！？」
「！？？？　けほっ、ごほ、な、何を言うんだ急に！？」
　トレーナーさんが、盛大にむせる。というか、僕も心臓が跳ねる。

「――だって、昨日見たんですよ！　トレーナーさんとビリーヴさんが楽しそうにデートしてる所！！」
「えっ、デート？」「おしゃれなカフェで肩寄せあってたんだって」「推せる〜」
「いや、いやいやいや！！　ビリーヴに勉強教えてただけだから！？」

「買い物デートしてましたよね？　本屋で」
「オススメの参考書勧めてただけだから！」
「怪しい……」「やっぱり二人は出来てて……」
　チームの皆が、口々にあることないことを囃し立てる。トレーナーさんは、顔を赤くして必死になって否定している。
「赤くなってるし……」「必死に否定する辺りがますます怪しい」
「違うから！？　ちょっと、ビリーヴからも言ってやって！？」

「…………。……デートじゃなかったんですか？」
『ざわ……』
「やっぱりデート……」「早く付き合っちまえ」「推せる〜」
「ビリーヴっ！！？」
　トレーナーさんが、青いんだか赤いんだかよく分からない顔で叫ぶ。……出来心だったけど、そんな風にされると少し罪悪感が湧く。
「……すみません、冗談です。……あの、僕の勉強を見てもらっていただけなので。そういうのじゃ、無いです」
「なーんだ」「つまんないの〜」「早く付き合っちまえー」
　僕が否定すると、チームの皆はつまらなそうに声を上げる。……トレーナーさんが言っても信じて貰えないけど、何故か僕が言うとすぐ信じて貰える。……トレーナーさんが何にでも顔に出て必死に否定するのが悪いのかな？

「――これで分かっただろ！　他に質問あるか？　無いな！？　よし、解散ッ！！」
『はーい』
　ぜーはー、と息を切らしながらトレーナーさんは蜘蛛の子を散らすように走り去るチームの皆を見送る。……チームの子たちからの、僕とトレーナーさんの関係を揶揄するようなイジりは、割といつものことであった。
　別に、トレーナーさんとは一緒に仕事をする仲間で。トレーナーさんの最初の担当で。今は師弟関係で。
　だから、特別な関係があるなんてことは全然無いのだけれど……。何故か、僕たちのチームの子は皆、僕とトレーナーさんを“そういうこと”にしたいらしい。

「……はあ。あいつら……」
「お疲れさまです。トレーナーさん」
「ああ……。……というか、あんまりああいう場面で怖い冗談言わないでくれるか……？」
「すみません、つい」
　チームメンバーの居なくなったグラウンドでトレーナーさんと二人。残されたのは僕らの他に今日使ったトレーニング器具や記録表やボード等。これらを片付けるのも、トレーナーの仕事だ。

　道具を二人で片付けつつ、今日のトレーニングや今後の方針について話し合う。いつもの日課だ。
「うちは短距離方面が強いからな、そっちを伸ばして行きたいところだけど……」
「その辺りは僕も、先輩として指導できる部分はありますね。クラシックを目指してるあの子たちは――」
「そうだな、あいつらにはそろそろ、メニューを分けて指導していかないといけないな」

　そうこうしている内に日は暮れて、すっかり空も赤くなる。
「……どうだ、ビリーヴ。順調にやれてるか？」
　トレーナーさんが、優しく声をかけてくれる。
「……はい。トレーナーさんのおかげで、順調です」
「あはは、そっか。良かった」
　トレーナーさんは、優しく笑う。その笑顔が、僕は結構、好きだ。この人の担当じゃなくなった今も、変わらず僕にその笑顔を向けてくれる。それがなんだか、僕は嬉しくなってしまう。

「トレーナーさんが色々とトレーナー業の勉強を見てくれているので、とても助かってます。昨日も、一人じゃ分からなかったことが沢山ありました」
「それは、実地組と養成学校組の大きな違いだな。向こうは授業もあるし、一緒に学ぶ同期もいるけど……実地組だとどうしても、自主的な勉強をするしかないからな。……まあ、その分俺のことを頼ってくれれば良いんだけどな」
「はい、……頼りにしてます、トレーナーさん」

　トレーナーになると決めてからというもの、トレーナーさんにはお世話になりっぱなしだ。いつかお返しはしたいと思うけど、でも……。二人で、一緒に仕事の為に何かができるって、やっていけるって。二人で一緒に仕事ができるって、良い。幸せだなって、思う。

　そんな風に考えていると、トレーナーさんはすこしバツの悪そうな顔で頬をかきながら尋ねてくる。
「……そういえば、昨日の件。またあの子たちにからかわれちゃったな。……大丈夫か、気にしてないか？」
「いえ、気にしてません。……その、あの子たちのそれはいつものことですし」
「そうだな……いつものこと、いつものことなー……どうしてあいつらは、いつも俺とビリーヴをそういう関係ってことにしたがるんだ……？」
　それは――そう言いかけたところで、止める。代わりに……トレーナーさんに、ひとつ、質問をする。

「……トレーナーさんって、僕のこと……どう思っているんですか？」
「……えっ！？　いや、えっ……突然なんだ……！？」
　トレーナーさんが、びっくりする。けど、それでも驚くトレーナーさんの表情をじっと見つめて、もう一度問う。
「トレーナーさんは、僕のことどう思ってますか？」
「え、いや……それは、その……！」
　どんどんと、顔が赤くなるトレーナーさん。言葉が詰まれば詰まるほどに、頬を真っ赤にするトレーナーさん。
「…………」
「えっとその……！　そう、仕事仲間！　ビリーヴのことは一緒にする仕事仲間だと思ってるぞ！」
　やけに大きな声で、そう主張するトレーナーさん。でも、それだけじゃないのは、僕も分かっていて。だから、それだけですか？　と問ただせば。

「えっと……えっとその……」
「……トレーナーさん……？」
「…………あ、教え子！　トレーナーと担当の関係だったし！　今は研修で教えてる立場だし！　そう、ビリーヴは俺の教え子だな！」
「それだけ、ですか？」
「う、うん……ビリーヴのことは、教え子で仕事仲間だと思ってる……！　それ以外は、うん……なにも！」
　それは多分、嘘だ。自分自身に言い聞かせるようなトレーナーさんの言葉にそう思う。僕も、トレーナーさんとは随分と長い間一緒に過ごしてきた。だからそれくらい、僕でもわかる。

「……本当に、それだけですか？」
「あ、ああ……！」
　顔を真っ赤にして、慌てふためいて。トレーナーさんはそう答える。…………本当に、トレーナーさんって……顔に全部、出るよな。

　……そりゃ、あの子たちも囃し立てる訳だ。だって……こんなにも、分かりやすいから。

　いくら“そういうこと”に疎い僕だけども。ここまで分かりやすいと、気づかない訳がない。……トレーナーさんが、僕のこと本当はどう思ってるかくらい。
　……そりゃ、あの人はトレーナーさんで、僕は教え子で……だから、否定しなきゃいけないのは分かる。けど……否定の仕方も必死すぎだし、たまに僕のことぼーっと見てるときもあるし。そこまで耳まで顔を真っ赤にされたら、こんな僕だって分かるよ。

「……よ、よし！　そろそろ遅いし帰ろうかビリーヴ！」
　誤魔化すのが下手なトレーナーさん。僕の方は全然見れないで、明後日の方を見るトレーナーさんに、……僕はそっと、言葉を漏らす。

「……トレーナーさん」
「な、なんだ……？　ビリーヴ」
「…………」
「えっ、な、なに……！？」
　僕が、すこし迷ってると、コロコロと変わる表情でちょっと必死な顔でこちらの顔を伺うトレーナーさん。……ふふ、そんな姿を見ていると心が軽くなって。
　……うん。

「……トレーナーさん」
「あ、ああ……なんだ……？」

「……僕は、トレーナーさんのこと――好きって……思ってますよ？」

　――……ああ、言ってしまった。ずっと、僕の胸の内に秘めてた言葉を、ハッキリと。口にしてしまった。
　……トレーナーさん、困った顔をしてるんだろうな。そんなこと、急に言われて。……ああ、ちょっと怖いな。ちゃんとトレーナーさんの顔、見れないかも――。
「――……それ、は……あの……人として好き、っていうあれではなく……？」
　恐る恐る、トレーナーさんは言葉を選んでこちらに尋ねる。
「…………はい。多分、きっと……その、恋愛感情……的な意味で……好きだと、思います」
「…………そう、か……」
　ただ、一言。トレーナーさんはそう言って黙りこくってしまった。

　ああ、考えてみれば。アメリカから帰ってきた日。トレーナーさんと一緒にこれからも走りたいと、そう伝えたあの時。卒業を目前にして、トレーナーさんと離れたくない。トレーナーさんとずっと一緒に仕事がしたいと、自覚した時。僕の心は多分もう、トレーナーさんに惹かれていて。
　トレーナーさんが自分を見てくれている時の顔。優しい顔、真剣な顔、心配そうな顔。僕と一緒に居る時の顔。楽しそうな顔、笑った顔、照れてる顔。……何にも無いような時の、ぼーっとした顔。幸せそうな顔。それから、真っ赤になった顔も。

　考えれば考えるほどに、僕の心の中はトレーナーさんでいっぱいで……。ああ、やっぱり僕って――。

「――……ビリーヴ」
「……はい」
「…………」
「…………、あ、あの……」
「ビリーヴ」
　真剣な表情で、僕のことを見つめるトレーナーさん。ただ、僕の名前を呼んだだけなのに、妙に胸の鼓動が高鳴って。

「…………俺も」
「俺も、ビリーヴのことが、好きだ」
「…………っ」

　そんな真剣な顔で、真っ直ぐな言葉で、そんなことを伝えられたら――。
「……っ。……〜〜っ……！」
　ああ……ちゃんとトレーナーさんの顔が見たいのに、それどころじゃないや……。頬が、熱くなってるのが、分かる。……こういうのは、トレーナーさんの領分だっていうのに……。

「……ごめん、嫌だったか……？　突然、こんなこと言われて……」
「嫌な訳、……無いです……。……というか、知ってましたから」
「……えっ……！？　な、なんで……？」
「もう……あれだけ全部顔に出てたら、分かりますよ……はぁ……」
　僕が、知ってたと伝えると、今度はトレーナーさんの方が顔を真っ赤にして――。ああ、もう……。

「……ふふっ、あはは。トレーナーさん、顔真っ赤ですよ」
「んなっ、い、いやこれは夕日の所為だから！　そう言うビリーヴだって、真っ赤だろ……！」
「…………これも、夕日の所為です」
　そんなこと無いって言うのに、二人して夕日の所為なんかにしちゃって。

「……ああ、それじゃあ仕方ないな……。夕日の所為だもんな」
「……はい、夕日の所為です。仕方ないです」
「…………帰るか、ビリーヴ」
「……そうですね」

　いつの間にか終わったトレーニングの片付け。僕らは、何かに背中を押されるようにそわそわとした心のまま歩き始める。並んで二人、歩いて帰る。

「……あの、トレーナーさん……」
「うん……？　……ああ」
　……ちょっとだけ、勇気を出して手を伸ばしたら……トレーナーさんは、そっとその手を握ってくれて……。

　それから、トレセン学園を出るまで無言で、僕らは手を繋ぎながら二人並んで歩いていくのだった――。

――――――

　次の日。
「――トレーナーさんとビリーヴさん、付き合い始めたんですか！？」
「ぶっ――！？　なんだ、突然！？」
　後輩の子が、核心に迫る質問を投げかける。……一応、付き合ってることはしばらく皆に内緒で。という話だったのだけれど……。
「ひそひそ」「やっぱり……」

　……まあ、トレーナーさんに隠し事なんてできる訳無いよな。全部顔に出ちゃう訳だし。本当に、仕方ない人だよな……そういう所も、好きになっちゃった訳だけど。
「な、一体何を根拠にそんな――！」
「だって……！！」
　“トレーナーさんの顔に全部出てる”から、そんな言葉が飛び出すことを予想して、僕は仕方ないな、と。本当に、トレーナーさんの顔に全部出てるのが悪いって――。

「――だって、ビリーヴさんが！　いつもよりトレーナーさんに近いんですもん！！！」
「トレーナーさんは本当に仕方な――…………え？」

『ざわ……』
「やっぱり、そうだよね……」「いつもより距離近いと思った」「推せる〜」

「…………〜〜〜〜っ……！！？？」

　――そうして、僕の顔は夕日なんて出てもいないのにどこまでもどこまでも、真っ赤に染まってしまうのでした。

おわり